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雨よ降れ

作者: 十一橋P助

 ポツリポツリと落ちてきた雨粒はすぐに本降りとなった。

 それを待っていたかのように、重厚な鍵が開錠される音が聞こえ、鉄の扉がゆっくりと開かれた。

 そこから姿を現したのは三人の男だった。みな薄汚れ、ぼろのような服を身にまとっている。

 肌の黒い男が空を見上げ、

「どれくらい持ちそうだ?」

 それに答えたのは東洋人だ。

「最低でも……2時間」

「よし、急ごう」

 肌の白い男の声で、三人は足早に歩き出した。

 彼らは奴らの目を恐れていた。奴らとは、狼男だ。

 

 今から5年前、中国のある都市で人が人を噛み殺すという事件が続発した。かろうじて命を取り留めた人もいたが、その人もまた時を待たずして人を襲うようになった。

 ほどなくしてそれはウィルスに感染した末の凶行であることがあることが判明した。保持者に噛まれることで感染するのだ。

 ウィルスは急速に広まり、すぐにその都市は封鎖された。それと同時に中国政府が世界に向けて公式会見を開いた。

 問題のウィルスは、軍事利用を目的として研究途上にあった狂犬病ウィルスであり、中国のある施設から漏洩したものであると。

 過去にもパンデミックを引き起こした病はあった。その原因となったウィルスは中国の研究施設から流出したものであると指摘されたにもかかわらず、当局はかたくなにそれを否定していた。それに比べてこうもあっさりと自国の非を認めたことは、そのウィルスがいかに危険であるかを示していた。

 元々の狂犬病は発症すれば、興奮・錯乱・幻覚、攻撃的状態、水を怖がるなどの症状を呈した後、ほぼ100%死亡する病であった。だが改変されたウィルスに感染すると、興奮・攻撃的状態を長く維持したまま、死には至らないという特徴を持っていた。その人間離れした凶暴性と、一説にはその病が由来とされていることから、やがて人々は感染者のことを『狼男』と呼ぶようになった。


「しかし、あいつらが雨を怖がらなけりゃ、今頃俺たち全員食い殺されてるよな」

 黒い男に東洋人が応じる。

「言えてる」

「もしくは狼男になるかだ」

 白い男は頭を振りながら、

「いまやこの地球上に俺たち以外、どれだけまともな人間が残っているのやら……」

「元はといえばお前の国が悪いんだからな」 

 黒い男に睨まれた東洋人は辟易した表情を浮かべる。

「何度も言うけど、俺は中国人じゃないから」

「わかるもんか。お前ら全く区別がつかないんだよ」

「そりゃお互い様だろ。そっちだって真っ黒でみんな一緒に見えるよ」

「おいおい、聞き捨てならねえ言葉だな」

「今さらなんだよ。狼男に支配された世界で差別だなんだといってる場合じゃないだろ」

「こんな世界だからこそ最低限守らなきゃならないこともあるんだろうが」

「ふん。しょっちゅう暴動起こしてた奴らがよく言うよ」

「なんだと!」

 掴みかかろうとする黒い男をするりと避けて、

「ほらみろ。すぐに暴力だ」

「おい。いい加減にしろ」

 白い男が二人を制した。

「雨が降ってるからって油断しす……ぎ……」

 不意に彼は足を止めた。急に雨脚が弱まったからだ。

 見上げれば空は依然として厚い雲に覆われていた。だが雨が落ちてこない。

「まずい」

「おいおい、2時間は降るはずじゃないのかよ」

「天気予報は外れるもんだ」

「冗談じゃねえぞ」

 東洋人の肩を掴もうとする黒い男の手を白い男が抑えた。

「もめてる場合じゃない」

「ならどうする?」

「いったん戻るか?」

 白い男はしばし考えてから、

「そうしよう」

 全員がそろって振り返ったがすでに遅かった。数メートル先に狼男がずらりと並んでいた。

 戻るのをあきらめて先へ進もうとするが、そちらにも奴らはいた。三人はすっかり取り囲まれていた。

 包囲網がどんどん狭まる中、彼らは口々に祈った。

「おいおい、雨降ってくれよ」

「雨よ~、降れ~」

「神よ、雨を降らせたまえ」

 しかしそれは叶うことなく、それどころか雲が切れ青空が見え始めた。

 三人が絶望する中、狼男の一群はいっせいに獲物に飛び掛った。

 その犬歯は男たちののどを切り裂き、あたりに血の雨を降らせた。


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