第二十三講 超番外編・ラノベ純文学を書こう
【本日の講義内容】
・ライトノベルと純文学を融合させた新感覚小説、それが『ラノベ純文学』
夏休みも残念ながら終わり、二学期が始まっても尚、俺の日常は一辺倒であった。
今日は颯夏に捕まる前に学校から逃げ出そうと考え、ホームルーム終了後、速攻で支度して昇降口に向かったのだが、めでたく俺は下駄箱付近にてやつに拿捕されたのであった。
しかし、こうなることはあらかじめ想定していたため、仕方なく俺はプランBに切り替えることにした。一応だが教材は用意してあったので、本日はそれをやつに読ませてやろうという目算を立てた。
いつものように学校から直接、颯夏を自宅に連れてくると俺はやつを向かいに座らせ、こう切り出した。
「よし、それじゃ、今日の講義を始めよう」
俺は早速、ちょうど昨日思いつきで作った教材というか例題を机の引き出しから取り出し、颯夏が見えるように彼の前に置いた。
颯夏は頭をつき出すようにして、それをまじまじと眺め出した。それには、ラノベと純文学を融合させた「ラノベ純文学」がプリントされている。もちろん、縦書きで。
「何、これ?」
首を傾げる颯夏に、俺は説明を施した。
「だいぶ前に、お前、『ラノベ純文学』ってやつを書きたいって言ってたよな?」
「あぁ、ラノ純ね」
だからそれ、お笑い芸人みたいな名前なんだよなぁ……。まあ、それはいいや。
「昨日、小説書いてたら何故か急にそれ思い出してさ、寝る前にちょこっと試しに書いてみたんだよ。それで、ちょっと読んでみてくれないか?」
千字程度の短い文章だが、俺が今の語彙力を駆使して純文学っぽいものを書いた結果だ。
幸い、颯夏は興味ありげに、じっとその一枚に紡がれたものを黙読し始めた。
ちなみに、颯夏の話を思い出しながら俺が解釈した「ラノベ純文学」の定義とは、地の文はできるだけ堅苦しく、そして登場人物の台詞はラノベを意識してできるだけ軽くすることだ。
以上のことを念頭に置きつつ、読んでいただきたい。
題:『球児たち』
著:東光 才人
真夏の校庭で、男子野球部員たちの喊声だけが響いていた。太陽の照り返しが激しい中、規は自分の守備位置についた。
夢向高校野球部は今年設立三年目であり、一年目から甲子園出場を目標に掲げ、今年こそはと誰もが息巻いていた。無論、規もその例に漏れなかった。ただ、彼だけは他の部員たちとは違っていた。
炎天下の下、三年生の部長が直々に下級生たちにノック練習を展開している。一年生と二年生がそれぞれ守備につき、股を広げ、腰をかがめて、どこから飛んでくるかわからぬ球を捕らえようと、必死に部長の方へ瞠目していた。
部長は、余裕綽々たる視線を部員たちに巡らせて、声を張り上げた。
「ほーれ、行くぞー! とりま、山本からな!」
目の位置まで球を放り上げ、もう片方の手でバットを振ると、無機質な金属音を響かせて球がライトを守っている二年生の山本の方へ飛んでいく。
球が次第に加速度を失い、きれいな軌道を描きながら彼の手前に落ちていく。山本は駆け出し、グローブにもう片方の手を添えて、両手で水を掬い上げるように球を捕った。センターを守っていた規は、その光景を一歩も動かずに傍観していた。
「もっとはやく動けよ! そんなんだから本番でやらかすんだぞ!」
遠くから部長の叱責が飛び、しかしその声には精力が漲っていて、その諭しは山本に血気を与えた。
「はい!」
山本は叫び、球を投げ返すと元の守備まで走って戻った。
「次、佐々木!」
部長は、今度は一年生でショートの佐々木のところへ球を転がした。佐々木は飛び込みざま球を捕り、砂埃が彼を覆い尽くさんばかりに舞い上がった。それを離れた場所から見ていた規は、そこに佐々木の矜持を見た。こいつらは心から野球を楽しんでいる、と彼は思った。
しかし、規はチームメイトたちを軽蔑していた。俺はこいつらとは違う、俺は決してチームのために野球をしていない、自分のためだけにプレイしているのだ、という考え方は彼を享楽させた。こういう精神の独立は一種の自己欺瞞であり、彼の生来の哲学的観念でもあった。
甲子園に出場するためには、地方大会を制覇せねばならぬ。そのためには楽しんでいる余裕などないはずだ。決死の覚悟で挑まねばならない。彼はチームメイトを見下すことによって、そうやって自分自身を鼓舞していたのである。
「次、濱崎!」
部長が規の名を呼んだ。
球が規のところへ飛来してくると、彼は少しもその場を動かず、球の軌道を見極め、目線と球の角度が約九十五度になったところを、グローブをはめた手を高く掲げて跳躍した。すると球はきれいな流線を描いて規の左手に吸い込まれた。何事もなく彼が着地した時、部長からは称賛の声が上がった。
「おぉ、なかなかやるじゃないか。これ、もしかしてマジで甲子園行けんじゃね?」
読み終わった颯夏は顔を上げた。彼が真っ先に発した感想は、こういうものだった。
「どういう状況やねん」
やっぱり、そう来ますよね。
内容はあまり考えて書いていない。言いたいのは、純文学っぽい文章とラノベっぽい文章を配合したら一体どんな感じになるのか、ということを実験してみたかった、それだけなのだ。
「しかも、文章が意味不明すぎる」
それもわかる。俺も書きながら、「これ、どういう意味だよ」って自分でツッコんでたから。しかしながら、俺にとって「純文学」とは、実際にこういうイメージなのだ。
「え……とな。新米くんは、この文章を読んでどう思った?」
「なんか、すごくトンチンカンだと思った」
すぐにそんな感想が返ってきた。だが、これは実に的を射ている。俺もそう思った。地の文やキャラクターの考え方、思考回路に関しては純文学を意識し、キャラの台詞だけをラノベっぽくしてみた。しかし正直、違和感を拭えない。というより、それしか残らない。
それなら、純文学は純文学、ラノベはラノベで別々に書いた方がいいんじゃないのか?
「お前は何を書きたいんだ。純文学っぽいラノベか? ラノベっぽい純文学か?」
「んー、俺、人と違うことがしてみたかっただけなんだ。その方が、逆に目立って誰かに見えもらえる気がしたから」
「そりゃ、実際にそんなことができる作家がいるなら、欲しい出版社はいくらでもあるかもしれないけどさ。正直、それは別にデビューした後でもよくないか?」
俺が懸念しているところはまさにそこだった。迂遠な方法としか思われない。
ひとまず、デビューするまではラノベを書き、それから「やっぱり純文学が好きです」って言って転向する作家も少ないがいるにはいる。
こいつの夢は俺の当面の目標でもあるし、やっぱりその野望というか目論見は、今は諦めてほしかった。
「まあ、試行錯誤って感じで色々やってる状態ではあるけど、俺は今はラノベを書くよ。その方が師匠に色々と教えてもらえるからね」
颯夏も最初からそのつもりだったらしいので、俺は安堵した。
そういうわけで、ラノベ純文学は書くな、というだけの話でした。
【まとめ】
ラノベ純文学は書いてはいけない。
【用語解説】
・ラノベ純文学:第九講参照。
・とりま:「とりあえず、まあ」の略語。
・精神の独立:純文学っぽい言葉を探した結果。




