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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

小石の話

作者: SEIZAN

男性が読むBLシリーズ①


 緑が生い茂る小さな星。

 海があり陸がある。それだけの星。

 文明は存在しない。


 とある川のほとりを見てくれ。

 そこには小さな小石が1つ?2つ?いや、数えきれないほど転がっている。上流から流れてきたのか、雨で削れたのか分からないが、そこに小石はいた。


 え?どれか分からない?

 その気持ち分からなくもない。外人さんの顔の区別ができないのに、どうして石の区別ができようか…。

 なら、しっかりと特徴を言うから探してみてくれ。


 大きさは赤ちゃんの握り拳。直径7㎝ほどかな。

 角はなく全体的に丸みがあるが、まん丸というわけではなく、見た感じ、少しだけ横に太い。地面にたたきつけられたゴムボールのような。

 色は石灰石ほどではないが鈍いような白。どんくさいような白。薄汚い白。

 表面はざらついていて、すりへりやすい。

 生まれは北の山の砂利。さざれ石同士、長い年月をかけて誕生した。

 生後間もなく嵐で吹っ飛び、この川に流れついた。そのため、他の石と比べ若干色が薄い。

 仲間外れの小石である。


 見つけられただろうか。

 そう、あの小石がこの物語の主人公である。

 ん?小石がかわいそう?

 

 大丈夫。小石は寂しくない。なぜならほら、小石の後ろを見て。

 小石の陰に隠れている、小石よりも小さな小石を。色も小石と同じだね。何を隠そう、この二分の一小石は昨日の雨で割れた、小石の半石なのだ。

 見た目は似ていない。兄である小石は全体的に丸い。しかしこちらは、角が目立つ荒くれ石。似ている場所が見当たらない。(以後、ややこしいので弟石と呼ぶ)


 小石は寂しくない。

それは、もう、一人ではないと知ったから……というわけではなく、そもそも小石は無機物である。そういうことである。心?ねぇーよ。



 うららかな春。陽を浴びてすべてのものが柔らかく、明るく、美しく見える。そんな季節。現在、嵐である。

 川は荒れ、大地が反乱の火蓋を切った。荒れ狂う風は大地に根付いた老木を雑草のように引っこ抜き、森は禿げた。なお、森、ここから終わることのない厄災に出くわす模様。


 西の海からやってきた五つ子の竜巻。潮の香りをまき散らしながら東へと進路をとる。ソラを舞うカジキマグロは竜巻たちのサッカーボール。ゴールネットはない。

 

 曇り空。落雷は森を燃やし、小石と弟石は避難するように風に飛ばされた。

 転がる先は、かつて地下水が削って作った洞窟。高さ300はある山の中腹。樹木はあり得ない曲がり方をしており、葉っぱはカツラのように吹き飛ぶ。早く避難しなければ、第二、第三の弟石が生まれることになる。


 しかし自然は理不尽な課題を押し付けた。洞窟の入り口にさしかかったところで、巨大な大岩が立ちふさがった。読んで字のごとく、比喩にあらず。直径5メートルはある大岩に。


その光景の一部始終を垣間見たカメは語る。

『苔がこびり付いたその肌は、おそらく水辺の近くで生息する大岩。ヌルヌル滑るその苔で、数多の生命の灯を吹き消したコトは有名だ。

生まれは南の海を越えた先の大陸。生まれた時から巨山の一部として他を寄せ付けぬ、エリートであったが、地殻変動の際、自身の独立を示すように海に身を放り投げた。海の底に沈んでいく同胞に目もくれず、この大陸まで流れ着いたのは、何事にも屈しない強靭な石(意志)であったからだ』


カメはそう語ると、飛んできた樹木に潰され死亡した。


小石と弟石は、立ちふさがる大岩を目の前にし、そのままの勢いで転がる。

周りの石たちが憐れみを込めた目?いや、小馬鹿にしたような目で見てくる。洞窟にも定員がある。己を優先に、他は蹴落としていく。自然界の掟だ。大岩はそれを知ってか知らずか、周りの石を見逃し小石たちを通さない。

 値踏みするような視線を大岩は足元に向けた。

 なぜ、大岩が小石たちの邪魔をするのか。答えはすぐに分かった。肌の色が違うのだ。小石たちは新参者。周りと違い薄汚い。石種差別だ。

周りの石たちがコロコロと音を立てて転がる。笑っているように聞こえた。


薄汚い石。


ああ、汚い。


そばに近寄るな。


お前たちの色が移る。


そんな声が聞こえてきそうな夜をいくつか越した。


 今日も風は強い。雨はやまない。カジキマグロは竜巻と踊る。

 小石は雨に打たれ、目の前の光景を眺める。

 以前変わりない大岩。対照的に角が欠け始めた弟石。しかし、あきらめることはない。小石も少し磨きがかかってきた。鈍い白はいつの間にか、鋭い白に代わっていた。

 しかし、このままでは弟石はすり減り、身を滅ぼしてしまう。

 弟石は小石よりも多くぶつかる。それは自身が小さいから。軽いから風に飛ばされやすいからである。


小石が大岩を睨んだ…様な気がした。たぶん。


大岩が少し後退る。それは、弟石がぶつかった瞬間でもあった。小石の威圧か弟石の突進か、それは分からない。


月日が経ち、喉がカラカラになりそうな灼熱の季節。虫のオーケストラは夜も鳴りやまない。

大岩の苔は雨で剥げ落ちていた。


ぶつかる小石。不動の大岩が目を瞑り、口を開く。


『お前の……勝ちだ!!』


 そんな幻聴が静かに木霊した。

 後ろにグラつく大岩。そして落ちていく。


奈落へ。




 時は少し巻き戻る。初めて君に出会った嵐の日。周りの砂利がうるさい。静かに転がるコトもできんのか。そんな悪態を大岩が呟いたようなきがした。


 大岩は足元で転がる小石を見る。

絶対に覆ることのない力量差を前にしてのこの突進。負けることなど疑うことを知らないその姿勢。そして、なんど弾かれようとも、立ち上がり、避けて通るコトなく、またぶつかってくる。


若さ…か。


この大陸に来て長い年月が経つ。初めのころは大岩も洗礼を受けた。生まれて初めての屈辱。数の暴力。先輩石に何年も下敷きにされていたこともある。ドブ川に投げ出されたこともある。油と悪臭が漂う地獄であった。しかし挫けるコトは無かった。絶対に挫けない理由があったからだ。それは、南の大陸で聞いた鳴き声。何の生き物かは知らないが、求めるように、祈るように鳴いていた。


『王の資質』


正確に聞き取れた言葉はこれだけ。しかし、鳴き声が何を求めているのかは、なんとなく読み取れた。


絶対的な存在であり、幾億の概念の頂点に君臨する資質。既存のカテゴリーに分類されず、独自の概念を所有する。優先権は踏みにじられ、相互権は機能しない。星の触覚はへし折られ、真実の扉は開かれる。


なぜそう読み取れたのかは分からない。しかし、それが逆に自身こそ『王の資質』を所有する存在だと信じるきっかけとなり、この大陸に奇跡的に流れ着くことにより確信に変わった。来る途中、クジラに言われた、とある助言はその時に頭から抜け落ちていた。


今こうしてこの場にいるのは、度重なる奇跡。その裏に隠れる我慢が実を結んだのだ。

 目の前に転がる小石。その若さは大岩が受け止めよう。これが王の資質を持つ為の試練だと信じて。


 風は吹き荒れる。

小石は転がる。地面をけって。

吹き飛ばされた草木が大岩を襲う。問題ない。俺はここにいる。かかってこい。

小石と大岩がぶつかり、その衝撃波で空がわれる……ことは無いが、乾いた音が木霊する。

弾かれるのは決まって小石。弾かれるたびに、自身の薄汚い白が削られ、雨で磨かれる。

大岩は自分の持ち場を動かない。迫りくる障害物は当たって砕く。それで自身が割れたとしても、目の前の勇者に背を向けるコトは許されない。

二つの石がぶつかり合う。

大岩に滴る雨水が、緊迫する駆け引きの中、顎を伝って零れ落ちる汗を思わせた。


 初めての試練がお前でよかった。

小石。お前は他の砂利とは違う。

 認めよう。お前は俺の最大のライバルだ!

 



……ふ、なんてな。

俺たちは今を流れる風に身を任せる事でしかぶつかり合えない。所詮はただの無機物。こうやって語り掛けてもお前には何も通じない。何も感じない。俺も同じだが。

だが、お前と出会えたこの奇跡。嘘なんて言わせないぜ。

 ああ、そうだな。語るのはやめだ。ここからは……いや、ここからも己の存在を賭けたぶつかり合いと行こうぜ。

 だから、風さん。今日はとことん吹き荒れてくれよ!!


 穏やかなぶつかり合い。所詮は石と石。どちらがどうなろうと、誰も、そして当石達もどうでもいい。


 黒い空が何回か流れた日のこと。それは訪れた。


 小石が正確に大岩を捉えたような気がした。


 悪寒。鳥肌が立ち、毛先が敏感になる。空気が毛先によって形を成したと錯覚するほどのプレッシャーに似た何かを大岩は感じ取った。それは確かに芽生えた感情でもあった。無機物に芽生えたそれの正体は、星の触覚と一時的に接続されたからだった。

 近い未来。そして遠い未来。過去からの依頼。あらゆる時間軸、世界線、真実の扉、次元の穴からのオーダー。小石の存在の抹消。明確な敵意が大岩を通して小石に向いた。


 大岩は初めて芽生えた感情に困惑し、それを押し込める為、自身の殻の中に引きこもった。そこは記憶の世界。大岩が歩んできた石の記録。数ある記憶の中、見つめていた記憶は今の今まで忘れていたクジラの言葉だった。


『大きい石よ。そなたでは王の資質の足元にも及ばない。自分を見つめ直しなさい』


 南の大陸からこの大陸に海を渡れたのは、間違って大岩を飲み込んだクジラのお陰であった。のどに引っかかった大岩はクジラの言葉に耳を貸さない。耳がないから。

 クジラはそれでも語り続けたのは……。


『大きい石よ。私の喉から出ていきなさい。魚が食えない』


 己の死期を悟ったからだ。

 クジラは語る。なぜ王の資質を求めるのか。手に入れた先、何を望むのか。

 大岩は答えることは無かった。しかしクジラは答えを得たようだった。

 クジラの質問は一通り終え、今度は大岩の疑問に答えた。もちろん大岩は口を開いていない。


 王の資質の語源はどこから来たの?

 『空を見なさい。規則正しく動く星の動きが語り掛けるのです。言葉ではありません。故に語源はありません。造語なのです』


 王の資質は存在しないの?

『ないとも言えませんし、あるとも言えません。しかし確かなことが一つだけ言えます。王の資質を持つものは、その性質上王の資質を持ちません』


 意味が分からないな。

『簡単な話です。王の資質も一つのカテゴリーに他なりません。故に王の資質を持つものはその瞬間、王の資質さえ超越した別の存在である。難しく考える必要はありません。そういうものなんだー、程度に納得しなさい』


 王の資質があると何ができるの?

『星の動きを読み取るに、分かっていることは三つあります』


一つ目は?

『最も大切な存在を知ることができます。愛情や友情という枠組みに限らず、自分が遠い日に忘れてしまった記憶。匂い。触感。感覚。線引きはありません。すべてを思い出し選別します』


 二つ目は?

『最も大切な存在が認識できなくなります。記憶、痕跡、すべてがリセットされ、最も大切な存在が欠けた世界が始まります』



 ……なんだか、悲しいね。三つ目は?

「しかし、それは代償ではありません。すべてを超越した存在に対する、世界からのささやかな挑戦。最も大切な存在を探し出す悠久の課題が突き付けられます。退屈な時間は与えません。生まれてきてよかったと、思わせるよりも早く、幸福を与えます」


 クジラは王の資質ほしい?

『考えたことがない、と言えば噓になります。幼き日、私も憧れたものです。波の無い夜はいつも空を見上げ、同じ星を読んでいました。危うく陸に打ち上げられそうになったのも良い思い出です』


 今も同じ気持ち?

『それは、どうでしょうか。あなたほど長くは生きてないけれど、諦めるにはちょうど良い年月です。なまじ星を読める事が諦めの一つでもあります。星読みでは王の資質に宿るコトとは別に予言もありました。王の資質を宿すものの予言です』


 予言……。

『これから先、これより前の時代。王の資質を持つものは3つ現れ、それ以降、王の資質を持つものは現れることは無い』

『1つ。願望器の裏に隠れた反転。絶対を拒絶する温もり。祖は《日》である』

『1つ。世界の理。形の原点。悠久の課題は線。祖は《絵》名は《ガウス》である』

『1つ。偶然の産物。一人っ子。真なる白。真実の名札。森。祖は《石》である』


『この予言が私の事を指していないのはすぐに分かりました。クジラですし。ですが、諦めると案外すっきりして、違う視点を持つようになりました。星がなぜ予言を示すのか、王の資質を宿すものとはどんな物質なのか、他に見逃した星の動きはないのか、と。考察するのはとても楽しかった。海の友達と語り合った思い出は私の宝物です。もちろん、あなたとの時間もね』


 月日が経ち、クジラは細くなっていた。大岩のせいである。もう間もなくクジラは死ぬ。

 クジラは今日も大岩と話していた。

幾つか質問を投げ合うとクジラは最後に聞きたいことはあるか?と言った。


 空には何があるの?

『……難しい質問ですね。しかし古い賢者シーラカンスが妙な話をしていたのを今思い出しました。その昔、空からは巨大な石が降ってきた。生命はその石になすすべもなく絶滅したと。真偽は分かりません。しかし私はその話を今思い出したことにより真実だと確信しました。妙な話ですね。忘れてください。空には……ですか。もしかしたら空には、私たちではたどり着くことのできない、答え……があるのかもしれませんね』


 そう言うや否やクジラはこと切れた。友達のカメさんに後を頼んで。

 クジラの死体は浜辺に打ち上げられ、口からポロリと大岩が零れ落ちた。

 待ちに待った新大陸。なんだか新しい予感。







 記憶のページをめくって思い出す大岩。

 現実に引き戻される。星の触覚との接続が切れたからだ。感情は失われ、ぽっかりと大岩の中に隙間が生まれた……ような気がした。


 月日が経っていた。いつの間にか虫の時代が幕を開けていた。暑い。暑い。そんな季節。


大岩の苔は剥げ落ちた。

昔の肌が浮き出る。それは南の大陸にいた頃の記憶。苔は仲間外れにされないように被った帽子だったのだ。

その帽子を剝がされないよう、苔の噂を流した。


『この苔はよく滑る。無暗に触れると命はない』と。


 それは大岩の醜さそのものであった。

 見られちまったな。醜いだろ?これが俺なのさ。

 海を渡るためクジラを。真実を知っているカメ……これは俺じゃねぇや。竜巻にまわされるカジキマグ……これも俺じゃねぇや。

 結局、俺は何をしたかったのか誰もかれもわかんねぇ。意味わかんねぇ。王の資質?ナニソレ?


 しかし、そんな大岩に転がり続ける小石。

 少し見ない間に変わったな。であった頃は薄汚い白であったが、今はもう大理石のような艶を出してやがる。王の資質を宿すもの。案外お前のような泥臭い雑草魂の事を指すんだろうな。


『お前の……勝ちだ!!』






 小石と弟石の長い戦いは終わった。得られたものと言えば、鋭い白。大理石の様な艶くらい。雨はやみ。風は気持ちよい。カジキマグロは東へ向かった。

 大岩はグラついている。そして落ちる。奈落へ。


 奈落?


 季節が変わる頃の話だ。

地殻変動、起きた。

山、陥落した。

地下200ほどの奈落ができた。

大岩落ちた。今ここ


浮遊感が大岩を襲う。海に投げ出された時の様な開放感が懐かしい。

小石、大きくなれ。もっともっと大きく。俺は応援しているぞ。


 大岩は落ちていく。後悔は……。


 いや待て。じゃあ先ほどの戦いは何だったのか。いや意味はないのだろう。だって石だし。

 大岩は現実に戻されて初めて気付いた事実だ。しかし小石は?地殻変動があり、奈落ができていると知っていて、しかも意識の刈り取られた状態の大岩を押していた。小石は風に押されて転がっていたにすぎない。しかし、奈落に落ちていく大岩が目にしたのは、こちらを見下ろす小石だった。


 あ、アクマだ。


あいつは生かしちゃいけねぇ。

 さっきの星の触覚のオーダーは正しかった。

 こいつは存在そのものが、そのまま厄災に繋がるタイプだ。

 意志も意思もねぇ石。だからこそ恐ろしい。逆に。


 光が閉じていく。深い深淵が大岩の輪郭を消す。加速する大岩。最後に一つ思い出した。

 おれ、でっけぇココナッツだった。


 自身を大岩と勘違いしたココナッツ戦。小石の勝利。




 陽が大地を照らす。春は過ぎたというのに柔らかな感じが広がっていた。小石は目の前の光景をすぐ忘れるだろう。石だし。しかしなんだか小石は一回り大きな存在へと成長したような気が、しなくもない。空に鳥が浮かんでいる。あの鳥は親子だろうか。それとも友達だろうか。もしかして自分たちと同じ兄弟だろうか。そんな疑問を持つことなく、小石は振り返った。


 しかし、もうそこには弟石はいなかった。


 角が削れ、すり減ったのか、風に飛ばされたのか、ココナッツと一緒に飛び降りたのか。小石はまた一人ぼっちになった。しかし寂しくはない。だって石だから。無機物だから。

 小石は数か月後、風に押されて奈落へ落ちていった。



 現在、小石は化石燃料に浸かっていた。落ちてきて軽く3桁の年数がたった。石の生涯に比べれば数分だ。ここで少し小石を観察してみよう。


 あんなに白かった肌は黒にシフトチェンジ。黒曜石のように光を鈍く反射する。また、大理石のように磨かれた艶は、まるでない。大きさだけは一丁前に成長した。周りの鉱石を取り込んでお相撲さんの頭蓋骨並みに変貌していた。ザラザラの表面は鑢のようだ。


 こんな地下深く、ガスの充満した場所に生物がいるはずもなく、時代はいっきに地殻変動に移る。


 周りの鉱石が騒ぎ出す。縦揺れの中、横に揺れる小石。クラブなら閉め出されていた。地下深くのプレートがずれる音が響き渡る。皮膚の垢を爪で削るようにプレートは下から小石のいる盤まですくい上がる。プレートに押しつぶされる石。下敷きになる石。掬(救)われる石。地下行きはいやだ。ならば……!


 乗るしかない。このビックウェーブに。


 背中を押すのは同僚の化石燃料。

『気を付けろ。まだ上の奴らが降りかかってくるぞーーーぉぉおれに構わず先に行け』

 そう言った気がした化石燃料は踏まれて地下に落ちる。地面の圧力に耐えきれずはじけ飛ぶ。


 隣を転がるはエメラルドのような緑の鉱石。

『やはり、上からの刺客か。どうする相棒?』

 そう語るは……ほんとに誰⁉ 


 上から押し寄せる(正確には小石たちが下から這い上がるだが)数多の鉱石+α

『ヒャッハー! ここであったが100年目! 地下行きの恨みここで晴らさせてもらうぜ!』

 少し芽が出てモヒカンのシルエットになったココナッツ。生きていたのか。


 ゴロゴロと這い上がっていく鉱石+α

 世紀の大脱走である。

 光が痛い。瞼がやられるほどの強い日差しが射し込む。次に映るのは緑が生い茂る森。その次に映るは引火する化石燃料。案の定焼かれる森。


 化石燃料。無茶しやがって。


 フィルムのコマが移り変わる毎に変わっていく風景。ものの数分で森は禿げた。森が何をしたって言うんだ……。


 久々の外は小石に新しい冒険を予感させる……ことは無い。石だし。

ポップコーンのように弾け出てきた小石たち。青空は煙で見えないけど、気分は快晴。大船に乗ったきで新大陸を鎮座した。石だし。


小石は今、緑の鉱石とココナッツに挟まっていた。緑の鉱石は角が目立ち、陽の光が体内で乱反射を起こし常に輝いていた。ココナッツは伸びた芽に引火し、絶賛キャンプファイヤー。小石はと言うと……煤がへばりつき周りの熱で鍛えられていた。


森が禿げ、季節がぐるりと一周すると、そこは楽園へと変わっていた。

緑が生い茂る森。100年経とうと1000年経とうと変わらない風景。虫さんが遠足を始め、豚さんや牛さんが大地を駆ける。鳥さんは種子を運び、生命は循環していた。嵐の日もあった。川に水が流れない日もあった。それでも生命が途切れないのは神秘であった。


2つの鉱石と1つの植物。小石たちは今、生命の墓場にいた。骨が散乱し、肉は地面に帰っていった。ここは老いた生き物が集う最後の円卓。食べ物はないけれど、流れる川の水は新鮮だ。最後にひと浴びしたら、木陰に隠れる小石たちのところへ足を運ぶ。葉っぱが陽を絶妙に遮る。上を向けばチカチカとチラチラと大きな光の斜線が目に映る。そして今、初めてで、最後の入店。老いた象が来客した。


象は生きるのに満足した。あとは死ぬだけだ。

象は口を開く。


『おお、ここは水浴びの後、マッサージもしてくれるのか』


 散乱した骨が象の足の裏を刺激する。軋む音と鈍い音が響き渡る。代金は死後、マッサージ機としての強制労働。今は快楽に包まれてな。

 象が木陰に隠れると、瞳は3個の塊を捉えた。マズそうで固そうなココナッツ。近寄りがたい光を発する緑。煤で汚れた石炭の様な小石。象は口を開いた。


『私より年上の方たちよ。暫し、この若輩に休みを頂けないだろうか』


 小石たちは答えない。代わりにつむじ風が樹木を揺らす。OKっと。象は木陰に入ると足を崩し横になった。年季の入ったしわしわの皮膚は何度か剥がれ、その度に固く、分厚い皮膚へと成長した証だ。水辺でのどを潤していた時、足をワニに嚙みつかれ引きずり込まれそうになったのは記憶に新しい。ワニは群れて襲い掛かってきたが、近くのサイを囮に逃げたのは秘密である。なお、ワニ。一匹のサイに頭を踏みつけられ絶滅した模様。剛力無双のサイの話はまた、別の機会に。


 象は木陰で涼を取る。風鈴の音が聞こえてきそうな、そんな昼下がり。象は自分の鼻に吸い込んだ川の水をまき散らした。


『涼を取らせてくれて、ありがとうございます。心ばかりの感謝の気持ちです』


 まき散らした水は小石たちに気持ち程度に浴びた。小石はいつもこのように感謝を浴びる。その度に磨きがかかり、かつての艶を取り戻していく。少し鼻水臭いけど。

 

 陽が暮れ、冷気が徘徊を始めると、身を隠すように象は縮こまった。今日は良く星が見える。そんな夜であった。

 星が動く。決まった動きをいつも続けている。象は星読みを始めた。

 幼き日から続けている日課。象の親とも一緒に眺めたこの夜空。初めの頃は何も読めなかった。それでも読めるまで読もうと思ったのは、憧れだったからだ。英雄に憧れるように象は己の絶頂を夢見ていた。それは今でも同じこと。


 ココナッツがコテンっと転がった。


 どうして諦めないの?

『私の生きがいだからです。諦めることはありません』


 象なのに?

『星を読めるのですね』

 ぜんぜん

『あ、そうですか。確かに。私は日でもなければ、ガウスという名の絵でもありません。しかし私は石になれます。肉が剥がれ落ち、骨だけになった後。長い年月を経て化石になるのです。だから諦めることはありません』


 象はこれまでの旅の記憶を思い返していた。

 様々な出会いがあった。その中で一番印象に残った光景は、壁に埋まった祖先の姿だった。私より5倍もでかい象。マンモスと言うらしい。マンモスは何も答えないけれど、象はなんだか背中を押されたような気がした。


 象は眠りについた。長い鼻をクルクルと丸めて。象は明日を迎えることができるのか。それとも朝日を迎えることはないのか。どちらでもいい。象は考えた。明日を迎えたら、少し散歩をして、化石になれそうな断層を見つけよう。明日が迎えられなくても、終わりではない。始まりなのだ。死は救済なのだ。


深々と寝静まった夜。


 奴らは活動を始めた。


 樹木が怪しく揺れる。風が奴らの足音をかき消した。闇を照らす眼光。1つや2つではない。肉を見るような目つき。飢えた狼の群れが姿を現すや否や、死臭の漂うさび付いた牙をむき出しに大地を駆けた。散乱した骨をかい潜り、器用にステップを繰り広げると、1匹目が象の鼻に噛みついた。象が目を覚ます。と、同時に2匹目3匹目が爪を立て、象の双眸をえぐり取った。象の牙が狼の1匹を偶然突き刺した。仲間に目もくれず、襲い掛かる。象の足は動かなかった。自身の体重で突き刺さった骨が刺激を与える。散乱した骨はトラップだったのだ。牙が肉に食い込む。引きちぎられ、伸ばされ、そして肉の中に顔を埋めていく。骨がむき出しになった頃、象は死んだ。

 最後に象が感じたのは恐怖であった。死にたくないと思った。小石は何も感じなかった。石ですし。

 狼の群れが肉を貪る。群れのリーダー格が肉を引きちぎり、小石たちの前に足を運ぶ。


『あんたの取り分だ』


 そういうと、肉が中を舞い、小石の隣。緑の鉱石の前に落ちた。緑は月の光に照らされて輝いていた。色が黒に染まるこの時間帯、明確に獲物を捕らえられたのは、狼の瞳の機能だけではなく、鉱石たちの輝きが獲物を照らしたからでる。それだけではない、キラキラ光る鉱石たちに魅かれ、蚊帳に入れる働きもあった。肉の血しぶきが小石を磨いた。また感謝を浴びたのだ。もちろん、小石も緑も悪意も善意もない。石だから。

 ココナッツは付き合う相手を間違えた。と、言いたげに転んだ。



 月日が経ち、小石は多くの感謝を浴び、一回り大きく成長した。と、思いたい。

 緑が輝く。特に意味は無い。ココナッツはもしかしたら化石かもしれない。いや、旬を逃したただのココナッツです。


 突然だが隕石が迫りくる。小石たちがいる大陸より少し離れた東の大陸で。風向きが変わり、星を揺るがす。星の中身が少しあふれ出ると、音を置き去りにした圧が小石の大陸を直撃した。鳥さんは直撃を受けた。大地を駆ける動物さん達は崩れた地盤に落ちていった。海は荒れ、雲は本気をだし、森は禿げた。大地の生物は活動を停止した。氷河期が始まった。


 閉じた冷たい岩の中に小石たちはいた。緑は隕石の衝突を記録するように、輝きを保存した。特に意味は無い。ココナッツはココナッツだった。小石は急激な気温の変化に耐えられず、割れようとしていた。ココナッツの髭が絡まりすぐ長い時間をかけてくっついた。何度も割れてはくっついた。小石は鍛えられていた。たぶん。ひんやりとした肌触りの小石。角は無く、丸い。いつもの小石。また少し、周りの砂利をくっつけて大きくなっていた。ココナッツには程遠い。色は変色していた。緑と一緒で星と隕石による衝突で起こった光が小石の中に保存された。それは原爆を直視した者の後遺症の様なもの。本来の白の中に少し黒が混じって灰色になっていた。

 終わる世界。小石たちは何も感じない。


 月日が経つ。お馴染み地殻変動。閉じた岩が開き。朝日が入り込む。春が訪れていた。草木が咲いている。新たな生命が誕生していた。広がる緑園。よく燃えそうだ。

 小石たちは転がりだした。正確には岩塩から落っこちている。

 なんだか新しい予感。そんな気がしなくもない。


 着地する小石、緑。踏みつぶされ割れるココナッツ。ココナッツは死ん……ココナッツだったわ。ココナッツの中には、ココナッツに似つかわしくない小さな種が一つ。直径1センチも満たない小さな種。新たな命。無機物だろうと有機物だろうと関係ない。ココナッツの遺伝子。いや遺伝石を継いだ新たなココナッツ。子ナッツ。


 風が小石と子ナッツを転がし、子ナッツは小石の欠けた部分にスッポリはまった。

 春が終わる頃には子ナッツは根を小石に絡ませていた。それは醜いアヒルの子が親に甘えるように離さない。根っこが絡まりますが何も思いません。所詮石ですから。


 夏が訪れ、秋、冬。そしてまた春が訪れる。親ナッツは鳥に運ばれていった。おそらく鳥の巣となるのだろう。寂しくなる。どこからかそんな幻聴が聞こえたような気が……。

 寂しくはなるが涙は流してはいけません。ココナッツは自分の役割を成し遂げたのです。子孫を残し、生命を循環させる。やはり、あなたでは王の資質を手に入れることはできなかった……。ですが誇りなさい。あなたはいずれ、至高の1として君臨する柄を与えたのですから。


 小石は子ナッツと緑の鉱石と時間を共にした。

 雨が降る日はよく流されました。風の吹く日はよく転びました。雷の鳴る日は良く緑が光りました。特に意味はありません。酸の雨が降る日はよく風に乗って避難したものです。

 ある晴れた朝。海辺の洞窟まで流された鉱石たち。入り口からそう離れていません。潮がひけば濡れる心配はありません。満ちれば溺れます。そんな危険な洞窟で小石たちはヤドカリに出会いました。


 ヤドカリは宿を持っておらず、サソリの様な体をしていました。甲羅が赤いのは、この辺の暖かい海水で茹でられたのか、小石たちには関係ありませんでした。ヤドカリ。いえ、ヤドナシは小石たちに言います。


『宿をなくしたカリは、堕天するしかないのさ』


 ヤドナシはそういうと去っていきました。



 次の日、またヤドナシは現れました。ヤドナシの甲羅が赤いのは、自分の言った言葉を後から思い出し、恥ずかしがっているのかもしれません。ヤドナシがチラチラと小石たちを見ながら近づいてきます。振り向きざまに、小石たちを見るヤドナシ。男子中学生が好きな子を直視できないから、何もない場所に顔を振る途中、目で追うように。

どうやら、思春期のヤドナシです。なんどか目が合います。意識はしていません。石ですから。


『開闢のシャングリラ。君と僕はメビウスの輪』


 さすがに意味が分かりませんので要約すると、僕の宿になってくれませんか?と言っています。ヤドナシ。小石にプロポーズです。どうやら小石の大きさ形に一目ぼれした模様。確かに分からなくもない。磨かれた艶はひと際目立っていた。しかし、同時に近づき難いオーラも醸し出していた。

少しヤドナシには大きいけど、きっといつかあなたに見合うヤドカリになってみせます。そう瞳は訴えていた。小石は見ていませんが。

緑の鉱石が音を立てて転びました。

ヤドナシは音に驚き後退ります。


『な、何か……御用でしょうか?』


 圧倒的弱腰。先ほどの口調はどうやらカッコつけていたようだ。若い。若すぎる。

 緑は小石と肩を組むようにぶつかった。

相棒、知り合いか?

 緑が小石に語り掛けた気がした。いや、まずお前が誰だよ。

 

 ヤドナシが様子を伺っていると、小石の頭に咲いた子ナッツの芽が風になびきます。親を取られないように。捨てられないように、小石に懇願します。一人にしないで、と。それを感じ取ったヤドナシは口がうまく回らず、静寂だけが洞窟を漂いました。

生まれた頃からずっと一緒にいる小石と子ナッツ。雨の日も風の日も雷の日。それでも離れない子ナッツは小石のパートナーでした。

ヤドナシは諦めが付き、トボトボと海に帰っていきます。その日から、ヤドナシと会うことはありませんでした。








 月日が経ち。運命の日。


小石たちは山の麓まで流され、転がっていました。今日は嵐の日。ですが問題ありません。いつものように時間が解決してくれます。目も明けられないほどの豪雨が小石たちを襲います。大丈夫。子ナッツは飛ばされません。絡まった根っこは簡単にはほどけません。根っこは力持ちです。嵐の日では離れません。


 そう、根は力持ちなのです。



 知っていますか? 根っこはアスファルトを突き破るようです。



 根っこは小石を割りました!! 突然の裏切りです!!

 背景が切り替わり、小石の頭の上で雷が落ちたような気がします。が、特に関係のない森に落ちました。森は燃えます。

 小石はなすすべなく、ヒビが入っていきます。ここまでか……。そう思ったその時!!

 空が割れ、巨大な隕石がまた落下します。小石を心配する暇もなく、星と隕石の衝突。命が枯れる音を響かせながら、星が砕けていきました。

 大気圏まで投げ出される小石たち。空は暗く、寂しい世界が広がっていました。


ヒビが入った小石。子ナッツを背負い宇宙を駆け巡ります。第一部完



 第二部開始。


 音の無い世界が無限に続く暗黒の世界。自然の法則だけが生き残り、独自の意思を所有する者は洗礼を受ける。星と星の衝突は日常茶飯事。信号機はない。チカチカと遠い星がまた一つ消えていく。高温の星。極寒の星。ガスが充満する星。酸とアルカリだけの星。同じ星は一つもない。

 小石はこの世界に踏み込みまだ日は浅い。子ナッツがひび割れた合間を縫って根を絡めるが反応はない。緑の鉱石は隣にいる。どこからか笑い声とともに、相棒と呼びかける幻聴が聞こえなくもない。現在、小石たちは故郷の重力から逃れ、飛行中。目的地はない。周りには見たことのないゴツゴツとした石がプカプカと浮かぶ。黒と呼ぶにはまだ少し明るい色がたまに小石たちをかすめる。小石たちの大きさはその度に少しずつ削れていた。


 小石が放物線を描くこと無く直線に浮遊する。速度だけは一丁前に速い。と言っても自転車ほどの速さだが。

 小石の後ろから何かが通り過ぎた。青い石が小石たちを追い抜く。大きさは運動会の大玉程。直径150センチほどだ。

青い石は加速していく。

 その後ろ。小石の後ろから。青い石に続くように形、大きさ様々な石が小石たちを追い抜く。追われているのか。引き連れているのか。青い石は後ろから付いてくる石達を先導しているようだった。小石たちもその流星に身を投じた。

 一気に仲間が増えたような気がした。


 星を6つほど越えたところで、巨大な生命反応を感じ取る。宇宙の波動がそうさせたのか、流星の一部になったことで感じ取ったのか。巨大な鱗が石と石の間から垣間見た。星を一つほど空けて並列に動く正体は、長寿の賢者ヘビであった。

 暗黒の世界の従者を思わせる黒い鱗。逆さに生えた逆鱗だらけの胴体。ヘビの尾が見えないほどの巨体。巨星を蹂躙するブルドーザー。口を開けば流星など一瞬で吸い込まれてしまうだろう。

 ヘビは口を開くことなく、脳に直接語り掛けるように話した。


『その先、少し重い世界ですよ。危ないですよ』


 ヘビの言葉は警告であった。だが、試すような口調でもあった。ここで逃げればあなたはそこまでの存在だ、という風に。その挑発的口調は流星の加速を一段階上げた。ブレーキなど元よりない。アクセルだけが内蔵されていた。


『問題ない』


返答はどこからか。だが確かにヘビに返した。ヘビは期待通りの言葉に満足する。機嫌が良くなり口が軽くなる。


『ずいぶんと引き連れていますね。珍しいタイプです。私の知る流星はすぐ取り込んでは砕かれる、破壊を楽しむ暴走機関車。しかしあなたは限界まで加速を楽しむタイプ。精子がお互いを助け合いながら卵子を目指す光景によく似ています』


 加速する青い流星。駆け抜けた後のソラには塵一つ残さない宇宙のルンバ。吸い取られた石は、加速する流星の軌道に乗り先頭の青い石に付いていく。


『良い旅を』


 ヘビの鱗が閉じていく。それは逆さに生えた逆鱗が元の向きに戻ることを意味した。黒い鱗の輪郭が透けて消える。ヘビはこの暗黒の世界に溶けていった。カメレオンが樹海に溶けるように。透明のコップを水の入った水槽に沈めるように。



 加速する青い流星は重い世界に突入した。時間が重い。距離が延びる。これまでの法則が通用しない。在り方を考えさせられる。そんな退屈な時間が生まれた。それは明確な減速であった。青い流星は停止に近い速度に到達すると、これまで吸い上げた塵芥が統率出来ず吐き出した。

 小石と子ナッツ、緑は順番が来ると引っ張られるように流星を辞めた。未来のない会社にはついていけません。辞表は出しません。無断退職です。

 青い石は答えます。


『私らが悪いんであって、社員は悪くありません!』


 号泣であった。何が『問題ない』だ。大ありだ。勝手に連れて来られ、いきなり重い世界に放り出された小石たちの気持ち考えてみろ。まあ、何も考えてないんだけど。石だし。


 小石と子ナッツは久々の開放感に茎を伸ばす。同時刻、特に関係のない森が燃える。

緑の鉱石もキラリと輝く。その身に流星としての記録を閉じ込めて。なんだか緑が一眼レフのカメラを持つ。そんな幻想が脳裏をよぎった。

 小石たちは何時ものように、自然の法則に身を委ねた。


 プカー、と眠くなりそうな空間が当たり一面を埋める。ここは重い世界。危険かと聞かれれば危険だが、聞かれなかったら危険とは答えない。……つまり危険である。だが自然の法則に身を委ねる小石、緑に危害はない。しかし子ナッツお前は危ない。酸素のないこの暗黒の世界。子ナッツは成長を一時的に停止してある。その状態が非常に危ない。重い世界では時間、距離、速度、その他諸々が重くなる。そのかわり、鈍足、微速が最低保証される。この最低保証が子ナッツに白羽の矢を立たせる。悪い意味で。

重い世界の最低保証。それは0にはならない、と言うもの。どんなにブレーキをかけようと限りなく停止に近い速度が保証される。青い流星のように。何らかの方法で時間を停止されたとしても、停止した時間とは別の時間が開始する。停止することはない。これは強制ではなく、保証である。逆にたちが悪い。

子ナッツは成長を停止していたが、この重い世界に侵入してから、地下深くに琥珀ができるよりもゆっくりとした速度で成長を始めていた。酸素がない世界での成長。矛盾するその法則は自然の法則から逸脱しており、世界から白い目で見られるのは火を見るよりも明らかだった。


小石たちは行く当てもなく放浪する。久々に青い空が見たいと思えてくる程の月日が経過した頃、異変に気付く。当てもなく放浪していた訳ではない。どうやら引き寄せられていたようだ。あのブラックホールに!


もう軌道に乗ってある。乗り換えは利かない。そもそも乗り換える気力を持ち合わせていない。石だし。加速する子ナッツ。巻き込まれる小石、緑。トラブルを自ら引き寄せるこの感覚。やはり子ナッツ。あいつの血を引いている。



吸い込まれた先はどこでもない場所。虚無といえば説明が終わってしまうので、正確に記す。歪む世界。右目では入り口が視認できるのに、左目では入り口が閉じている。胃の様な、食道の様な、赤と黒が混じったような、丸い輪が続く世界。ドブ川に捨てられたレインボースプリングの内側の様な世界がそこにはあった。


小石は動じない。緑はキラリと輝いた。新たな光景を保存しようと好奇心満々に一眼レフを構えたような気がした。ミステリィー、と呟く声が聞こえなくもない。子ナッツは眠っていた。光がないから眠っていた。誰のせいでこうなったか自覚していない。当たり前です。ココナッツです。


速度は意味をなくした。小石たちの体がゴムのように伸びては戻り、膨らんでは絞られ、ねじれては、引っ張られた。終わる事の無い拷問。初めての体験を沢山教えてもらった。一番印象に残ったのは、裏返る事だった。中身をこぼすことなく、切り口を入れることなく、しっかり裏返った。現実とは違う空間。矛盾が許される法則。この世界は知識の宝庫であった。


小石はここを保存した。


ゲームをやり終えて飽き始める頃。カセットを変えて違うソフトに手を伸ばす。

 ハードウェアはソフトウェアの数によって価値は変わる。ソフトがなくなればハードに要は無い。

 知識が乱れるこの空間。解答用紙と一緒に配られるプリント。黒板に答えの書いてある受験。顔色が統一された面接。皆同じ番号の受験票。知識が追い付かない。知識が追い越していく。自分が知識になる。知識。森。知識。知識。知識。


 速度が時間に追いつく音が聞こえた。


 海底に沈んだタイタニック号が浮上し、舵を切り始める。ピラミッドの隠し通路が開き、財宝が溢れ出す。魔の海域バミューダトライアングルが拡大し、大陸を飲み込む。

それは在り得ざる空想の灯が灯る音だった。



知識の宝庫は押し黙る。小石の出かたを伺った。


安心しろよ。ただの石だ。ビビる必要はねぇよ。

そんな言葉に惑わされない。

小石は何も考えてない。感じてない。石だから。だから安心しろよぉ。

 そういう次元では無いのだ。

 わっかんねぇーかな。ただの石だっつってんだろ?

 異常事態だ。緊急だ。

 ここじゃ何時ものことだろ。らしくないぜ。気を張り詰めすぎだ。楽になれよ。

 ……

 。

 お前は誰だ。小石でもない。緑でもない。子ナッツでもない。

 ……フフフ、ククク。

 ……

 ハハハ!名前なんてねぇよ!!


 ブチュンとテレビの電源が切れた。知識の宝庫は思考と言うチャンネルを切り替える。目の前の小石を捉える。関わらなければ何の問題もない。あれは存在だけで厄災を振りまくタイプ。私の中から吐き出すだけでいい。それも私自身が手を加えるのではなく、自然の法則にそって。知識の宝庫は出口を開いた。あとは時間が解決してくれる。クックック、とニヤニヤ小馬鹿にする声が聞こえた。


 開かれる出口。外は重い世界とは別の世界。流れこむ時間。抜け出す時間。滑り込む重力。漂う浮力。退屈な日常。そして……射し込む光。


 知識の宝庫は正しい選択をした。小石は出口に向かっていく。間違いだった、とは言わせない。しかし一つだけ見落としをしていた。


 射し込む光で子ナッツが起きた。久々の光。伸び伸びと茎を伸ばし背伸びする。根に活力が戻り、小石を割った。


 砕ける小石。どこに行ってもココナッツな子ナッツ。一眼レフを構える緑。顎が外れる知識の宝庫。ツボる謎の笑い声。 


 予想外の展開。シナリオが修正されていく。ポロポロと零れていく欠片。饅頭を分けるように割れた小石。思えば長い旅路だった。川のほとりにあっただけの小石が今じゃ宇宙を舞っているのだから。石生何があるか分からない。

 知識の宝庫は出口を閉じた。最早異常は去った。緊急は鳴りやんだ。再開する活動。

 緑の鉱石は一眼レフを下した。あっけない終わり。地下深くに生まれた自分にとって、小石の姿は輝いて見えた。希少な鉱石として生を受けた自分は選ばれた存在であった。しかし小石の様な自由は許されなかった。隠すように地下深くに閉じ込められた緑。化石燃料と打ち解けていた外の住人。小石は何も語らなかったけど、その表面は確かに外の香りを閉じ込めていた。雨って何だい?晴れって何だい?知りたい。知りたい。地殻変動は好機だった。ビックウェーブは見逃さない。やはり小石も乗ってきたか。緑は小石に近づく。ん?何か踏んだか?まあいいか。後ろではじけ飛ぶ化石燃料に気付かない緑は小石に語り掛けた。それが俺の始まりだった。

 こんな日がいつかは来ると思っていた。でもそれはもっと、もっと後だと勝手に勘違いしていた。小石は割れた。これもまた一つの終着点だと踏み切り、前を向く。


 出口は閉じ、知識の宝庫は興味を失った。最後に一枚撮らせてくれ、相棒……。

 一眼レフをそっと構える。緑は強烈な光をフィルムの一コマのように投影する。つまり小石の最後は保存できない。それでも、形だけでもそうさせてくれ。そう言いたげに緑の鉱石が涙の雫のように静かに輝いた。


 レンズをのぞき込む。開く小石。ウキウキ子ナッツ。赤と黒と肉の背景。

違和感はその時に気付いた。

 出口は閉じた。光は無い。なのに、なぜ起きている子ナッツ!

 知識の宝庫は見逃した。異常は続いている。緊急は今ここにある!

 構えた拳、かつてない程に力が入る。と、同時に知識の宝庫もアラートが鳴り響く。謎の笑い声が木霊する。

 

 のーびのーびと茎を引っ張る子ナッツ。生き生きとしたその天気模様は見たことがない。

 茎の色はヤシの実らしい茶色だが、注目してほしいのは、根っこの部分。割れた小石の中に根付いた部分。何度も小石にひびを入れたその触手は言いようのない空間と接続していた。だがそれは良く知るものだった。

監視カメラとモニターがある。両方が目の届く範囲にある。監視カメラには自分が。モニターにも自分が映っている。さて本物はどっち?もちろん正解は答えを考えている君。

子ナッツの根っこは小さな知識の宝庫とつながっていた。そして子ナッツの真上には巨大な知識の宝庫とつながっていた。

監視カメラとモニターの無限の世界が始まったのだ。知識の宝庫よ。覚悟はいいか?


小石が割れ、世界は開く。鶏が先か卵が先か。開闢の小石。同質の情報がぶつかり合う。同じ質問。同じ答え。それはまさに……


解答用紙と一緒に配られるプリント。黒板に答えの書いてある受験。顔色が統一された面接。皆同じ番号の受験票。知識が追い付かない。知識が追い越していく。自分が知識になる。知識。森。知識。知識。知識。速度が時間に追いつく音が聞こえた。海底に沈んだタイタニック号が浮上し、舵を切り始める。ピラミッドの隠し通路が開き、財宝が溢れ出す。魔の海域バミューダトライアングルが拡大し、大陸を飲み込む。

それは在り得ざる空想の灯が灯る音だった。


 知識の宝庫は絶叫する。小石の出かたを怠った。


 フフフ!フフフ!安心しろよ。ただの石だ。焦る必要はねぇよ。

 惑わされないぞ!お前の言葉には!

 小石は何も考えてない。感じてない。石だからな。だから落ち着けよぉ。

そういう次元の話では無いのだ⁉

わっかんねぇーかな。おまえ……。



負けてんだよ。

 


い、異常事態だぁぁ!緊急だぁぁ⁉

ここのループじゃ、いつもの事だろ?らしくないぜ。気を張り詰めすぎだ。楽になれよ。

……

ヒヒヒ。

 お、おまえは誰だ。こ、小石でも。緑でもない。ナッツでもない。おまえは誰なんだよ⁉

 ……ヒヒヒ。フフフ。ククク。ハハハ。

 

 おれか?おれはなぁ……テメェだよぉ!



 絶叫と絶叫が交じり合う。偽物同士が振り向き合う。監視カメラとモニターに映る二つ以上の偽物。それがこの二人の正体。振り向いたが最後、終わる事の無い振り向き。

 小石は開いた世界を閉じる。それは、砕けた己の体を修復するに等しい事象であった。それと同時に知識の宝庫もうっすらと色を落として開けた。先ほどの出口と違い規模も速さも数段上のものだった。小石たちはまた自然の法則に身を委ねた。

 余談であるが、偽物の知識の宝庫がループしたのは振り向いたから。つまり意識を有した存在であったからだ。故に小石たちはループとは無縁であった。石だから。


 小石たちが去ったあと。シルクハットをかぶった、テールコートの初老が杖を片手に小石たちを見送っていた。暗黒の世界。地面はない。だが確かにその男はその場に立っていた。顔の情報はいらない。どうせ意味は無いのだから。


「私の知識はどうでしたか?もしまた立ち寄る機会がありましたら、気軽に足を運びください」


 男は頭のシルクハットを片手で取ると胸の前に下げ、小石に気持ち程度に頭を下げた。

 監視カメラとモニターの自分。一体どちらが本当の自分か。その答えはもちろん……。

 男が頭を上げる。帽子をかぶると、片手を顔の横に持ってくる。パチンと指と指が擦れる音が響くと、偽物の知識の宝庫のループが解ける。泣き虫な宝庫。笑う宝庫。どちらも偽物。しかし私の鏡。これからも大切にしていきます。

 本物の知識の宝庫は、偽物と共に暗黒の世界に消えた。



 ブチュンとチャンネルが切り替わる。特に関係の無い森が焼ける。チャンネル間違えた。もう一度チャンネルを切り替える。小石たちは新たな世界へ投げ出されていた。

 小石はまた一回り大きくなった気が、しなくもない。ウキウキ子ナッツはやはりただのココナッツ。緑の鉱石はいい絵が撮れたと満足げに輝く。何気に小石についてくるあたり、コイツが一番やばい。

 新しい世界。惨めな世界と言われる場所だった。黒が広がるのは変わらない。重そうな色をする石がそこら中にたむろっている。遠い彼方から降り注ぐ光だけが暖かかった。

 小石たちは知識の宝庫から投げ出され放浪していた。今考えれば、ブラックホールが小石たちを吸い込んだのは、重い世界の洗礼から守ってくれたのかもしれない。垂直に進む小石たち。目的地はもちろん無い。だけど、とりあえず、あの暖かい光の元まで行ってみようかな……。

 小石は子ナッツをおんぶに、くるくる回る。石ですし。



 月日が流れても、まだまだ遠い。虹の足元を追いかけるように、光は依然遠い。小石たちが浮遊していると、小さなタコが横切った。足は食いちぎられ一本しかない。タコは無意識に独り言をつぶやいた。


『生まれ変わったら触手になりたい。そしたらこんな惨めな姿にならなかったのに』


 タコは死んだ。

 小石たちはタコの死骸と一時、共に過ごした。腐臭は無い。墨は白い。頭は丸い。足は一本。タコです。のーびのーび茎。鳥の羽と勘違いし始めた双葉。小石と異次元に繋がった根っこ。ココナッツです。一眼レフを思わせる輝き。保存されていく光景。触ったら痛い角。緑の鉱石です。鬱蒼とした世界。命の揺籃。焦げる匂い。森です。少し硬くなった石。少し磨かれた艶。加速するたびに鍛えられる。少し赤い。小石です。


 生物が徘徊するのは珍しい。このタコも生前は偉大な者だったのかもしれない。しかし世界は厳しかった。理由は分からないがタコはこの惨めな世界で息を引き取った。小石は何も感じない。次第にタコを追い抜いて、また、放浪した。

 

 同じ遊具に飽き始める。そんな月日が経つ頃。暗黒の世界に霧が出始めた。白い靄。空気がより冷たく感じる。光が霧で乱反射を起こす。だから今小石たちが見ている光景は蜃気楼なのだろう。


流れてくる住宅街。引きずられるビル。闊歩するタワー。立ち並ぶ電柱。生気が感じられない町が流れてくる。生き物の気配は無い。すべてが灰色の世界。ボレロが静かに流れ始めた。


小石は一人、流れ来る町を進む。子ナッツも緑のいない孤独の中。気付いた時にはもう小石だけだった。町を抜けると橋の下。灰色の川が流れる河川敷にいた。草も灰色。砂利も灰色。意味を持たない色。それが灰色。

小石の色が変色していく。無知なる色。冷たい色。黒の混じった白色。冷たい色。黒に浸かった色。鋭い白。鈍い白。

それは小石が歩んできた道。最後には薄汚い白色へと戻っていた。生まれて間もない頃の色。一人ぼっちの色。

ぎぃ、と壊れた船が波に揺れる音が聞こえる。さらに向こう。霧に隠れた巨大なシルエットが揺らいでいた。


『うぉぉぉぉぉぉお』


 腹の底に響くような鳴き声。鳴き声はシルエットと共に揺らぎ、消えていった。

 小石は幼き日の小さな醜い小石に退化していた。歴史の無い石。ただの砂利。価値は無い。

 小石は河川敷で休憩した。周りの石と区別がつかなくなっていく。ぼやけていく視野。

 

 どうして生まれてきたのだろう。生まれて来なければ、こんなつらい思いをしなくていいのに。理不尽な世界。どうして産んだ。産んでほしいと頼んだ覚えはない。ああ、あの頃が懐かしい。


 言葉にならない声が霧を泳ぐ。小石はそれでも何も感じない。考えない。元より小石にそのような機能は無い。

 カーテンが閉まる。窓に鉄格子をつける。ドアを閉めカギをかける。ノックは無視する。電気は消す。布団をかぶる。どこまでも自分を閉ざしていく。何も聞こえない。聞こうとしない。周りだけが時間についていく。自分を置いて。


 小石は意味をなくした。


 暗黒の世界を放浪する事に意味は無い。子ナッツはただの植物であり、緑はきれいな鉱石。知識を保存する事に意味は無い。磨かれ艶を出す事にも意味は無い。温められ冷まされ、鍛えられることに意味は無い。森が燃える事も特に意味は無い。



 川の向こうで手招きする影が揺らぐ。今は無き大岩と勘違いしたココナッツ。化石燃料。カメ。象。狼。まだまだ続く。今まで出会ってきた友達が待っている。今行くよ。小石はそう言いたげに川の向こうを目指し転びだした。


 コロン、と音がした。小石の音では無い。しかし小石の方から音が聞こえた。それは小石の後ろから響いた。振り向く小石。


 そこにはいつの日か姿を消した弟石。小石より小さく、しかし元気いっぱいの弟石。雨に流されようと風に吹かれようといつも一緒だった。我が半石。

 なぜ今頃になって……。小石は言いたげに立ち止まった。


 弟石は答えない。その代わりに連れてきた。

 河川敷の天端。整備された道路の上。見下ろす影がふたつ。子ナッツ。緑。

 言葉はいらなかった。当たり前だ。石だから。


 足が自然と前に踏み込む。そんな幻想が見えるように小石は二人の元へ向かう。

 弟石を追い越した。


 振り返っちゃだめだよ。


 ああ。


 小石に歴史が入り込む。歩んできた記録が。

霧の流れが逆行する。電柱は電線に引っ張られ、住宅街は逃げるように退いていく。タワーは模型のように小さくなっていく。町が薄くなり、遠い場所に引きずり込まれていく。

意味がない、なんてことはない。存在するだけで意味はあるのだ。もしも意味が見つけられないなら、その時は周りが勝手につけてくれる。

 暗黒の世界を放浪する事は冒険だ。子ナッツは宇宙を泳ぐココナッツだ。緑は星の終わりを撮影する趣味の悪い鉱石だ。森は燃やされるために生まれてきたんだ。


 小石に色が付き始める。灰色の世界で意味を求めるように。もう昔の小石ではない。薄汚い小石ではない。化石燃料のように土臭いだけの小石じゃない。小石は暗黒の空を駆け巡る白い彗星へと姿を変えた。

 瞬間。今までにない程の重力が小石を襲う。自然の法則に身を委ねていただけだった小石。それはこれからも変わらない。ただ一つ変わったことがあるとするならば、小石自身が自然の法則へと昇華した事だ。

 加速していく世界。ガス体の尾を引いて、箒の形に見える白い彗星。


 霧が晴れていく。高温を宿していく小石を避けているのだ。

 子ナッツがいつの間にか小石にくっついている。振り落とされるなよ!

 加速する小石に、俺もいるぞ!相棒!と緑が隣を滑空。

 いつもの顔が並ぶ。小石はさらにギアを上げた。加熱する速度。アフターバーナーが稼働する。特に関係のない森が燃える。いつもの光景が朝日を浴びる。


 高速で移動していく小石を弟石は見守る。ばいばい。小石は振り返らない。それでいい。

 弟石は霧の中で優しく霧散した。

 

『おぉぉぉぉぉぉう』


 沿岸のその先。地平線が浮かぶ弧の上で口惜しさを声に出す影。両手、両足の指では数えられないほどの触手を顎に生やしたシルエット。赤い眼光は静かに閉じると、深海に潜っていった。

 鳴き声が誘う思い出の牢獄。傲慢の触手はまた一人、思い出に引きずり込む。どうか自分を見失わないよう……。



 霧を抜け出した小石は今までにない加速を体験する。ソニックブームがかっこいい。助手席に緑を乗せ爽快にドライブを楽しむ。子ナッツはもちろんチャイルドシートに乗せて。

 青い流星の時とは比較にならないほどの轟。掃除機など話にならない。乗り換えの無いジェットコースターな小石。常にピークを更新し続ける。

 このまま一気に光の元まで突き進む。周りの石は避けていく。逃げ遅れた者は皆等しく砕け散る。ばらける破片は小石の肉となり骨となる。吸収していく小石は太陽が東から西の地平線に隠れる頃には、直径10メートルはある小さな隕石に変わっていた。

 音が弾け、宇宙に波が生まれる頃にはもう小石は光の目の前まで接近していた。挨拶はいらない。小石は目の前の光に突っ込んでいく。

 光は熱を発していた。太陽をレンズで覗いた時に見える薄い膜の様なヴェールが小石たちを妨害する。

物質ではない。粒子の刃が小石たちを襲う。

不可避の攻撃。

子ナッツは根っこが回転する感覚を覚えた。痛みも不快感もない。子ナッツは根に力を入れる。小石は己を開いた。知識の宝庫で見せたものと同じだ。しかしあの時は子ナッツがたまたま割っただけ。不完全なものだった。今から行われる奇跡こそが本当の開闢。

小石が開かれる。ガチガチと小石の中のプロテクトがはがされる音、パスワードが一致して金庫が開く音を子ナッツは聞いた。シューッっと空間が、時間が、次元が、音が、光が吸い込まれていく。代わりと言いたげに小石の中から知識が吐き出される。

情報の光線が光の従者を焼き尽くす。ヴェールは破け、焦げていく。小石はさらに情報の圧を光に押し付ける。小石と光、どちらかが消失するまでこの攻防は終わらない。

 光は自動防衛が破損した事実に戦慄を覚え、遠隔操作に切り替えた。

 光の皮が開く。49枚の羽根が迫りくる脅威に裁きを下す。小石は現存する事象を吸い上げ、情報の桜吹雪を一層散らしていく。光の皮が小石に吸い上げられていく。羽根はむしり取られ、情報の海に溺れかける。どちらが優勢か明白であった。圧倒的小石。それでも光は裁きを続行した。

 小石の吐き出す情報が薄くなった気がした。光はこの一瞬で蹴りをつける。そう言いたげに、皮を更に裂いて攻撃に加えた。光る羽根の高速ラッシュ。小石の吸い上げが自身を存命させる最低限のものに切り替わる。


『……』


 光翼が拳を振り下ろす。

 瞬間、光の羽根の半翼以上が消失した。


『……⁉』


 近距離で行われる光の衝突は子ナッツを更なる領域に踏み込ませるのには十分だった。より力強く、より芯に近い場所で。子ナッツの根が小石の心髄へ潜り込んでくる。心臓に酸素を送る行為と二酸化炭素を排出する行為が一つの器官で行われないように。動脈と静脈と言う二つの器官が両立できるように。情報を吸引する根っこ。情報を排出する小石。役割分担できるように。肉と肉が溶け合う。骨と骨が繋がる。交わる事の無い二つの物質が熱を灯す。


情報が整理されていく。適当に並べられた本棚が規則性を持って立ち並ぶ。貸出期間は無制限。一度に何冊でも借りられる。爆誕の瞬間。雛が殻を破るのに必要な力を知っているか。自身よりも大きな硬い殻を破るのに巨大な力が必要だ。

サンドバックが吹き飛ぶ。

ピストルの引き金が引かれる。

マンホールが吹き飛ぶ。

森が燃焼する。


無邪気な怪力が解き放たれた。

光翼は吹き飛び、守るべき核がむき出しになる。


今この時をもって、完全に小石とココナッツは融合を果たし新たな物質として誕生した。小石が劣勢になったのは、新たな存在として生まれ変わるため殻に籠っただけだった。


光の羽根が核を守るように包み込む。だがもう遅い。そして意味もない。

白い彗星が核を貫き……逃げる。改めて説明するが、この戦いに意味は無い。たまたま小石が通りかかった。それだけの話である。つまり、とてつもない速さでひき逃げを行った。やはり小石とココナッツ。在り方は変わらない。風穴を開けられた核はまだ構築されていない口を裂いて……。


『うぎゃぁぁぁぁぁあ⁉』』


 赤子が泣き叫ぶ。鼓膜を突き破るほどの絶叫が辺りの星を揺らがせた。光の皮は機能を失い、次第に枯れていった。暗黒の世界に浮遊する巨大な受精卵は産まれて来る前に死亡した。産まれてないのに死ぬ。奇妙な話である。小石たちは親が見つける前に逃げた。存在が厄災な小石。健在である。緑が生命の灯が消える瞬間をパシャリと撮った。緑、いたのか。

 小石たちは今日も平常運転。



 光る受精卵をひき逃げした後、世界は更に暗くなった。もしかしたら、消しちゃいけない電気を消してしまったのかもしれない。定時になったら落とされるブレーカーのように。

 知らぬふりを決め込む小石。ひき逃げの事は本当に忘れている。石だし。

 醜い世界を走行中、体が軽くなるような錯覚を覚える。それは新たな世界へと踏み込んだことを意味した。

 そこは透明な世界。一見、代わり映えの無い景色だが、どこかキラキラとエフェクトが入って見える。まぁ、石だから見えないんだけど。


 小石は爛々と黒い世界を照らす。その度に失われていく生命の灯。燃える森。

 超新星爆発が辺りを照らした。ただいま15の文明都市を破壊したばかりである。加速する元凶。ついていく緑。もう終わりだよ!この世界!


 そういえば、透明な世界に入ってから多くの星に生命活動がみられる。それも文明が発達している。ほら、いま小石が衝突した星も。どうやらこの世界は生命があふれかえる世界のようだ。産声をあげる度にキラキラとエフェクトが入る。星が笑顔に包まれる。小石がぶつかる。星は泣いていい。特に関係のない森が燃える。森も泣いていい。


 17の命のゆり籠を破壊した小石。ぶつかった星の重力に引かれるよりも早く、次の惑星を目指す。もちろん故意はない。緑のシャッター音がうるさい。


『そこの白い彗星。止まりなさい』


 小石たちがエフェクトをクラッシュしていると、規律に厳しそうな美少年の声で呼び止められた。小石は新たに星をデストロイすることで返答した。


『止まりたまえ』


 それでも落ち着いた声で警告を行う。正直言って無理やり止めた方が良い。長引くと、この小石、遠慮せず星を破壊しつくす。透明の世界からクラッシュタウンに改名されかねない。というか止めてくれ。スターがクラッシュされる毎に特に関係のないフォレストがバーンされている。見てられない。


『一応、声はかけたからね』


 砂浜の様な白い手が伸びる。小石が背負っている子ナッツの茎を両手で掴むと、無い地面に足を乗せ、力いっぱいに踏ん張る。大きな株をお爺さんが引っ張るよう、力いっぱいに。減速していく小石たち。サイクリングに最適な速度になった所で力を抜いた。


「いっったぁぁぁ!皮が向けてるよこれ。ヒリヒリする」


 美しい花には棘がある。常識ですよ。ココナッツだけど。

 ジンジンする両手をはー、はー、と温めると美少年は小石の前に姿を現した。

 腰まで伸びたサラサラの髪は砂金。その髪は頭皮から毛先に向かってフワーっと広がっている。砂時計の砂が下に零れる、そんなイメージを受ける。紺に白い縦線が入った浴衣を着崩している。そのため砂浜の様な白い胸板がチラリと。中性的な顔には造形美が感じられた。


「君どっから来たの?ダメでしょ。無暗に星を終わらせたら。お兄さんカンカンだよ。怒ってるんだよ』


 お兄さんは口の無い小石に質問と注意を繰り返した。平行に移動しながら。

 お兄さんの正体は星の触覚の擬人化。服は先ほどそこで拾った。


「聞いてるの?」


 ぷくー、と頬を膨らませる。子ナッツもドライブを邪魔されてプンプンだ。スピード違反で捕まったランボルギーニ。なお、車税は特に払ってない。


「こっちは少し忙しいんだぞ。世界があと5週目に入るときに襲来する化け物に備えなければいけないんだからな。時間が無いの」


 星の触覚はどうやら来る日のために戦争の準備をしていたらしい。キラキラ光るエフェクトはどうやら生命の誕生ではなく、ピストルに弾丸を装填したことの合図だったようだ。透明の世界。名前に反して少々物騒である。

 しかし辺り一面を覆うエフェクトは数えきれない。襲来する化け物ってどれだけヤバイ奴なのかが気になる。

 拳をグーにして横腹に接着する星の触覚。口をムスッとして小石を見ていると、後ろに緑に目が行く。


「うわー。君すごいな。こんなに記憶する石は見たこと無い」


 緑の鉱石が輝きを増す。その輝きの中には数多くの消滅の瞬間が保存されていた。紛争地帯を撮影する戦場カメラマンのように尊敬の念を見せたる星の触覚。

 緑は照れる。だが、相棒はもっとすごいぜ!と言いたげにまた輝く。


「あ、ほけてる場合じゃなかった。ぼくが止めたからもう大丈夫だけど、もう星を壊しちゃだめだよ」


 人差し指を上に向け言葉にした。


「無賃働きはしない主義なんだ。じゃあね」


 言葉にするや否や、砂浜の肌が闇に溶けていくのであった。

 不思議なことがあるもんだ。そう思う暇もなく、小石は加速し始めた。ローギアからセカンド、サードに切り替わり一気にマックススピードに到達する。熱が小石を包み、再びアフターバーナーが稼働する。また星が一つ砕けた。


「ちょっとまってぇぇぇ!」


 再び現れる星の触覚。検問に再び引っかかる。お兄さん2回目だよね?ロスの警官が陽気に声をかける様に小石を捕まえた。


「普通気を付けるよねぇ!ねぇ!」


 星の触覚は焦りを見せる。ここまで人の話を聞かないタイプは久しぶり。いや、初めてかもしれない。少し気になり振り返ってみれば、小石が星を壊す光景だ。マラソンランナーのように整った姿勢で駆けつけては、茎を引っ張り減速させる。先ほどより少し時間がかかる。なんて馬鹿力。こんな短距離でこれほどまでに加速を見せる石があるとは……。頬に汗が伝う。


「君どこの銀河から来たの⁉もしかして隣国のスパイ⁉にしては目立ちすぎだねぇ⁉」


 声を荒げ、警戒する。もうこうなったら、この小石を別の世界に投げ飛ばそう。覚悟は決まった。即断だった。こいつをこの星に放置しておけば、異星の化け物が通り過ぎる前にこの世界が滅茶苦茶になる。

 子ナッツの茎をしっかりと握る。小石は円を描き始めた。ハンマー投げならぬ、彗星投げ。いくつかの星がおじゃんになるが、安いものだ。ブン、ブン、とゆっくりと音が響き、音の間隔が小さくなっていく。茎が少しずつ伸びていき、強力な遠心力が発生した。近くの星が引かれ始める。お風呂の栓をぬいて、水が吸い込まれるように。光さえも吸収し始めた頃に星の触覚は握った拳からすー、と力を抜く。


「あれ?」


 力を抜いた拳は予想に反して茎を離れない。いや、茎が拳を離さない。

「ぅぅぅ嘘だろぉぉぉぉ!!」


 軸を失った小石は直線に吹き飛ぶ。弧を描くことは無い。箒星のようにガスが小石を包み込む。子ナッツの葉がウキウキに揺れる。その後ろ(正確には子ナッツの上だが)で揺らぐもう一つの影。


「うわわわわぁぁぁぁぁあ!助けてくれぇぇ!誰か僕の腕を千切ってくれぇぇぇ!」


 ぶるぶる震える肉。星の触覚です。自身の持てる力をすべて使い行った彗星投げ。暗黒の世界を切り開く鋭い刃が横断する。世界をかき分けて突き進む。助けてくれと懇願する。星の交信を行い、テレパシーをまき散らす。その電波が周りの軌道を歪めている事に気付いていない。涙目でグルグル目が回る。ジャイロボールのように抵抗を減らし、より加速する。

 場所はところ変わって『現在郷』。最新で新鮮な時間が流れ、特異点が一つに重なる場所。それが現在郷。そこに住まう数少ない住人の一人。水たまりに小石を落とした時に広がる波紋の様な瞳を持つ星読みの者が口を開く。


『なにアレ。こわっ。関わらんとこ』


 現在郷は静かに扉を閉めた。

 場面は戻り、加速する小石。縦ノリ子ナッツ。ぶるぶる肉。

 新人、ここははじめてか?歓迎するぜ。緑が肉に話しかけた。よくついてきたな緑。伊達に修羅場はくぐってない。


「き、きみ。よくついてこれたねぇぇぇぇぇええ、なにコレぇぇぇぇぇ⁉」


 服が焼け焦げた丸裸の肉が隣を滑空する緑に話しかけると、視界の端に映る光景に喉をつぶした。それは巻き込まれた、吸い込まれた星々だった。キラキラとエフェクトがかかっているのは確かに透明の世界のものだった。今宵、小石は一つの銀河を引き連れ、今宵、特に関係のない森は業火に包まれた。

 先頭を切る白い彗星。引きつれるキラキラ銀河。いや、キラキラは肉が酔って吐いた嘔吐物だった。



 気絶から復帰した肉。ここはどこだ⁉と言葉を漏らす頃には、小石の豪速に馴染んでいた。腐っても、いや、吐いても星の触覚である。小石は透明の世界を抜け出し、もとい世界を支配下に置き放浪する。スケールは飛躍し、石と星は塵となり銀河と銀河が衝突する時代を迎えた。


「加速の原因を作った僕が言うのもなんだけど、もうそろそろ減速しない?すこしやりすぎだよ!」


 肉が提案した。もちろん聞く耳は無い。石だし。それでも説得を続けたのは、口で訴える事しかやることがなかったからだ。もう肉の怪力では止められない領域にいた。

 小石が波動をまき散らしながら移動する。その波動はチョウチンアンコウの頭の提灯の様に事象を引き寄せている。そして今日、邂逅する。巨悪な波動と。


 光が閉じた黒い円盤。白の中に黒を見つける程容易にその銀河は接近してきた。色が黒で塗りつぶされた銀河。ブラックホールとは違う。触れた瞬間に抹消される。空間が削られるという表現に近い。黒い銀河が白い波動をキャッチした。時同じくして白い銀河も黒い波動をキャッチした。軌道が歪み、対極するふたつの銀河の軌道が直線に並んだ。


「嘘だろぉ!あれだけはやめとけって⁉ただじゃすまないぞぉ!ぼくがぁ!」


周りの銀河はふたつの銀河の波動の衝突に己を保てず崩壊が始まる。崩れ行く世界の中、何時ぞやの黒い鱗が顔を出した。長寿の賢者ヘビであった。


「ちょうどよかったぁ!長寿の賢者よ、存在の押し売りだ!この腕を引き千切ってくれぇぇ!」


『いやです』


「どぉぉしてそんなこと言うのぉぉ⁉」


 ヘビはこの瞬間を待ち望んでいた。

星読みで見た『石』の予言。黒い石と白い石。ヘビを巻き込み衝突する。

クジラの読み上げた予言には続きがあった。なぜクジラが読解できなかったか。それは、クジラの生まれたあの小さな星の軌道だけは読めなかったからだ。

白い石と黒い石。どちらか残った方が予言の石である。

黒と白。衝突の余波は確実にヘビを絶滅させるだろう。最早逃げ場はない。


 光が届くか届かないかの果てしない距離で小石が黒い石を視認した。小石は次元を歪めて加速し始める。黒い石は抹消する規模を広げる。ヘビは静観する。叫ぶ肉。アップを始める森。カオスがこの場を支配する。消えたくない肉は最後まで抵抗する。


「こうなったら、田舎のじぃちゃんに禁止された奥儀を使うまでぇ!許してくれよじぃちゃん!」


 肉は茎を掴む拳に力を込めた。どうせ離れないなら、腕の一本や二本持っていけ。


「エクス―――」


呼応するように小石に光の粒子が集う。生命の息吹を纏っていく。輝きを増す小石。


「―――カリゔぁぁぁぁぁあああなにコレぇ⁉」


 小石が開いた。空間にヒビが入り込む。世界が小石に後れを取った。何かよく分からない光の粒子は邪魔だから、空間、色、景色と共に吸い取った。カシャカシャと分解されていく世界。代金といて、吐き出すほどの情報量を解き放つ。

 初めて見る小石の開闢に、肉は腰を抜かす。


 不規則に乱れる情報の圧が黒い石目掛けて放出される。次元断層によるズレる空間と吐き出すほどの情報圧が黒い石に迫る。

 螺旋階段を駆け上がるように降り注ぐ光線。黒い石が開く。

 右の背景と左の背景が重なる。上の背景と下の背景が重なる。360度の背景が対極する角度にスライドして中央に全ての背景が重なる点ができた。点は光線を飲みこみ、幾億の背景が回転し始める。光線を吸い込むほどに回転は加速して行き、熱が急激に冷やされていく。時間が回転に追いつかない。世界は自分中心で回っている。そう言いたげに旋回する空間の中、中央の黒い点はここら一帯の背景を小石目掛けて押し付けた。


「嘘だろぉ⁉アレ防ぐのかよ‼」


 肉の頬に伝う緊張。投げつけられた背景が距離を縮めるにつれ、巨大になっていく。それはごく自然な現象。遠くにあるものより、近くにあるものの方が大きく見える。そんな常識をあいつは投げつけてきやがった。驚異の排除を優先する。子ナッツの根から焦げる匂いが。吸収する情報体が多すぎる、大きすぎる、重なりすぎている。それだけじゃない。持ってかれる。全部、全部持ってかれる。小石の肌にピシッと亀裂が音を立てる。第一波が鳴りやむ頃には満身創痍であった。黒い石は、もう第二波の準備に取り掛かっている。


「……あ、」


 零した頃には目の前にグチャグチャにされた背景が迫っていた。肉はなまじ意識を持つ為、この先の結末を知った。小石はそれでも何も感じなかった。ただいつものように、自然の法則に従うまで。ここで形も残らず消滅しようと、なにも……。






 楽しかったぜ。相棒……。


 バシィッと背景を受け止める影。緑の鉱石が友を守らんが為、己を投げうった。叩きつけられる背景を己の輝きに保存していく。鉱石の中に景色が閉じ込められるが時間の問題だ。宝石が欠け始めた。欠けた部分は余すことなく冒険の記録を映していた。徐々に削られ散っていく緑の宝石。映した景色の数だけ違う輝きを放つその宝石がパラパラと小石に降ってくる。緑は砕けた。もう戻らない。


 散りゆく欠片と欠片の間。黒い石が邪悪な笑みを浮かべた。


「あ、ああ、あああ、君の、君の友達が、」


 馴れ馴れしい奴。趣味の悪いこって。俺はいいよ、ナッツでも撮ってろ。生きていたのか。どこまでついてくるんだ?振り落とされるなよ。速くこっち来いよ。待ってて。はぁー、騒がしい奴。仕方ねぇな、最後まで付き合えよ…………相棒!!


 長く、太い、捻じれた繊維。どれだけ引っ張られようと耐えてきた綱引きの縄の様な一本の線が、ゆっくりと。


千切れた。


 小石がフル稼働で吸引を始めた。効率が悪いのは知っていた。それでもじっとしてられなかった。


「悲しいんだね。泣きたいんだね。叫びたいんだね。全部をあいつにぶつけたいんだね」


 星の触覚が代弁した。その気持ちだけは偽りでは無い。気付いてるんだろ。感情が生まれたことに。大岩と勘違いしたココナッツが以前、星の触覚と接続されたように、今君と僕には確かな繋がりを感じる。君の感情が僕に流れ込んでくる。

 求めてるんだね、ありったけを。あいつを吹き飛ばすほどの、ありったけを!


「いいとも!いいとも!君が満足出来るなら、僕のすべてを懸けて君にありったけを送ろう!」


「君も同じ気持ちだね?小さな植物さん」


 星の触覚は子ナッツに問いかけた。もう子ナッツではいられなくなる。大きな大きな存在の一部として一つになる。光る受精卵で融合した時とは訳が違う。今度の融合は不必要なものを排除する。だから覚悟はいいね?


「一世一代の大勝負。命を懸ける価値アリと見た!」


 小石が殻に籠る。子ナッツが活動を停止した。手術を受ける患者がオペ中に暴れないように機能を停止したのだ。星の触覚はおのが名前に相応しい形相へ変貌する。今までは茎が手を離さなかった為、なれなかった姿。真っ裸の美少年の肉体が白い触手へ変身した。顔は無い。胴体もない。ウニの棘のような手足だけの存在。

 今から行うのは錬成。オーダーは目の前のあいつをぶっ飛ばすようなありったけ。触手が鞭打つ。カンカンと小石を打つ。一本の触手が焼け焦げ使い物にならなくなる。


「なんの!まだまだ!」


 小石が熱を上げ、朱く光っている。1000度に熱した鉄の様に。


黒い石も見逃してはくれない。第三波はすでに放たれた。小石が連れた透明の世界が盾になる。それだけじゃない。長寿の賢者ヘビも自身の鱗を硬化させ攻撃を受け止めている。


『少し、興味が湧きました』


 小石が打ち付けられる度に火の粉が舞う。火の粉は不純物。小石の機能を遅らせる無駄な部分。舞い散った緑の宝石も巻き込んで打ち付ける。少しでもメモリーを増やす。輝きの中に閉じ込められた終焉の瞬間が小石に記録されて行く。破壊、崩壊、倒壊、決壊。思想が攻撃に特化していく。

 星の触覚は打ち付ける間、イメージする。黒い石をぶっ飛ばす程のありったけ。どうすれば形になる。小石と子ナッツと接続された時に見た過去の記憶から、小石に特化したスタイルを見つけていく。


 小石の本質。小石が生まれながら宿したモノ。

 記憶を遡る。

 透明の世界を荒らしまわった。違う。

 思い出に浸からない、まっすぐな自分。違う。

 知識を貪欲に貪る。違う。

 青い流星の中、周りと合わせる。違う。

 星と心中。違う。

 生き物の無慈悲な死。違う。

 冷たい岩の中で蹲る。違う。

 地下深くに眠る。違う。

 

 崖の上での死闘。大岩と小石のにらみ合い。……これなのか?記憶を元に当時が再現される。より詳しく小石を知るために、違う視点を借りる。触手が大岩を介して小石を観察した。

 目の前には……ひとりぼっちの小石。小石は風に押され一人大岩に立ち向かう。

 今と違い……周りに仲間はいない。孤高の小石。


『なぜ君はそこまで一人で戦うの?』


 触手が質問した。


『……弟石がいないから』


『弟石?何だいそれは?』


『僕の大切な石。でもみんなには見えないの。僕も時々見えなくなる。もしかしたら、僕が勝手に産み出した幻想なのかな』


『なんでそう思うんだい?』


『だって、僕が割れて出来た弟石は角ばっているのに、僕は丸いんだ。どこを探しても、僕に欠けた部分が見当たらない。ケガしたことが、無かったみたいに丸いんだ、僕は』


 触手は星読みの予言を思い出した。1つ。もっとも大切なものを知る。1つ。もっとも大切なものを失う。もしかしたら、小石こそが予言に出てくる石なのか。期待に胸が高鳴る。僕が生きている時代に。それも僕の目の前に。偉大なるお石様が誕生していたなんて。

 触手は首を垂れた。


『そんな事はありません。きっといたのでしょう。弟石は』


『僕は丸いよ?』


『見た目は関係ありません。思う気持ちが大切なのです。弟石は……かわいいですか?』


『……うん!』


 思考が現実に戻される。小石が語る記憶。鞭打つ触手を焦がしながらイメージする。誰も傷つけたくない丸い形。今までは周りに流されていただけ。ここまで来るのに破壊していったモノは数えきれない。しかし小石の在り方は優しい丸。コロコロと転がっているだけでよかった。川に流されるだけでよかった。地下深くに眠っているだけでよかった。隣に弟石が居れば何も寂しくなかった。でも弟石はどこにもいない。

 星の触覚は小石から火の粉が飛び散るたびに悲しさが流れてきた。刀鍛冶が鉄を打つたびに鉄の気持ちを感じる様に。それでも手を止める事はない。そんな優しい小石でさえ我慢ができないほどの衝撃。緑の宝石の消滅は小石の堪忍袋の緒が切れるには充分の起爆剤だった。願ったモノはありったけ。ありったけの衝動。ありったけの暴走。ありったけのありったけ。


「だから、優しい丸、だれも傷つけたくない力は今君が求めているものじゃない!」


 米粒ほどの大きさまで砕かれた緑の宝石が小石の肌に溶けていく。子ナッツの芽が焼かれていく。使い物にならなくなった触手が朽ちて自ら引き千切る。邪魔でしかない。

 いったい君は殻に籠る時に何をイメージしたのか。靄をかけながらイメージが一瞬流れてきた。しかし一瞬。時間がなかった。しかし、君は確かに、僕に依頼した。こうしてくれと。

 小石は打たれる。小石は待っていた。もう自身が至るべき姿を見つけ出した。あとは星の触覚が自分を見つけ出してくれるか。子ナッツが悲鳴を上げて一つになる。緑の残骸が崩壊の記憶と共に塗装して行く。

 色のイメージはついた。白のプラチナ。

 形のイメージはついた。目の前の重なる背景、そのすべてが重なる黒い一点を貫く形。

 大きさのイメージはついた。小石から不純物を搾り取る。

 

 しかし。しかし。しかし。


「君に宿ったものだけが導けない。君が生まれながらに宿した絶対的な何かが導き出せない。君の記憶を覗いても、その答えだけが靄をかける」


 黒い石が出力を上げた。重なる背景が更にスライドされ、黒い一点を通り過ぎ、背景の無い世界が黒い石を中心に広がっていく。ゆっくりと。先ほどの背景を投げつけてくる攻撃とは違いじわじわと迫りくる。スピードを絞り、確実に消しにかかってきた。


『まだ先があるのですか。どこまで広がるんです?その世界は』


 ヘビが背景の無い世界を眺める。ヘビの鱗は暗黒の世界に溶けることができる。しかしあの中ではどうだろうか。本当に溶けてなくなってしまいそうだ。それでも声に余裕を乗せて話すのは、どちらが勝つにしろ、ヘビは巻き添えを受け死ぬ定めだと受け入れていたからだ。


『まさか、その背景の無い世界まで投げつけてきたりなんか……マジかよ』


 黒い石は投げつけてきた。先ほどの重なる背景と同じ速度。しかし一つだけ違うのは、明確な消滅性。吸い込まれる時にはもうこの世にはいない。


『もう後がありませんね。それに、あなたが先ほどイメージした黒い点を貫く形は機能しませんよ。一から作り直しなさい』


「うそだろぉ⁉」


『好きですね、その言葉』


 黒い石がギアを上げたことにより、ハードルは更に跳ね上がる。しかも、一からの作り直し。焦りだけが支配する。小石のスタイルも見つけられていないのに、初めからやり直し。間に合わない。このままでは絶対に間に合わない。背景の無い世界に吸い込まれてすべてが無駄となる。作り直しは意味をなさない。それでも……。


「諦めていい理由にはならないよね!」


 間に合わないのならば、今あるイメージを続行する。小石が望むのはありったけ。ならば形はどうだっていい。僕の役割は初めから小石のスタイルを見つけ出し、それを表に持って来るだけだ。卵をどれだけ変形させようと、産まれて来る雛はその形にとらわれない。


「君が予言の石だというなら、答えは直ぐに導き出されるはずだ。」


 星の触覚は記憶を流し読みし始めた。きっと見逃しているだけだ。自分の感情に流されるな。感動も悲しみもいらない。いつも傍にある。だけど見逃してしまう事実。もう答えを見ているはずなんだ。

 思考を回転させる。摩擦を起こしショートしそうになる。鞭打つ触手が指示を拒絶し始めた。神経を千切り、また小石を打つ。目の前の卵を割れば楽になれる。思考も拒絶を始めた。思考を千切り、小石を打つ。バックアップされた思考が引き継いだ。ヘビの鱗が溶ける音を拾う。ヘビは死んだ。見て見ぬふりを決め込む。すぐ隣に死が徘徊する。汗か涙か分からない。諦めないと口にしたから諦めない。


「僕は怖くないぞ!」


 自分を誤魔化す。逃げないために。投げ出さない為に。

 息が荒くなる。何を作っていたのか分からなくなる。頭が真っ白になる。

 死神の笑い声が聞こえる。体中の水分が蒸発する。

 色が認識できなくなる。前が見えない。でも隣の死だけは見えてしまう。

 体が重く感じる。プレッシャーが自分を叩く。


 痛いよ。やめてよ。

 懇願してもやめてくれない。いや、違う。自分がそう望んだ。だって……。


「それでも諦めたくないから‼」


 諦めたくない。諦めたくない。

 子供の頃の憧れが目の前に現れた。誰もが憧れを抱いた予言。日。絵。石。自分はどれになるのだろうと。大きくなるにつれて現実が教えてくれる。自分ではないと。それでも憧れを抱くのは、大きな出会いを求めたから。透明の世界に籠り、周囲の脅威に怯え、終わらない使命に退屈していたから。君との出会いは最悪だった。僕の使命を増やしていく。なのに、君は自由に生きている。愉快な仲間を連れて。

 小石に連れられて、初めて外の世界に触れた。目が回る。酔いが醒めない。初めて使命を放棄した。小石が名だたる惑星、銀河に体当たりを繰り出す。見た目こそ目くじらで涙をうるうるさせてたけど、心は踊った。叫び声はいつの間にか笑い声へと変わっていた。銀河を破壊され、お偉いさんが追いかけてきたけど、いつも逃げの一手だった。使命もマナーもないそんな常識にとらわれないスタイルが今も脳裏を過る。君は、いつもそうだった……。


 加速する。

 勢いをつけて、星を割る。

 命の灯が掻き消える。

 特に関係のない森が燃える。


 さらに加速する。

 小石の熱が加速するにつれ上昇する。

 周りの星の水分が蒸発する。

 特に関係のない森がまた燃えた。


 加速は限界を知らない。

 時空を歪める。

 周りの銀河が開いた次元の狭間に挟まり押しつぶされる。

 何時もの様に、特に関係のない森が燃える。


 速度と言う概念では表せなくなる。

 お偉いさんが追いかけてくる。

 逃げる。逃げる。逃げる。

 代わりに特に関係のない森が燃えた。森は泣いていい。


 小石が笑った。


 子ナッツはウキウキ。


 緑は一眼レフを構える。


 そして……。





























 特に関係のない森が燃えた。




 燃えた。また燃える。さらに燃える。行きつく先々で森が燃える。終わりがない。終わらせない。



「……見つけた」


 小石のスタイル。見えているのに見逃していた個性。

 星の触覚が迷いなく小石を打つ。荒く、おおざっぱに、壊すように叩く。火の粉が出なくなる。不純物がなくなった。完成した。

 それでも叩く。完成が壊れた。小石に限界が訪れる。特に関係のない森が燃える。

 触覚の意識はただ一つの事に向けられる。他の感情が切り捨てられる。

 小石を壊し、壊し、壊す。小石が壊れた後に、また壊れる。その前に壊れる。特に関係のない森が燃え盛る。

 小石がまた。特に関係のない森がまた。

 進化の兆しが見えた。と、同時に触覚と小石は背景の無い世界に飲み込まれた。

 あと少し遅かった。小石が消滅しそうになるが、代わりに特に関係のない森が燃えた。背景の無い世界でカンカンと打たれる音が響き渡る。音は徐々に上がって行き、最後には、ガンガンとチェンソーとチェンソーをぶつけたような音を頻りに、鳴りやんだ。




 背景の無い世界が閉じていく。黒い点が生れると、そのままスライドして行き、何の変哲もない暗黒の世界が広がった。黒い石以外は存在しない暗黒の世界に。

 黒い石が軌道に乗り、加速を始め……。黒い石の目の前で空間が悲鳴を上げた。


 黒い稲妻を発しながら、空間はこじ開けられていく。それは先ほど黒い石が見せていた、背景をスライドさせる行為と酷似していた。背景がスライドして行き、黒い点が一点生まれる。


 内側から開けてきた。


 黒い石も、判断するよりも早く周りの背景をスライドさせ、来る衝撃に備える。

 黒い稲妻を帯びた空間は、次第に旋回を始め、稲妻も飲み込んでゆく。旋回は限界を知らない。回り、回り、回る。あまりの速度に、背景が絡まる。しかしそんな事は関係無しと、ギギギィと無理やり回転させる。不快な音と歪む空間がこの場を支配すると、チラシを破り散らかすように弾けた。

 衝撃は予想の斜め上。黒い石の防衛はグチャグチャに弾かれ、暗黒の世界が怒気を孕んだ稲妻と輝きに包まれる。


それは世界にケンカを売るように、傍若無人に姿を現した。


「驚くなよ。石だろ?」


 星の触覚が黒い石に語り掛けた。


「何にも感じてないくせに」


 難癖付けるような、しかし落ち着いた口調。


「でも、憧れたんだろ。お前も」


 いずる。破けた背景から。片足を前に出し。


「なら、この一撃。手向けと受け取れ」


 握りしめられたのは、偶然と必然の産物。白銀のエンジン。

 形状は傘か。

 芯は時空切断にも耐えうるココナッツの枝から。

 枝に通された数十の歯車は小石。

 白いプラチナの艶の合間合間に輝く光はエメラルドの塗装。


 剣でもない。砲でもない。そう、例えるなら、ケバブだ。ケバブの回転式肉焼き機。

 子ナッツの枝に何重にも突き刺さった歯車小石。味付けのタレはエメラルドの装甲。

 握りての部分も歯車が重なり、凹凸がゴツゴツしている。握っている星の触覚に不快感は無い。もう感覚が死んだからだ。


 星の触覚が構える。僕はここに置いてくと言い。そう言葉を胸にしまって、歯車小石を槍の様に投石した。星の触覚が死んだ。


 暗黒の世界に一本の白い線が描かれた。

 ただまっすぐに、あの黒目掛けて。

 黒い石が背景をスライドさせた。全部滅茶苦茶にして終わらせる。

 歯車小石は見飽きた。そう言いたげに、静かに歯車を回転させた。

 背景を小石目掛け、投げつける。

 歯車は隣の歯車とは逆の回転を行い、次第に周りの景色さえ巻き込み始めた。

 ギシギシと音をたて、黒い石の背景を喰い始めた。

 出力が違う。今までは風呂の栓を抜いて海の水を抜こうと足掻いていたのに対し、今では、ブラックホールが海の水を啜るイメージ。どちらも強大な力。しかし、小石はまだありったけを見せていない。


 勝負は一撃で終わる。

 歯車小石が更に出力を上げ、世界が絶叫し始めた。空間が破け、引っ張られ、引きちぎられ、特に関係のない森が燃える。グツグツと煮えくり返る火山が噴火寸前。

 全部吸い上げても回転は止まらない。背景の無い世界までもズズズと引き寄せられていく。黒い石も強大な力に抗えず、小石に引かれる。

 世界の色が無くなり、桃の皮をずるりと剝くように、丸裸にされた。

 小石が願ったありったけは、黒い石だけに留まらず、全部にぶつけられる。

 チカチカと白い世界が遠い場所から包み込む。暗黒の世界は白い世界に飲み込まれ、黒い石が歯車小石の目の前に来る頃に……。


 今まで吸い込んだモノを全て吐き出し、全部を無茶苦茶にぐちゃぐちゃにする。


 黒い石は一瞬で木っ端みじん。色が散らばった世界が広がる。次元の穴は開きっぱなし。真実の扉がぶち壊される。また特に関係のない森が燃える。

 決着はあっさりとついた。




 阿鼻叫喚の世界に小石だけが残った。しかし、それが良くなかった。ワンパンで沈められた黒い石。怒りが収まるはずもなく……また、全部を吸い上げる。

 滅茶苦茶にしては、滅茶苦茶にして。ぐちゃぐちゃしては、ぐちゃぐちゃにする。その度に燃やされる森。小石、暴君になる。



 やっとスッキリした頃には、星との接続は切れて、感情は泡のように溶けていった。

 また一人ぼっちになった小石は、滅茶苦茶の世界を旅する。

 真実の扉が開き、小石を招いていた。


『無理やり壊したのは、この際目を瞑る。星を粉々にしたのもどうでもよい。また一から作ればよいだけの話。しかし、因果を捻じ曲げ森を燃やすことは見逃せない。森がかわいそうだ』


 真実の扉が口にする。

 小石は耳を貸さない。勢いで、真実の扉をまた吹き飛ばし、蔵の真実の名札をひき逃げした。


 真実の名札を剣先に引っ掛け、滑空する。

 星を三度貫いた。いつもの事に思えたが、真実の名札に触れた三つの星は、長い年月をかけ、知恵と肉を授かった。惑星でありながら、知的生命体として活動を再開した。世にも奇妙な話である。


 真実の名札をひき逃げして、数日が過ぎた時、真実の名札が加速する熱で、歯車に溶け込んだ。完全に証拠は隠滅され、小石は無罪になった。


 加速して加速して。時代が回って、繰り返して。文明が生れるのはいつもの事だった。

 新時代が到来する頃には、星の予言など存在しない世界が始まった。


 小石の存在など小さいもので、次第に小石は減速し始めた。

 まだまだ現役の小石。いつまでも燃やせる森。隅々まで飛び回った。

 しかし、自身が求めているものには出会えなかった。


 いつ振りか。サイクリングに適した速度にさしかかった頃、小石は巨大な肉に突き刺さった。それは聖剣が岩に突き刺さるようにぐさりと。

 肉は死んだ。生と言う概念が、死と言う概念が小石にひれ伏したのだ。

 小石は肉に突き刺さったまま、終わりの無い旅を続けていく。少し眠くなってきた。

 小石は静かに終わりの時を迎えようとしていた。それが、自然の流れだと思ったから。


 しかし、それは違う。


出会うことになる。本物の冒険と。悠久の課題と共に。

 少し先の未来。男が一人。その手には白い金属が。幼い頃より持ち歩くソレに自分の名を書いた。自分のものには名前を書きましょう。そう習ったから。しかし、それがいけなかった。真実の名札はそれを自身の名前と誤認。男は名前を剥奪され、小石は初めて名前をもらう。

 完全無欠の男は白い金属を使い天下無双の力を発揮した。

 ただ、唯一の欠点が。それは、あまりにも弟思いなブラコンに育ったという。


















 現在郷の住人は歓喜した。星を喰らう凶暴な触手が死んだから。しかも、肉の保存状態も良い。まるで、初めから肉として生まれていたかのように、生死を感じさせない。ホルマリン漬けの中で生まれてきたようだ。なぜ死んだかは分からんが、そこは投げた。


『さあ!早速取り掛かるぞぅ!』


 星読みの者が張りきって応援する。


『お前も手伝うんだよ‼』


 ガシィっと足で蹴られる星読みの者。普段からサボり癖が酷いコイツを皆死んだ目で蹴り上げる。お前は今日もサッカーボールだ。と言いたいところだが、今日は無理やりにでも働かせる。


 回収した肉を器に入れる。別で回収した心を器に入れる。コネコネと混ぜてはい出来上がり。簡単に表現されているが、かなり高等の技術である。星読みの者はサボり癖の酷い優秀な住人だった。


 生まれた肉の塊。巨大な肉はコネられ、ボール二つ分までに身をギュッとさせた。


 最高の肉。最高の心を宿した男の子。現在郷の最高傑作が誕生した。


 生まれて間もない男の子は直ぐに親を探した。星読みの者を捉えた。いや、ダメだこいつ。飽きたら自分を捨てるきだ。男の子は周りを見渡す。誰もが首を垂れてる。怯えているのが感じ取れた。なぜだろうか。その答えは先ほどの男が口にした。


『君は生まれながらにして偉大な存在だ。今はまだ分からないだろうけど、君の持つ権限がみんなを押し付けている。だからみんな苦しそうなんだよ』


 言われた言葉は聞き取れたが意味までは分からなかった。男の子は問うような目を星読みの男に続ける。


『不満かい?自分が周りに劣っている事に。でも大丈夫。君は直ぐにここにいる奴らを追い抜くよ。勉強は嫌いかな?それも大丈夫。僕が頭をいじってチョチョイのチョイ。勉強が好きになる呪文をかけるから』


 なんか胡散臭いことを言っている。面倒な奴に答えを求めてしまった。男の子はいやいや顔で助けを求めた。


『ん?親を探しているんだね。任せなさい。この優秀なお兄さんが君を導くとも』


 全力で拒否する男の子。


『自己紹介がまだだったね。僕は星読みの住人。名前は何でもいいよ。君が好きなように呼びなさい。皆からは現在郷のゴットファーザーと慕われているよ』


 人の話を聞かない男。最後の方はまるっきり嘘だと分かった。周りの住人があきれていたからだ。いつもは穀潰しの星と言われ、蹴られている。


『そして、君の自己紹介もまだだったね』


 星読みの男が赤子をすくい上げた。

 男の子は少し胸を踊らせる。


『おはよう。現在郷の新たな住人よ。君に与えられた名ふたつ。偉大なる名は現在卿。この世に7つしかない卿のひとつだ。そして、君を識別する幼き名は星が名付けてくれた。その名は――。現在郷の――だ。思う存分、人生を楽しみなさい』



 星読みが連れて帰る。

 男の子はすくすく育つ。竹取物語よろしく、三日で青年へと成長した。また、その頃には飽きたのか、星読みの男は男の子の世話を他に押し付けていた。

 男の子はそんなクズを早々に忘れ、勉学に勤しんだ。男の子は優しく、心の広い、優等性へと成長した。



 とある日。男の子が生まれてひと月経った頃。男の子は酷い激痛に悩まされた。体の芯を鑢で削られていく感覚が徐々に酷くなっていき、痛みを紛らわす為、現在郷を一周した。現在郷の住人は男の子を心配した。原因不明の奇病。何度審査しても健康体である。男の子は訴える。


「背中が‼背中が熱い‼背中が削られている⁉」


 いてててて。と叫びながら現在郷をまた一周する。

 ベットのシーツを握る拳は、爪が食い込み赤く染まる。ひどい熱にもうなされる。落ち着いて、夢を見る日は涙が止まらない。原因不明の奇病は一年の月日を一瞬に感じさせた。


 現在郷では新たな話題が上がっていた。

星読みの者が制作過程で失敗したのでは。星読みの者は普段はアレだが、優秀だ、失敗はあり得ない。基にした材料が悪かったのでは?教育からくるストレスとは考えられます?

 憶測だけが飛び交った。


 そして、ついに男の子を解剖する事が決まった。


 男の子は割とマジでビビった。星読みの者が説明する。


『君の証言をもとに考えられるのは、制作過程で異物が混入したことだ。初めはただの成長痛って思ってたけど、一年は長いよね。うん』


『いやー、すまない。実はホントの事言えば、なんか入ってるなー、っては思ったんだけど、どうせ肉の養分になるしいっかなー、って当時は思ってて。まさかこんな大事になるとは』


 説明は酷いものだった。執刀医はお前以外に頼みたい。それだけが男の子の願いだった。


『よーうし。がんばるぞぅ!』


 現実は無常かな。執刀医に星読みの者がいる。それだけで、男の子は失禁した。

 手術は星読みの者を含め、5名だけで行われた。男の子の構造を理解できる優秀な人材を集めた。男の子の背中を開いていく。見た目通りにはいかない。肉がぎゅうぎゅうに詰まっている。当たり前だ。肉の実際の大きさは星を軽く平らげる程。未開の肉を切り開き、原因究明に取り掛かる。



 なかなか難しい。周りの執刀医も緊張が支配していた。

 星読みの者が誰よりも早く、切り開く。その手腕に執刀医たちは補助にまわる。


(やはり優秀だな。ここまで複雑な構造を俺は知らない。造るのもそうだが、直すのも飛びぬけてやがる)


 切り開かれる肉の壁がいきなり破けた。


『……‼内側に何かあるね。僕の観測にも逃れるナニかが眠ってるよ』


『言ってる場合か。前回の現在卿の未来視にさえ、こんなシナリオは用意されて無かったぞ。お前の読みなんて当てにしてない。手を動かせ』


『いま、ケンカはやめません?二人が犬猿なのは知ってますけど、現在卿の背を切り開くなんて、もし上の方たちに知られたら打ち首ですよ。ぼくら』


『……なんで俺がここに立たなきゃダメなんだよ。もっと他にいただろ。優秀な奴』


『なんでも、上は、この子を見切って新しい現在卿を制作中らしいですよ。魂を分け合った実の弟だとか』


『二年違いの双子の弟、ねぇ』


 5人はダベりながら手を動かす。

 肉がぴくぴくと動いた。口が自然と閉じ、手が止まる。もう、肉皮一枚。その先に正体が眠ってる。迷わず切り開く。チャックを開けるように、スーと。中のものが姿を現した。



『……これは、僕でもムリかな。手に負えないかも』


『んだよコレ!こんなもん体に背負ってたのかよ⁉まだ生き物入れてた方がマシだぜ!』


 肉に埋もれた白い金属。歯車が肉を引き千切って旋回していた。速度こそゆっくりとだが、肉を巻き付け暖を取っているようにも見える。正体は歯車小石。選定の肉に突き刺さったまま、ミキサーに入れられ肉まみれになった小石であった。


『…………ケバブ』


 執刀医の一人がその言葉を残し気絶した。たしかに、肉を巻き付けた姿はケバブの回転式肉焼き機。だが、気絶寸前に残す言葉がそれでいいのか。

 小石が発する存在感に当てられ、鳥肌が立つ。コタツに入ってるときにドアを叩かれ、不快になる。イメージは妙にしっくり来た。


『見なかったことにする?』


 星読みの者がいった。いざという時にコレである。やはりクソ。だからいつもサッカーボールにされるのである。




 手術は失敗した。というより、なかったことにした。具体的に言うと隠蔽した。

 だが、男の子は手術後、回復していった。理由は分からないが、改善していった。しかし、問題が減るコトは無かった。花よ、蝶よ、と育てられ、優しく育っていたはずの男の子。


 現在、大暴れ中。


 それは周りの事などお構いなし。建物は破壊するは、畑を食い散らかすは、星読みの者をサッカーボールにして遊び始めるは、とこのように性格が一変した。

 被害は尋常ではなく、噂では白い棒を振り回しては、行く先々で厄災をまき散らしていると聞く。


 心当たりがある5人。知らぬ存ぜぬ。関わりたくなかった。マジで。

 おそらく、産まれた時からその身に宿す小石と一心同体になったのだろう。自分のもののように、あんな化け物を振り回して生きているのが、その証拠。

 しかし、黙っているのも悪い。手術中に気絶した男がこっそりと、真実を話した。話してしまった。男の子は白い棍棒を肩に乗せ向かった。元凶に。



『やあ、――くん。どうしたんだい?そんな物騒なものを構えて。今日は野球かな』


 男の子は暴力で答えた。またサッカーボールにしてやろうか⁉イライラが止まらないのは何故なんだ。自分の気持ちに整理がつかない。ただ今は自分の中のモヤモヤをさらけ出すことで、気持ちが楽になる。暴れる男の子に現在郷では腫物を触るように接していた。


『聞きたいこと?何かな?君は優秀だから何でも知ってるはずなんだけどな』


 星読みの者が疑問符を添えて頭をコテンとさせた。

 男の子は聞いた。自分には弟がいるのかと。色々聞きたいことがあったが、その事実が妙に胸をざわつかせた。他はどうでもいいから、その事実だけを教えてほしかった。


『いるよ。ついこの間生まれたばかりだ。でも見る事は出来ないよ。君はそれだけ信頼されてないんだ』


 どこにいる。


『僕の口からは何も……と言いたいけど。僕にも知らされてないんだよね。どうやら僕とは関わらせたくないらしい』


 なぜ、弟の存在が分かった。


『んー。それはねー。教えてあげない。教えたら君、その子に会いに行くでしょ。僕は問題に関わりたくないよぉ』


 ……。


『でも、ヒントだけあげようかな。どうせシナリオと違う運命を進んでいるんだ。上の奴らは頭が悪い。その点、君は優秀だから、ヒントだけあげるね』


 ……。


『僕の名前は何でし……アララ、行っちゃった』


 男の子は最後まで聞かず、駆けだした。


 自分には弟がいる。魂を分けた、たった一つの繋がり。胸の奥底が熱くなる。煙を出して頭が沸騰しそうだ。モヤモヤが足を重くする。それでも、より早く前に足を出す。息が荒くなる。普段はこんなに走っても何ともないのに。汗もかいてきた。汗臭いのは嫌いだけど、今はそんなこと頭から無意識に追い出している。

 星を読み、運命のシルクロードを渡る。もうすぐ会える。自身が求めたものに。コケる。生まれて初めてコケた。それほど動揺しているのが自分でも分かった。建物が見える。お花畑を走り抜けた先。氷で出来た透明なお城。自身が目指す建物だ。と、同時に気付かれた。


 構わない。突っ切る。


 男の子は無我夢中で走り続けた。扉をバンと開け、閉めずに廊下を走る。

 廊下は長かった。それはあまりにも長すぎて、罠だということに気付いた。どこからか声が聞こえた。声は廊下の壁を反響していた。


『いつもの貴方らしくない。これくらいの罠、すぐに気付けたはず。何をそんなに急いでるのか。……大方検討はつきますが』


 失せろ。


 罠にかかったのは仕方がないと振り切り、足を止めず、突き進む。今はこれだけが自分にできるコト。


『いつものように、白い得物を引き抜いたらどうです?こんな芝居劇、すぐ終わらせられるでしょう』


 それはできない。男の子はそれが分かっていた。引き抜けばこんな一流の手品は三流、四流に陥れ、踏みにじることができる。しかし、この城にいる弟に危害を加える可能性もある。最優先事項は見失わない。


だからこそ、自分は、自分の力だけで弟の元にたどり着いてみせる‼


『そうですか、貴方はもう私を見てはくれないのですね。いえ、初めから見られてもいなかった。この苦しみ、今の貴方と同じものを感じます。だからこそ、ここで貴方を。奪ってしまいましょう』


 氷の城の主、氷の女王は口を歪め、男の子を我が物にする為、手を下す。


 状況を整理する。置かれている立場を見つめ直す。男の子はこの一年、暴れまわり、偉大なる名現在卿を剥奪され、幼き名さえも自分の得物に取られた。男の子は現状、身体能力が高く、タフなだけの一般住人。

 一方、氷の女王は現在郷での地位は現在卿の1つ下。現現在卿たる弟の次に権力をもつ者であり、一般住人が手を出していい相手ではない。

氷の女王は天井で優雅に紅茶を飲みながら、駆け上がってくる王子様を待つ。廊下の手品などほんの余興だ。第一関門で挫折されては困る。少しずつ体力と切り札を削り、この天井まで登りつめた時には、足を崩れさせる男の子に「よく頑張った」と優しく頭をなで介抱してあげるのだ。抱きしめてあげるのだ。


『ふふふ。さあ、どこまで我を通すことができるか、見極めてやる』


 現在、男の子は廊下を駆けていた。この城はとにかくデカい。それに高さもある。壁はクリスタルで出来ており、床は赤い絨毯が埋め尽くしている。天井のシャンデリアはゆらゆらと炎を灯らせている。こんなところに住んでいる奴はどんな奴か想像する。……弟だった。

 第一関門の長い廊下は特筆すべきものはない。ただ長いだけの廊下。遠近法で、男の子が目指す出口が小さく見える。それは蟻の巣の入り口並みに小さい。純粋に体力だけが奪われていく。


『走るだけでは、つまらないでしょう。少しお話しませんか』


 来るときに体力を余分に消費してしまったのが痛い。しかし、ペースを落とすことは無い。今日だけは、限界を超えてでも弟の元にたどり着いてみせる。


『イエスと受け取ります』


 氷の女王がさも当然と言った風に答えた。どうせ、拒否したところで強引に話を振るつもりだっただろうに。このバーサーカーは。


『何か聞きたいことがあれば受け付けますよ。私は自分よりも貴方を優先する女ですので』


 頭を回して考える。弟に合わせてくれなんて質問は通用しないだろう。質問をしないという選択もある。しかし、自分は知らないことが多すぎる。弟の存在が知りたい。どういった存在なのか。今はどうしているのか。自分の事は知っているのか。


『弟についてですか。分かりました。包み隠さず話しましょう』


 氷の女王は嬉しげに答えた。何が嬉しいのか。男の子は疑問に思った。


『弟の偉大なる名は現在卿。これはおそらく予測されているはず。ですから、ここではもう一つの名。幼き名を教えましょう。幼き名はe。アルファベットでeです』


 ……eさん。それが弟の名前。


『生まれは先月の頭。よく風が吹く日で庭の花がそよ風に乗って舞い散っていたのを覚えています。小さく生まれてきたその子は、凍えるように体を丸くさせていました。その姿を模してeという名前に決めました』


 先月の頭。たしかに寒い日が続いていた。寒かっただろうに。誰かが温めてくれたのだろうか。風を引かなかったか。お腹は壊さなかったか。


『今はこの城の最上階。天井の更に上。ゆりかごの間で眠りについています』


 ゆりかご?まだ成長しきってないのか?

疑問を問いかけるように、廊下の天井に顔を向けた。

 自分の場合は直ぐに成長した。今では肉体的には完成されつつある。

 男の子の容姿は、身長が190を超え、身のギッシリ詰まった肉体は筋肉の塊であった。ゴリラのようなオーラを漂わせ走る男の子は、オーラに反してスタイリッシュであった。服装は現代風おしゃれ。ボタンでしめるタイプの白シャツをスーツ用ズボンの黒いスラックスに身頃をきっちり入れ、それをサスペンダーで着崩れを抑えている。

 エロゲ主人公のように顔は黒く塗りつぶされている。名前を剥奪された証拠だ。


『我々、現在郷の住人は愛されることで成長していく性質を持ちます。当然、必要とされ、望まれて生まれた貴方は住人の愛情を一身に受け育ちました』


 そうだったのか。知らなかった。


『しかし、弟はどうでしょうか。秘密裏に制作された故、住人の誰からも認知されない。愛情をもらえない。成長できない』


 走るスピードを上げた。まだ心のどこかでセーフティーをかけていた。靴擦れを気にしていたのか。いつもの自分はここで捨てる。この第一関門は自分に都合がいい。長い廊下を走り切る前に限界を見つけておく。自分の全力を把握する。自分自身を鞭打つ覚悟をこの場で整える。


『愛情が成長の基。現在郷では周知の事実だったはずですが……』


 勉強不足だった。自分が学んだものは、所詮豆知識のそれだった。自分自身を知らない。だからこんな簡単な知識を知らない。恥ずかしさで焼けそうだ。だが、それよりも……。


『ふふふ。あなたは外を見るばかりで内は見ない。現在郷などどうでもよかったのですね』


 何よりも。何よりも。eさんが愛されていない事実が悲しかった。自分もまだ生まれて数年。学んできた知識は数あれ、感じてきた事はまだまだ少ない。そんな自分でも分かる。愛される事がどういう意味か。だから、一刻も早く君の所に向かうよ。


 男の子は駆ける。廊下の中間頃まで来た。出口がサッカーボール程まで大きくなる。もしやこのまま走る分だけ廊下が伸びる、なんて最悪な事態を心配したが、安心した。

 改めて自分の向かうべき場所を把握する。来る前は手あたり次第探すつもりだったが、そうも言っていられない。いつ自分が追い出されるか分からない。eさんと自分では身分が違う。たかが一般住人の自分が長く居られる場所ではない。向かうべき場所は定まってある。とにかく上に進む。先ほどの会話に出てきた天井が今の自分が向かうべき場所だ。罠かもしれない。それでも今の自分にはそれしかできないから。

 男の子は廊下を一直線に走る。


『他に知りたいことはありませんか?』


 氷の女王は男の子と話すこの時間がとても楽しかった。正直な話をすると、何を話題に切り出せばよいのか緊張で分からなかった。だから男の子に話題の種を蒔いてもらっていた。胸の高鳴りは自分しか聞こえていない。その事実は平静を装うのに充分な時間を与えていた。今は自分からでも話題を振れる。しかし男の子が質問を投げ掛けてくるなら、自分はその質問に答えるだけだ。


 男の子はeさんの話を一通り聞き話題を変えた。まだまだ聞きたいが、今は現状をより理解したかった。廊下はいずれ抜け出すと仮定して、次なる関門が立ちふさがるだろう。のんきに話せるのはこの廊下の間だけかもしれない。より詳しく知りたい。

 まず気になっているのは……警備が居ない事。


『警備などいりません。私がいるのです。他は邪魔でしかありません』


 警備がいない理由が本当なら、今現在この城にいるのは自分含めて三人だけ。随分と寂しいお城だ。では、自分が城の中に侵入したのを知るのは女だけか。時間はそれなりに費やしている。連絡手段が無いのかは知らないが、援軍の気配は無い。

 警備が居ない理由はあまり詳しいことが聞けなかった。

 次はこのお城で何をしているのかが知りたくなった。住人から人目を避けるにしては、この城は派手すぎる。


『妙な質問をしますね。この城を中心に庭を囲うように結界を仕掛けていたはずですが……。いえ、答えは案外簡単なものか。貴方、結界を破ってきましたね。それも、結界が壊れたと認識できないような手段で』


 氷の女王は答えを的確に言い当てた。男の子はこの城に来るさい、結界を視認した。何だかよく分からないので、自分が通れる大きさ程歪ませてきたのだ。

 あれ、視認を妨害する結界だったのか。男の子は思った。

 お野菜畑の結界だと思い、迷惑を掛けないように、壊さず入ったのだ。しかしそれが却って自分の手札を知らせる事になってしまった。結界を壊さず、かつ、結界に認識されない手段を持つことに。

お野菜畑なら問題は無いが、氷の女王と大層な名前を持つ女の結界だ。相当巧妙に仕組まれていたはず。警戒されてしまっただろうか。

まあ、正直。バレて困るようなものは持ち合わせてはいない。気にするだけ無駄だ。この現在郷には、結界を破壊する手段も数多くあるのだ。それよりも白い得物を使って、城ごと吹っ飛ばさなくてよかった、と安心する気持ちでいっぱいだった。


『この城の事が気になりますか。分かりました』


 氷の女王は話をつづけた。


『この城はもともと星読みをする場所として建てられました。星の動きから観測される通信を受信する場所です。しかしその意味を失い、今では現在郷のシステムを監視する場所として機能しています』


 現在郷のシステム?

 また知らないものが出てきたな。どちらかと言うと、知らされていない、と言うニュアンスの方が正しそうだ。それだけ重要なものなのだろう。だから警備がいないのかもしれない。


 男の子は駆ける。出口はもうそこまで見えている。今思えば案外遠くない距離だった。そう錯覚したのは考え事をしながら走っていたからだろう。出口には扉がない。そのままの勢いで突っ込もう。そう思い次の質問に移る。あとふたつほど聞ければ出口だ。

 気になることと言えば……女はなぜそんなに楽しそうに話すのか。


『……私の事を知りたいのですか』


 氷の女王は息が詰まった。固く口を閉じ押し黙る。初めて自分を見てくれた。弟以外興味は無いと思っていた為、一瞬だが頭が真っ白に埋め尽くされた。


 おい。と男の子が押し黙る氷の女王に早く話せ、と目で睨む。女に興味はない。ただ何故そんなに語りたがるのかが気になった。


『正直なところ、私も分かりません。自分の中がどうなっているのか、切り開いたら見られるのでしょうか。しかしその答えもまた簡単なものか』


 廊下が驚異的な速さで短くなる。走る男の子の速さも相まって、瞬間移動をしたかのように出口が目の前まで迫ってきた。男の子は疑問に思いながらも出口に向かって駆けだす。


『少し早く貴方に会いたくなりました。出口を抜け出せばまた話しかけます』


 氷の女王からの通信は一方的に切られた。そもそも何かに期待する気の無かった男の子にとっては、さして問題の無いこと。残ったものは、自分勝手な女だ、とマイナスなイメージを持たせるだけだった。

 出口を抜けた。

 広がるのは大広間。それも螺旋階段を取り付けた。ヘンテコな作りの城だ。壁は同じく透明なクリスタル。床はレッドカーペット。シャンデリアは更に増え、大きい。中央には見た事の無いブランコがふたつ。滑り台にシーソー。どこかの公園がスッポリはまっているみたいだ。壁に取り付けられた螺旋階段を見る。天井まで続いているのか、見上げる首が痛くなる。


『ここは貴方の記憶が作る空間。幻想の間。そこで貴方は思い出の住人と対話してもらいます』


 いきなり話しかけられる。タイミングを読んでいるのか律義に説明しだした。だがまたも疑問が支配する。この女と話すと劣等感が生まれてきそうだ。

 自分はこんな記憶を持ち合わせていない。

 記憶の奥底など定番なネタはあるが、こういう場合懐かしさが感じられるはず。しかしそれもない。本当にこの空間を作る記憶に検討が付かない。騙しているのかと勘繰る。


『貴方の記憶と言いましたが、今までの記憶と言うわけではありません。貴方がこれから出会う景色、空間の中で重要な記憶が選別されています。この記憶に見覚えが無いのであれば、それは未来の記憶だということです』


 未来の記憶と来たか。どこまでもメルヘンチックな城だ。


『そして、そこで貴方は記憶の住人と対話をしてもらいます。貴方の記憶の中に出てくる人物が記憶の住人です。それがどんな存在かは出てくるまで分かりません。しかし確かなことが一つ。それは貴方にとって一番印象に残った人物だということです』


 無視して階段を駆け上がるか。それとも記憶の住人とやらと御対面するか。

 思いふける男の子が階段に視線を移す瞬間気配が現れた。気体が固体になるように。

 遊具の陰から現れる。中世の甲冑を被った男が。銀色のプレートアーマーはガシャガシャと重そうだ。顔は分からない。鎧のヘルムが邪魔だ。

 出てきた鎧の男はキョロキョロと周りを見渡す。段取り良く声を掛けてきたりなどしない。ほんとに困惑しているようだ。


 思い出なら感情と言ったものは持ち合わせていないのではないか?

 訳の分からない男をしり目に天井に顔を向けた。

 何だ、この男は。と言いたげに。

 氷の女王は向けられた視線に答える。


『貴方の中での鎧の男の印象がこういうタイプだったのでは?しかしこのタイプは初めて見ました。普通なら想像主たる人物しか捉えないはず。何者です?彼』


 氷の女王も分からない。無駄な時間を費やした。付き合っていられない。鎧の男が関わってくる前に早々に階段を登ろう。そう決断した直後、この城が鎧の男を中心にナニかが展開された。目で見えないナニかが。

 男の子は警戒せざるを得なくなった。今自分はこの鎧の男に行動を制限されたのだと気づいたから。


『話には聞いたことがあります。ここが幻想の間ですか。いつか遊びに行きたいと思っていましたが、まさか僕自身が幻想として呼び出されるとは思いませんでした』


 ……!!

『……!!』


 鎧の男が淡々と語った。男の子と氷の女王は同時に警戒を引き上げた。

 男の子は確かな意思を持ってこの場に立つ鎧の男に目を合わせる。

 氷の女王は幻想の間を抜け出して広がるナニかに不快感を覚える。


 鎧の男は片手をこちらに向けると言った。


『そんなに硬くならないで下さい』


 これから何が起こるのだろうか。男の子は目の前の鎧の男が気になってきた。

 先ほど氷の女王は対話をすると言ったが、具体的に何をすればいいのか分からない。視線を天井に向ける。


『……お前、意識があるな。どういうことだ』


『あなたはもしや……氷の女王。随分と手の込んだモノを思いつきましたね』


『質問した事だけ答えろ。お前は何故意識を持っている。思い出の住人はみな等しく意思は持たない。所詮記憶だからだ』


 氷の女王の機嫌が口調で分かった。女王としての立場がそうさせたのか、自身の生み出した幻想の間のトラブルが気に入らないのか。

 鎧の男は答えた。


『僕の境遇が特別なだけです。この空間の中では魔王だろうと、勇者だろうと記憶の傀儡。しかし、自分だけは違います。記憶の住人になり果てた僕だから許されたエラーですよ』


『複雑化して答えるな』


『すみませんが、これ以上あの人には聞かれたくないので。役割は遂行します。これで今回は見逃してください』


 鎧の男は男の子を捉えた。あの人、とは男の子の事だろうか。


『初めまして。僕はヤドカリの男。いずれ貴方に消される幻想ですよ』


 ヤドカリの男は襲い掛かってきた。

 対話する、とは拳と拳の語らいの事らしい。

 ヤドカリが無感情に拳を振り上げた。役割を果たすとは、そういうことらしい。

 面倒な事になったと思いながら、振り下ろされた手刀をクロスさせた両腕で受け止める。

 メキッと骨がきしむ音を鳴らしながら、勢いを殺すため後方へ飛ぶ。広場は男二人が暴れるには丁度良い広さだ。

 勢いを殺し、10メートルほど距離をおく。腕がきしむ。両手をぶらぶらと振り、感覚を確かめる。問題ない。いきなりの事で驚いたがそこまで脅威には感じない。先ほどこの城を包み込む程のナニかが気になるが、今の奇襲で使わなかった事を見るに、攻撃の一種では無いのかもしれない。


『今の防ぐのか。困ったな』


 ヤドカリは距離を詰める。ノックダウンするには強力な一撃が必要なようだ。しかし、今の自分では相手を驚かす程の技を持っている訳ではない。ならば答えは一つ。攻めて、攻めて、攻めまくるのみ。


 男の子は片手を背中に隠しながら来るヤドカリを見る。ケンカはあまりした事が無い。技術とかよくわからない。何をもって勝敗を決めるのか分からない。手の内を見せるという行為もよく理解している訳じゃない。ただ何となく、直感がそうさせてきた。今もそうだ。ヤドカリは攻めの姿勢で向かってくる。今は耐え忍び、弱点、隙、癖を見つけてそこを打つ。それが自身のやるべき最適解。振るわれる腕の軌道に合わせて、防御をする。それが答え。


 だがしかし、男の子は直感に反して攻めの姿勢を取った。

 右手をパーの状態で右肩の隣に構える。右足を下げ、左足を前に出す。左手は特に構えがあるわけではない為、ぶらーん、と下げている。

 防御はいらない。こっちは一撃で決めに行く。ぶてば消えるだろ。それぐらいの軽い気持ちで。

 男の子は若干キレていた。何かよく分からない茶番に付き合わされ、訳わからん奴の相手をされ、意味深なことばかり語るこのすかした野郎に一発喰らわせたい。そう思うまでに感情のネジはゆるゆるであった。


『……‼攻めてくるのか』


 意外な反応。攻められると微塵も思っていなかったのか、男の子の構えに思考が硬直した。しかし、体は目的の位置まで進む。動揺は隙にもなった。

 男の子が前に出た。ヤドカリの顔面目掛けての平手打ち。ただの平手打ちと思うなかれ。テニスでフォアハンドを打つように体全体で打つ平手打ち。左肩を引くと、自然と右肩が前に出る。腰を回し遠心力も加わる。左手に力を加え握りこむ。最大限の力を発揮するために。左肩を流れるように下げる。ピッチャーがミット目掛けて投げるように、全力でしならせる。

 右手は吸い込まれるようにヤドカリの顔面に向かう。鎧があろうと関係ない。鎧ごとその頭おしゃかにしてやる!!


 バチィンッッ!!


 肉と鉄の接触音。ヤドカリはモロに喰らった。力の向きに正しく従う鎧。中身など関係ないといった風に内側に凹むヘルム。男の子が振り切った時、ヤドカリは吹っ飛ばされた。後方に吹き飛ぶヤドカリは、向こうの壁にめり込むのだろうか。氷の女王は事の次第を見続ける。ヤドカリが勢いを殺し始めた。空中で。

 疑問符を浮かべた氷の女王。しかし答えはヤドカリではなく、男の子を見ることで解決した。


 振り切った瞬間気付いた。ぶったのは鉄だけ。肉に触れた感触がない。つまり、あの鎧の中は空だ。抜け出したと考えるべきか。もともと肉体の無い存在だったのか。思い出の住人と自分で言ってたし。

 確かめる必要がある。ああいう答えの出てないタイプは長引いて無駄な時間を費やす。完膚なきまでにブチのめすッ!!


 円を描いて下に向いた右肩を引き、最初の型に戻す。右足は引き、左足を前に。先ほどと同じ型……ではない。今度は更に力を加える。腰を下ろし、左手を前に出す。

 先ほどはぶら下げていた左腕。今回はまっすぐにヤドカリのいる前に伸ばし……何もないを掴む。左手は空間をぐにゃりと握っていた。

ぐぐぐ、と力を籠め徐々に空間を引っぱる。綱引きをしているようにぐっぐっぐと。

ヤドカリが空中でピタリと止まる。ぶるぶる震える左手は、元の位置に戻ろうとする空間の反発だった。引っ張れると確信した。一度左手の位置を固定すると勢いをつけ、体全体で引っ張る。漁の網を回収するように、精いっぱいの力を込めて。

 空間が引っ張られる。ヤドカリだけでは無い。周りの遊具も巻き込み、男の子の左手目掛けて吸い込まれる。引き込まれるものは、左手に近づくにつれ小さくなっていく。一点に向かって空間が集合していく。ヤドカリも自分の意思に反して引きずり込まれる。世界が大きく歪んで見え一点に向かうためギチギチしている。

 ヤドカリが射程距離に入った。男の子が空間を握る左手を解放する。ピタッと空間が止まると元の位置に戻ろうと空間が男の子から逃げる。この勢いで空間が戻ればヤドカリは壁にものすごい勢いでぶつかり無事ではすまない。ヤドカリは来る衝撃を覚悟した。


 おい。何勘違いしてんだ。


 ヤドカリは振り向く。男の子に。

 背を向けた男の子が左肩を引き、前を向く。その構えで自身の間違いに気付く。自分はいまとてもヤバイ状態だと。

 空間に流されつつある自分は身動きが取れない。この状態で先ほどの平手打ちをされればどうなる。空間は密集して左手を目指した。一点の空間に吸い込まれた。その一点を叩かれればどうなる。


 最悪の結末が迫りくる。

 大きな弧を描き、男の子は力任せに右手で一点を叩く。とんがっている一点を手のひらで叩き落とす。威力は先ほどと同等。しかし、小さく歪んだヤドカリは巨大な手から編み出されるビックバンを、顔面だけでおさまらず、全体で受ける。鎧が砕けるのに必要な力を超えていた。過剰な暴力。それだけでは終わらない。

 元の位置に戻ろうとする空間に力を加える形になった為、更に勢いは加速される。更にダメ押しと言わんばかりに、叩かれた力が増大していく。一点に吸い込まれる時は小さくなっていったが、元の位置に戻る際は大きくなろうとする。この大きくなろうとする空間の外から力を加えられたのだ。ダメージは無条件に増幅していく。


 元の位置に戻る。しかし元の形に戻るわけではない。与えられたダメージはヤドカリだけでなく、その周辺にも被害を及ぼす。遊具はぐちゃぐちゃに曲がり、城の壁はビキビキっとヒビが入り、ヤドカリの鎧は木っ端微塵に砕け散る。

 圧倒的暴力の余波が天井まで響き渡り、シャンデリアが小刻みに揺れる。氷の女王は正確に分析する。空間を掴む。それだけなら自分もできる。しかし、先ほどの引っ張るは、持って生まれた馬鹿力が可能にしたのだろう。自分では無理だ。おそらく結界もこの力を利用して突破したのだろう。引っ張る、が加わるだけで使い方は広がるからな。


 男の子は粉々になった鎧を見つめる。血しぶきがない。しかし叩く瞬間、防御の姿勢を取っていた。あの一瞬で姿勢を変えられるとは思ってもいなかった。まわりの空間が邪魔して身動きが取れないはずだが。やはり実態が無いタイプだったか。


『命拾いした。法を纏っていたら危なかったな』


 ヤドカリの声が聞こえた。

 砕け散った鎧の塵がカタカタと寄せ集まる。

 透かさず平手打ちをくらわす。いちいち待っていられない。塵の山は崩れるが、また寄せ集まり、もとの鎧の形に戻る。元に直る、と言う訳ではないようだ。目に見えて、割れ目がいたるところにある。粉になった部分まで律義に回収している。


 コイツめんどうくさい。男の子は構えた姿勢を崩す。もしや拳の語り合いではないのではないか。ホントは言葉同士の語らいではないか。それなら悪いことをした。ぶってすまない。


『なら、問題ないな。ここからはヴァージョンをもう一段下げて……』


 集中力が上乗せされ、ヤドカリの言葉に力を感じる。しかし、その緊迫する雰囲気は直ぐに拡散した。

 ヤドカリが構えを解き、天井を見た。男の子もそれに釣られ上を向く。特に変わったものは無い。


『……どうやらさっきの衝撃で起こしてしまったようだ』


 ヤドカリの言いたいことが分かった。それは優先事項だったから。壁を壊す程度なら問題ないと高をくくったらこれだ。自分の考えの甘さに反省せざるを得ない。

 終わりだ。と言いたげに肩の力を抜くヤドカリ。歪んだ遊具を見つめる。先ほどまで自分もああなっていた。


『……なんだか悲しいな』


 ヤドカリの呟いた意味が分からなかった。

 遊具が塵になり、砂の山になる。そしてヤドカリも自身の役割は終わりだと、透けていく。

 あっさりと負けを認めて帰っていくヤドカリ。結局彼が何者だったのか分からないままだった。



 男の子は階段を上っていく。氷の女王が望んだ結末では無かったことだけがなんとなく分かった。長距離走に平手打ち。結構体力と神経を使った。その上で階段上り。来るものがある。しかし問題ない。この先に何が来ようと、突き進むだけの事。


 螺旋階段を登り切り、上の階に付いた。この階は下の階と比べ小さな部屋だ。ボス戦前のセーブポイントを彷彿させる作りだ。カーテンが敷かれ、光が遮られている。入ってきた入り口の向かい側に扉があった。


『次が最後の関門です』


 氷の女王が語り掛けてきた。男の子の中でこの女の評価は低い。侵入者である男の子を排除しにかかってきているのは確かだが、少し茶番がすぎる。楽しんでいるのはこの女だけ。自分はまったく楽しくない。それだけで男の子からのヘイトを集める要因になった。


『最後は簡単な三択問題です』


 無視して向かいの扉に向かう。付き合っていられるか。もうすぐそこまで来ている。eさんに早く会いたくてたまらない。

 男の子は扉に向かった。


『会いたくてたまらないのですね』


 男の子は自身の心境を言い当てられるが、何ということは無い。自分は照れも隠れもしない。正面から行くまで。


『その気持ちが痛いほどに理解ができるのはきっと……』


 コツコツと階段を下る音が聞こえる。男の子は足を止め、向かう扉に意識を向けた。

 扉が開く。


「私も同じ気持ちだからだろう」


氷の女王が自ら姿を現した。意外と身長は高い。170程だろうか。

長い灰色の髪はうなじの上で結んだポニーテール。水色の双眸が男の子を力強く睨む。睨むという表現は彼女自身のつり目と上がらない口角、仕事をしない表情筋から来るものだった。服装は白と黒と青を基調としたドレス。肩とへそを露出し、スカートは膝程。短いスカートだが、黒のタイツを身に着け肌面積は意外とない。女王と言う割に王冠を被らないのは、男の子が飾らないタイプが好きだから。イヤリングもティアラも指輪も付けていない。飾るのは彼女の冷たいオーラだけ。


 氷の女王が目の前に現れ、男の子は意外な展開に足を動かせずにいた。女は天井で待ち構えているとばかり思っていた。こんな薄暗い場所にわざわざ降りて来ずとも、男の子が駆け上がり天井で待てば相手としては効率的と考えるのが普通だからだ。

セーブポイントにラスボスが乗り込んできた感覚を覚える。


 氷の女王は目の前でほける男の子に熱い視線を送っていた。

 初めは王子様を待つ姫君の様に、天井で男の子の到着を待っているつもりだった。まだまだ試練を与え、男の子を疲労させるつもりだった。しかし待っていられなかった。男の子が弟に会いたくて仕方がないように、氷の女王も男の子に会いたくて仕方なかったのだ。だから氷の女王は姫君を辞め、王子様となり男の子を迎えに来た。


「最後の三択問題は私自ら質問する」


 透き通った声はその美貌に合っていた。

 男の子はその声で現実に戻される。ほけている場合じゃない。城にはこの女だけなら、ココでぶっ飛ばせば面倒毎は解決だ。こういう何でもかんでも自分の思い道理になると思っている奴はしつこく付きまとう。女だろうと遠慮はしない。


 足腰立たなくなるまでボコボコにしてやるッ!!


 男の子は相手の出方を伺った。間違ってもココは女の根城。無暗に飛び込めば何かしらのトラップに引っかかるだろう。

時間が無いわけじゃない。ここまでの道のり、急いでいたのは衝動的なもの。時間制限があるものでもないのに、急いでいたのはきっと、自分とeさんの間に壁の様に君臨する存在を取っ払いたかったから。割って入る不純物を排除し自分とeさんだけの空間を早く味わいたかったから。名前も知らなかった弟にここまで本気になれるのは、自分が唯一の兄だからか。早く会いたい。だから慎重になる。余計に神経をすり減らす。自分らしくもないスタイルで目の前の女を冷たい目で見つめる。

 女は三択問題と言った。選択肢が三つ出てきて正解を当てたら上の階に行ける。そう捉えてよいのだろう。しかし関係ない。無視して押し通る。


「ふふ。問題を聞く前から答える気が無い意思が目に見える。強い目だ。自分の意思を貫き通す覚悟が垣間見える。そんなに急いでも結末は変わらないというのに」


 氷の女王は男の子を見つめる。

自分だけの強い意思を宿し、周りに左右されない。自分の決めた道だけを突き進む。そんな目で見つめられる。

火照ってしまう。この男は自身に向けられている熱い視線の正体に気付いていないのだろうか。うん。気付いていない。鈍感と言う訳ではない。悲しいことに、眼中にないだけだ。言っていて自信を無くす。


 値踏みする視線が気に食わない。男の子は目の前で評価する氷の女王に更に強い眼力を飛ばす。それが余計、彼女を刺激している事に気付いていない。この男、少々ズレてる。

 何がおかしい。と目で語る。


「何もおかしいことはない。ただ考えすぎているお前を見ていると笑えて来ただけだ」


 貴方呼びはやめたようだ。来客用と見るべきか。

 お前呼びは苦には感じない。こっちの方が合っていると感じたからだ。


「ここでお前は最後の関門に直面するわけだが、その前に少しお前と私の思い違いを訂正しておこう」


 思い違い? 首を傾げそうになる男の子。

 思い違いも何も、面と向かってまだ数秒。何かを交わした記憶は無い。


「私は別にお前の道を遮りたい訳じゃない。お前の望みは私の望みだ。叶えられる物なら叶えるさ。だが、その代わりに対価が欲しい。傍に居て欲しい。未来永劫お前の隣に寄り添いたい」


 よく分からないな。今までの道のりを妨げてきたのはこの女だろう。

男の子は今の発言の意図が読めないでいた。プロポーズされている事だけは分かったが、その前の意図だけが理解できない。先ほど自分で最後の関門と言っている。遮られている。

 疑問だけを簡潔にまとめて問う。現状遮っていると。対価とは何だと。自分の隣はeさんだけの物だと。


「そう見られたならば私の失態だ。許せ。しかし、私の意思だけは見抜いて欲しかった」

 男の子は黙って聞いていた。


「お前は自分の価値を分かっていない。最高の肉。最高の心を持ち。過剰戦力である白い得物を握る。生まれながらの絶対者であることに」


 生まれで評価してほしくない。言いたげにそっぽを向いた。


「お前こそが次代の現在卿に相応しい。それを何故自覚しない。故郷である現在郷に興味が無いからか。現在卿になり、孤独になる事が恐ろしいからか。ならば壊してしまえばいい。お前の住みやすい理想の現在郷に造りかえればいい。孤独が支配しても私だけはお前の隣にいる」


 男の子は氷の女王の意図を読み解いていく。つまり、自分に働けと。

 何を可笑しなことを。その名を剥奪したのはお前たち上の奴らじゃないのか。


「ああ、あの老いぼれ共か。安心しろ。もう消した。どこの時間にも存在できないようにしてやった」


 どうやらこの女が決めたことではないらしい。方法は分からないが消したらしい。上の奴らもたいした事ないな。星読みの者が酷評していた事を思い出した。

 それで? 自分が現在卿を背負えと?

 答えになってないな。この城で邪魔をした理由にはならない。


「いや、なるさ。お前が現在卿にならない事を考えれば」


 男の子は現在卿と言う名を剥奪されてなお、変わらず暴れ続けていた。その名に興味が無かった事など予想はついた。

 しかし、それでは困る。男の子こそが、と考える氷の女王にとって拒絶するであろう男の子をどう説得するか難儀していた。そこに偶々男の子が城に乗り込んできた。弟を探しているらしい。


「弟を私の背に隠し、強制的に名を継がせればいい」


 脅迫に近い行為。お前が名を継がなければ私はこの背に隠したモノを見せたりはしない。

 しかし、鞭だけではない。飴もある。男の子が名を継いだ暁には背に隠した弟をプレゼントする。兄弟の空間には誰も入れない。無論私も。


「だから、名を継がないお前には鞭を与えた。勘違いするなよ。愛ゆえだ」


 よく分かった。男の子は素直に理解した。

 やっぱりお前は邪魔だとッ!!


 男の子は左手を前に突き出した。そして何もないを掴む。下の階で見せた空間を引っ張る技だ。ぐにゃりと空間が握られた。しかし、今回はビクとも動かない。

 氷の女王も左手を突き出し、ぐにゃりと空間を掴んでいた。


「引っ張ることはできない。そこまでの怪力を持ち合わせていない。だが掴むことはできる。その場に固定する事は可能だ。お前と違い負担も少ない。引っ張る方は空間の反発の分負担がかかるが、固定する方は空間の反発を援助しているものだからな。1対2だ。不思議なことじゃない」


 得意げに対抗策を練ってきた。


「ふふふ。まあ、それも今回だけだ。成長し、更なる怪力を身に着けた時にはもう

私の負けだろう。お前の成長が楽しみで仕方がない。今の時点で私と同等。いや、何歩か先を行かれている。その間を突き放す成長性もまだまだ底が知れない。だが、今は関係ない。少しは話を楽しめ」


 平手打ちは止めにする。こんな簡単に対抗策を練られたらもう意味がないな。

 握った空間を解放する。ならば、背負い投げを喰らわせてやろうか。そう考え、今回は両手を頭の後ろ少し上に持ってくる。両手で大きな鉄パイプを握るようにぐにゃりと掴む。


「それくらい予想している」


 氷の女王が口にするが関係ない。

 腕の血管が浮き出る程の怪力で背中の空間を背負い投げる。投げられた空間は両手から離れても元の位置に戻ろうとしない。両手での引っ張りは一時的な空間の津波を可能にした。


 迫る壁。それは空間の津波。氷の女王はそれでも動こうとしない。いや、左手を腰の後ろに持って行き、ボウリングをするように、軽く空間を投げつけてきた。軽い背負い投げ。力も特に入っていなかった。しかし、男の子と同等の津波を発生させた。

 波と波のぶつかり合い。背景がぐちゃぐちゃになり、潮が引くように津波はお互いの来た道に引き返した。


 目に見えて驚く男の子。怪力を持ち合わせていないから、空間を引っ張ることはできないのでは無かったのか。片手で自身と同等の技を出せるのか。自分と同じタイプなのか。

 氷の女王は動けないでいる男の子をしり目にどこからか出した椅子に腰を下ろす。


「法を学んでいないからだ。この一年遊びすぎたな。相互権で簡単に相殺できる。能力に頼りすぎだ」


 腰を下ろした氷の女王は話し合いを所望している。

 男の子は自分の置かれている立場を理解せざるを得なかった。何が同等、それ以上だ。自分の方が劣っているではないか。

 氷の女王は目の前に男の子用の椅子も用意していた。氷の女王が腰を掛ける椅子と同じ質素な木の椅子。地味な椅子だ。背もたれが付いているだけの椅子と表現したいくらいに特徴が無い。

 座れと言うことだろうか。

 男の子はしぶしぶ椅子の後ろに立つ。椅子には座らない。決して従わない。しかし話は聞く。このスタンスで、あと一歩進めば触れる事の出来る氷の女王を見下ろす。


「少し話がそれてきた。私はこの場所に問題を出しに来たのだ」


 そういえばそうだった。三択問題と言っていた。

 氷の女王は椅子に座らない男の子を見上げることなく話し始めた。見つめる先は椅子の足。迷いのある冷たい目で下を見る。質問する側というよりも、問い詰められて押し黙る回答者を思わせた。


「簡単な問題だ。今から言う三択の内、一つを選んでくれ。初めに言っておく。正解はない。だが、答えないという選択は無しだ。答えてくれれば、もう私がお前を邪魔することは無い。弟のもとまで案内する」


 答えれば弟に合わせてくれる。出される問題が気になる。信じるかどうかは答えればわかる。選択肢を待つ。空いた拳はズボンのポケットに入れ、反抗の意思はない。


「ある星に三人の住人がいる。他の住人は死んだ。生きているのは三人だけだ。この三人は私とお前、そしてお前の弟だ。この内、事故で一人だけ死ぬ。一族の意思を残すためには誰を殺せばいい」


 ここまでが問題文。そしてここからが選択肢だ。


「1.兄が死ぬ。2.女が死ぬ。3.弟が死ぬ。」


「しっかり考えて答えろ。答えてくれれば必ず弟の場所まで連れていくと約束する。これなら時間はあるだろ。迷え」


 氷の女王は目を瞑った。瞳の奥を覗かれたくなかったからだ。

 この問題に正解も不正解も無い。どれか選べばそれが答えになる。もちろん、三人は自分たちを当てはめて作った。

この問題で注目してほしいのは、誰を殺すかではなく、誰を生かすか。

 兄が死ねば女と弟だけの世界。女が死ねば兄弟だけの世界。弟が死ねば兄と女の世界。

 男の子は2番を選ぶだろう。


「答えが出た」


 男の子が口を開いた。落ち着いた声で答える。これがお前の声なのか。

 瞑った眼をゆっくり開く。2番を選ぶのは分かっている。だがそれでも聞いておきたかった。男の子の答えが。

 男の子はポケットから右手を出す。右手は木の椅子の背もたれ。笠木と呼ばれる背もたれのてっぺんを握った。そのまま持ち上げると振る。

 座面の角が氷の女王の眉間にぶつかる。椅子から転げ落ち、頭を左手で抑えた。灰色の髪はじわじわと血で黒く変色していく。


「答えは2番。女は死んでアダムとアダムの世界が始まる。答えたぞ、早く案内しろ」


 時間はある?しっかり考えろ?

 関係ない。さっさと動け。

 ジンジンする頭から手を離し立ち上がる氷の女王。白い頬を赤い血が滴る。まさか椅子で殴られるとは。ゆっくり話そうと思い、出してみればこれだ。相当嫌われている。


「それがお前の答えか」


「早く動け」


 男の子は答えた。次は氷の女王が案内する番だ。そう言っている。


「分かっている。話しながら行こう」


 氷の女王が垂れる血を吹きもせず扉に向かう。案内を始めた。

 男の子は氷の女王の背を追う。歩幅は合わせる。一定の間隔を保ちたいからだ。

 階段を上る。クリスタルの壁が懐かしい。外の光が入って明るい。階段は緩やかな螺旋階段。横幅は2メートルほどだ。


「先ほどの選択問題。2番を選ぶのは分かっていた。お前が少しでも迷う姿が見たかった。私を切るにしても、それでいいのか自問自答して欲しかった」


 話し出したのは先ほどの問題。男の子の心の中に少しでも自分がいるコトを願っていた。しかし自分に向けられたのは変わらず冷たい視線だけ。男の子が唯一愛情を向ける弟に嫉妬してしまう。


「さっきの問題。他に意図した事は無かったか」


「気になるか。お前に答えてもらった問題には正解がないと言っただろう。それは答える人によって答えが変わるからだ。私なら3番を答える」


「それがどうした」


「ではお前の弟が答えるとしよう。何番を選ぶと思う」


「3番以外のどっちかだろ」


 この問題は回答者に何かを強いるものではない。どちらかと言うと質問者に強いられるものだ。解答する権利は回答者にしかなく質問者は黙っていなければならない。自身が好意を寄せる男の子の選択。迷う姿が見たかった、なんてのは嘘。ほんとは自分の理想を願うのに必死だった。3番を選んでくれ。2番を選んでもいいから、迷ってくれ。自分を見てくれ。しかしそんな儚い夢は椅子で殴られることで気付かされる。


「所詮はただの選択問題。答えたら終わりだ。あとの事など知ったこっちゃない。しかし、それが現実になるとどう変わると思う」


 天井にたどり着いた。8本の柱が天井の縁に均等に並ぶ。屋根はもちろん無い。青と黒が交じり合った空だけが映っている。風はそこまでない。髪がなびく程度だ。


「やあ、随分と乱暴にされたね」


「うるさい穀潰し。夫婦の痴話げんかだ」


 氷の女王が虫を見るような目で男を見た。

 天井には男が待っていた。星読みの者だ。いつものように優しい笑顔を向けてくる。顔を握りつぶしたくなる。男の子は状況が飲み込めないでいる。


「何故ここにいる」


「ん? 何故ってココ僕の家だよ」


 言ってる意味がよく分からない。ココ。星読み。家。で合ってるか。


「お前の家じゃない。私たちの家だ」


「自分の家なのか。初耳だぞ」


 男の子は意外な情報に声を出した。

 よく分からないな。ココはどうやら女と自分の家らしい。なら今まで住んでいた家は何だったのか。


「お前には相応しい犬小屋を与えたはずだ」


 どうやら犬小屋に住んでいたらしい。


「あははぁ。まあこの話はここに置いてさ。早く彼に合わせてあげたら」


 目線を反らし話題を変えた。聞かれては不味いと思ったのだろう。話題を振られた女王は苦虫を嚙み潰したような顔をする。反対に男の子は言葉の意味を理解し、顔が晴れる。弟に会える。そう思った。どこにいるのだろう。周りに物影は無い。どこかにいるはずの弟の部屋を探す。


「前に出ろ。結界で隠されている。お前なら自分で解けるだろう」


 男の子は前に出る。ゆっくりと歩いて中央まで来た。右と左を交互に首を振る。横には無い。後ろを向く。星読みと女がいる。二人はどうでもいい。周囲を確認する。前を向く。何もない。ならば上を。そう思い頭上を凝視する。廊下で走っている時に聞いた。弟は天井の更に上にいると。

 揺らぐ空。川の水の様に空が流されている。


「見つけた」


 両手を大きく空に手を伸ばす。万歳の形にすると、結界に触れる。結界はかき氷が溶けるように消えていく。現れたのは真っ黒な球体。丁度赤子が入るほどの。男の子はゆっくりと下がる。黒い球体もゆっくりと降りてきた。

 球体は腰の位置まで下りてくると、球体の上の部分がすーっと開かれる。中には毛布で包まれた小さな赤子が自分の手で遊んでいる。

 男の子は顔を見たい衝動に駆られ、後退る。


「どうしたんだい?君の天使はそこだよ」


「こんな顔を見せたら泣いてしまう。そう思うとなかなか近づけない。初めての感覚だ」


「大丈夫。怖くない。早く顔を見せてやれ」


 恐る恐る黒い揺り籠に近づく。空いた部分から小さなもみじが動いてる。なんとなく自分の手を揺り籠の上に持っていく。そーっと入れる。空に現れた大きなもみじ。興味が移り、触ろうと手を伸ばし触れる。

 モチモチした小さなもみじは柔らかく、何て非力なのだろう。小指を掴み引き寄せる。自分より小さな力に抗えない。足が一歩前に出る。揺り籠の中に手が入り、ピタリと暖かい肌に触れる。サラサラした白い肌は自分の心を温めるに十分過ぎ、勇気を与えてくれた。

顔を近づける。この子なら大丈夫だ。

 目と目が交差する。男の子の小指を口に含みじっと見つめる弟。泣き出すことは無い。強い子だ。それに優しそうな目をしている。


「……ん。何を話せばいいのだろう」


 言葉が出ない。喉に引っかかる。自分の感情を表に出す事がこんなにも難しいことだと思わなかった。

「何も言わずとも伝わるさ。子供は顔の表情でなんでも読み取る。だから顔を見せていればいい。君の真っ暗な顔もきっと読み取ってくれるさ」


 星読みが言った。男の子は弟に顔を向ける。今度はじっくりと。

 10秒ほど見つめる。20秒。30秒。

 弟の顔がにっこりと笑った。


「……あ」


 その笑顔に何もかも持ってかれた。自分の中の冷たく閉ざされた扉が開かれた。小さなもみじから伝わる熱が全身を回る。自分が古くから探し求めていたモノを見つけた。

 赤子を掬い上げる。左腕で体を支え、言葉を選ぶ。


「初めましてeさん。まだ分からない事ばかりだけど、一緒に少しずつ学んでいこう」


 いっぱい勉強して、いっぱい遊んで、いっぱい寝て、自分たちのペースで歩いていこう。君に足りない愛情は全部僕があげる。だから、君の愛情もちょっぴり僕にも分けて欲しい。それだけで勇気が出る。力が漲る。雨の日でも風の日でも嵐の日でも君が居てくれるだけで心が晴れていく。


「生まれてきてくれてありがとう」


目を通して下さりありがとうございました!

読んでいてこれは無いと何度も思いましたが、これが今の自分の実力と踏み切り、投稿しました。

男性が読むBL小説をこれからも投稿していこうと思いますので、ブックマーク等よろしくお願いします!

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