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 今日は終業式。明日から夏休み。

 とはいえ、いつもとそれほど変わりはない。6年生ともなれば、終業式ごときではしゃいではいけない。

 ただちょっと荷物が多いだけだ。


 右手に絵具セット、左手に書道セット、さらに1学期に描いた絵をくるくると巻いて右のわきの下に挟んで、それから内履き。

 引っ越しか!

 自分で自分にツッコんだら友だちが大笑いした。笑う友だちも両手に大荷物を抱えている。


 ほんとうは書道セットはしれっと置いてくる予定だった。

 それが教室を出ようとしたら、担任が言ったのだ。

「書道セットもちゃんと持って帰ってくださいね。筆は洗って、墨汁は補充してください」

 ええー。と不満を漏らしたのは自分だけじゃない。けれど教室の後ろの棚を見れば、書道セットがずらりと置きっぱなしだった。

 みんな同じことを考えていた。


 しかたなく、クラスのほとんどがこのような姿になってしまった。


 いつものように友だちと3人で学校を出て、最初の曲がり角でさんちゃんが「バイバイ」と言って右に曲がり、次の曲がり角でよんちゃんが「バイバイ」と左に曲がり、リンはひとりになる。ちなみにみんな手は振れない。


 ここまではいつも通りだった。




 学校から家までは徒歩10分。4分の3の位置にあるのがケムシ公園。

 なぜケムシなのか。植わっているケヤキにケムシがいっぱいつくから。

 リンの父が子どものころからそう呼ばれていたという。

 なんてかわいそうな公園。

 遊具がたくさんあって、リンも兄のレンも小さいころからお世話になった楽しい公園なのに。


 牧野林リン。12才。小学6年生。兄は牧野林レン。17才。高校2年生。

 ごくふつうの兄妹だ。父は会社員。母は近所のスーパーでパートをしている。家は父の両親が建てた一戸建て。

 その祖父母はいま、ほどよく田舎でほどよく便利な郊外へ引っ越している。


「あんまり田舎だと、買い物が不便だからね。あと病院もないと困るから」

 そう言って選んだのは、都心から電車で乗り換えなしの1時間の温泉のある街。

駅から徒歩10分の中古マンションの3階。


「もし地震でエレベーターが止まっちゃっても、ギリギリ階段で上り下りができるから」

 そういう理由。なるほど。


 徒歩10分圏内にスーパーもあるし病院もある。

 いつもいい香りを漂わせているベーカリーもあるし、ケーキ屋さんもある。


「すてきでしょう?」

 とおばあちゃんは言った。リンもとてもすてきな立地だと思う。とくにケーキ屋さんが。

 ベーカリーのキイチゴのパイもすてきだが。


 そしてマンションはセキュリティーが安心。昨今、強盗が多発するようになって、リンはその理由に納得した。

 そんなわけで、祖父母が引っ越した後のこの家に、リンたち家族が入居したのだった。

 都心と祖父母の移住先のちょうど中間あたりの海辺の街だ。海岸まで徒歩20分。海水浴に便利な街。


 少々古いけれど、おばあちゃんが手入れをしていた庭はそこそこの広さがあって、春には桜が、夏には百日紅が咲く。

 玄関わきには水仙。とくに世話はしていないのに、毎年ちゃんと咲く律儀なやつだ。


 そんな昭和風味満載の家に住むリンとレン。リンひとりだったらよかった。あるいは違う名前だったら。よりにもよって、兄がレン。リンレンとならんだら、もはやボカロ。


 両親はボカロなんて知らないから、まったくの偶然だ。

「どうしてこの名前にしたの?」

 一度聞いてみた。

「かわいいし、かっこいいでしょ」

 母は即答だった。

「ほら、わたしたち弘と弘子じゃない? 平凡でつまらないからあこがれていたのよー」

 なぜこの名前同士で結婚しようと思ったのか。なにかの記入例みたいだ。仲のいい夫婦ではあるが。


 この名前のせいで、リンはサブカル女子と言われる。

 リン自身はちっともサブカルじゃない。インディーズのバンドなんて全然知らないし、地雷メイクもしないし、メタ発言もしない。


 K―POPアイドルが好きだし、ダンスもがんばって覚える。メイク用品はまだ持っていないが、買うならK―POPアイドルみたいなのが欲しい。みんな大好きK―POP。超メジャー。クラスの女子の大半と同じ趣味。


 それなのに、「リンレンリンレン」とまるで鈴が鳴るみたいにからかってくるやつがいるのだ。

 その筆頭が青山くんだ。クラスの、いや学年のカーストのトップに君臨する青山くんが腰ぎんちゃくどもをひきつれ、朝昼夕と1日3回かならず「リンレン」と呼ぶ。

 そして青山くんに阿る女子たちもそれに加わるから、余計にたちが悪い。そういう女子はたいてい意地悪。

 青山くんに媚び媚び。青山、なんぼのもんじゃ。


 リンレンリンレン。

 悪意を持って言われると、じつに不愉快。

 わたしはリンだけれども、レンではない。レンは今高校に行っている別の人間だ。


 去年のことだ。いつものように「リンレン」とからかい始めた青山くんを無視して通り過ぎたら、彼はいきなりリンのポニーテールをぐいっと引っ張ったのだ。

「えっ?」と思った。思ったときには尻もちをついていた。

「ああーっ」と周囲から悲鳴が上がった。

 さいわいケガはなかった。傷ついたのはリンの自尊心だ。


 さすがの青山くんも、これはまずいと思ったのか、気まずそうな顔をした。が、青山ガールズは

「やだー、はずいー」

 とか言ってゲラゲラ笑った。

 ふざけんなや。

 この場合、誰に怒りを向ければいいんだろうか。加害者の青山くんか。嘲笑っている青山ガールズか。


「だいじょうぶ?」と駆け寄ったのはさんちゃんで、腕を持って助け起こしてくれたのはよんちゃんだった。


「ちょっと! なにすんのよ!」

 そう言ったさんちゃんに、青山くんは

「な、なんだよ。大げさな! ちょっと引っ張っただけじゃんか」

 と言った。その瞬間、リンの怒りの矛先は青山くんに決まった。

 立ち上がったリンは、持っていた教科書で青山くんの横っ面を引っぱたいた。

 残念なのかさいわいなのか、持っていた教科書は音楽の薄いヤツだったから、青山くんには大した被害はなかった。

 たぶん、傷ついたのは青山くんの自尊心。でもそういうのは自業自得っていうんだ。


 ざまあみろ。

 リンはさんちゃんとよんちゃんといっしょに、呆然とする青山くんとぎゃあぎゃあうるさい青山ガールズを残して、音楽室に向かったのだった。

 これでおとなしくなるかと思ったのに、青山くんはやめなかった。毎日定期的に「リンレン」と言ってくる。


 ふざけんなや。

 リンは耳にフタをして嵐が過ぎるのを待つ。さすがに、もう手を出すことはなかったが。

 いい加減に飽きてくれないかな。5年生で同じクラスになってからずっとだから、もう1年以上たっている。


 もういいだろう。言われるたびに表情筋を殺してシカトする。

 そうすると余計むきになっている気がしなくもないが。


 そもそもボカロ=サブカルという超短絡的な発想はいかがなものかと思う。言っている自分たちは、サブカルがなんなのかはっきり定義できるのか。


 ふざけんなや。


 あしたから1か月ちょっと、やつらの顔を見なくて済む。

 それだけで、スキップしたい気分でもあった。今、じっさいにスキップしたら荷崩れを起こしてしまうけれど。


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