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薔薇の涙

作者: はとたろ

パッカパッカパッカ…

白い雲がふわふわと青空に浮かぶ昼下がり


森の奥深くに佇むウィストン伯爵のタウンハウスに一台の馬車が到着した

執事に案内されながら荷物を抱え、ローザは大きな瞳をキラキラさせて感動している

腰まである黒髪をおさげにした小柄で華奢なあどけなさの残る17歳の少女である


「うわぁ… 立派なお屋敷… 」


門をくぐり四季折々の薔薇が咲き誇る見事な庭園に案内されると高貴で濃厚な香りを

放ちながら溢れんばかりの真紅の薔薇がローゼを出迎えた



「すごい! まるで薔薇の海のよう…なんて甘い香りなのかしら! 」


「今日は一段と濃厚だね…」


銀色の髪をゆるめに束ね黒地のシャツを着た長身の男性が薔薇を見つめながら優しい面

差しで話しかけている


「ルージャン様の大切な薔薇園でございます。

庭園には専門の庭師がおりますので貴方には主に屋敷内で働いていただきます」


「ルージャン様…」


噂をすれば…ルージャン伯爵はチラリとこちらに目をやるとゆっくりと近づいてくる

高貴な雰囲気の漂う青白い肌に据わった眼差しの端正な美丈夫である


わわわ、近くで見ると麗し~


見惚れているローザをじっと見つめ


「新しいメイドか…」


甘く心に響く秘めやかなハスキーヴォイスで話しかけられローザは赤面しながら焦った

ように頭を下げた


「は、はいっ、ローザと申します。一生懸命努めますのでよろしくお願い致します」


挨拶を終え頭をあげるともう伯爵の姿はなかった


無視されちゃった…そうよね、今日入ったばかりの私とお話しなさるわけないか


「ローザさん、こちらへ…屋敷内を案内しましょう」


執事のジュリアンに案内されながらローザはお屋敷内を瞳をまぁるくしながら見ている


またまたすごい…なんて豪奢なの…広すぎて迷子になりそう 部屋、覚えられるかな


「あれ? 新入りさんだ」


人懐っこい笑顔で話しかけてきたのは双子の庭師のロアンとゴーシャだ


「はじめまして、僕はゴーシャ、彼はロアンだよ、僕たち双子で薔薇園のお世話をしているんだ」


「広くて驚いたろう? ロアンです、よろしくね」


端正な顔立ちでサラサラの黒髪 見た目21歳くらいに見えるロアンとゴーシャはにこに

こしながらローザに握手を求めてきた


「初めまして、ローザと申します。ロアンさん、ゴーシャさん、一生懸命、お勤め致し

ますのでどうぞよろしくお願い致します」


気さくなふたりとあたたかい握手を交わしローザはさっきまでの緊張がふとやわらいだ


「ぷっ、あのね、きみ、僕らに敬語はいらないよ、同じ使用人同士なんだから」


吹き出すロアンとゴーシャにつられローザも笑いだす

和気あいあいに盛り上がっていたところへ ひとりのメイドが話しかけてきた


「いたいた~あなたね、新しいメイドって、はじまして♪ モーリです。

伯爵のお部屋のお掃除担当なの、同い年くらいのお仲間が出来て嬉しいわ、よろしくね」


肩までの栗毛のウェーブヘアのモーリはローゼと変わらぬ背丈で嬉しそうに歓迎してく

れた


「私のほうこそよろしくお願い致します。いろいろ教えて下さい」


「うん、うん、少しずつ覚えていけばいいわよ。さっそく伯爵のお部屋に案内するわ、

こっちこっち」


手を引かれルージャン伯爵の部屋に通される


美しい装飾のほどこされた見事な家具に調度品、ため息の零れそうなヴィクトリアン調

の部屋は優雅で重厚感のある居心地の良い空間だ


「寝室はこの奥ね。伯爵はチョコがお好きでお休み前には必ずホットチョコレートを召し上がるの」


「ホットチョコレート?」


「飲んだことないのね、いいわ。いらっしゃい」


「美味しい…」


キッチンでモーリの淹れてくれたチョコレートは濃厚で甘いカカオの香りがした


「今夜からはあなたが淹れて差し上げるのよ」


「えっ? は、はい、私に淹れられるでしょうか」


「平気だって♪ コツを教えてあげるわ」


ウインクしながら丁寧にルージャン好みのチョコレートの淹れ方を教えてくれる


優しい人で良かった…! 頑張らなくちゃ


真剣にモーリのアドバイスを聞きながらローザは仕事への意欲を燃やしていた


――――――――


ひと月後…


料理上手なローザはシェフのロバートに見込まれてスープを作ってみるよう命じられ得意のポトフを作った

大きなじゃがいもとキャベツ、人参、焼き目を付けたソーセージを煮込んだスープにサワークリームをたっぷり添える


「これは美味い! 夕食に伯爵に持って行って差し上げなさい」


「は、伯爵にですか! とても舌が肥えておいでだと伺ったのですが大丈夫でしょうか? 」


「俺が保証する! 」


シェフのロバートに太鼓判を押されたローザはオズオズしながら伯爵のつくテーブルにポトフを運んできた


「これは? 」


「ポトフです。母の得意料理でした」


「ふむ…お前が作ったのか」


「はい、お口にあえばいいのですが…」


ルージャンはスブーンにホクホクしたじゃがいもを乗せると口に運びゆっくりと味わった


「優しい味だ…下がってよい」


「は、はい、あのお口に合いましたか? 」


「聞こえなかったのか? 下がれと申しておる」


「申し訳ございません。失礼致します」


怒らせちゃった…どうしよう…

キッチンに戻ると暫くして料理長が戻ってきた


「やったな、ローザ! 明日からスープはお前に作らせるようにと伯爵のご命令だ 」


「えっ、本当ですか? 」


「いつもスープを残される伯爵が全部召し上がったんだ…やっぱり俺の見込み通りだ、明日から頼んだぞ」


「あの口の奢った伯爵に気に入られるなんて! すごいわ、ローザ! 」


モーリがはしゃぎながら抱きしめてくれる


気に入ってくださったんだ…嬉しい 頑張って美味しく作らなくちゃ


思いがけない新たな仕事にドキドキしながらローザはその夜、安心したように眠りについた


――――――――


クリスマスが近づき使用人の各々が休暇をとり家路へと帰る用意をするなか、ローザは父へのお土産を鞄に入れ久しぶりに家に帰れる嬉しさにうきうきしていた


「えっ…家に帰っちゃいけないって…どうしてですか? 」


執事のジュリアンに言われローザはショックを隠せない


「ルージャン様がそうおっしゃたので…」


「そんな…久しぶりにお父さんに会えると思ってお土産も用意したのに… 」


何故、自分だけ休暇をもらえないのか…


そうよ、怒られるかもしれないけれど 伯爵に訳をお聞きして頼んでみよう!


ローザはホットチョコレートを持っていくときに思いきってルージャンに尋ねる決心をした


「失礼します」

言わなくては…きちんと理由を聞いて家に帰していただくんだから!

熱いチョコレートをテーブルに置きローザは伯爵を見ながら深呼吸をして息を整える


「伯爵、あの…」


「下がっていい」


「どうして、どうして私だけ家に帰ってはいけないのでしょうか? 」


ルージャンは黙って瞳を伏せチョコレートを口に運ぶ


「何か粗相があったのでしたら何度でも謝ります。母が亡くなってからうちは父と私の二人暮らしで

父が私の帰りを楽しみに待っているんです。せめて二日、いいえ、一日でもかまいません!

どうすれば休暇をいただけますか? 」


「お前の仕事はまだ半人前だ、帰りたければ早く仕事を覚えるんだな…」


「スープがお気に召しませんでしたか? チョコレートが不味いですか? 掃除が行き届

きませんでしたか?

お願いです、教えて下さいっ」


まくしたてるようなローザにルージャンは片手をあげてそっと制した


「もう休みたい…静かにしてくれ」


ルージャンはベッドに横になると見事な銀髪をシーツに広げ瞳を閉じた


「伯爵? 」


数分後、寝息をたてて眠るルージャンを見ながらローザは立ちすくんでいた


この人の寝顔、はじめて見る

なんて無防備に寝ているんだろう…

鼻をつまんでも…起きないかな


そっと高い鼻を指でつまんでみたが気付かず寝息を立てている

うそ…熟睡してる!!


毒気を抜かれたようにシュンと項垂れてローザはそっと寝室を出て行った


――――――――


「可哀想に…お土産買ってくるから元気だして、ねっローザ」


ロアンとゴーシャ、モーリに慰められローザは微笑んだ


「ありがとう。大丈夫ですよ、それより気になったのだけど貴方たちのいない間、庭園の薔薇は誰がお世話するの? 」


「ああ、代わりの庭師が来るらしいんだ」


「さっき会ったんだけどなんだか感じの悪い男ね」


モーリが眉をしかめながら不服そうに呟いた


「1週間で帰るからその間だけだよ。無愛想なおじさんだからローザも気を遣わないでいいからね」


「わかったわ、みんな、休暇を楽しんでね」


仲のいい三人を見送るとローザは何故かふと薔薇園が気になった


薔薇園に向かうとルージャンがひとりで薔薇を見つめて佇んでいる

瞳の色が真紅に染まり薔薇に手をかざすと一瞬で見事な花びらが枯れて散っていく


「え…… 」


次々と薔薇を散らしエナジーを取り込んでいたルージャンはローザの視線に気づくとギロリとこちらを睨んでいる


「なにをしている? 」


「あ、あの…」


今のは…なに…?私、何を見たの…


口ごもるローザにつかつかと歩み寄るとルージャンはにやりと口の端を上げ


「お前のスープが不味くてこうでもしないと飢え死にしてしまう」


……!


信じられない言葉を浴びせられローザはその場を走り去った


――――――――


あの人は…人間じゃない…

薔薇に手をかざしていたとき瞳が真っ赤に光っていた

私は…何を見てしまったの?

怖い、うちに帰りたい…


その夜、キッチンで伯爵に持っていくチョコレートを用意していると見慣れない中年の男がニヤつきながら話しかけてきた


「見たんだろう? あいつはバケモノだよ」


このひと誰なの…あ、もしかしてロアン達が言っていた無愛想な庭師って……


「おそらくあんた、気に入られたんだろう。あいつがもし、あんたにだけは気を許して隙を見せているなら夜明け前にこの杭をやつの心臓に突き刺せばあんたは…自由になれる」


長い杭をローザに差し出しながら男は続けた


「昔、俺の友達は飢えたVampireの餌食になったんだ

あいつらは外見は綺麗で上品ぶってはいても…ひと皮剝けば血に飢えたバケモノなんだよ! 」


「バケ…モノ…」


「このままじゃあんた、いつまでたってもうちに帰れないぜ。一生あのバケモノに仕える気か? 」


この男は何なの…友達を殺されたって…

たしかに伯爵は人間じゃない…でも彼があなたに何をしたっていうの…


庭師の言った通りルージャンは文句をつけながらもローザの前でだけは心を許しいつも無防備に眠っている


ドジな私をからかわれるけれど怒ったり、ましてや襲って血を吸ったりはなさらないわ…

でも…このままでいたら多分、一生うちには帰れないかもしれない

お父さんに二度と会えないかもしれない


そんなの…いや!!

うちに帰りたい

お父さんにスープを作って肩をもんであげたり、お母さんの思い出話しをして…

渡された杭を握りしめローザは涙を流しながら自分を信頼している伯爵への裏切りを決心した


皆が休暇をとって三日目の夜…

いつも通りにチョコレートを飲み終えるとルージャンはスヤスヤと寝息をたてはじめた

長い睫毛が影を落とし青白い顔を月明りがが照らしている


綺麗な寝顔…よく眠っているわ

伯爵、ごめんなさい……私 お父さんに会いたいんです…家に帰りたいんです…


ローザは震える両手で杭を握りしめると心臓めがけて突き立てる


その手を優しく握りしめたルージャンの瞳がゆっくりと開かれる


「違う…ここだよ…」


ルージャンは悲しそうに微笑むと自分の心臓の上に杭を導く

ドジなローザは間違えて心臓と逆の右側に杭を立てていた


「疲れた…もういい…お前の手で葬ってくれ… 」


「伯爵……」


ローザは固まったように杭を握ったまま動けずにいる


「早くおやり…でないと私は…お前を手放せなくて永遠に家には帰してやれない」


「わたし…私は…」


ローザは手から杭を落とすと泣き崩れた


「できない! できません!! 私にはできません!  ごめんなさい…ごめんなさいっ」


とめどもなく涙が溢れてルージャンの頬を濡らした


「いいのか…家に帰れるぞ…」


「いいんですっ!! 私、貴方を貴方を、貴方を愛しています!! 」


驚いたようにルージャンはローザの顔を見つめ銀色の瞳から涙を零した


「お前のスープは美味かった…毎晩淹れてくれるチョコレートも紅茶もスコーンも全部優しい味がして…」


「ルージャン様…」


「ぼんやりしたドジなお前に最初は苛立っていたが…懸命に頑張る姿が優しい笑顔が…愛おしくて… 」


「私で…いいのか? 怖くはないのか…」


溢れる涙を拭うのも忘れローザは応える


「怖くありません! お慕いしています、私の前で無防備に眠られているお姿を見て…愛おしくて…苦しくて…」


「ローザ!! 」


伯爵はローザを優しく抱きしめて口づけを交わす


「お前を愛してる…蒼い口づけを受け妻となってくれるか? 」


「はいっ」


「父上には会えなくなるぞ…それでもいいのか? 」


「はい、どこまでもついていきます…! 」


ふたつのシルエットはひとつに重なり月が静かに見守るなか、伯爵はローザをマントに包み込み蒼い口づけを交わした


一週間後…ローザをそそのかそうとした庭師は屋敷から姿を消していた

休暇から戻った三人は驚きながらも喜んでふたりを祝福してくれました


――――――――


End
















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