第一幕︙ 毒
兄は庭に置いてきてしまった妹を連れに戻る。
置いてきた場所に妹の姿は無く。
屋敷の戸口にいた男が「妹御は別の屋敷で手伝いをしている」と短く声をかけてきた。
父の言葉を思い出し、兄は口を噤む。
妹を迎えに行く事が出来なかった。
男の名前は皆川柊磨。
この国に来て幼馴染と夫婦になり子が産まれた。跡継ぎの男の子だった。名を皆川悠里。悠里と名付けた。
全てが終わった時、穏やかに過ごせるように願いを込めて。
皆川柊磨は「悠里」と名付けた。
娘が産まれた時、皆川柊磨は家にいなかった。娘に会いにも行かず、世話は母親の美沙では無く下働きの女がしていた。下働きの女に名を決めて欲しいと幾度も言われ、生まれてから一月後の朝。出かける際に再度「名をー」と言う下働きに、持っていた折り畳んだ紙を見せて「これでいい」と伝えた。
下働きの女は意味がわからず、しばらく考える。
少女の名を「文」と名付けた。
少女は西の離れにいた薬師の男に付いて建物の中に入る。
月明かりもなく暗い廊下を進むと、障子や襖が幾重にも格子になっている部屋に連れていかれた。初めて見た父親よりも若い男が、そこには立っていた。
「さぁて、あとは頼もうかねぇ。妹御、名前はどうしようかねぇ」
「順番通りで宜しいかと」
「そうだねぇ、今まで生きてたからねぇ・・・名前でも良いと思うんだよ」
「ですが、最終確認が済んでおりません」
「そうだねぇ」
「最終確認を進めます」
「じゃ、頼もうかねぇ」
「はい」
若い男は少女を一瞥し、袖の無い羽織を渡す。胸元には「へ 之 と 番」と書かれた布が縫い付けてあった。
「これを着て部屋に入り、菓子を食うように」
木箱に入った饅頭を取らせる。
少女は言われた通りに着物を羽織り、饅頭を手にして部屋に入る。
「今日からここが君の部屋だ。勝手に出ないように」
早く食べろと促し、若い男は呟く。
「どの段階まで進んでいるものか・・・」
少女は饅頭を食べる。五口で全てを口の中に収め、飲み込んだ。
若い男は板と紙、筆と墨を用意し。少女を観察する。
飲み込んだ後息を四回吸った辺りで胃がキリキリと軋む音が聞こえた。
しばらくしても止まらない音。全身から吹き出してくる汗。熱を発してくる身体。吐く息も熱く、吸った息が冷たく感じる。
「量が足りなかった?いや、効いてるはずだ。汗も熱も見える。動かない・・・か、痛くないのか?・・・我慢強い?」
ブツブツと1人で呟きながら紙に記していく。
もう1つ饅頭を手に取らせようと格子の中に差し込む。
「・・・役に立つ・・・証明・・・」
「これに耐えれば証明される。使い道がある。食え」
長く続く廊下には格子がずらりと並んでいる。
どの格子の中も暗く、衛生的ではない。小さく呻くモノが格子の中に入っていた。
小さく「痛い」と繰り返すモノ、喉を掻きむしってしまうモノ。
大きな痙攣を繰り返し動かなくなるモノ。汚物にまみれ痩せ細り、見えない目で格子を握るモノ。
全てが小さく、また声が幼い。
ああ、これが使い道・・・
少女はもう一度・・・毒を、喰らう。
妹の名は「へ 之 と番 焔」
毒で死なず、生き残り。薬師の男から名を貰う。
地獄の中で会うのモノは・・・