第2話
これは、一匹狼の令嬢の話である。
王立学院の平等制度は弱体化し、
生徒が等しく勉める学び舎も、ついに弱肉強食の時代に突入した。
その危機的な教育現場の暴発に現れたのが、
愚と賢の令嬢
すなわち、一匹狼の女学生である。
例えばこの女。
群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い。
魔道具士のライセンスと、上級魔法のスキルだけが、彼女の武器だ。
魔道具士ゾーイ・アーリントン、
またの名を「善と悪の魔女」
★☆★
ゾーイは入学2日目にして、初登校を果たす。
学院は、ゾーイが思っていた以上に魅力的な魔道具、あるいは魔具が溢れている。
説明しよう!魔具とは、
魔法が恒久付加されたツールである!
寮から学舎への道すがらですら、光魔法が施されたランタン(火魔法じゃない!)や、風魔法と水魔法を掛け合わせたスプリンクラーなど、ちょっと改良して量産したい魔道具ばかりだ。
歩きながら、ゾーイは思う。
「もう授業に出てる場合じゃなくない?」
なくなくない。そうしたら、また兄とじいやの説教を喰らうぞ。
ゾーイはブツブツ言いながらも、辛うじて歩みは止めなかった。
何とか誘惑を乗り越えて、ゾーイは教室に着く。こう見えて彼女は優秀である。クラスは最高クラスのSクラス。
ーーと言うことは、クラスメートは身分・家柄の良いご令息とご令嬢ばかりであるが。
「…そういえば、私の席はどこかしら…?」
初日のサボりが響く。まあいいか。余った席に座れば。
そうして教室の後方で一人立って室内を眺めていると、もう派閥が出来ていることが分かる。
ーーあっちは公爵令嬢とその取り巻き、そっちは侯爵令嬢とその取り巻きね。
派閥は三つ…いえ、四つか。最大派閥の公爵令嬢と侯爵令嬢二人の派閥、そして無党派の私ね。
お、席が空いてる。そこかな?と眺めるのも飽きてきたゾーイが、空いた席に座った。
すると、控えめに声がかけられる。
「あ…あの…。そこは、その…私の席なのです、が…」
「あら?」
ここではなかったか!と声をかけてきた令嬢を見ると、お花のような愛くるしい女性だった。
大きな瞳は紫水晶のようにキラキラ輝き、髪は珍しいストロベリーブロンド、肌はきめ細かく陶磁のように艶やかな白さだ。
ーーこれは、商売になりそうな!
ギラッとゾーイの瞳が光る。
「まあ、わたくしったら。ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
「い、いいえ…」
すぐに席からどくと、令嬢はホッとしたように肩から力が抜けた。
ゾーイはその隣の空いてる席に座り、改めて令嬢に挨拶をした。
「改めまして、わたくしはゾーイ・アーリントンと申します。どうぞおよろしくね」
「ご、ご丁寧にありがとうございます。わたくしはリリアンと申します」
「リリアン嬢はお美しいですわね」
「い、いいえっ!そんな!」
「もしよかったら、あとで…」
と、ゾーイが言いかけたところで、教室に先生が入室し、授業が始まる。そしてゾーイはリリアンに話しかけたことなど、すっかり忘れてしまうのだった。
授業は退屈極まりなかった。これならば、学院内をうろうろしていた方が有意義である。ゾーイはノートを出して魔道具の発明メモに時間を費やした。
お昼を告げるチャイムが鳴ると、ゾーイは伸びをしてじいやが作ってくれたお弁当を食べに、教室を出る。ーー行き先は、昨日兄に呼び出された場所だ。
ノックと同時に部屋に入る。「お兄様、失礼します」とだけ言って、ゾーイはソファに腰掛け弁当を広げた。
「…ゾーイ、お兄様の分は?」
「ありませんよ?」
「お前、何しに来たの」
「お弁当を食べに」
パクパクと弁当を口に運ぶ。じいやのお弁当は最高ね~!とゾーイは一人で弁当を食べきった。
その様子を恨めしげに見つめて、兄は言った。美しいそのこめかみがヒクついている。
「弁当は教室で食べなさい。ここで食べるなら、私の分も持ってきなさい」
「はーい」
「…私は機嫌が悪い」
「はーい」
機嫌の悪い兄に近寄り、ゾーイはその頬にキスをする。…これで、仲直りだ。
「お忙しそうですね、お兄様」
「何でか、ここで執務をさせられている」
「学生辞めちゃえばいいのでは?」
「あのね、ゾーイ。私は君のお目付役だよ?」
「…なら、ますます本邸へ帰ってほしいです」
ぷうと頬を膨らませて、ゾーイは不貞腐れる。子ども扱いされたことにではない。ーー本邸からの干渉ーーいや、監視されることに腹を立てているのである。
「言い直そう。君を守るために残っているんだよ」
「言い方変えても同じです。結局監視してるってことじゃないですか」
「君は、規格外だから」
頬に触れようとする兄の手を避けて、ゾーイはスタスタと扉へ向かう。「お邪魔しました」と悪態ついて出て行った。
☆★☆
それから丸五日。ゾーイは兄と会っていない。いっそもう一生会わなくても良いとさえ思っている。
だが、毎日会うお隣さんは、日に日に顔色が悪くなって行く。
今日は、継ぎ接ぎの教科書を使っていた。ーー誰かに破られたのだろう。
彼女ーーリリアンは名字を持たない。つまり平民である。Sクラスで平民は三人。彼女と金持ちの商人の息子だ。そちらは是非お近づきになりたいものだ。
リリアンは大層美しいが、これでは肖像画などは売れないだろう。商売のタネが一つ減った。残念だ。
商品にならないことが分かると、ゾーイはリリアンへの興味をなくす。隣で青ざめていようが、教科書が破れていようが、ゾーイには全く関係がなかった。
商売人としてのゾーイは、「善と悪の魔女」と呼ばれている。魔道具を善に属するもの、悪に属するもの、万遍なく販売しているからだ。
だが、彼女自身が善にも悪にも属さない魔女のようだから、そう言われているのかもしれない。
ーー他人の悪は、私の飯のタネ!
ただひたすら自己中心的に生きる。それがゾーイという人間だった。
ある日、ゾーイが廊下を歩いていると、たまたま事件に出くわした。
「おっ!ネタの匂い!」
公爵令嬢withA・B・Cと、リリアンが近づく。ゾーイはポケットから魔道具を取り出し、現場に近寄った。
集団はリリアンとぶつかり、リリアンは持っていた書類を全てばら撒いてしまった。
「何をするの、この平民風情が!」
「ソーントン嬢に触れるなんて……!」
「許されることでは、なくてよ!」
キャンキャン喚くwithA・B・C。その中心で、公爵令嬢が優雅に立っている。
「も、申し訳ございません…」
「あやまって許されることではありませんわ!」
「平民の臭いが、こちらに移ってしまうではありませんか!」
おお、臭い臭い…と顔を顰めるwithA・B・C。もう、取り付く島もない。
「…貴女、存外綺麗な顔をしているわね……」
くいっと扇でリリアンの顔を持ち上げる公爵令嬢。淡いブルーの瞳が、リリアンを糾弾するかのように鋭く光る。
「…貴女のような身分卑しい人間が、トップクラスにいるなんて…!」
憎々しげに公爵令嬢はリリアンを睨み、バシリ、と扇を翻してリリアンの頬を打つ。リリアンはよろめいて、片手を地面についた。恐怖で身体はカタカタ震え、紫水晶の瞳が揺れる。
ーーよし!ネタ撮り成功!
ゾーイは満足して戻ろうとした時、withA・B・Cに掴まった。
あ、近づきすぎた、とゾーイが気付いたときにはもう遅い。公爵令嬢に冷たく誰何される。
「…貴女、名前は?」
「ゾーイ・アーリントン男爵ですわ」
「ふふ、男爵ね」
急に公爵令嬢の瞳が侮蔑の色に染まる。あ、そういう人ね、とゾーイにも蔑みの表情が浮かぶ。
「アーリントン嬢、貴女には関係ございませんでしょう?お戻りになって?」
「ええ、戻ろうとしたところを、そこのご令嬢方に引き留められましたの」
「……そう」
アゴを上げて、公爵令嬢はゾーイに「帰れ」と指示を出す。その仕草にカッチーン!とゾーイにスイッチが入った。
「…ソーントン嬢。クラスメイトがお世話になったようですわね」
「……貴女には関係ございませんでしょう」
「彼女は、Sクラスの人ですから。級友のことは、見過ごせませんでしょう?」
「……ッ!」
扇を持つ公爵令嬢の手が怒りに震える。ゾーイは彼女の劣等感をえげつなくついた。
だが、敵もさるもの。ふっとため息をついて逆襲する。
「そちらの方が、私にぶつかって来たので、窘めただけでございますわ。Sクラスの方は、礼儀がなっておりませんわね」
「まあ!わざと体当たりすることが、“ぶつかって来た”ことになるんですの?Aクラスでは、常識が異なりますのね」
「な、なんですって…!」
カッと顔を赤く染める公爵令嬢。「し、証拠は?」などと苦し紛れに言うものだから、ゾーイは魔道具を取り出して見せる。
「もちろん、これが証拠ですわ」
そう言って取り巻きの一人ーーwithBーーに背中を向けさせ、そのブレザーに投影する。
「これは…」
「わたくし特製の魔道具ですわ。この水晶に光魔法を当てると、ほら」
ブレザーに先程のやり取りが映し出されると、公爵令嬢withA・Cの顔が歪む。(Bは“なに?なんなの?”とわめいている)
「どうです?」
「こ、こ、こんなもの!わたくしは認めませんわ!」
と、捨て台詞を残して公爵令嬢withA・B・Cは走り去っていった。あれほど急ぐとは、さぞや疾しかったに違いない。
ーーふふ、お宝ゲットだぜ!
学院生活も中々悪くないと感じるのは、こういう時だ。
「あの…ありがとうございました」
「いえ。貴女のためではありませんから」
ネタのためです。
「アーリントン嬢は…男爵様なのですね…」
「………」
おや、この娘は賢い。ヘタに近付くのはあまり得策ではないとゾーイは思った。
君子危うきに近寄らず。ーーくわばらくわばら。
「では、ご機嫌よう」
「あ…」
ニッコリ笑ってその場を去ろうとすると、ゾーイの腕を掴む人間がいた。
「…お前か?今魔法を使った者は…」
「げ!」
この学院内は、魔法の使用は御法度。使用すると、こうしてすぐに教師に掴まってしまう。
こうしてゾーイはずるずると教師に引きずられ、説諭室で散々説教を喰らった後、身元引受人が駆けつけ、さらに説教を喰らったのだった…。
じいやがいないと、パロディ少なめ。