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小説家になりたい!! ―呆れるほどしょうもない小説醸成術―  作者: ヤバイ物書きさん (橘樹 啓人)
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第十四講 史の算段

【本日の講義内容】

・視覚優位・聴覚優位

・(個人的な)教室の描写の仕方

 放課後の誰もいない廊下を、俺は自覚するほど激しい音を立てて、ずんずん歩いていた。

 まだ納得できない。一言、あいつに物申してやらないと気が済まない。確かに、向こうからはただ遊んでいるように見えたかもしれない。しかし、こちとら真剣なのだ。もちろん、当人も最近は真面目に小説に取り組んでいる。


 だが、昼休みに受けた侮辱は放課後になっても残ったままだった。おかげで、午後の授業もろくに耳に入ってこない。俺はあいつに異議申し立てをするべく、文芸部の部室に足を運んでいるところであった。


 あの言われようでは、簡単には引き下がれまい。二言三言、文句をつける権利がこっちにもあるだろう。

 そう思いながら、俺はふと、颯夏の教室の前を通りかかった。そういえば、あいつはいつもなら放課後になると真っ先に俺を教室まで呼び来るのに、今日はいつまで待っても現れなかった。もう帰ったのだろうか?

 そんなことを気にしつつ、なんとなく俺は颯夏がまだ教室に残っていそうな予感がしたので、そっと中を覗いた。


 窓際の一番後ろの席で、じっと座っているやつがいた。颯夏だ。他には誰もいない。ただ、やつはボーッと窓の外を眺めている。


 俺は開け放してあった後ろのドアから、教室に入って颯夏に呼びかけた。


「何してるんだ?」


 ビクッ、と驚いたように颯夏はこちらを振り向く。


「あ……うん、師匠。小説のこと、考えてた」


「プロットのことか?」


「それはもうほぼ出来上がってるんだけど、どういう書き出しにしたらいいかまだ迷ってるんだよね……」


 よく見たら、颯夏の席にはノートが開かれた状態で置いてあった。授業で使うものではなく、おそらく、小説関係のノートだ。そこに、教室の見取り図? のようなものが描かれてあった。机、教卓、黒板、ロッカー……。


「描写に悩んだら、絵を描けばいいみたいなことをどこかで聞いたことあって、実際に描いてみたんだけど……よくわからないや」


 颯夏は投げやりな手つきで、ノートを閉じる。


「教室のシーンから始めようと思うんだけど、うまく書けなくて……」


「いや、それ自体はいい心がけだ。俺も昔、よく描いてたし。それに、そうした方がイメージしやすいこともあるからな」


 颯夏は視線をノートの表紙に落としている。ひょっとして、こいつもまだ昼間のことを気にしてるのか?

 だが、俺がそれをきく前に、颯夏から切り出してきた。


「師匠、もう帰ろうか」


「帰るって、どこに?」


 思わずそう尋ねると、颯夏はこちらを振り見るなり、何食わぬ顔で平然と答えた。


「師匠の家」


「なんで俺の家!?」


「いつもそうしてるじゃない」


「そういう意味じゃない! 帰るって表現するなら、自分の家に帰れ! お前にとって俺の家は、帰るもんじゃなくて行くもんだろ!」


 我ながら、なんたる回りくどいツッコミ。自分でも少し引いてしまった。


「じゃあ、今日は師匠の家に寄るのはよそうかな」


 いつもは泣きついてでもついてくるのに、今日は意外なほどに諦めが早かった。しかし喜ぶには早計だったようだ。


「その代り、少しだけここで講義してよ」


 やはり、そういうことか。俺は内心ため息を漏らしながら(本当についていたかもしれん)、颯夏の前の席に仕方なく腰を下ろした。昼間のこともあったから、断りにくいものがあった。


「……で、今日は何を教えればいいんだ?」


「だから、教室の描写だよ」


「いやでも、書いたことあるだろ、絶対。改めて教えなくても、書けるんじゃないの?」


「ウェブで書いてた時はそんなに深く考えなかったけど、どうしても意識しちゃうんだよね。やっぱり、公募に出す小説だからさ」


 ……なるほど。まあ、確かにウェブ小説と同じ書き方はまずいかもしれない。


 教室の描写……か。初歩的な問題だが、重要ではある。学園が舞台の話ならなおのことだ。まだプロットは見せてもらってないけど。


「じゃあ、まず、視点の人物がドアを開けるところから始まる――って仮定して……」


 俺は颯夏のノートを再び開き、白紙のページを広げて、講義を始めようとした時だった。誰かの足音がこちらに近づいてくるような気がした。でも、どうせ通り過ぎるのだろうとその時は深く考えず、言葉を続けようとした。


 しかし……。

 足音が、俺たちのいる教室のちょうど後ろのドアあたりで止まったのだ。俺は咄嗟に開いているドアから、廊下を見つめた。

 中に入ってきたのは、肩から鞄を下げた史だった。これから帰ろうという格好だ。


 今日の昼休み、文芸部の部室にて颯夏を謗り、俺を怒り心頭に発しさせた文学少年・史真奈夫はしかし、無表情のまま、悠然とこちらに歩み寄ってきた。


「な……何の用だよ!」


 気づかぬうちに、俺は立ち上がっていた。

 それでも、史は足を止めることなく歩いてきて、颯夏の席のすぐそばで立ち止まった。


 史は、颯夏を見つめながら、


「主人公は視覚優位? 聴覚優位?」


「はい?」


 きょとん、と颯夏は目を見開き、問い返す。俺も、多分やつと同じ顔になっているだろう。何言ってんだ、こいつ……?


「教室の、描写を考えてるんだよね。視点の人物の視覚が優れているか、聴覚が優れているかで、描写の順番が違ってくると思うのだけれど。例えば、教室には何があるかな?」


「えーと……」


 颯夏は、俺に寄っていた創作ノートを自分のところへ引き寄せて、「見えるもの(教室)」と書いた。

 その下に、箇条書きで、



・机


・黒板


・教卓


・花瓶



 などと、記していく。

 俺はその様子をまじまじと見つめながら、席に座り直す。


「それじゃあ、まず教室のドアを開けたら、何が見えると思うか」


 史はまた、颯夏に問いかけた。


「そうだな……机とか?」


「あとは?」


「黒板だね」


「そうだね、教室に必ずあるものと言っていいだろう。そういうものは、わざわざ書く必要はないから、後回しにして、その部屋にしかないものがあれば、そちらを先に書こう。あるだけで誰もが真っ先に目を向けるものなら特にね。……この教室には特にないけど、そういう設定を設けたら、読者の心に残るんじゃないかな。ただ、黒板があって、机が並んでいて……という表現だけじゃ、つまらないからね」


 長々と講義する史を見上げつつ、俺は本当にわからなくなっていた。何故、昼間はあれほど颯夏のことを批判していたのに、今になってこんなことをし始めるのだろうか。


「次に、聴覚優位の話をしよう。初心者は、見たものだけを書きがちだ。だけど、ほとんどの場合は無音というのは有り得ない。教室だと、どんな音がするだろうか」


「えーと……生徒の話し声とか?」


「そうだね。一番大事な音と言っていいだろう。内容までは聞こえなくても、描写はできる。他には、何がある?」


「んー……」


 颯夏は考え込むように、腕を組んで唸った。


 そしてまた、ノートに「聞こえるもの(教室)」と書き、その下にメモを箇条書きで書き連ねていく。



・話し声


・椅子を引く音


・ドアの開閉音



「聴覚の方が優れている作者は、音から描写する場合もある。日常生活でも、音の情報の方が入ってきやすいからね」


「あ、わかる。俺も歩いてて、目の前から知り合いが来ても声かけられるまで気づかないことあるもん」


 危ないだろ、それで前から車でも来たらどうするんだ? と、俺が心の中でツッコんでいると、史は続けてこう言った。


「こういうふうに考えていけば、その視点人物によって、どういう書き方が好ましいかわかるんじゃないかな」


「……うーん、なんとなくわかる」


「他にも聞きたいことがあったら、事前に教えてもらえると助かる。少しは助言とかしてあげられると思うから」


「……わかった」


 史は颯夏が返事をする前に踵を返し、離れていった。史が静かに教室から出ていくのを、俺は呆然としながら見送っていた。


 教室の中は窓外から射す光で、先程よりも鮮やかな橙色だ。遠くから、運動部の掛け声や木の葉が風に揺らぐ音が微かに届いてくる。


 俺は、史がここに来た意味を悟った。ただ通りがかっただけではない。俺は無意識のうちに再び席を立ち、


「新米。俺、ちょっと用事あるから、先帰ってるわ」


 と言いおいて、走って教室を出た。


「師匠、あ、ちょっと!」


 後ろで颯夏の呼ぶ声が聞こえたが、俺は史を追いかけた。なんとなく、まだ昇降口にいる気がしたので、階段を駆け下りて一階に来た。


 予想は的中し、史は昇降口にいた。下駄箱から革靴を出し、本当に帰るところらしい。


 間に合ってよかったと俺は走っていき、後ろから史に呼びかけた。史は振り向いた。

 黒い瞳で、文学少年らしい毅然とした視線を送ってくる。さらに無言。


 彼の前まで行くと、俺から話を切り出した。


「史、ありがとな」


 何故、お礼を言ったのかって? それは俺にもよくわからない。だが、確かなことがあったのだ。史は……。


「いつから聞いてた?」


「君が教室から出てきて、隣の教室に入るのが見えたんだ。それで、少しばかり気になってね」


 史は淡々と答える。

 やっぱり、そういうことだったのか。そして、もう一つだけ確かめたいことがあった。


「お前、あの時、本心じゃなかったんだろ? 新米にやる気を出させるために、わざと挑発的なこと言って、発破かけてくれたんだろ。おかげであいつ、今日は真剣に創作に励んでたよ。だから、その礼を言いたかったんだ」


「ボクは、お礼を言われるほどのことはしていない」


「けど、見直したぜ、お前のこと。なあ、これからは真奈夫って呼んでいいか?」


「却下」


「なんでだよ! 同じ創作仲間じゃん!」


「あんまり……馴れ馴れしくしないでほしい……」


 顔をやや赤らめ、目を伏せる史。その顔が、男子ながらに妙に可愛らしい。こいつも男の娘なのか? 第二の男の娘って感じだ。


「あ、そうだ。お前、最寄りどこ?」


「八王子」


「おお、一緒じゃん! 俺もこれから帰るんだよ。よかったら一緒に帰ろうぜ?」


「だから、馴れ馴れしくしないでくれるかい」


「だからなんでだよ!」


 男の娘の上にツンデレなのか? 見た目とめちゃくちゃギャップあるじゃん。それに、共通点もできた。ちょっとずつ距離を詰めていって、仲良くしていくか。そして、色々な議論とか交わそうじゃないか! 主に、創作に関して。


「じゃ、ちょっと待ってろ」


 相手の返事も待たず、俺はバッグを取りに自分の教室に戻ろうと身を翻すと、今度は彼が声をかけてきた。


「ねえ、君……」


 振り向くと、真奈夫は少し言いにくそうな顔をしている。俺と目が合うと、彼ははっと気がついたように表情を消し、毅然たる瞳の色を取り戻して、真面目にこう尋ねてきた。


「君は、どうして創作をやっているのか」


「あ、うん、えーと……もともと、兄貴に勧められたんだよ。それで、書いてるうちに楽しくなっちゃって、中学の時からずっと続けてる」


「そうか」


「相変わらず喋り方かってえな! 現代人でしょ、あなた。もうちょいフランクにいこう?」


 真奈夫は笑わないが、それが彼の人間性によるものだということくらいは理解できる。人間性は、作品にも現れる。いつか、真奈夫の作品も読んでみたい。あわよくば、読み合いっこをしてみるのもいいかもしれない。こいつがどんな小説を書くのか、大体イメージがつくけど。それでも、参考にはなりそうだ。

 それから、今日一日の気づきも忘れてはならない。


 結論。新しくできた友達、文学少年の史真奈夫は男の娘である。


 校舎の窓から見える空は、昼間の曇り空が嘘のように清々しく晴れ渡っていた。

【まとめ】

イメージ図を描いた方が書きやすいこともないこともない。

書かなくてもわかる描写は後回しでいい。また、省いてもいい。

見えるもの以外にも、聞こえるものも描写しましょう。



【用語解説】

・視覚優位:認知特性の一つ。詳しくはググってください。

・聴覚優位:上に同じ。

・男の娘:人によって定義が異なる。

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