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小説家になりたい!! ―呆れるほどしょうもない小説醸成術―  作者: ヤバイ物書きさん (橘樹 啓人)
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第三講 自信と謙遜

【本日の講義内容】

・自信と謙遜の話

 土曜の朝。爽やかな陽気が、窓を透過して部屋中を充たしている。


 その一方、俺は憂鬱で仕方なかった。その理由は、もうすぐ弟子が俺の家に来るのだ。弟子入りを認めてから、初めての週末。昨日、新米が放課後に俺のところまで来て、「師匠! 明日の朝、師匠の家に行くからね! 明日こそ小説のこと教えてよね!」などと言ってきた。


 部屋の掃除が終わった頃、ドアがガチャリと開けられた。


「な、何だよ。ノックぐらいしろって」


「なあに、いいじゃない。家にいるの、お母さんだけなんだし」


 ドアを開けたのは俺の母親、東光千草ちぐさ(旧姓は「藤咲」)だった。ゴールドに近い茶色の髪を後ろでまとめ上げてバンスクリップで留め、アパレル業界で働いてるのもあってか派手な柄のミディスカートを穿いている。


「今日、お友達が来るんだっけ? お菓子とかいる?」


 別段、新米は友達でもないんだけど。


「あー、一人でやるから大丈夫」


 それを聞くと、母親はドアを閉めた。



 さて。新米が訪ねてくるまでにはまだ小一時間くらい余裕がある。俺は、勉強机に向かってノートパソコンの電源を入れ、立ち上がるのを待つ間にスクールバッグからメモ帳を出した。そのうちの1ページを開く。そこには、2種類ほどのURLが記されていた。


 昨日の昼休み、新米が俺の教室に来て(最近ほぼ毎日のように来る)、勝手に俺のメモ帳に自分がネットに上げている小説のアドレスを書き残していったのだ。つまり、「俺が来る前に読んでおけ」という意味合いなのだろう。


 まあ、弟子を認めた以上、彼の作品も読んでやらなくては、現在どの程度のレベルなのかということも把握できない。ということで、俺は新米が来るまでの時間を使い、彼の書いた小説を読んであげることにした。


 新米の投稿先も《小説家になりたい》であった。やっぱり、作家志望ならまずはそのサイトから入るのか……と、改めて知名度とサービス規模を実感する。


 長編小説が2作品上がっていて、いずれも2〜5万字程度だった。これなら、読むのにそう時間はかからないかな。俺は新米の作品をクリックし、大まかに目を通した。


 ……文章が少し硬いというのが、第一印象。やはり純文学に影響を受けているせいか、言い回しが回りくどく、読むのに疲れてしまう。内容も、まあ、お察しの通りに。


 大体読み終えた俺は、ある不安を覚えた。あいつに感想を求められたら、どう答えればいいんだ。下手ではないが、コメントに窮する内容と文章。……困った。


 ピンポーン、という音で肩がビクッと震えた。慌てて部屋を飛び出て、階段を駆け下りる。玄関に向かうと、母親がすでに新米を家に招き入れているところだった。


「こんにちは〜。家、わかった?」


 妙に嬉しそうに話しかけている母親を押しのけ、俺は急いで新米を家に上げると腕を引き、二階の俺の部屋へ連れ込むと、ドアを閉める。


「師匠のお母さん、美人な人だったね」


 新米は、母のことを褒めそやしてくる。


「ま……ああ見えてもう四十近いんだけどな」


「へえ、俺のお母さんと一周り以上も違うんだ」


「えっ、そうなの?」


 まあ、俺の母親ってかなり若い時に結婚して子供生んでるからな。一般の家庭からすると、若い方かもしれない。


 俺と新米がそんな話をしていると、ドアが開いて噂の張本人――母がジュースを盆に載せて入ってきた。


「ごめんね。戸棚にろくなもん入ってなかったから。これで我慢してね?」


「だから、なんで入ってくんだよ!」


「いいじゃない。才ちゃんの意地悪」


「才ちゃんって呼ぶな!!」


 しかも、よりにもよって新米の前で……。


 母は直径五十センチほどの卓袱台の上に、盆を置いた。


「そうだ。よかったらさ、なんか買ってこようか?」


「いらねーよ! いいから、さっさと出ていってくれ!」


「何よ〜、そんな言い方しなくたっていいじゃない。お友達の前で」


「わかったから! もうあとは俺がやるから! お願いだから、入ってこないで!」


 俺は庭に入り込んだ猫を追い払うように、彼女の背中を押して部屋から追い出した。


 ドアを閉めると、すぐ後ろから粘つくような視線を感じた。嫌な予感を覚えつつ振り返ってみると、案の定、にやけ顔の新米がこちらを見ていた。


「……な、何だよ?」


「ねえ、才ちゃん。お母さん、好きなんだね〜」


「才ちゃんって呼ぶな!」


 ほら。懸念した通りの展開になっちゃったじゃないか。だから嫌だったんだ。


「言わないよ。ところで、師匠のお母さんって、どこのクラブなの?」


 新米が急にそんなことを言い出した。


「えー……と、どういうことですか?」


「どこのクラブで働いてるの? あ、この辺のキャバ?」


「水商売なんかしてねーよ! 人の職業を見た目で判断するんじゃない!」


「今までに何人の男を引っかけたの?」


「だから水商売じゃねえから! すっげードライな仕事してるわ!」


 ……ドライかどうかは知らないけど。


 新米は俺のツッコミをスルーし、卓袱台の前に腰を下ろすと、持ってきたバッグからノートパソコンを出してその上に置いた。執筆する気満々のようだ。ちなみに、新米のPCは俺のものより一回り大きい。


 俺はやつの向かい側に座った。


「えっと、新米は……」


 言いかけると、新米によって言葉を遮られた。


「ねえ、師匠」


「……何だ?」


「ちょっと思ったんだけど、せっかく弟子になったんだし、俺のことは下の名前で呼んでもらっていい?」


「は? なんでだよ」


「だって、師匠が弟子を名字で呼ぶなんて、あんまりイメージないし」


「嫌だよ。っていうか、まだそれほど親しくないじゃん、俺たち」


 俺は一方的に師匠に仕立て上げられたわけだし、こいつから一方的に弟子入りを申し込んできたのだ。


「ふーん、じゃあ、いいや」


 新米はパソコンを開く。


 こいつは俺に下の名前で呼んでほしかったのだろうか? だけど、まだよくこいつのことを知らないし、ちょっと恥ずかしくもある。しかし、まあ、せっかくだから、心の中だけでも下の名前で呼んでやるか。よろしくな、颯夏。


「あっ、そうだった。今日、師匠にききたいことあったんだった!」


「何だ?」


 だが、俺も大方の予想はついていた。おそらく、例の小説のことだろう。


 御世辞……はちょっと良くないか。師弟関係とは言っても相手は同級生だし、これから一緒に創作活動をするわけだから、ざっくばらんに思ったままのことを伝えよう。


「えっと、師匠。俺の小説、読んでくれた?」


「あぁ、まあな」


「どうだった? 面白く……なかった?」


 ちょっと下手に来られたので、肩透かしを食らう。もしかしてこの子、自分の作品に自信を持ってないのか?


「まあ、面白く……はなかったかな」


「はい?」


 うわ、すっごい睨まれてるよ。なんで? 何がいけなかったの?


「師匠。『面白くなかった?』ってきかれたらまず、『ううん、そんなことないよ』って返すのが常識だよ? 御世辞は社会通念上の礼儀だからね」


「めんどくっさっ!」


 いや、礼儀とか言われましても。というか、肯定的な意見が欲しいなら「面白くなかった?」なんてきかずに「どこがよかった?」とかきくだろ、普通。


「まあ、確かに文章は上手いと思った。でもなんていうか、全体的に硬い。ストーリーもよくある設定だったし、少しオリジナリティーに欠ける気がしたかな」


「やっぱり、軽すぎる文章には少し抵抗があるんだよね。普通、一人称とはいえ地の文に『〜じゃん』とか書かないからね」


「まあ今回、それは置いといて……」


 先程からやけに気になっていることがあった。むしろ、文章どうこうの問題の前に、颯夏の姿勢に疑問を抱いたのだ。


「新米。なんでお前さっきから、そんなに謙虚になろうとしてんだ? もっと自信持てよ」


 すると、颯夏はいきなり片方の掌を俺の眼前に突き出してきた。


「師匠、いいこと教えてあげようか」


「……な、何だよ?」


 颯夏は手を引っ込めると、今度は腕を組み、言い聞かせるように語り始めるのだった。


「謙虚に振る舞った方が、人は好感度を持つんだよ。


 例えば、俺があるやつに自分の小説を見せるとする。『面白くないかもしれないけど読んで』って言うと、そいつはきっとそれを信じるだろう。だけど、読んでみたら実際は面白かった。そいつの顔が歪む。面白くないと思ってた作品が、面白かったんだから。あ、ちなみにそいつも小説書いてるっていう設定ね。


 自分の作品の方が面白いと思ってたのに、俺の方が面白かったのでそいつはひどく落ち込むんだ。俺はそいつのそんな顔を見て、快楽を得る。それが、俺のギルティス!」


「性格悪いな、こいつ」


 ……とまあ、俺も自然に本音が漏れたわけだけど。というか、作者自身が「面白くない」って言ってる作品を読むやつが、どれほどいるだろうか? それでも読む者と、その一言で読む気の失せる者。おそらく、後者が大半だろう。実際、俺もそうだと思う。


 謙虚な方が好感度は上がるかもしれないが、作者は作品に対し、自信を持つべきだ。本当にその作品が面白いかとかいう問題以前に、作者がそれに対して自信がないというだけで、小説の質は落ちると俺は思っている。

 そのことを、できれば颯夏にも理解してほしい。


「でもさ、お前は作者が面白くないって言ってる小説、ほんとに読もうと思うか?」


「ん〜、……あんまり」


「そうだろ? つまり、そういうことだ。作者が『これは面白い! ぜひ読んでくれ!』って宣伝してるものに、人は興味を惹かれるんだよ」


「だけどそれ、ただのナルシストじゃん」


「まあ、やりすぎるとそう思われなくもないけど……」


 ここまでのやり取りで、わかったことというか、確信できたことがいくつかあるので、簡潔にまとめてみる。いずれも颯夏が主体なので、主語は省く。


 一、謙遜はかっこいいと思っている

 一、謙虚な姿勢は必ず好感度が上がると勘違いしている

 一、褒めないと怒る

 一、ナルシストは嫌い


 結局、謙遜する人にもよると思う。謙遜というのは、無意識的なものだから好感度が上がるのであって、端から「人によく見られたい」とか考えているやつは、すぐに看破される可能性すらある。日本人はよく謙遜するっていうけど、それらは大半が本能的に行うものだ。

 だから、颯夏がしているのは謙遜でも何でもない、「故意の謙遜」なのだ。


 どうしてもその間違いに気づいてほしく、俺はしばし思案した後、颯夏にある提案をした。


「よく聞け、新米。お前は、お前の小説の生みの親だ。自分が生んだ子供だと思ったら、多少自信がつくんじゃないか?」


「俺の……子供……?」


 颯夏は目を伏せた。


「自信……持っていいのかな……?」


「もちろんだ。適度に謙遜するのもいいけど、やりすぎはよくない。自信を持ててたら、それだけで能力アップに繋がることもあるし、執筆量も自然に増えていくはずだ。創作者なら、そうあるべきなんだ」


 颯夏は恥ずかしげに、控えめな視線を俺に投げてきた。やはり、自分に自信がないのか?

 だが、それはきっと書いていくうちに改善されるだろう。作家志望者なら、想像力よりも、文章力よりも、まずは自信。「これが俺の作品なんだぞ!」って、誇らしげに言える時まで、一緒に頑張っていこうな。


 とにかく、自信を持つことはいいことだ。



「じゃ、今日はもう帰るね」


「えっ……? まだ何も教えてませんけど?」


「なんかね、師匠の話聞いてたら眠くなっちゃったの」


「なんでだよ!!」


 パソコンまで用意して、執筆する気満々だったじゃないか。本当にこいつを小説家にできるのか、超絶不安になってきた。

【まとめ】

自分の作品に自信を持ちましょう。

でも、適度に謙遜はしましょう。



【用語解説】

・バンスクリップ:クリップ型の髪留めの一つ。

・ミディスカート:長さが膝からふくらはぎの中間まであるスカート。

・ドライな仕事:水商売じゃない仕事のこと。

・ギルティス:ギルティ(有罪)とジャスティス(正義)を掛けた造語。何それ、かっこいい。

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