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2.久しぶりの婚約者

 応接室に入れば、ヴァリオ様が椅子から立ち上がった。

 仕事の途中なのか、近衛騎士の制服姿だ。薄茶色の髪は以前よりも少し伸びていて、やはり忙しいのかもしれない。


 前回顔を合わせたのは一体いつだろう、と考えないといけないほどヴァリオ様と会うのは久しぶりだ。

 何度も断られて不満だと伝えようと思っていたのに、彼の顔を見れば、自然と笑顔になってしまう。


 少しでもわたしに会いたいと思ってくれたのだろうか?


「ごきげんよう。ヴァリオ様」

「先触れもなく、申し訳ない」

「折角来ていただいたけど、これから茶会に出掛けるの。あまり時間が取れないわ」


 できればこのままヴァリオ様と話し合いたいと思う気持ちもあったが、流石に茶会を今から取りやめることはできない。残念な気持ちで告げれば、ヴァリオ様は頷いた。


「今日寄ったのは、週末の観劇の件なのだが」

「ああ、週末だったわね。わたし、とても楽しみにしているの。夜はいつものようにお食事を一緒に」

「すまない、その……」


 その先に続く言葉を想像して、唖然とした。びっくりしすぎて、表情がとりつくろえない。


「もしかして都合が悪くなったの?」

「……護衛の仕事で」

「まあ、またお仕事なのね。先日もお出かけが駄目になりましたし、その前の茶会のエスコートもお断りされています。それを考えれば、最近、忙しいようですから」


 あれこれと納得のいかない言い訳を聞くつもりもなく、捲し立てた。ヴァリオ様は居心地が悪そうに目をうろつかせる。

 言葉を一度切り、大きく息を吸った。無理に笑みを浮かべて見せる。


「お話はわかりました。週末の観劇はキャンセルで。それでは、これから茶会に出かけるのでこれで失礼しますね」

「待ってくれ」


 ヴァリオ様が立ち上がったわたしに声をかけた。


「他に何か?」

「チケットを譲ってほしい」

「はあ?」


 淑女らしくない間抜けな声が出た。言われている意味が分からない。


「都合が悪くて、約束をお断りしに来たのですよね。それなのにどうしてチケットが必要なのです? そもそもあのチケットはお父さまがお母さまと一緒に楽しむために半年前に予約していた特別席なのです。ヴァリオ様と行くならば、と両親が譲ってくれたとお話したはずですが。ヴァリオ様の都合が悪いのなら、当初の予定通り、両親に楽しんでもらいますわ」


 不機嫌さを隠すことなく言い返せば、ヴァリオ様が顔色を悪くした。


「わかっている。わかっているんだが、どうしてもそのチケットが必要で」

「では、他に当たってくださいませ」

「できなかったからこうして頭を下げている」


 どこが頭を下げている態度なのか。お願いすれば、文句を言いつつも差し出してくれるはずだという期待が彼の態度にちらちらと見え隠れしている。


 二人で見るはずの劇はどの国でも人気のある劇団の主宰で、チケットを手に入れることが難しい。父がスポンサーの一人であることから、手に入れたチケットだ。両親がわたしたちの仲を心配して、その特別なチケットを譲ってくれただけ。


 怒鳴りたくなる気持ちを抑えるために、大きく息を吸った。冷静になれ、と言い聞かせながら高ぶる感情を宥めた。


「……もしチケットが必要ならば、父と交渉してください。もしかしたら融通してくださるかもしれません」

「だから、君からお願いしてもらえば」

「何故、わたしがそんなことをしなくてはいけないのです?」


 ここまで食い下がるのは予想外で。ふうん、と目を細めた。


「もしかしたらわたしとの約束を反故にして、代わりに王女殿下と一緒に見に行こうということですか? チケットが手に入らないから、仕方がなく?」

「!」


 どうやら当たりらしい。


「最低」

「仕方がないだろう? 王女殿下は俺の仕える方だ。希望を実現させることが求められる。君は俺の婚約者なんだから……愛しているなら俺を支えてほしいんだ」

「いつから王女殿下に仕えるようになったのです?」


 本来彼の仕事は第二王子殿下の護衛。そもそも王女殿下と呼んではいるが、彼女はすでに王族でも、貴族でもない。その彼女に仕える。その意味をわかっているのだろうか?


「それは、レーヴィが……いや、第二王子殿下が妹をよろしく頼むというから」

「そうなのですね。わかりましたわ」

「では……!」

「両親にヴァリオ様からお話があると話しておきます」


 嬉しそうな顔をするが、話をするだけだ。どういうことだと、ヴァリオ様は戸惑った顔になる。


「娘のために用意してくださったチケットです。誠意をもって交渉すれば何とかなるのではないかしら?」

「できれば……君が手配までしてほしいのだが」

「そこまでしたら、流石の両親も激怒しますけど。よろしいかしら?」


 激怒されたらチケットどころではないと想像できたのだろう。それ以上は食い下がってこなかった。


「それではごきげんよう」


 ヴァリオ様がまだ言いたそうにしていたが、気にせず部屋を出た。

 三か月前まではとても仲が良くて、誰もが結婚しても幸せになれるねと祝福してくれていた。

 今はどうだろう。王女殿下が離縁されて戻ってきたときには、こんなことになるなんて想像していなかった。

 ヴァリオ様に王女殿下が幼馴染であること、離縁でふさぎ込む王女殿下を慰めたい、落ち着くまでだからと言われたけれど、そういうものかと思ったぐらい。


 だけども、それから三カ月間。

 ことごとく約束を直前に断られて、王女殿下との秘められた恋などという噂が立ち始めた。わたしは直接見たことはないけれども、二人のその距離がとても近いのだと言う。


 ヴァリオ様はわたしと一緒に過ごす時間をどんどん少なくして、さらには。


「お嬢さま」


 廊下を歩くわたしに、侍女が声を掛ける。


「なあに」

「一度、お部屋の方へ」


 これから茶会に出かけるというのに不思議なことを言う。足を止めて振り返れば、侍女がそっとハンカチを頬に当てた。


「わたし、泣いているの?」

「さあ、お化粧を直しましょう」


 手を引かれるまま、部屋に戻り鏡台の前に座る。侍女が手早く涙の痕を消してくれた。ぼんやりと自分の姿を鏡で見つめた。


 幼馴染だとしか言わないヴァリオ様。

 でも噂通りだったとしたら――?


 いつでもわたしとの約束よりも王女殿下を優先する婚約者。

 彼の気持ちは、本当はわたしではなく王女殿下にあるのでは?


 そんな気持ちがふと込み上げてきた。

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