昼下がり/間違え/ご主人様
おだやかな午後の昼下がり。
心地よい気温と窓から差し込む光がベッドに当り、昼寝という誘惑をしかけてくる。
いかん・・・・・・。むしょうにゴロンとしたくなってきた。
季節は春の後半。
一度眠れば日が暮れるまで寝てしまうこと請け合いである。
ここは耐えないと!
頭を振り昼寝という誘惑を頭から追い出す。
なぜならこれから大事な作業が待っているからだ。
その作業というのは・・・・・・。
「ご主人様~、錬金術の準備が出来ました!」
そう錬金術である。
とは言え、当のご主人様である男もご主人様に仕える使い魔の娘も錬金術士ではない。
その手前の手前、錬金術士の候補生である。
いま錬金術で作ろうとしているのは、候補生から錬金術士の弟子にステップアップする為の課題のアイテム制作である。
錬金術士になるまでの簡単な流れは、一般人→候補生→錬金術士の弟子→錬金術士であるのだが、それぞれ課題や試験が存在し錬金術士に成れずに終わる者も多い。
「んじゃ、さっさと作るとするか。時間もないしな」
「は~い」
時間がないのは期日が迫っているという話ではなく、作ろうとしているアイテムに適した時間という意味だ。
錬金術というのはその時の時間や場所等の様々な影響を受けてしまう物らしく、当然簡単な物であればそれらを無視する事もできるが、男も使い魔もまだ候補生の素人だ。
なので急ぐ必要があった。
「そういや、材料を間違えて用意したりはしてないよな?」
「大丈夫です~。もうばっちりですよ」
「・・・・・・怪しい」
当然だが使える材料には限度があり無駄打ちはできない。
加えて、この弟子になるための課題は師となる人が決めるので千差万別。毎回違う上に作り方こそ教えてもらえるが何ができるか教えてもらえない。
出来た物を作らずに用意する等の不正を無くすためで、さらには課題を決めた人のオリジナルレシピの場合もある為に本当に油断ができない。
んー。うちの使い魔はミスが多いからな・・・・・・。
軽く確認しておくか。
まずは、基本の融合液に、小麦粉、クエドルの卵、サルバトスの樹液、サニーフラワー百式の種、塩が少しだったな。
なんとなくお菓子が出来そうな材料ではあるが、思い込みは良くないので忘れる事にして男は確認していく。
小麦粉らしい袋には片栗粉とあるな・・・・・・。
えーと、他には・・・・・・。あーこれ砂糖じゃね?
男が少し舐めてみると確かな甘みが口の中に広がった。
「おいおい・・・・・・。小麦粉のはずが片栗粉になっているし、あとこれ砂糖だぞ」
「ご、ごめんなさい~!すぐ用意してきます!」
慌てた様子で小麦粉と砂糖を持って、使い魔の娘は1階の台所へ向かっていく。
途中でドスンッ!と音が聞こえてきたのだが、男はそれが何なのかを察していた。
「ありゃ・・・・・・、またコケたみたいだな。こんなんで錬金術士になれるもんなのかな・・・・・・」
当然だが錬金術で失敗したら材料は帰ってこない。丸々損をする。
物にもよるが、貴重な材料を使う事もある錬金術士にとって単純ミスはしないのが鉄則である。
俺がしっかりやれば大丈夫だと思いたい所だな。
ドタドタドタッ!
そんな時誰かが階段を急いで駆け上がってくるような音が響いてきた。
男は使い魔が戻ってきたのだろうと思って気にしなかったのだが、部屋に飛び込んできたのは違う人物だった。
「どういうつもり!なんであの子が使い魔になっているのかしら!」
「主は、なぜあの娘がお前の使い魔になっているのかを聞いてる」
ああ、また面倒な奴等が来たもんだ・・・・・・。
しっかし、どこから俺達の情報を知ったんだろうなぁ。
今部屋に飛び込んで来たのは、男の使い魔と同い年の女の子とその使い魔の猫(鯖トラ系の柄)で錬金術士を目指しているコンビだ。ちなみにすでに錬金術士の弟子になっている。
男の使い魔は人間の女の子なんだが、その友人らしく使い魔になってしまった事を良く思ってないらしい。
まぁ、普通に人が使い魔になる事が前代未聞らしいから知ったらこうなるよな。
仕方ない。面倒だがきちんと言ってやるか。
「そんな事は単純明快!俺の方が優秀だからだ!」
すまん面倒だったから、きちんとと言うよりハッキリ簡潔に言ってしまった。
「主、自分の方が優れているからと言っている」
「なんですって!いくらちょっとドジでドンくさくて未だに砂糖と塩を間違うからって、さすがにそれはないわ!」
うーむ、ひどい言われようかもしれないが間違ってはないな。
まさに、さっき砂糖と塩間違えたしな。
「主は・・・・・・。出来損ないとは言え流石にない、と言っている」
どう言うべきか猫は少し悩み、考えてからそう言った。
「そこまで言ってないだろぉ!流石にないぞ!」
「そんな事言ってないでしょ!流石にないわ!」
ほぼ同時。
「主。申し訳ない・・・・・・」
このポンコツな通訳をしている女の使い魔だが、決してこの猫はポンコツな訳ではない。むしろ猫の中では優秀な部類に入る。
猫は基本的に人間ほど多くの言葉を使わない為に、簡単な言い回しになりがちなのだ。
他の猫ならもっと酷いだろう。
しかし・・・・・・、このままいくと今日はアイテム作りはおあずけになるかもしれないなぁ。
「ご主人様~。今度こそ準備おっけーです!」
間が悪いことにそこへうちの使い魔が戻って来た。
「ご主人様ってぇぇ!!あんたねぇ、ご主人様なんて呼ばせてたのね!許せない!」
「主は、ご主人様と呼ばせるなと言っている」
俺が呼ばせた訳じゃないんだがなぁ。
むしろなぜそう呼ぶのか気に・・・・・・、はならない、か。
考えてみると素晴らしいな!ご主人様!
俺的には、うちの使い魔ならお兄ちゃんとかの方が・・・・・・ry。
「あ~、来てたんだ。今お茶を持ってくるね。えっと、猫だとお茶より水の方がいいかな?」
「なんで、そんな暢気な・・・・・・。使い魔にさせられて、さらにはご主人様なんて呼ばせられてるのに大丈夫なの?」
男の使い魔は状況が分らず、困った表情で男の方を見る。
なぜ困ったかと言えば、人間が使い魔になる事自体が前代未聞らしく口止めをされていたのである。
「俺らの事バレてるみたいだから普通にしていいぞ」
「えっと~、使い魔になったのもご主人様と呼ぶのも、私が勝手にした事だから大丈夫だよ?」
「何を言ってるの?アレをよく見て!」
そう言って男の方に向かって指をさす。
「あの傷跡~、ワイルドでカッコイイよね」
「そうじゃないでしょ!」
確かに男には傷跡がある。
まぶたの少し上のあたりから反対側の頬のあたりまで伸びた傷跡、それも左右両方。
顔の中心線あたりで綺麗にクロスしてるのが特徴。細かい傷跡は他にもあるが、毛深いのでパッと見では分からない。
「もう一度見て!」
そう言って再度男に人差し指を向ける。
なんども指を指すな!失礼だろうが!
「どう見てもアレは猫でしょ!!」
「猫ですがなにか?」
ちなみに黒白の比率が逆のホワイトタイガーのような柄である。
「猫の使い魔になるのって~、私が初めてかもしれないらしくてもうびっくりだよね」
「逆よ!全人類があなたにビックリよ!そして猫あんた何言ったのよ?」
普通は猫と人は会話できないが、使い魔になると主になった人と会話できるようになる。
だから先ほどから猫の使い魔が男の通訳していたのだ。
「主、自分は猫ですと言ってる」
あっくんは最後の『なにか?』の部分がどういう意図か理解できず略した。
「それちょっと違うよ~。自分は猫だけど何か問題ある?って意味で言ったんだよ」
「勉強不足・・・・・・。ありがとう」
「いえいえ~、どういたしまして」
ちなみに使い魔同士も会話ができる。
それもどんな生き物だろうと。
「私を置いて和まないでよね。ほんと何で楽しそうなのよ・・・・・・」
使い魔限定だが、単純にいろんな生き物と会話できるのが男の使い魔は楽しかったのだ。
この女の子以外の友達ができず一人でいる事が多かった男の使い魔にとって、話し相手が増えて嬉しかったらしい。
「楽しそうで何よりじゃないか。いい事だと思うぜ?」
「何言ってるか分からないけど・・・・・・、こっちを理解した風でムカつくわね」
まぁ、俺は人の言葉は普通に分かるわけだし仕方あるまい。
「えっと~、ご主人様は人の言葉が理解できるようなので分かってるんじゃないかな?」
「はぁ!?猫なのに人の言葉理解してるの?どういう事よ!」
それは前世で人間だったというか、異世界転生したからだけどな、猫に・・・・・・。
「やはり、気のせいではなかったか・・・・・・」
「気がついてたなら早く言いなさいよ!」
「申し訳ない。主」
「ね~?ご主人様はすごいでしょ」
なぜか誇らしそうにする男の使い魔だが、それとは反対に冷ややかな視線を男に送る女の子。
「すごいかもしれないけど・・・・・・、猫なのよ!」
猫で悪いか!ちくしょーーー!
この体の元の持ち主には悪いがなっ!
俺だって転生するなら人間の美少年が良かったつーーの!
モテモテ人生歩きたかったつーーーーーーーーーの!
「びっくりだよね~。話してみると猫なのに私より賢い感じだし」
「それはそれでどうなのよ・・・・・・」
この物語は錬金術士を目指す異世界猫転生した男と、その使い魔になった女の子の人生を描く話である。
昼下がり/間違え/ご主人様 は2章の終盤あたりの話で、次回が始まりの話のつもり。
この方が話に入りやすいかと思いました。
人物名は2章以降にちょこちょこ名前を付けたりしてます。