第二十講 夏休み創作委員会発足
【本日の講義内容】
・想像力の話
※茶番回なのにちょっと長くなってしまいました。
夏休み初日。俺はパソコンのメールフォルダをチェックしていると、あるメールに動かしていた手を止めた。
デビュー同時から世話になっている担当編集者・辺柊子さんからだった。そのメールによると、一週間後に新作の打ち合わせをするから、近くの喫茶店で待ち合わせたいとのことだった。
ここ最近は弟子に邪魔されながらも、これまで以上に執筆に身が入り、どうにかこうにか、新作を出せる状況にまでこぎつけていた。
本来なら、それに向けてプロットを作成しようと思うところだが、夏休み一日目にして午後からお客が来る予定があるのだ。今朝、颯夏から『夏休み限定!創作委員会の発足について』という件名でメールが届き、そこにはこうあった。
『夏休みを利用して、みんなで一緒に創作活動しようってことになったよ〜
メンバー:新米颯夏
古代瑠美衣
御代早久
今日の13時にそっちに行くから、師匠も署名してね☆』
意味がわからん。というか、勝手に決めるな。
一体全体、どういう了見なんだよ、まったく。創作委員会って何なんだよ。俺は絶対に署名なんかしねーからな!
心の中でそう叫んでいると、何の前兆もなくドアがいきなり開かれて、母親が顔を出した。
「才人。母さん、今日も帰るの朝になりそうなの」
「今日の朝はナウだよ! それは今日って言わねーんだよ、明日だろうが」
また回りくどいツッコミをしてしまった……。メールに対してイライラしてたからかな。母は「なに怒ってんのよ」とでも言いたげな、訝しそうな顔をしていたが、
「ご飯はちゃんと食べるのよ」
と、過保護なことを言い残してドアを閉めた。
颯夏からのメールによると、古代と御代も来るらしい。だがまあ、母親が留守にしてくれるなら有り難い。誰が目の前にいても構わず、過保護パワーを発揮してくるので、気が抜けない。
特に御代はたいそう大爆笑することだろう。そんなものは、颯夏だけで十分だ。
本日もあいつらの相手をしなくちゃならないのかと思うと、気が重い。
母親が家を出てから一時間ほどが経過し、部屋の片付けも大体終わった頃、チャイムが鳴った。玄関のドアを警戒するようにゆっくり開けると、颯夏が立っていた。その後ろに、古代と御代もいた。
「上がれよ」
俺は冷たく言って、ドアを全開にした。
彼らを部屋へ通すと、まず声を上げたのは今日も今日とてガチョウ級にやかましい御代だった。ガチョウがどんな声なのか知らないけど。
「わぁ〜、ここが東光くんの部屋!?」
彼女の声が教室よりも大きく、俺の家の廊下に響いた。
しかし俺は気にせず、部屋の中央に使い慣れた卓袱台を引きずり出す。馴れなのかしら、と自分で思った。
卓袱台のそばに俺は腰を下ろすと、
「で、どういう事情なんだよ」
と、三人に対して辟易した、それでいて懐疑も含んだ視線を投げる。
「あ、まず私が提案したんだけどね」
初めに、古代が説明を始めた。
「夏休みなんだし、ちょっと変わったことしてみてもいいんじゃないかって思ったの。何人かで集まって、小説とかお話とか書いて、それぞれ発表するの。あと、感想とか言い合ったり。颯夏くんに話したらすぐに乗ってくれて、早久ちゃんも誘って、それで最後は東光くんもって流れなんだけど」
大まかな事情はそれで呑み込めたが、やはり腑に落ちないこともある。何人かで集まる、というところまでは理解したが、なんで俺の家なんだ? 颯夏の家じゃダメなの?
「あの……それなら、ここでなくてもよくないですかね?」
「師匠の家ならいつも来てるし、ちょうどいいかなって!」
颯夏が即答する。やっぱりこいつか、余計なこと吹き込んだのは。
まあ、確かに面白そうではある。本当ならそんなことをしている暇はないが、少しだけなら付き合ってあげてもいいかな、と思えるぐらいの余裕はある。
「じゃあ、いいよ。その代り、一日一時間だぞ」
条件を指定して承諾してやると、ひとまずはそれで丸く収まった。
メンバーの氏名が記載された用紙に自分の名前を書き込み、俺もその『夏休み創作委員会』とやらに加わった。
「で、まずどんな方向性でいくか……だ。各々が別々に作品を書いて、それを見せ合うのか、共作って形をとるのか、そこは最初にはっきりさせておこう」
いつの間にか、俺は司会者的な立場で発言をしていた。ファシリテーターか、俺は。強いて言えば、この中では俺が最も執筆経験があるわけだし、仕方なくはあるかもしれない。
「お菓子、欲しいね」
突然、御代がそんなことを言い出した。このパターン、どこかで見た気がする。全然やる気ないやろ、こいつ。
ここに山田中コンビがいなくてよかったと心底思う。あいつらも相手にしようとすると、俺の精神が崩壊しかねないからな。
御代の言葉に意を同じくしたように、他の二人もまじまじと俺の顔を見てくる。俺、こやつらの何なの、マジで。
「菓子はねーよ。確か、もうストック切れちゃってたと思う」
「な〜んだ、こういう時ってさ、お菓子とか食べながらお喋りして、和気藹々とやるもんじゃない?」
「お喋りしてたら、集中できなくない?」
御代と古代の会話を聞き流しつつ、俺は内心ひどく肩を落としていた。見慣れた光景だけれども、どうも好きになれない。
「師匠、買ってきてよ。その間に決めとくから」
颯夏までが彼女らの肩を持とうとするので、今まで仏の顔だった俺もとうとう我慢の限界が近づいてきたようだった。
「いい加減にしろよ。だったら、お前が買いに行きゃいいだろ。この下の道まっすぐ行ったらコンビニあるからさ!!」
ここから徒歩で五分ほどのところに、コンビニがある。俺も、何かがなくなったり足りなくなったりすると、そこで用を済ますことが多い。
「じゃあ、じゃんけんでいいんじゃない?」
結局、古代のその提案に収束した。
じゃんけんの結果、買いに行くのは颯夏になった。俺は中学の時に、体育祭の種目「じゃんけんリレー」の選抜じゃんけん大会で3位になったこともあるので、余裕の一人勝ちだった。最後は颯夏と御代の一騎打ちになり、なかなか見ものであった。どうでもいいけど。
「じゃあ、ちょっくら買ってくるね」
金を渡すと、颯夏は出かけていった。結局、俺が買いに行ったのも同然になってしまった。まあ、どうせあとで返してもらうから今は気にしないでおくか。
「それより、東光くん。期末テストはどうだった?」
脈絡なく、いきなり御代がきいてきた。
「なんでお前に教えなきゃならん」
「だって昨日、アドバイスしてくれたじゃない。あたし、それで勇気もらったんだよ? だから、東光くんも点数、教えてくれたっていいじゃん」
「俺、お前の点数なんか聞いてねーよ! なに自分も教えたんだから教えろ、みたいな言い方してんだよ。それ、ただの心理作戦だろ!」
「ちぇ〜っ、バレちゃった」
「ただいま!」
勢いよくドアが開かれ、颯夏が戻ってきた。
「はやっ!」
俺は思わずそんな声を上げた。確か、やつは五分ほど前に出ていったはずだ。しかし、颯夏の手にはしっかりとコンビニのビニール袋が握られている。どうやら、本当に行って戻ってきたらしい。それにしても早かったな、と妙な感心を覚える。
「ダッシュで買ってきたよ」
そう言うと、疲れたように颯夏は床に腰を下ろした。
「颯夏くん、おつかれ〜」
「ねぇねぇ、何買ってきたの――――!?」
古代と御代も飢えた子犬のようにコンビニの袋にありつき、まさしく寛ぎムードに入らんとしている。こいつら、ただ遊びに来ただけだろ。
「おいおいおい! お前ら、何しに来たんだよ!」
「師匠が何も用意してないからだよ」
「俺が悪いの!?」
いつも思うことだが、こいつはスイッチが入るまでに相当な時間がかかるらしい。そう、家庭において、かなりの電気代をしゃぶり尽くすだけのロボットばりに時間がかかるのだ。
作家としてやっていこうと思うと、小説を書くだけでなく、計画性が求められるようになる(俺の主観)。締め切りの間際で慌てなくてもいいように、常に目標を明確化しておき、計画を立てながらそれを実行していく必要がある。
怠慢など言語道断。しかもその責任を他人に押しつけるとか、作家として、いや人としてアルマジロ行為だ。
とにかく、この事態に収拾をつけることは、俺にとって義務だと心得た。というか、俺しか止められる人間はいないだろう。この中では。
「はい、ちゅうもーく!」
俺は何故か新人教師のような口調で、三人に注意を促した。菓子を食べ始めていた三人が、一斉に俺の方を向く。
「想像力、妄想力に自信のあるやつ、挙手!」
俺は彼らに質問した。颯夏だけが挙手してきた。
「さすが、作家志望者だな。じゃあ、どういうことか説明してくれるか」
微妙に質問がおかしい気もするが、とりあえず黙って颯夏からの返答を待つ。
颯夏はしばしの間、考え込むように目を伏せていたが、やがて顔をこちらに向け、居住まいを正した。
「俺、書く時もそうだけど、読書してる時も情景がリアルに脳内に映し出されるんだ。人間の想像力はバカにならないからね、こんな話知ってる?」
と言って、彼は語り始めた。
「どこかの国である死刑囚が実験台として、目隠しされて寝かされた状態で、メスを体に押し当てられながら、耳許で水の滴る音を聞かされたんだ。それを血の音だと勘違いした死刑囚は、本当に痛みに悶絶しながら死んでいったそうだよ」
これが本日、俺が聞きたいことだった。まあ、そんな具体例までは想定してなかったけど。
「何それ、怖――――い!!」
御代が大仰に顔面蒼白させて、両手で自分の頬を覆った。彼女だけでなく、実は俺もなぜ今そんな話をするのかよくわからなかったが、颯夏の話には続きがあるみたいだった。
「だから、俺もファンタジーとか読んでたら、感じるはずのない痛みとか感じちゃうわけ。人は思い込むだけで、傷とか創っちゃうんだって。さっきの死刑囚の例と同じように、何も見えない状態で『手に煙草を押しつけられてる!』と信じ込ませれば、ほんとに火傷みたいな痣ができるそうだよ」
おおよそ信じがたい、胡散臭い話だ。
「それ、誰から聞いたんだよ」
「授業で先生が言ってた。あと、結構ネットとかにもそういうことが書いてあるよ」
あまり信じたくないな。どうせ、噂だろ……?
適当なことばかりが溢れ返る情報社会では、何を信じるかも個人の自由とされてる節があるけど、俺はそういうのは信じたくないタイプだ。そこまで考えた時に、俺の中にふとある悪戯心が生まれた。
颯夏がそう言うなら、今ここで実験してやろうじゃないか。
俺は傍らの本棚から一冊の文庫本を取り出し、個人的にグロいと思った描写が載ったページを開いた。
「よし。じゃあ、今からこの小説の一節を朗読するから、そのシーンをできるだけリアルに心の中でイメージしてみてくれ」
「わかった!」
颯夏も、わりと乗り気のようだ。
そして俺は、その場面を音読した。ちなみに、一場面からの抜粋なので、状況などについてはあまり気にしないでほしい。
「ちらちらと銀色に光る錦糸のように極細の糸が、少年の方に伸びてきた。『うわ!』
悲鳴を上げる間もなく、糸は少年の右手首に絡みついた。それがみるみる柔らかい肉に食い込み、血筋の輪をつくる。流れ出す血を見ながら少年は痛みに悶え、背中を地面に打ちつけ、文字どおり七転八倒した。
そこへ、新たに同じ糸が幾本も伸びてきて、今度は少年の左腕を捕らえた。巻きついた瞬間、鮮血が噴き出し、少年は声にならない声を発しつつ、ともすると意識を手放してしまいそうな激痛に耐えた」
「痛い!」
突然、颯夏が奇矯な声を発した。ゴロゴロと床を転げ回りながら、左手で右の手首を握っている。文字通りの七転八倒だ。それは演技をしているようにも見えるが、実際に痛みに耐えているようにも思える。俺は咄嗟にその場に本を置き、彼に近寄った。
女子二人も、心配そうに颯夏を囲んでいる。
「おい、見せろ!」
颯夏のあまりの痛がりっぷりに内心冷や汗をかくほど動揺した俺は、強引に右手を押さえていた左手を引き離して、右手首を眺めた。
――赤いラインが、鮮明な輪郭をもって彼の手首を一周していた。
これ……本当に今できたのか……?
俺は名状しがたい絶望感に襲われた。己の軽はずみな行動で、同級生に怪我をさせたことになるじゃないか。
「痛いよー、痛いよー」
泣きそうな声でそう訴えてくる颯夏。
……しかし。
颯夏の動きが止まったかと思うと、むくりと起き上がった。そうして向けられた顔は、笑っていた。それも、人を馬鹿にするような顔だった。
「ウッソ」
一秒もかからなかったと思う。一瞬で状況を把握した俺は、颯夏の頭を叩いていた。
「痛いっ!」
「師匠を騙した罰だ!」
「でも、どうだった? 俺の迫真の演技」
「知らん!」
とりあえず、嘘泣きだったのがわかって安堵した。怒り心頭の俺の隣では、古代が、
「すごいね、颯夏くん。全然わからなかったよ!」
と、感嘆したような声を上げる。しかし、御代は納得しきっていない様子で、颯夏の手首についた赤い傷を指しながら尋ねた。
「でも……それ、どうやったの?」
確かに、それは俺も気になっていた。だが、理由は至って単純なものであった。逆に、何故気がつかなかったのだと言われれば弁解のしようもない。
「赤ペンで書いたんだよ」
いつの間に書いてたんだよ。予め想定していたのか? なんか、心を読まれてる気がする。
俺が心底落胆していると、御代がこんなことを言った。
「でも、人間の想像力がすごいっていうのはよく言われるよね。例えば、銃に撃たれたりして死んじゃう夢を見たら、脳が勝手に死んだと思い込んで、活動をやめちゃうんだって」
「それもなんか信憑性薄そうな話だな……」
「あ、それ知ってる。でも、まだ科学的な根拠はないんだよね」
颯夏の言葉に、御代は「そうなの?」と眉をひそめた。世界豆知識大会か何か?
こんな、グダグダな茶番がその後もいくらか続き、気づけば彼らが来てから軽く一時間以上が経っていた。
至急、これからの活動の方向性について話し合った結果、初めに挙げたように、それぞれが思い思いの物語を紡ぎ、同人誌のように人数分の冊子を作成して、それをもとに夏休み最終日にプレゼン形式で発表するという流れになった。
果たして目的が達成されるのかが、俺の最も懸念すべきところだ。期待せずに待ちたい。
【まとめ】
人間の想像力はばかにならないということ。
【用語解説】
・今日の朝はナウ:どういうことやねん。
・ファシリテーター:会議などで、中立的な立場から参加者の発言を促す人のこと。
・じゃんけんリレー:そんなものはない。
・選抜じゃんけん大会:某アイドルGが毎年やってたやつ。
・アルマジロ行為:第七講参照。




