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「いきなりひとりにしてごめんね。夏期講習が終わったら、すぐにリンが帰ってくるから、それまで待っててちょうだいね」

 ママがそう言って出て行ったあと、リチャードは言われたとおりに鍵を閉めた。


「よし!」

 指さし確認をして、リビングに戻った。


 だあれもいない。

 生まれてこの方、そんなことがあっただろうか。

 いつだって自分の周りには誰かがいた。乳母だったり、侍従だったり、護衛だったり、メイドだったり。いつも誰かがいたのだ。

 そう思ったら急に心細くなった。


 だあれもいない。

 これから先、どうなるんだろう。戻る方法はあるんだろうか。


 この世界はフォックスホール王国とは別の世界らしい。見たことも聞いたこともないものだらけ。初めて聞くことばだらけ。

 そんな世界に、ぽつんとひとり。


 あのときリンに見捨てられていたら、いまごろどうなっていただろう。あの公園で野宿?

 食べるものもなく?

 いやいや。ほんとうにリンに出会えてよかった。リンはぼくの命の恩人だ。運命の人だ。世界で一番大事な人だ。

 もちろん牧野林家の人々も。


 おかげで寝る場所も(ベッドじゃないのは驚いたが、ぜいたくを言っている場合ではないのはわかっている)用意してもらって、食べ物ももらって、おふろにも入れた。

 レンが親切にシャワーの使い方や、体の洗い方を教えてくれた。

 しゃんぷーとこんでぃしょなーとぼでぃそーぷの違いも教えてくれた。

 お城では髪も体もおなじバラの香りの石けんで洗っていたから、使い分けるなんてびっくりだ。

 おかげでもうひとりでお風呂に入れる、たぶん。


 ありがたい。

 当たり前だと思っていたことが、こんなにありがたいことだなんて思ってもみなかった。


 ぼくはまだまだ世間知らずだったのだな。


 テレビでは布団や枕の話をしている。安眠がどうしたとか。

 リモコンの使い方は教えてもらった。

 この世界にはすごいものがある。どれだけ高度な魔法なのかと思ったら、魔法じゃないという。

 これが魔法じゃないのなら、なんなのだ。そうしたらこれは「技術」だという。

 馬の乗り方とか、剣の使い方とかのことか。いやいや、信じられない。魔法と言われた方が納得できるのだが。


 こんな右も左もわからない世界なのに、夕べは不覚にもぐっすりと眠りこけてしまった。いわば完全アウェイの敵陣の真っただ中なのに。王族として失態であるが、牧野林家の人々が悪意を持っているとは思えないし。心細いところを親切にしてもらったら、安心しても仕方あるまい。


 テレビを見ながらソファに寝転がる。

 朝から、こんなにだらけていいんだろうか。聞き馴染みのないことばが、テレビから流れてくる。

 あろまにかんせつしょーめー。すまーとうぉっち……。


 ちゃんねるを変えてみる。どこかの景色が画面に映し出される。ちゃんと動いている。すごい。

 あにめ。絵が動いてしゃべる。音楽も鳴る。カーンとかドーンとかの音も鳴る。すごい。

 たくさんの女の子たちが太ももまでむきだしの短いスカートをはいて、歌いながら踊っている。

 脚、あんなに出しても、なにも言われないんだ。リチャードのいた世界では、脚を出すなんて裸と同じくらい恥ずかしいことだった。

 リンもひざが出ていたし。


 価値観の違い。価値観ってなんだろう。


 はっ。そうだ! ぽてち! ぽてちとやらを食べてみよう。

 こちらの世界では、なんでも売っているらしい。お菓子は家では作らないんだとか。料理人がいないからか?

 キッチンへ行って、戸棚を開ける。戸棚の下の段にお菓子の袋が詰め込んである。

 ことばはわかるし話せるが、残念ながら文字は読めなかった。なのでママが出かける前に、教えておいてくれたのだ。


 ぽてちはこれだ。

 ふくろをひとつ手に取った。教えってもらったように袋の口を両手で引っ張る。

 めりっと口が開いた。こういうつるつるてかてかの袋も初めて見たが。


 これがぽてちか。

 うすーいぱりぱりしたものが、袋の中に入っている。ふわんと香ばしい香りがする。

 え? これだけ? 中身少なくない? 半分しか入ってないけど。作る人、間違ったのかな?

 うーん、でもどうしようもないな。リンが帰ってきたら聞いてみよう。とりあえず一枚取る。


 ほんとにうすーい。気を付けないと、持っただけで砕けてしまう。こんな繊細な食べ物があるんだなぁ。


 かじってみる。

 ぱり。

 うわ。砕けた。え? なにこれ。

 ぱりぱりぱり。もう一枚。ぱりぱりぱり。

 えー、うまいんだけど。この緑の点々はなんだろう。初めて見たものだ。でもうまい。ただの塩味じゃないんだ。

 これお菓子? 甘くないけど。ママ殿はお菓子って言ったもんな。

 えー、この世界すごい。こんなおいしいものがあるなんて。


 夢中になって食べて、気がついたら袋が空になっていた。


 はー、全部食べてしまった。うまかった。

 名残惜しく指先についた緑の点々を舐めているときだった。


 ピンポーン。

 チャイムが鳴って、リチャードは飛び上がった。


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