第六章 ~狙われた白馬の王子~
白馬の王子ことフリッシュとお茶をすることになったアレク。だが、それは新たな事件へ繋がっていく……。そして、犯人かと疑われるアレク。
アレクの運命はいかに……!
1.招かれたスパイ
「失礼します。」
私─アレクシス・ベネットは、フリッシュ王子の部屋に招かれた。
用件はまだ聞いていないので、どうして呼ばれたかはわからない。
フリッシュ王子の部屋に入るのは、これが初めてだ。よく整えられている。
「よく来たね。どうぞ入って。」
「はい。」
私は部屋に入る。
フリッシュ王子は仕事をされているようだ。
「ごめんね。もうすぐ終わるから。
好きな飲み物でも出してゆっくりしててよ。」
ゆっくり……か。王子の部屋でゆっくりなんてなんと難しいことを……。
私はそんなことを思いながら、向こうの小さなテーブルの上にある紅茶の茶葉の種類を見る。
あっ、ストロベリーティーがある。これにしようかな。
「フリッシュ王子は何か飲まれますが?」
「ん~、そうだな。
カモミールティーをお願いしようか。」
「わかりました。」
私は紅茶を淹れる。
それが終わる頃にはフリッシュ王子の仕事も終わっていた。
「お疲れ様です。」
「うん、ありがと。」
フリッシュ王子がそう言いながら椅子に座る。
私はフリッシュ王子の前にあるテーブルにフリッシュ王子の紅茶を置く。
そして私も、テーブルを挟んでフリッシュ王子の向かいに座る。
「それで、どうして私を呼ばれたのですか?」
「最近いろいろあったからゆっくりしてもらおうと思っただけだよ。そんなに身構えないで。」
「お気遣いいただき、ありがとうございます。」
私はストロベリーティーを一口飲む。
あ~、やっぱり美味しい。……っというか、いつも私が飲んでいるのよりも美味しい。値段の差かな?
そう思いながら私はふと思う。
「そういえば、フリッシュ王子は国王になりたくないのですか?」
「うん、そうだよ。よくわかったね。」
「なんとなく、そんな気がしたので。
でも、なぜですか?
セイブル王子も補佐をしてくださると思うので、荷は幾らか軽いと思いますが。」
「あぁ、確かにそうだね。でも、やっぱりボクには無理だよ。
もうあんな思い、したくないから。」
「・・・あんな、思い? ですか?」
どういう意味だろう。
私はこれ以上立ち入って良いのか悩んでいると、フリッシュ王子がカモミールティーを一口飲む。
すると一瞬、フリッシュ王子が驚いたような顔をする。
「アレク、体調は大丈夫?」
「? はい、元気ですけど……?」
いきなりどうしたんだろう?
ガタンッ
不思議に思っていると、フリッシュ王子がフラッと椅子ごと倒れる。
「!? フリッシュ王子、大丈夫ですか?! フリッシュ王子!!」
2.白馬の王子の過去
14年前─。
当時、フリッシュは8歳、セイブルは5歳だった。
この頃からフリッシュは一国の王子として授業を受けるようになったが、性格によるものか、それとも教師が悪いのか……、フリッシュは勉強を好きになれず、むしろ苦しいばかりだった。
そんなフリッシュは、現実から逃げるように、度々母の元へ訪れるようになっていた。
「ははうえ~。」
「あら、フリッシュ。よく来ましたね。今日のお勉強はどうでしたか?」
「え~っと……。」
フリッシュは目を泳がせる。
「ふふっ、そんなところだろうと思いました。
今日は城下を散歩してみましょうか?」
「ほんと!? やった~!」
いつもフリッシュを気遣い、優しく接してくれた母。
フリッシュにとってそれは何より幸せで、支えともなっていた。
城下─。
「ははうえ、見てください。きれいなおどりです!」
「そうね~。」
その時だった。
「!? フリッシュ、危ない!!」
グサッ
支えが崩れる音がしたのは。
「!? ははうえ!? だいじょうぶですか、ははうえ!!」
自分を庇い、力なく倒れる母。
腹部から大量に流れる血─。
そして、
「ごめんなさいね……。フリッ……シュ……。」
涙を浮かべ、フリッシュの頬に優しく触れ、最期に呟く母。
「ははうえ~~!!」
何度泣き叫んでも、母はもう、戻ってこなかった……。
3.ハトの印
「っ!」
フリッシュ王子が息を荒らしながら目を開ける。
「フリッシュ王子!!」
私は目に涙を浮かべ、ベッドに横たわる彼の名を呼ぶ。
「アレ……ク……? あれ? ボク、どうして……。」
「ここは治療室です。
カモミールティーを飲まれた後、急に倒れられたんです。・・・覚えておられますか?」
「あぁ、そうだったね……。」
フリッシュ王子はどこか遠い目をしながら言う。
「あ、お目覚めですか?」
ヒルナが部屋に入ってくる。
そして、フリッシュ王子の額に手を置く。
「熱は大分下がりましたね。もう心配はないと思います。
毒に慣らされていて良かったですね。そうでなければ、ここにはおられなかったかと。」
ヒルナがサラリと恐ろしいことを言う。
「まぁ、お嬢さんがすぐに吐かせたのもあると思いますが。」
私は、師匠に毒を飲んだときの対処法を聞いてて良かったなと改めて思う。
「アレク、ごめんね、心配掛けて。」
「いえ、フリッシュ王子がご無事でなによりです。」
コンコン
「入っていいか?」
この声は恐らくセイブル王子だ。
「どうぞ。」
ヒルナが応える。
それを聞いてセイブル王子が部屋に入ってくる。そして第一声が
「フリッシュ、生きてたか。」
だった。
冗談だろうが、少し酷い。
? あまり冗談を言われないセイブル王子が、冗談を言われた?
「酷いな、セイブル。」
フリッシュ王子が笑って応える。
もしかしなくても、セイブル王子、心配しておられる?
それを気づいているのか、フリッシュ王子もいつもより、優しく微笑んでいる気がする。
「にしても、セイブルが見舞いに来てくれるなんて、思わなかったよ。」
「フリッシュとアレクに伝えないといけないことがあったからな。」
いやいや、それがなくてもセイブル王子なら見舞いにきたでしょ。全く素直じゃないんだから……。
ん? 今、私にも伝えなくちゃいけないことがあるって言った?
「私にも……ですか?」
「あぁ。」
何だろう?
「では、邪魔者は失礼しますね。」
ヒルナが気を遣って退出しようとする。
「いや、ヒルナもここにいてくれ。」
「え? 自分もですか?」
「今までの事件に二度も関わってはいるからな。」
「?」
今までの事件でピンとこなかったんだろう。ヒルナが頭に疑問符を浮かべている。
それを見て、セイブル王子が、これまでの事件について簡潔に話す。
「なるほど、ハトの印ですか。
それならフリッシュ王子が使われていたティーカップの裏にありましたよ。」
「やはりか。」
そうなんだ。気づかなかった。
「ってことは、今回の犯人も同一犯ってことかな?」
フリッシュ王子がそう言う。
そういうことになるだろうな。
「それはわからない。」
?
「え? 何でですか?」
「アレク、この件について知っているのは誰だ?」
「え~っと……、フリッシュ王子、セイブル王子、ペデット様、テナー様、私……。先程ではありますが、ヒルナもですね。」
こう考えると、思っていたより多いな。
「それで、その中で一番フリッシュに毒を盛りやすいのは?」
それはもちろん
「私ですね。」
「そういうことだ。」
? 「そういうことだ」?
って、つまり私が疑われてる?
「わ、私、そのようなことはしてませんよ!?」
「今まで俺が狙われてたのに、今回はフリッシュだった。
そして、フリッシュに毒の耐性があるのを知らなかったのはアレクだけだ。
よく言うだろう? 怪しくないやつが一番怪しいって。
今まで信頼関係を築き、容疑者から外されるだろうと思い、今回の事件を起こした。違うか。」
「違います!!」
私は即答する。
ここで認めたらお終いだ。
何か、セイブル王子の考えを覆す何かは……。
「あの、セイブル王子、1ついいですか?」
今まで静かにセイブル王子の推理を聞いていたヒルナが口を開く。
「毒はカモミールティーの茶葉が入った缶の中にもありました。
お嬢さんが紅茶を淹れる前から、茶葉が入った缶に何者かが毒を盛り、それをお嬢さんが淹れてしまった。
これが一番考えやすいと思いますが。」
なるほど、筋は通っている。
「そして、お嬢さんやフリッシュ王子が使われたものも含め、全てのティーカップの裏にハトの印がありました。つまり、茶葉の入った容器に毒を入れ、全てのティーカップの裏にハトの印のシールを貼るのには、それなりの時間が必要です。
紅茶を淹れるだけなのに、それだけ時間が掛かるとなると、それこそフリッシュ王子に怪しまれます。
自分だったら、絶対そんな手段は選びません。」
「なるほど。アレクはすぐに淹れてくれたし、アレクは違うかもね。」
「そうだな。アレク、疑って悪かったな。」
「いえ。」
・・・・・・、良かった~~。
疑いが概ね晴れて、緊張の糸が切れる。
「さて、となると犯人は他にいるんだよな……。」
「そうですね……。」
「フリッシュ、心当たりはあるか?」
「そうだね……。」
フリッシュ王子は考え込む。
そして少し、苦い顔をする。
「あんまり考えたくないけど……。
毒の耐性について考えないとすると、ボクがよくカモミールティーを飲むことを知っている人があり得そうだよね……。となると、セイブル、あとペデット……かな?」
ペデット……様?
前の事件の時に犯人として浮上したよね……。
まさか……ね……。
「アレク、悪いんだけどさ……。」
フリッシュ王子が私に声を掛ける。いきなりどうしたんだろう?
「? はい、何でしょう。」
「部屋を……、出てもらえる?」
?
何でだろう? 私、何か悪いことでもしたかな?
少し不安になっていると、フリッシュ王子が少し気まずそうに言う。
「その……、服を着替えたいからさ……。」
あ、なるほど。
私は「失礼します」っと言って退出しようとする。
・・・前に、セイブル王子が言う。
「別にいいんじゃないか?」
「!?」
・・・何を言っているんだ、この王子は……。
「俺が火傷したとき、アレクの前で何度か着替えたが?」
「いや、あれはセイブル王子がいきなり着替え始めたんじゃないですか!」
「それに、着替えるのも手伝ってくれただろう?」
「あれは、セイブル王子が『一人じゃ着替えられない』と言われたからで……!」
そうなのだ。あの時は時期的に病床が少なかったため、セイブル王子と同室を余儀なくされていたのだ。いろいろ大変だったんだよね……。
思い出したくないものを思い出していると、顔が熱くなってくる。
「そ、それでは失礼します!」
私は逃げるように部屋を出た。
4.アレクの涙
「はぁ~」
私はドアのすぐ横の壁に寄りかかり、深い溜息をつく。
少しすると、セイブル王子が出てくる。
「セイブル王子、どうしたんですか?」
私はある程度落ち着けたため、平然として聞く。
「いや、ちょっとな……。」
? どうしたんだろう、セイブル王子。
さっきから様子がおかしい気がする。
「セイブル王子、少ししゃがんでもらえますか?」
「? あぁ。」
セイブル王子がしゃがみ、目線が合う。
「失礼します。」
私は右手をセイブル王子の額に、左手を自分の額に当てる。
「!?」
「ん~。やっぱり熱はないようですね……。」
私は額から手を離す。
そして気づく。セイブル王子が固まっていることに。
「す、すみません。いきなりこのような無礼を……。」
「いや、そこは大丈夫なんだが……。」
セイブル王子が慌てる。
「その……、心配掛けて悪かったな。」
そして、謝られた?
「どうやら、フリッシュの件で冷静さを失って、いつもの悪い癖が出てたみたいだ。」
「悪い癖……、ですか?」
「どうやら俺は、動揺するといつもしないような行動をとるらしい。」
あぁ、そういうことだったのか。
私は一人で納得する。
「やっぱりお二人は、なんだかんだ言って、仲が良いんですね。少し羨ましいです。」
「お前は一人っ子なのか?」
「そうですね、そのようなものです。」
兄妹のように育ってきた人はいるけど、肉親ではない。本当の兄弟というものに、やはり憧れはある。
セイブル王子はそれ以上、何も訊いてこない。何か察してくださったのかもしれない。
私は沈黙が流れ始めたので、自分が訊いてみたかったことを訊いてみることにする。
「セイブル王子、なぜフリッシュ王子は国王になられることに抵抗を感じておられるのですか?」
これは、フリッシュ王子が倒れる前にも聞きたかったことだ。
本来なら本人に訊くべきなんだろうけど、なんとなく、訊いてはいけないような気がする。
「フリッシュがなぜ国王になることを拒んでいるか……か。
そういえば、アレクにはこのことを話してなかったな。」
セイブル王子は一呼吸置くと、話し始める。
「あれは、14年前─フリッシュが8歳、俺が5歳の時だったか。」
もうそんなに経つのか セイブル王子は懐かしそうに、悲しそうに呟く。
「ある日、フリッシュと俺らの母が城下に出掛けた。その時に、フリッシュは賊に命を狙われたんだ。母はフリッシュを庇って……、そして……」
死んだ セイブル王子がボソッと言う。
流れる沈黙と一緒に、フリッシュ王子の気持ちが流れてくる。
目の前で大切な人を自分のせいで失う。
何も出来ない自分。
何も出来なかった自分。
何度後悔しても、帰ってこないことを知ると、涙が溢れそうになる。
私もその気持ち、わかる。
それがトラウマになって、前を見れない。
前に進めない。
現実を受け止められない。
だから、フリッシュ王子は……。
私はふと、セイブル王子を見る。
この人も悲しそうな顔をしてる。
いや、それだけではない。
どこか、傷ついたような……。
「フリッシュが部屋を出るように言った本当の理由、わかるか?」
え? 何で今、その話題を?
「あれは多分、見られたくなかったんだと思う。
自傷の跡を。」
「!?」
「自分が母を守れなかったことを、自分が原因で殺されたことを、許せなかったんだと思う。
今は14年も経ってるから傷は薄くなってるけど、アレクには見られたくなかったんだろうな。」
あぁ、だからか。
この人がこんなにも傷ついた顔をするのは。
そんな兄を見たら、母を失っても泣けるはずがない。自分が泣く価値はないと、思ってしまうだろうから……。
「アレク、入っていいよ。」
ドアの向こうから、フリッシュ王子の声が聞こえる。
ドアを開ける。
顔を上げると、フリッシュ王子の優しく、温かい笑みを向けてくれる。
この人は、私の知らないところで、そんなにつらい経験をしたと、考えると……。
─涙が溢れそうになる。
私はそうなる前に、フリッシュ王子に抱きつく。
そのまま大泣きしてしまう。
「ど、どうしたの? アレク。」
この年で人前で泣くのは恥ずかしい……けど、自分では止められない。
驚きつつも、フリッシュ王子は何も言わず、両手を私の背に回して、抱きしめ返してくれる。
その優しさは、暖かさは、私の心に安堵をもたらす。
あぁ、どうか神様。彼らの傷を……癒してください─。
どうも、こんにちは。
どうにかこの章を完成させることができ、安心しているあぷりこっとです。
や~、今回はやはり重くなりましたね……。
実はこの連続事件が解決し、その後どうなるかまで、シナリオは手書きで書いてあるので、わかっていました。そして、その話を少し変えたりもしているんです。基はフリッシュの気持ちだけにアレクが感情移入する予定でしたが、これは少し変えて、セイブルの方にもアレクが目を向けています。なので、その後のシーンには多少無理があります(笑)
え~、ここまでくださり、ありがとうございました。また、お会いしましょう。
バイバ~イ。