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8/8

8.後悔しかない

「ヴァリオ様、明日にでも我が家から婚約破棄の申し入れがあると思います。この数か月、決断できなかったことをお許しください。それでは、王女殿下とお幸せに」


 背筋を伸ばし、見慣れないデザインのドレス姿で美しいカーテシーをする。

 このままでは行ってしまう。


 焦りに、声を上げた。


「違うんだ、誤解なんだ。クリスタ、話を聞いてほしい……!」


 だが、彼女は振り返ることなく、彼女の叔父と一緒に会場から立ち去る。

 茫然とその後ろ姿を見送るしかなかった。


 どこを間違えたのか。

 彼女との未来がなくなってしまって、初めて自分の選択が間違っていたことに気が付いた。


 レーヴィ王子とアリシア王女とは、幼い頃に気に入られて以降、ずっと一緒にいる。表向きはレーヴィ王子の学友兼護衛。護衛となるために、騎士の訓練に参加したり、遠征に行ったりしたが、王都にいるときは大体王子たちの側にいる。


 側にいれば、見えてくるものもある。レーヴィ王子とアリシア王女は後妻として嫁いだ王妃の子供。第一王子は今は亡き前王妃の息子。前王妃は隣国の王女で、国王が愛した女性だ。だが、子供を産んで数年後に亡くなってしまう。


 王妃が不在はまずいということで、ごく一部の貴族たちが国王に後妻を望んだ。だが、国王は跡取りもいるので、不要だと突っぱねていた。

 そんな攻防があった末に、折れたのは国王だった。社交界で問題があり、やはり王妃はいた方がいいのでは、という流れがあったそうだ。王太子は第一王子であるという決定と引き換えに国王は譲歩した。


 そんな状況の中、国王に嫁いだのが二人の母だ。明確に差をつけるためなのか、王妃は伯爵家の出身で、悪くはないが良くもないと言った家柄だった。王妃として選ばれたことで、自分が国王に愛されていると夢を見るような令嬢だった。


 ヴィータネン伯爵家の俺が学友として選ばれたのは、母上が王妃の友人であるという縁。王宮は息が詰まるのか、母上は王妃によく招待され、そのついでに連れていかれた。


 子供の頃は会えば楽しく一緒に遊んだ。王子と王女は与えられた狭い世界で暮らしていて、余計なことを言う人もいなかった。


 変わったのは、王子に護衛になってほしいと請われてからだ。騎士になるためにはそれなりに訓練が必要で、必然的に外の世界を知ることになる。


 王子たちの立場は微妙で、第一王子である王太子とは距離がある。明らかに王太子の方が優遇されていた。母が王妃であっても、王子と王女は日陰者のような扱いだ。


 大人たちの悪意に晒されてからだろうか。王子は投げやりに、王女は誰よりも我儘になった。

 レーヴィ様は引きこもり気味で、意欲が薄らいだだけだからまだいい。問題はアリシア様だった。

 彼女は一度癇癪を起すと、それこそ誰かが怪我をしない限り止まらない。王妃ですら、アリシア様の癇癪に嫌気がさしてほとんど顔を合わせないほどだ。それに対して、レーヴィ様への偏愛はすさまじい。


 緩衝材として、俺は二人の側に置かれ続けた。初めはそれなりに注意をしたり、説得したりしていたが、聞いてもらえないことがわかれば注意することもなくなり。


 なるべく早く落ち着くようにある程度は我儘を聞いて、流すことを覚えた。


 だから、アリシア様が離縁して国に戻ってくると知って。

 なるべくクリスタに意識がいかないように側に張り付いた。癇癪を起して、クリスタを傷つけられてはたまらない。


 身分を失ったアリシア様の行き先が決まるまで、逆らわずにいればいい。

 だから、クリスタとの約束よりもアリシア様を優先したし、距離が近いと思っても咎めなかった。怒りに触れない程度に注意をしたが、当然アリシア様が聞くこともなく。


 流石にドレスを自分用に作り替えろと言われた時は怒りを覚えたが、次々と入ってくるクリスタの奔放な交流の噂に不安を感じていた。

 その時に気が付けばよかったのだ。クリスタがそのようなことをする性格ではないことを。不穏な噂を運んできている人たちが誰の指示で動くのかを。


 そうすれば、嘘を吐かれたことにすぐに気が付いただろう。



 送った手紙がすべて戻ってきてしまった。当然だ。アリシア様が戻ってきてから、こんなにも頻繁に手紙なんて送っていない。送ったとしても、断りの手紙だけだ。


 あの時はアリシア様のことばかり気にしていた。こうしてしてしまったことを思い返せば、どれほど酷いことだったのか、よくわかる。今さらながら家族から知らされた噂もひどいものばかりだ。社交界ではより面白い方へ噂が膨らむにしても、異常だった。


 封さえ切られていない手紙に火をつけた。トレイの上で火が燃え広がり、手紙をただの灰に変えていく。


 それをぼんやりと見つめているうちに、もうダメなんだな、とようやく理解した。


 後悔だけが、ぐるぐると頭の中を回っている。ああしていれば、こうしていれば、とそんな感情だけが残る。


 扉が開く音がしたが、顔を上げる気力もない。ぼうっとしていれば、部屋のカーテンが開かれ、薄暗かった部屋が明るくなる。その光が眩しくて、何度も瞬いた。


 閉めてほしいと顔を上げれば、そこには呆れた顔の兄上がいる。侍女だと思っていたから驚いた。


「ヴァリオ。いい加減、部屋から出ろ。荷物をまとめるのを手伝え。叔父上に屋敷を明け渡す日も近づいている」

「……放っておいてくれ」

「すべてお前の自業自得だろうが。だから、早いうちにアリシア王女と離れるか、もっと婚約者を優先するように言ったんだ。お前は嫌がって聞く耳を持たなかったが」


 クリスタに対する態度の悪さ、それから事実無根の噂について、誰よりも心配してくれたのが父上と兄上だった。母上は元々王妃殿下の友人だ。気の毒な王女殿下の側にいるべきだと最後まで言っていた。そして、ありもしない俺と王女殿下の恋の話に酔いしれていた。そういえば、ここしばらく母上のヒステリックな声を聞いていない。


「母上は監視付きで部屋に押し込めてある」

「……離縁はしないんだ」

「仕方ないさ。伯父上に拒否されたから。流石に実家に受け入れてもらえないのに放り出すわけにはいかないだろう。別邸を用意するそうだ」


 もっともなことを言われた。


「それから、これを。ついさっき、城から届いた」


 渡されたのは一通の封書。

 封書の紋様は王家のものだった。だけど、レーヴィ様の紋様でも、アリシア様のものでもない。


「王太子殿下のものだよ」

「何故」


 兄上も分からないと肩をすくめる。震える手で封を切った。手紙にはレーヴィ様に下賜した領地へ護衛として勤めるようにと書かれていた。


 茫然とする俺の手から兄上が手紙を引き抜く。


「なるほど。王妃陛下たちの心を慰めるには信頼できる護衛が必要だと」


 兄上はため息を吐くと、俺の肩を叩いた。


 王家からの指示に逆らうこともできず、王都を後にした。


 これからずっと、あの閉じた世界で生きていくのだろう。


Fin.

最後までお付き合いありがとうございました。ちょっともやっとする終わり方でしたが、楽しんでもらえたのなら嬉しいです。


誤字脱字報告、とても助かっています、ありがとうございます!

それでは。

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