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7.新しい生活

 婚約破棄はあっさりと成立した。

 夜会での騒ぎもそうであったが、噂になるほどヴァリオ様と王女殿下は二人寄り添って外出していた。誰の目にも明らかなほどの距離もあり、二人の悲恋はおおむね事実だと社交界に広がっていた。


 世間はそのように落ち着いたが、わたしは少し受け取り方が違う。

 最後のヴァリオ様の様子から、二人が愛し合っているというよりも彼は嫌なことを流そうとしていただけのようにも思えた。今回のことを冷静に思えば、ヴァリオ様は王女殿下の要求を拒否するのを面倒臭がったのだ。だからといって、わたしが傷ついていいわけではないし、許せることでもない。


 ヴァリオ様からの何通も届く手紙を読めばわかるのかもしれないけど、すべて読むことなく返した。今さら知ったところで、もう意味がないから。


「そういえば、ヴィータネン伯爵は実弟に爵位を譲って、領地に行くことが決まったのよ」


 お母さまがそう教えてくれた。


「そこまでしなくても。お父さまが何かしたの?」

「これから始まる事業に関わるためでしょうね」


 そっけなく言われ、そうなのね、と頷いた。わたしから言うことなど何もないから。


「それから、王子殿下は王領のひとつを与えられて、元王女殿下と共に行くそうよ」


 王領は豊かな場所と、治める人がいなくなった土地の二つがある。与えられた領地は跡取りがおらず返還された山の多い自然豊かな場所らしい。王都からも馬車で一か月と随分と遠い。


「これで収めてほしいということでしょうね」

「叔父さま、結構無茶なことをした?」


 わたしに、というよりも、叔父さまに配慮してだと思う。叔父さまはもう間もなく他国に移住してしまう。今回の件をうやむやにしてしまったら、二度と寄り付かないかもしれない。


 そんな大人げないことはしないと信じたいけれども。


「国王陛下にとって、王子殿下と王女殿下を排除するいい口実ができたのよ。あの二人は王族としておくのは、いささか問題があったから。ヴァリオ殿ももしかしたら幼馴染の二人と一緒に行くかもしれないわね」


 ただの王家の闇だった。でも、心許せる彼らと一緒にいられるのだ、ヴァリオ様もその方が幸せかもしれない。


「今後、三人が貴方と会うことはないでしょう。だから、もし外に行くのが嫌なら、ここに残ってもいいのよ」

「ううん。わたしは叔父さまと外に行きたい」


 周囲の状況が落ち着いた頃、わたしは叔父さまと一緒に学園都市へと旅立った。



「この泥棒ネコ!」


 参加した学者たちの懇親会で、頬を叩かれてびっくりした。地味に痛い。

 目の前にいるのは、華やかな容姿を持った女性。大人の女性という雰囲気はあるが、年下のわたしに嫉妬丸出しにしているところを見ると、精神的な成熟はしていなそう。


 学園都市で叔父さまの秘書になってから三年、こういう女性が湧いてくるようになった。とはいえ、それは始めの一年程度で、その後は叔父さまが威嚇しまくったため、大切な姪という肩書に代わっている。まだ勘違いしている人がいることに驚いた。


「クリスタ、大丈夫か!?」


 わたしの今日のエスコートを務めている叔父さまの助手の一人が、慌ててわたしの所にやってくる。


「ええ、頬を叩かれたのが初めてでびっくりしてしまって」

「普通は叩かれない! そこは全力で怒れ!」

「うふふ、でも、アーロンが怒ってくれているから」


 アーロンはわたしよりも一つ年下。この学園都市に来た時から、何かと面倒を見てくれている。こうして勘違いした女性に突撃された時も、いつもフォローしてくれる頼れる人だ。


「彼女はライアン先生の姪だ。その姪を叩いたんだ。抗議させてもらう」

「え、姪!?」

「何で、彼女が誰か知らずに叩くんだ。少しは考えてから行動しろよ」


 アーロンが不機嫌に捲し立て、ようやく駆け付けた会場の警備に引き渡す。その間に、頬がジンジンと痛み始めた。叩かれた頬に手を当てれば、熱を持っている。このまま懇親会に参加する気分でもないので、怒るアーロンに声をかけた。


「もう帰るわね」

「わかった。送っていくから、ちょっと待て」

「ええ? 大丈夫よ」


 アーロンにとっても他の先生方との交流は大切だ。そう思って、心配ないと言っているのに、彼はますます不機嫌になる。


「頬を叩かれた女性を一人で帰せるか」

「でも」


 拒否を受け入れずに、アーロンはわたしの手を引いて馬車寄せへと向かった。大きな手がしっかりとわたしの手を握りしめていて、振りほどけそうにない。


「本当に一人で大丈夫なのに」

「頬を腫らして何を言っているんだ」

「……ねえ、あんまりひどいことをしないでね」


 アーロンは叔父さまの助手であるが、この国の王族でもある。知っている人は知っている情報。

 この怒り方だと、叩いた彼女だけでなくその家自体にも影響が出そうだ。そう思って、お願いしてみたのだが。


「この国の王族はそこまで権力があるわけじゃない。どちらかというと、ライアン先生の方が暴走する。その前に適当な罰を与えておいた方がいい」

「そうね。叔父さま、すごく過保護だから」


 なるほど、と頷く。


「なあ」

「何?」


 彼が言いたいことはなんとなくわかる。だけど、まだそれを受け入れるだけの心に隙間がない。

 それがわかったのか、アーロンはそれ以上何も言わずに馬車へとわたしを押し込んだ。


「一人で大丈夫なんだな?」

「ええ。もう屋敷に帰るだけですもの」


 叔父さまと暮らしている屋敷に戻れば、面倒見のいい使用人たちが沢山いる。それを知っているアーロンは頷く。


「また明日」


 そう挨拶をすれば、彼はしばらく視線をうろつかせ、それから決心したように顔を上げた。まっすぐに見つめられ、これは逃げられないと感じる。


「明日、話がある」


 わたしの返事を待たずに、扉が閉められ、すぐさま馬車が動き出した。


 婚約破棄して三年、わたしは二十一歳になった。すでに心の傷は痛むことなく、遠い過去となりつつある。それでも次の一歩が踏み出せないのは、臆病になってしまったからだろう。


 明日、アーロンがどんな話をしてくるのか。それをわたしが受け入れられるのかはわからない。

 でも、そろそろ新しい一歩を踏み出してもいいのかもしれない。


Fin.

本編はここまでです。あと一話、ヴァリオの後悔で完結です。

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