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3.友人との茶会

 世間の噂は噂でしかない。

 でも、噂だったことが事実となることだってある。


 噂が出始めた頃、王女殿下にもヴァリオ様にも不名誉なことだから距離を置いてほしい、とお願いしていた。だけど、彼は笑って取り合わなかった。王女殿下はヴァリオ様を弟のように思っていて、気安いだけだと。


「ねえ、エリーサ。ヴァリオ様と王女殿下の噂、教えてもらえる?」


 茶会に招待してくれたエリーサに真っ先に訊ねた。彼女はびっくりして目を丸くする。


「どうしたの? 今までただの幼馴染というあの男の言葉を信じていたのに」

「そうなのだけど。わたし、もしかしたら勘違いをしていたのかもしれないと思って」


 先ほどの、ヴァリオ様とのやり取りを思い出し、気持ちが地の底まで沈んだ。こうして言葉にすることすら、ぎゅっと心臓が掴まれているようで苦しく辛い。無様にも、声が震えてしまっている。でも、こんな情けない話ができるのはエリーサしかいなかった。


 切羽詰まった様子を見せるわたしに、エリーサはそうねぇと少し考え込む。


「噂はあちらこちらで聞こえてくるわね。最近は王女殿下が隣国に嫁ぐ前、恋人同士だったとか、運命の恋人が政略に引き裂かれたとか。そんな話が面白おかしく広まっているわ」

「それほど……近い距離なの?」


 実際二人が一緒にいるところを遠くからしか見たことがなかった。そのときは、ごく普通の王女殿下とその護衛といった距離感だったように思う。


 二人に気が付いた友人たちがすぐさま違う場所へと誘うので、決定的な場面を見ていない。だからこそ、同情めいた顔をして二人の様子を教えてくれる令嬢や夫人たちの話を聞いても、ヴァリオ様の「傷心な王女殿下を慰めているだけ、落ち着くまで」という言葉を信じることができた。


 ただ、何でもないという割にはヴァリオ様はわたしとの約束をことごとく反故にしていく。それと同時に聞こえてくる、二人のお忍びの情報。

 大切にされていない不満は、不安を伴って急速に大きく育っていた。


「最近では見ていられないわね。恋人だと噂されても仕方がないぐらいよ」

「……そう」

「クリスタはあまり気にしていなかったようだから、言わなかったけれども。わたしが婚約者にあのような態度を見せられたら、間違いなく殴っているわ」


 それぐらいの距離感なのか。

 寄り添った二人を想像して、吐き気がこみ上げてきた。不誠実な婚約者に、初めて嫌悪感を抱いた。


「こんなことを言うのは酷かもしれないけれども……あの男の言い分を鵜吞みにしないで、ちゃんと考えた方がいいわ」

「それは」

「噂の広がり方、少し異常だわ。王女殿下が戻ってくるまでは、あなたたち二人は理想的な夫婦になるだろうと言われていた。それなのに、あっという間に運命の恋人を引き裂く悪者にされている」


 エリーサが何を言いたいのか、わかってしまった。この噂はなんとなく流れているわけではない。確実にわたしを陥れるためのもの。


 エリーサがぎゅっと握り込んだわたしの手を包み込んだ。


「クリスタに落ち度は何もない。あんな真正のクズ、捨ててしまいなさいよ」


 強い言葉。

 わたしは落としていた視線を上げた。真正面からエリーサを見る。


「ここに来る前に、ヴァリオ様が来たの。週末の観劇を断りに。それで……わたしと行く予定だったチケットを譲ってほしいと」

「何ですって! 信じられないわ!」


 涙を堪えようと息を詰める。エリーサは目を吊り上げた。


「しかも、王女殿下に尽くす自分を支えてほしいと言うの。初めて、このままでは嫌だと思ったわ」

「クリスタはそこまでされても、あのクズ男を好きなの?」

「……好きだという気持ちが揺らいでいるの。このままの状態で、好きでいられるのか自信がない」


 震える声で本音を零せば、そうよね、と友人は大きく頷いた。


「わたしは捨てちゃえばいいと思うけど。そもそも、貴女たちの婚約には政略の意味はないのでしょう?」

「そうね。ヴァリオ様が王子殿下の専属護衛でいるために貴族籍が必要だっただけだから。わたしでなくても、王女殿下と結婚できるのなら、そちらでもいいはずだわ」


 わたしたちは幼いころから婚約していたわけではない。優秀なお兄さまがいるため、何かを求められることなく、比較的のんびりと領地で暮らしてきた。


 ヴァリオ様は王都にずっと住んでいて、第二王子殿下の乳兄弟。王族に仕えているとはいえ、彼はヴィータネン伯爵家の次男。長男はすでに結婚して子供がいる。つまりは、貴族として何も受け継ぐものはない。


 そんな二人の婚約が調ったのはわたしが十五歳、ヴァリオ様が二十歳の時だった。

 お父さまは幾つか爵位を持っており、わたしの結婚相手が爵位を持っていなければ子爵位を用意することを知った王家から打診された縁談だ。


 幸いなことにして、二人の相性は悪くなく、王女殿下が離縁して戻ってくるまでの三年間、わたしたちのペースで、ゆっくりと二人で愛を育んできた。愛情だけでなく、彼への信頼もあった。それこそ社交界でも結婚後も良い夫婦になるだろうと評判になるくらいには。


 それが今では正反対の評価。

 わたしだって、彼を信じている状態とは言えなくなっている。彼の言葉すべてに不安を覚えてしまう。


 あまりの変化に理解が追い付かない。眩暈がする。


「これからどうするのか、ちゃんと考えて。そして、ご両親に相談しなさいな」


 エリーサ真面目な顔でそう忠告をすると、すぐに話題を変えた。最近、王都でも人気のカフェの話へと移っていった。

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