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小説家になりたい!! ―呆れるほどしょうもない小説醸成術―  作者: ヤバイ物書きさん (橘樹 啓人)
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第六講 中二病になりたい!?

【本日の講義内容】

・読者の嗜好に合わせるか、自分の好きなものを書くか

 昼休み。

 閑散としている教室のちょうど中央あたりの自席で、一人寂しく弁当を食うというのが、俺の中の毎日の恒例行事だった。

 山田や田中は食堂派なので、一緒に昼飯を食べることはあまりない。ここの高校の食堂は、公立高校のそれとは思えないくらい、結構広いらしい。縁がなくてまだ行ったことないから、伝聞形で言っちゃったけど。


 俺は弁当を机に置くと、前に座っている古代の後ろ姿が目に入った。いつもは仲のいい女子友達と一緒に食べてるのに、今日は都合が合わないのか、一人のようだった。


「あれ、今日一人?」


「そうなの。いつも一緒の子がね、今日のモニテ、不合格だったから勉強するんだって」


「え? 返却は終礼の時だろ? 現に、俺らのクラスではまだ返ってきてないよな?」


「そうじゃないの。朝に受けたやつ、わからなすぎて全然書けなかったんだって。だから結果見なくても落ちたことだけはわかってるんだって」


 あぁ、なるほどね……。とすると、俺も万一に備えて再テストの勉強をするべきなのかな?

 もしも合格でも無駄にはならないだろうし、後悔を減らせる気もする。


 ……ということを、漠然と考えていると。


 タタタ、と誰かの足音が高らかに廊下から響いてくる。なんだか、嫌な予感しかしない。

 おずおずと振り向いてみると、颯夏が教室に入ってくるところだった。俺は、がっつり彼と目が合ってしまった。


 颯夏はにんまりとしつつ、こちらに歩み寄ってくる。逃げようにも、もう遅かった。颯夏は俺の席の前に立つと、俺の眼前にA4くらいの紙の束をかざしてきた。一角を銀色のクリップで止め、表は白紙だが、目を凝らすと裏面に活字が縦に何行も並んでいるのが透けて見える。

 鷹揚な手付きで、颯夏はその紙の束を裏返す。予想通り、それは小説だった。


「師匠に言われたから、冒頭だけ書いてきたんだよ」


 はやく読んで感想聞かせてよ、という颯夏の視線が、俺を捕らえる。


 これは読むしか……ないようだな……。

 俺は少しばかり辟易しつつも、颯夏からそれを受け取るとざっくり目を通すことにした。横から、気になったように古代がぬっと顔を出してきたが、俺は気にせず数枚に渡る颯夏の新作(タイトル未定)の冒頭の文章を読む。


「……どうだった? ちゃんと、俺なりにネット小説の読者を意識してみたんだ」


 まだ物語を追っている途中であるからわからないが、颯夏は自信満々に身を反らさんばかりの声で言う。


 一応、最後まで読み終えたが、少しの逡巡が俺を苛む。これ、正直な感想を言うべきだろうか。いつもは強気に振る舞ってるけど、実はガラスのハートの持ち主だったりしないだろうか。


 ……いや。それでも、正直に話すべきだろう。俺は師匠として、こいつを成長させなければならないのだから。


「あの、申し訳ないんだけどさ……これじゃ、上げても続き読んでもらえないわ」


「……え?」


 颯夏は大仰に目を丸くする。先程とは打って変わって、憮然とした表情へと変わる。それを見て、言わなきゃよかったかなと若干後悔する。だがもう後には引けない。

 俺は続けて、率直な感想を述べる。


「ファンタジーって、特にネットだとテンポのよさとか、入り込みやすさとか、そういうのが求められるんだ。いや、文章自体は悪くないと思うよ? だけどほら、主人公がファンタジー世界に取り込まれるまでに何ページも使ってるだろ? あと、ネットの読者を意識してみたって言ってたけど、それにしては、文章の形式がまだ硬い気がするんだよなぁ……」


「なんでだよ! だいぶ崩したのに! ネットに溢れる小説の下手くそな文章をワザワザ真似したんだよ? それなのに、まだ硬いとか!」


「……いや。まあ、もっとコミカルに、内容にもよるけど、お前の小説ってちょっとギャグっぽいじゃん? だから、世界観と文体がマッチしてないかなって……」


「私は面白いと思ったよ。颯夏くんの小説」


 古代が、いきなり口を挟んできた。フォローしたつもりだったのだろうが、颯夏には逆効果だったらしい。


「話の面白さとか、今はどうでもいいよ! 師匠の目が節穴だったことと、ネット読者が何を考えてるかわからないことがムカつくの!」


 こっちのせいにされた!? しかも、よくわからんキレ方されたし。


「いや、待て。俺は正直な意見を言っただけであって、別に節穴とかそういうのは論点じゃない気が……」


 わたわたと慌てふためく俺を、颯夏は逆上したように睨みつけながら、


「もういいよ! 読者の考えてること、わかんないよ! 異世界なんか……大っ嫌いだー!!」


 と、大声で吐き散らしたかと思うと、俺の顔面に拳をぶち込んできた。


 思いがけずグーパンチで殴られた俺は、踏ん張ることもできずになされるがまま、後ろ向きに倒れて椅子から転落した。その隙に颯夏が、紙の束を俺の手から奪い取り、素早く教室から走り去っていくのが椅子から転げ落ちる間際に見えた。


 我に返ると、俺は机と椅子のちょうど間の床に、仰向けになって倒れていた。上から古代が机越しに顔を覗かせ、


「東光くん、大丈夫?」


 と、心配そうに声をかけてきた。


「うん……なんとか……」


 俺は彼女と目を合わせながら返事をすると、身体を起こす。そしてそこで初めて、教室中のやつらからの視線に気づく。注目を浴び、居た堪れない気持ちに陥る。

 なんとか平静を装いつつ、椅子を引いてそこへ腰かけた。


「東光くん。颯夏くんのこと、もういいの?」


 古代は心配そうに尋ねてくる。


「あ……いや。俺、あいつに悪いことしちゃったかもって」


「悪いこと?」


「無意識のうちに、傷つけちゃったんじゃないかって」


「……私もよくわからないんだけど、彼、すっごく悔しそうな顔してたもんね。まだ時間あるし、行ってあげたら? 今頃、教室に帰ってるかも」


 古代の意見にも一理ある。俺は颯夏のところに行くことにした。場合によっては謝ればいいし、やつが納得するならそれでもいい。


 俺は立ち上がり、走って前方のドアをくぐろうとした時、教室に入ってきた誰かと正面からぶつかりそうになって、すんでのところで立ち止まった。


「おわっ!」


 相手もびっくりしたような声を上げる。


「悪い、大丈夫か!?」


 俺は慌てて謝りながら、相手の顔をうかがう。田中が、驚いたようにこちらを見ていた。


「何だよ、東光じゃん」


「あぁ……田中。そうだ。一組の新米、見なかったか?」


 衝突しそうになった相手が田中だったことに安心し、俺は颯夏の居場所について知らないかときいてみた。


「新米……? あぁ、そういや、お前の弟子になったんだってな。見たぞ。さっき、屋上の方に上がっていくの」


「わかった、ありがとう」


「おう」


 俺は廊下を駆け足で進み、屋上に繋がる鉄のドアを開けて上に伸びる階段を駆け上がった。


 屋上は、涼やかな風が吹き渡っていた。外縁を転落防止のフェンスが囲み、中央には大きめのベンチが備えられてある。そこに、ぽつんと一人、背を向けて座っているやつがいた。

 俺は、そいつにそっと歩み寄る。


「新米?」


 なるべく優しく、そう呼んでやると、颯夏はこちらを振り向いた。その手には、先程読ませてもらった小説の冒頭が書かれた紙の束が、くしゃくしゃにされて握られている。


「それ……捨てるのか……?」


「……うん、書き直すから」


 投げやりにも聞こえる素っ気ない語調で、颯夏は答えた。やっぱり、さっきの発言がまだ心の中に根を張っているのだろう。


 俺はさらに近づき、次の言葉を口にしようとした。が、それよりも先に颯夏が立ち上がって身体を完全にこちらに向けた。


「……教室、戻ろうか」


 颯夏はそう言いながら、ニコッと頬をほころばせる。俺は彼のその顔を前に、何も言えなくなった。もう、いいのか?


 俺が迷っている間にも、颯夏はスタスタと校内に向かって歩いていくものだから、仕方なく俺もその後を追い駆けた。しかし、どうも釈然としない。


 颯夏は「教室に戻ろう」と言ったが、どちらのとは言わなかったので気になったものの、俺も自分の教室に帰ろうとやつの後ろを歩いていると、事もあろうに、やつは俺の教室に入っていったのだ。


「おい、まだ話があるのか?」


 後を追うようにして俺も中へ入ると、颯夏を呼び止めた。

 教室は何故か、先程よりも人数が減っていた。古代や田中の姿も見えない。


 と、突然。颯夏がくるっと身体を半回転させ、俺と向かい合った。状況がよく読めず、俺が困惑していると、颯夏はこのようなことを言い出した。


「師匠。俺、中二病になりたいんだ」


「は?」


「やっぱり、ファンタジーってある程度の中二病じゃないと書けないと思うんだよね」


「なんでそうなるんだ! ってか、内容じゃなくて文章のことで怒ってたんじゃなかったのか!?」


「それはもういいんだよ。要は、内容が肝心なわけでしょ? だから、俺は中二病になろうと思う」


 ますますよくわからない。しかも、なろうと思ってなれるもんでもない気がする。


 颯夏はさらに、こう言葉を続けた。


「さっき色々考えてて、まずは頭のレベルを読者に合わせる必要があると思ったんだ。師匠の小説みたいに。バーニング! これが魔王の力だ! スクラ――――シュ!!」


「そんなこと書いてなかっただろ!!」


 ……まぁ、似たようなことは書いてたかもしれないけど。


 後ろで駄弁っていた生徒たちは、何事かとこちらに目が釘付けである。先程とはまた違う、居たたまれなさ。


 俺は颯夏の後襟を引っつかんで教室前の廊下まで連れ出すと、諭すように言った。


「中二病になったからって、ファンタジーを上手く書けるわけじゃないから。お前の作品の味は、お前にしか作れない。無理やり読者の嗜好に合わせる必要なんてないんだよ。まあ、プロを目指すなら多少は意識すべき事柄だけど。でも、楽しくないだろ? だったら、まずはお前の書きたいように書けばいい」


「だって、師匠みたいに面白い話、書けないから……」


 少々不機嫌そうに語る颯夏。そこまでして、ファンタジーじゃないといけないのかと不思議に思ってしまう。無理して苦手なジャンルに挑戦するより、自分の得意分野で攻めた方が効率的ではないのか、と。でも、颯夏がそうしたいのなら、俺は何も言えない。


「わかった。今日、ちょっと相談しよう。終礼が済んだら、お前の教室、寄るから」


 そう言っても颯夏は俯いたままだったが、頷いてくれた。

 俺から約束を取りつけるのは初めてじゃないかとも思えたが、今はどうでもいい。彼がどうしたいのか、また、本当はどんな小説を書きたいのか、今後の目標設定も兼ねて一度相談する必要性があると感じた。


 その後、颯夏は自分の教室に戻っていった。


 そうして放課後になると、俺は約束通り颯夏を呼びに行き、今日もまた自宅に連れて行くのであった。

【まとめ】

無理に読者に合わせずにまずは自分の好きなものを書きましょう。……伝わったかな?



【用語解説】

・モニテ:「モーニング・テスト」の略。モーニング・テストについては、前講を参照。

・文章の形式がまだ硬い:ほんとに言われたことです。だいぶラノベ風にしたのにショックでした。もともとが硬すぎるのかもしれないですね。

・バーニング:中二病が好きそうな掛け声。知らんけど。

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