第一幕︙ 毒味役
少女は毒を飲む。無味無臭の即死毒にも耐えうる身体を作るために、毒を飲み続ける。
共にいた子供達が1人2人と幾人消えても、毒を飲んでいく。「焔」となった時も、変わらず今も毒を飲む。
夕暮れ時、甘い酒の匂いと人の呻き声が部屋の中に充満する。
屋敷の一番広い部屋に、屋敷の主を含め男が六人横たわり悶え苦しんでいる。
酒や魚が善からこぼれ、汚物と一緒に部屋を汚す。
少女・・・「焔」は1人その場から動かず。ただじっと微笑んでいた。これで四度目。毒を忍ばせ己も毒味として先に食し、相手に食べさせる。
決して悟られず、ただ、何も無いように振る舞う。
綺麗な着物を着て髪を丁寧に結われ、儚げで可憐なただの売られた毒味として、そこにいる。
「へぇ〜。上手いこと食わせたんだなぁ、おめぇも食ったんだろ?」
少女の背にある襖を開け、兄よりも背の高い若い青年が立っていた。口元をニヤニヤさせ膝を曲げ少女に近づくと、肩に手をおき言葉を続ける。
「苦しくね〜の?コイツらすっげぇ苦しんでっけど?」
少女は青年の顔を見ず、その手に握られている血に濡れた刀に目をやる。
「あ〜、コレね。ん〜・・・おめぇさんもやれって言われてんだよね?知ってた?」
「・・・」
青年の刀を見つつ、首を縦にする少女。
四度も使えば顔が割れてもおかしくない。次もちゃんと毒味として入れるか分からない、これからも問題なく使用できるか分からないモノを使い続けることは無い。
少女の仕事が終わる得が来た。目を瞑り、微笑みを崩さず動かない。
いつ終わるのか?と思い始めた時、青年のでかい笑いが響いた。
「はっはっはっはっ、あーおもしれぇなぁ。逃げねーんだ?いちおは教えられてんだろ?簪でやっちまわねーの?」
少女の左肩の後ろから顔を覗かせ、簪に手をかけ青年は笑う。少女は抜き取られて自分の手に握らされた簪を見て、首を横に振った。
「ふーん。まだ使えそうなのに、勿体ねーなぁ。・・・なぁ、名前は?なんてーの?」
青年の問いに、初めて少女は青年の顔を見た。
整えられた目鼻に、形のいい眉。唇は薄くニヤニヤと笑ってる。
「なーまーえ、何?」
早く言え、と刀の頭柄を少女の顎に押し付ける。少女は青年から視線を外さずに「焔」と答えた。
青年は顎から頭柄を話し、口を開く。目から笑みを外し、息を吐く。
「知ってるってーの。そっちじゃねーよ」
青年の言葉に首を微かに傾げる。焔以外と言われると、後はへ之ト番だが。違うと言われるだろう。少女の眉が下がるのを見た青年は、立ち上がり少女の頭に手を置き思案する。
「なんにすっか・・・あー、そうだな。紫に葵で、しき。お前の名前は紫葵。それ以外、名のんじゃねぇぞ」
いいな、と頭を強く撫でられ少女は困惑する。
片付けられるのではと思っていた少女は、青年の行動に困惑する。
家族のそばにいる為に毒を飲み、耐えてきた。何も変わることがなった、いや。兄と、世話をしてくれていた女と会うことが無くなった。そして今日、必要なし、と判断され終わるはずだった。
青年は仕事を完遂する。まだ息のある生存者の心臓に刀を突き立てていく。全てが終わり、部屋から出て行こうとする。青年は部屋の縁で止まり、後ろを振り返り少女を見ると眉をひそめ、襟首をつかみ持ち上げる。
「たくっ。めんどくせぇーなぁ、名前やっただろーが。ついてこい紫葵」
自力で立たせ、手を引っ張って行く。もうあまり覚えてはいない、兄。兄とは柔らかさも匂いみ違う手に、自分の手が掴まれている。白く骨の様に見える、自分の手とは違う手。指も爪も大きく、少しチクチクする手だ。手の先にあるその背中を見る。
「・・・ごつごつ・・・」
小さく呟かれた声に、青年は自分の名を伝える。
青年の名は「葵」。葵は屋敷の中を警戒す事もせず、どんどん進んで行く。敵がまだいるかもとは、気にもとめずに歩く。紫葵と名ずけられた少女は目だけをキョロキョロと動かし、屋敷にいるはずの護衛を任された男達確認する。
何人もいたはずだったのに、誰もいる気配がない。いくつかの部屋を過ぎ、玄関近くにある部屋の閉ざされた襖の間から流れいる血が見える。
玄関を通り過ぎると、まるで道をつくるように元は生きて動いていた体が並んでいる。どの体も全て血に濡れ体の一部が別の場所に落ちている。
血の匂いが留まり、クラリと目が回る感じがした。
葵は止まること無く紫葵の手を引いたまま、門をくぐり抜けた。
ああ、血の匂いが追ってくるようだ。
「帰んぞ、紫葵!メシ食おーぜ!メシっ!」
綺麗に着飾った女達が、代わる代わる青年と少女の部屋に訪れ、女達は2人に与えてゆく。
青年に吐息と微笑みを、少女には化粧と温もりを。食べても痛くない食事と、柔らかく良い香りの温もりと、青年の笑い声に包まれて。少女は目を瞑り、今日は夢を見ても良いと思った。