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第47話 帽子をなくした

ゴーレムに捕まっていた生徒たちは次々と私に礼を言って、その場を後にした。私は正直いい気分ではなかったが、そこは作り笑顔で応対した。

私はここでふと辺りを見回した。私たちを遠巻きに眺めている3人組がいるのに気付いた。ヤストとその取り巻きだ。


「いいのか?」

「ふん」


中途半端な距離だったので、3人の話し声が、お礼を言う他の生徒達の声に混じって入ってくる。


「あんな奴にこの俺が負けるはずないだろうが。俺1人だけでも倒せたのに、あいつが邪魔したんだ」


そう言って、ヤストはふんと鼻を鳴らした。どうやら私に礼を言う気はないらしい。


「‥ああ、そうだな。あいつは大したゲス野郎だ」

「んだんだ」


取り巻きもヤストを説得する様子はない。それを聞いて、私はヤストに少しばかりの反感を覚えた。しかし、前に集まってくる生徒たちをかき分けてまでヤストに怒鳴ろうという気は起きなかった。少しでも目立つことをしようとすると、必ずカタリナの顔が脳裏に浮かぶのである。


「おーほっほっほ!このマチルダを助けるとは、あなた様も運がいいですわね!」


手に口を当てて、私の目の前の少女が急に笑い出した。マチルダ・ルアン。パーマのかかった、深く味わいのある赤色のセミロングの彼女は、胸を張って大きな果実をことさら強調しながら高笑いを周囲に振りまく、困った令嬢だ。本当は令嬢ではないという噂もたまに聞くが真偽は定かでない。


「はいはい」


私は冷ややかに返事したが、次の瞬間、マチルダが急に私の手を掴んで胸に押し付けた。柔らかいスポンジのような、液体のような感触が、私の手を包む。


「な‥っ」


隣にいるハンナが頬を染めて、口を片手で隠した。私があまりのことに呆然していると、マチルダが続けざまに言った。


「あなた様には、このマチルダの胸を触る権利をあげますわ!」

「いらない、そんな権利‥」


思春期真っ盛りの男子なら人間としての尊厳を捨ててでも欲しがりそうな権利かもしれないが、あいにく私は女である。女同士でこのような権利のやり取りがあっても嬉しくない。

呆れたように小さいぼそっとした声での私の返答が聞こえなかったとみえて、マチルダは私のもう1つの手も掴んで、両手をスライムのような軟体に押し付けて、もみくちゃにさせた。空気の抜けたボールがこすり合って、液体のように変形する。


「だ、だめでございます!」


ハンナがマチルダの手首を掴んで制止した。マチルダの手が離れたので、私もマチルダから少し距離を置いた。その間にハンナが割って入った。もちろん以前の遠慮がちでネガティブなハンナなら全く考えられなかった行動だ。私だけでなく、マチルダも目を丸くしていた。


「‥‥ハンナ、こういうことをする人だったのですね‥‥」

「あ‥」


ハンナはこの言葉で我に返ったらしく、急にぴたっと固まった。


「‥わえたちも急いでるから、ここまでにしてくんない」


横からクレアが助け舟を出してきたので、マチルダは「‥わかりましたわ」と言って引き下がった。

引き下がった後もマチルダは、私の前に立っているハンナをちょくちょく気にして、何度か振り向いてきた。ハンナが恥ずかしそうに顔をうつむかせていたので私がマチルダに何か言おうとしたタイミングで、マチルダは立ち止まって体の向きを変えた。


「マチルダはいいことを思いつきましたわ」

「‥な、何?」


また変なことを思いついたのかと私が一歩下がると、マチルダはぴんと私を指差して、声高らかに言った。


「あなた様をマチルダの執事にしてさしあげますわ!」

「し‥しつじ?」

「そうですわ!このマチルダの身の回りの世話をするんですわ。もちろん給料は弾みますわよ!おほっほっほ!」


なぜそこで笑うのかよく分からないし、言っていることも突飛だ。私は適当に返した。


「ま、まあ、考えとくよ」

「その言葉、しかと聞きましたわ!」


そう言って、マチルダは他の2人とともにその場を後にした。「マチルダ、うるさいよ」と叱られている様子だったが、それでも楽しそうに歩いていた。

いつの間にか遠巻きに私たちを監視していたヤストたちの姿もなくなって、カシスも生徒たちに混じってどこかへ行ってしまったようで、この広場は私たち3人だけになった。午後1時を回った夜空のもとで、静寂が戻った。月の代わりに、地球が太陽光を反射して青く輝いている。


「ハンナ、大丈夫?」


私はすぐにハンナに横から尋ねたが、ハンナはすぐに頬を手で隠した。


「わたくしは、大丈夫でございます‥」


まだ感情が収まっていないように見えたが、恋に関係した悩みであれば大した問題でもないだろう。ハンナは私のことになると熱くなるんだね、と口に出しかけたが、その言葉は恋愛のどういう段階で言っていいのか分からなかったのでこらえた。


「分かったよ。さて」


と、私は辺りを見回した。ゴーレムは倒したし、カタリナに会わないままこの宝探しを終わらせなければ。


「このへんの茂みに隠れよう」

「分かった」

「‥‥お、お待ち下さい」


ハンナはまだ顔を隠していたいのがこちらを振り向いては来なかった。いったん茂みに入ろうとしていた私とクレアは立ち止まった。


「どうしたの、ハンナ?」

「‥ここで巨大なゴーレムを派手に倒しましたので、生徒会長がこちらへ向かってこないとも限りません。移動しましょう」

「‥確かにそうだね。逆に目立っちゃう。ありがとう、ハンナ」

「いえ‥」


ハンナの顔は見えなかったが、どこか照れくさそうに肩をすくめていた。ハンナの絹のように白く美しい髪が、地球に照らされて輝いている。それを眺めて、私ははっと気付いた。


「ハンナ、帽子は?」

「‥あっ」


森に入るとき私が用意した黒い帽子を、ハンナはかぶっていなかった。ハンナは何度か頭を触った後、顔を真っ青にして私を振り向いた。


「‥‥申し訳ございません、落としたかもしれません‥‥」

「あ‥大丈夫だよ、お姉さんに見つからないように頭を隠して」

「ユマさまの大切な帽子を‥‥」


どうやらこの状況で指摘すべきことではなかったらしい。顔面蒼白のハンナは、一言二言交わすくらいしか時間がなかったのに、すでに涙目になっていた。

クレアがハンナの背中を優しくなでた。


「大丈夫、大丈夫だから」

「‥ラジカさま、くすっ」


ハンナはクレアに渡されたハンカチで涙を拭った。


「‥‥わたくし、帽子を探してまいります」

「駄目だよ」


私は即答した。なおもハンナは、ゆっくりと首を振った。


「いいえ、その、ユマさまの大切な帽子をなくしてしまい、わたくしも‥‥」

「これくらいのことで嫌いにならないよ。帽子は、空が明るくなったら探しに行こう」

「空が明るくなるのは半月後でございます‥それまでに、ユマさまの帽子に何かがあれば‥」

「大丈夫だよ、そんなに大切な帽子じゃないし」


今は一刻も早く身を隠さなければいけない。私もハンナの方へ寄ってなだめた。


「とにかく、早く隠れよう、ね?」

「うう‥」


ハンナの頬は真っ赤になっていた。しかし、先程の恋煩いの赤ではなかった。涙が頬を腫らしている。


「帽子はまた新しく買うから、そうだ今度一緒に帽子買いに行こうよ?今はとにかく隠れよう」

「は‥い‥」


やっとハンナがうなずいたところで、近くからぼとりと何かが落ちる音がした。

誰もいないはずの夜の広場で、私もクレアもびくっと反応して、音の発生源を向いた。そしてハンナも、泣きつつもゆっくり顔を上げてそちらを見た。

私たちの近くの木の下に、黒い帽子が落ちていた。

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