第一幕︙ 序
暗い夜道を照らす青い月。
父は全てを消すために家を燃やした。
母は息子を思い、何も言わずに焼ける家から息子を送り出す。
息子は幼い妹が母のそばにいない事を思い出し、燃える家から妹を連れ出した。
兄妹は手を繋ぎ、夜道を歩く。
青く光る、まあるい月。
幼い妹の手を強く握り。後ろを振り返っては、安堵のため息をつく。それと同時に視界の遠くに見える、まだ燃えている家の火が兄の心を強く揺らす。
早く父親の元に着こうと、妹の手を強く引っ張り歩みを早める。
青い月明かりが兄の足下を照らし、目的地までの道を示している。妹の小さく荒い息遣いに気づくことなく進み、目的地まであと少しになった。
母親から贈られた緑の唐草模様の寝間着を着て、腰紐に脇差しを指し。母親に掛けられた黒い外套を空いている手で掴む。
怖いと叫びたい思いを止めるように、首元を隠した。
幼い妹の姿とは、全く違う、兄の姿。
いや、着物の種類でいえば・・・同じだ。
だが兄妹と言われなければ、分かることは無い。
着物こそ、兄のお古を着ているが。髪は櫛でとかされず手で整えたまま。着物のあちこちに破れやほつれが見える。
父親のいる屋敷の門前で、兄は身なりを整え。門をくぐろうとした時、息の荒い妹に気づいた。妹の着物を整え、髪を整えようと母親に持たされた包みを開く。
髪を結う結紐を手に取り、妹の髪に手を伸ばす。
見える首も、握っていた手も青白く細い。
「さ、整ったよ。前を向いて、うん。行こう」
兄に手を引かれながら、妹は結われた髪を触る。
「皆川殿、ご子息が」
屋敷の戸口にいた男に呼び止められ父の名を伝えると、男が屋敷の中に入って行き兄妹の父親に報告する。
戻った男に庭の方に行くように言われ歩いて行く。
「来たか、悠里」
「父上!・・・母上が」
「美沙は無事だ、大事無い。それより渡された物を・・・」
兄から父上と呼ばれた男は兄に視線を向け、その左手に握られているモノを見た。
「何故連れてきた、悠里。そこに置いたまま、来なさい」
兄は驚いた顔をした後、妹の手を離し父親の所に向かう。
残された妹は父の顔を見た。
「ここにいたければ役に立つ事を証明しろ。出来なければ去れ」
男はそれだけを吐き捨てるように言うと、兄を連れて屋敷の奥へと姿を消した。
妹はその場にただ立っている。兄が消えた先を見つめ、結われた髪を触る。
『ここにいたければ役に立つ事を証明しろ。出来なければ去れ』
「────────仕事を、ください」
妹は屋敷の戸口にたっていた男に声をかける。
男は眉を1度寄せた後、短く答えた。
「西の離れに薬師が居る」
そこに行けと顎を向けた男に頭を下げ、妹は向かう。
時々、家に来ていた薬師の顔を思い出す。
体の弱い自分に薬や甘いお菓子をくれていた。
西の離の戸口に立ち、手を伸ばして戸口に触れる瞬間。伸ばしていた手が止まる。
「────── 証明する」
目を一度閉じ、妹は戸口に手を伸ばす。
戸を2回叩き、開くのを待つ。
戸口の向こうにいたのは、時々くる薬師だった。
ニヤリと笑う薬師。
「よく来たねぇ、妹御。さぁ、お菓子があるよ・・・」
妹は、生き地獄を見る。