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小説家になりたい!! ―呆れるほどしょうもない小説醸成術―  作者: ヤバイ物書きさん (橘樹 啓人)
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第二十九講 師匠と弟子

【本日の講義内容】

・推敲の大切さ(二回目)

 十二月の空気は先月よりも格段に冷たい。街は冬の始まりを告げ、商店街なんかはわりと賑やかだ。


 颯夏が狙っている小説新人賞の締切日までは、あと三日と迫っていた。今日は日曜日で、彼と推敲作業をやることになっていたので、俺は自分の部屋を片付けていた。

 ついに、という気持ちが俺にもある。他人のことながら、少々、ワクワクしている。いつもあいつがうちに来ることにあれほど辟易していた俺だが、今は心ならずも高揚しているのだ。これは非常に珍しいことである。


 午後二時頃、颯夏が訪ねてきた。


「師匠、間に合ってよかったよ〜」


「あぁ、そうだな。よく頑張ったな」


 今日ばかりは、褒めてやってもいいと思えるくらい、いつになく気分がいい。


 颯夏は先月初旬頃から本腰を入れて執筆に励むようになり、事もなげに長編二作を書き上げたのだった。それを俺も読ませてもらったが、初めて読んだものよりも格段に巧くなっている気がした。


 今回は、改めて推敲をする。推敲は、「自分で書いた文章を読み返す」という作業だ。聞いただけでは、それほど重要でない工程のように思えるかもしれない。しかしながら小説を書いていると、どうしても読みにくかったり、意味がわかりにくかったりといった事態に行き当たることが、往々にしてあるのだ。そこで必要なのが、書き上がった後に「読み直す」という行為だ。これによって、作品の質がかなり向上するだろう。


 颯夏は、もう自分でやったからいいと言ったが、一回の推敲だけではすべてのミスを発見できないものだ。また、ずっと前にも話したような気がしないでもないけど、人に見てもらわなければ気づかない間違いだってある。


「新米、推敲において大事なことは何かわかるか」


「え〜と、誤字とか脱字がないか、文章がわかりやすいか、それから地の文中に口語を使っていないか、とかでしょ」


 さすがに彼の執筆歴を考えると、そこはよく理解しているようだ。ただ、そこだけではないと俺は思っている。


「確かに誤字・脱字とかも重要だが、『話の流れ』というものは考えたことあるか?」


「というと?」


 颯夏は、きょとんとした目線を俺に投げかけてくる。


「つまりな、例えば、描写の順番が合っているかどうかだ。読者は文章を読みながら、それを頼りに頭の中で映像を展開していくことが多い。だけど、描写する順番が適切じゃなかったら、かなり終盤になってこれまでの想像を覆す文章が登場したら、読者は混乱して、軽いストレスになる場合もある」


 そう説明してやると、颯夏は腑に落ちたように頷いた。


「あ〜、わかる。俺もネット小説とか読んでて、それまで黒髪で想像してたキャラが実は金髪でしたって言われた時、ちょっとイラッとしたもん」


「こういうミスを見つけていく上でも、推敲は大事だったりするんだ」


 見落とされがちなことだけど、こういう些末に気を配ることも、作家としての技量を高めていくのに必要な技術だと思う。


 俺と颯夏は、以上のことを踏まえて推敲を進めていき、三日後、締切当日に長編二作が無事完成した。


 それらを茶色い封筒に入れ、ネットで宛先を調べて、郵便局まで持っていく。それに、俺も付き添った。


 何事もなく無事に投函が完了すると、その途端、颯夏は気が抜けたように足取りが覚束なくなった。かくいう俺も、少しの間、解放感に浸っていた。


 大通りを歩きながら、颯夏は呟いた。


「今回、どうなるかなぁ?」


 その問いに、俺も正直に答えてやる。


「そうだな。受賞は難しくても、一次ぐらいなら通ると思うぞ」


 これは本音だった。初めに読んだ瞬間、なんとなくそんな予感がしたのだ。


「本当?」


 颯夏が驚いたように、意外そうな顔をこちらに向けた。


「あぁ、書籍化作家の俺が言うんだから、きっと大丈夫だ。何なら、保証するぞ」


 たちまち颯夏の顔が綻んでいくのがわかった。ちょっと無責任なことを言ってしまったことは否めないが、あれなら一次選考を突破するには十分だという思いもある。


 今回、颯夏は苦手なファンタジーから脱し、もともと得意な方だった青春モノにジャンルを絞った。「人気だから」という理由でことさら苦手なジャンルを選択するのは、愚の骨頂である。それなら、得意なジャンルを極めた方がいいという颯夏の持論には、俺も概ね賛成だった。


 郵便局から直接帰らず、俺たちは近所の神社に立ち寄った。俺は寒いから早く帰りたかったのだけど、颯夏がどうしてもお詣りがしたいと言い出したのだ。その魂胆は見え透いている。どうせ、「選考でいいところまで行けますように」とでも祈るつもりなのだろう。この子、神様を信仰しているのかな? まあ、それでもいい。


 俺も彼の隣で、一緒に手を合わせた。そしてこう祈った。


『颯夏が、小説家の夢を叶えますように』




 時間は瞬く間に過ぎ、年が明けてはや二月になった。

 一月は「行く」、二月は「逃げる」、三月は「去る」とよく言われるが、その通りだと思った。あっという間に春が来そうな気候が何日か続いていたからだ。


 そして今日は、颯夏が出した公募の一次選考の発表日。内心ドキドキしながら、俺はその時を待っていた。授業が終わって帰宅し、今日も夕方から颯夏が来る手はずとなっていた。今日の昼間はどうも都合が悪いらしい。


 俺は気もそぞろな心持ちで、発表の時間を待っている間、リビングを端から端まで何往復もしていた。それを、珍しく平日に家にいた母が見咎めた。


「ナニそわそわしてんのよ。今日、発表でしょ?」


「うるさいな」


「颯夏くん、すっごく自信たっぷりだったから、きっと大丈夫じゃない?」


「そうだけど、ちょっと不安なんだよな……」


 最初はああ言ったものの、日増しに不安が膨らんでいた。どちらの作品もだめだったらどうしようとか、そんなことばかりを考えてしまうのだ。もちろん、颯夏には言わないけど、本音ではやはり気がかりでならなかった。


 発表は三時だ。時計を見ると、もう十分もない。俺は二階に行って、パソコンの前でスタンバイし、その時を待った。パソコンの時計が三時ちょうどを示すと、一次選考通過作品が表示されるページへのリンクをクリックした。


 時間通りに、それは発表された。

 ゆっくりと画面をスクロールさせ、颯夏のペンネームを探した。


 ……しかし、その中に彼の名前はなかった。投稿した二作品のうち、一作も二次選考対象に選ばれていなかった。


 ……なんで?


 俺はしばらくの間、呆然とし、固まってしまった。心の中では、少なくとも一作品はどうにか引っかかっているはず……という気持ちがあったからだ。俺は咄嗟に自分の携帯で、颯夏に電話をかけた。出ない。

 次にメールを送った。三十分以上待っても、返事はない。それどころか、うちに来る約束の時間をゆうに過ぎている。今まで、彼が時間通りに来ないことなどなかった。


 俺は一気に不安になり、部屋を飛び出して階下へ下りた。リビングでは、母親が不安そうな顔をして待っていた。

 部屋に俺が入ってくるなり、テーブルから立ち上がって近寄ってきた。


「才人。颯夏くんの小説、どうだったの?」


 俺は何も言わず、首を振った。そうして無言のまま部屋を出ると、家を飛び出し、自転車にまたがった。走り出してから、颯夏の居場所がわからないことに気づいた。彼の家にも、今のところ一度も行ったことがない。

 それでも、俺は走り続けた。


 嘘つき、役立たず、そうやっていくら罵られてもいい。今は、やつに会わないといけない。あいつは今頃、相当に落ち込んでいるだろうか。それとも、全く気にしていないのだろうか。

 どちらにしても、俺にはあいつを励ます義務がある。俺は師匠だから。あいつの師匠だから。


 たとえあいつが俺が来るのを望んでいなくても、俺は必ず会いにいく。そして謝る。そして……また一緒に書籍化を目指そう。そう伝えるんだ。

【まとめ】

誤字・脱字がないかを確認しましょう。

描写の順番を意識しましょう。



【用語解説】

・地の文中に口語を使っていないか:第十五講参照。

・黒髪で想像してたキャラが実は金髪でした:本当にあったことです。実はこれ、いつか会話の中に入れようと思ってたのに入れる機会がなくて、無理やり入れちゃいました。テヘペロ☆

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