第十講 タイトルの重要性
【本日の講義内容】
・タイトル決めに必要なこと
「今の時点で、4万5千か……そろそろ出してみてもいいかもな」
俺は渡された原稿をパラパラとめくりながら、呟いた。
あの事件ともいうべき出会いから1ヶ月余りが過ぎ、颯夏は順調に煮詰めたプロットを作品に落とし込んでいき、それを俺が添削するという作業がここ数日、繰り返されていた。そしてついに、この日が来たのだ。
颯夏が俺に弟子入りしてから初の作品となる、異世界ファンタジー小説(タイトルは未定のままだ)をネット小説投稿サイト《小説家になりたい》に投函できる日が。
実を言うと、俺はこの日を心待ちにしていた。嫌々とは言え、初めて弟子入りを認めた(厳密にはそうではないが)やつの初投稿作品なのだ。それでも、やっぱり何か感慨深いものが込み上げてくる。
「もう公開していいの? 師匠が投稿はある程度書き溜めてからだって言ったから、まだしてなかったけど」
床にちょこんと胡座をかいて座りながら、颯夏は言った。その顔は、心持ち嬉しそうである。
「まあ、もう大丈夫だろう。このくらいストックがあればな」
何故、書き溜めてからでないと投稿できないかというと、これは作者にもよるので一概には言えないのだが、一話書き上がったからといって無闇に投稿してしまうと、なかなかしんどいものがあるからだ。
なにせ、無数に存在する作品群の中から当該作品だけを見つけ出してもらうには、最低でも一日一話以上の投稿を一ヶ月は続けなければならないと言われている。それが、あのサイトにおいて不文律のようになっているくらいだ。
まあ、颯夏の場合、そこまで気にしなくていいと思っている。もちろん、俺としてはさっさと夢を叶えて卒業してほしいのだが、高望みはするべきではないしな。
「じゃあ早速、上げてみようかな」
ワクワク、と胸をときめかせたような所作で、颯夏はいつものごとく自前のパソコンをバッグから取り出そうとした。それを見て、俺はふと気がついて声をかけた。
「ちょっと待て、タイトルはどうするんだ?」
「タイトル……?」
「そういや、まだ決まってないんじゃなかったか?」
そうだ。タイトルが未定なのだ。それをうっかり忘れるところだった。
「上げる直前に決めればいいかって敢えて先延ばしにしてたけど、それが決まってないと投稿しようにもできないだろ」
「……そっか。確かに」
そう言うと颯夏は難しい顔になって、腕を組みながら「うーん」と唸った。
「聞くところによると、長い文章みたいなタイトルの方が読まれるんだよね……?」
「いや、そんなに無理して長くする必要はないぞ」
――颯夏の書いた小説の粗筋は、ざっくり説明するとこんな感じである。
ある日、家で見つけた古いゲームをプレイしていた主人公がゲーム世界に取り込まれ、その世界で出会った仲間を引き連れて魔王を倒すための旅に出る。そんな中、主人公の属する種族と敵対する種族の中に、同じくゲーム世界に囚われていた幼馴染がいることがわかる。主人公はその子と協力し合い、2種族を仲直りさせることを魔王討伐の布石にすべく奔走する――という内容の物語だ。
その後、実はある人物の陰謀によってシナリオが書き換えられていて……というストーリーが続く予定らしいのだが、それは今はプロットにも未記載の話である。このゲームは俺だけが知っている、というテンプレ的な話の裏をかいた喜悲劇混合のファンタジーだ。
ちなみに、それらはすべて颯夏が考え出したものだ。ストーリーに関しては、俺は全く関与していない。想像力についてはそこそこにあるようだ。
頭をひねること数分、颯夏はいつもの癖なのか寝そべって寛ぎ出した。
またそうやって怠ける! と言いかけたが、タイトルの重要性はこいつも理解しているのかもしれない。
巧い例えが思いつかないが、店でいうと看板の役割を担うのがあらゆる創作物における題名だと俺は思う。これが「なんのこっちゃわからない」タイトルになると、読者から敬遠されてしまうのが全創作者の共通認識、だと思っている。ネット小説では、特にその傾向が強い。
ただ、俺が考えるわけにはいかないのだ。颯夏の小説は、彼自身が考えてこそ意味があると言えるだろう。だから、あまり口出しはせずに見守っているのだが……。
颯夏はうつ伏せに寝て、両腕に顔を沈めている。わずかに、寝息のような音も聞こえる。
「だから、人の家で寝るな!」
俺は勉強机の棚から古いノートを無作為に一冊取り出して、颯夏の頭を叩いた。ポカッ、という気持ちの良い音が鳴った。
颯夏は両手で頭を押さえながら、むくりと起き上がった。
「ねえ、考えて思ったんだけど……」
「考えてたのかよ!」
完全に寝てたじゃないか、寝息まで立てて。
きっと呆れ顔になっているであろう、俺を無視して颯夏は言葉を続ける。
「恥ずかしさをこらえてまで長いダッサいタイトルにしたのに誰にも読まれなかったら、それこそ黒歴史が確定すると思うんだ」
「それは聞き捨てならないな。例えば、どんなタイトルだよ」
「そんなに言うなら、いいこと教えてあげよう」
したり顔で颯夏は、俺から少し離れて座り直した。
「例えば、『勇者の称号を手に入れた俺は、竜の彼女を育てることにした』っていうタイトルの小説を投稿したとする。それなのに、初回投稿日のPVが30とかだったら、俺だったらしばらく恥ずかしくて悶絶しちゃうね」
これも颯夏お得意の屁理屈なのだろうか。
……ん? しかもそのタイトル、どこかで聞いたような……?
記憶を辿ってみる。遠い昔、俺は全く同じタイトルの作品を読んで……。
「……って、あ!!」
違う、書いてたんだよ! この手で!
俺が初めて、ネットに投稿した小説。「長文タイトルなら必ず読まれる」という誰かの妄言を信じ切って出してみたら、そうだよ、投稿初日についたPVがたったの30だったんだよ!
思い出したくもない、俺の黒歴史。
もちろん、その後すぐに削除したのだが、まさかこいつ、読んでたのか……?
「師匠のセンス皆無のタイトルより、シンプル・イズ・ベストだと俺は思うんだ」
「うぐぐ……」
「だからね、俺は長いタイトルでも短いタイトルでも、たいして差はないと思ってる」
「……まあ、言われてみればそうかも。というか、別に俺は最初から長文タイトルを推奨してたわけじゃないけどな!」
「でも、ひょっとしたら万が一にも、多くの人に読んでもらえるかもしれないから、俺も長い題名を考えてみたよ」
どっちだよ……。だけど興味があることはある。ごまんとある作品の中から見つけてもらうのは運も絡んでくるので容易ではないが、長文タイトルが目につきやすいのは確かだからな。
颯夏は勿体ぶったように咳払いをし、重々しく口を開く。
「じゃあ言うね……『勇者になれない俺は、異世界で君と恋をする』!」
「ラブコメかよ!」
こいつも全然センスねえじゃねーか。ちょっと期待した俺が間違っていたのかな。
それからも颯夏は自分で考えた候補のタイトルを挙げていったが、そのどれもがあまりパッとしない、あるいは「ダサい」感じのものばかりだった。しまいには、
「大体、タイトルで作品の善し悪しを判断する方がおかしいんだよ。ネットの読者、バカなの? PVがつかないイコール、クリックもされないってことだからね」
などと言う始末だ。うわあ、また文句言い出したよ、この子。
まるで話がまとまらない。というか、そこまでして読んでもらう必要があるのかとすら思えてきた。いや、実際に読んでほしいんだろうけど。いくら長ったらしい題名にしたところで、「必ず」読まれるとは限らないのも確かだ。俺も一応、経験者だからな。
それなら……と考えて、はっと息を呑む。
いや、あれだ。俺も最初からそうすればよかったと思ってる。だが、颯夏の受けた打撃は俺も受けなければならない。現在の関係上、諸々の感情は分け合わなければならない。しかし、それが怖くて遠回りしていただけだったんじゃないのか?
しかし颯夏には、どうもそちらの方が向いているようだ。無理にネットで人気をとる必要はない。本気で、本気で、こいつがそう思っているのなら。
「じゃあさ、新米。新人賞、目指してみないか?」
真面目に、座ったまま颯夏に向き直りつつ、そのように提案してみる。
颯夏も初め、驚いたようにこちらを見つめていたが、やがて口を開いた。
「それって、出版社が募集してるやつ?」
「そうだ。それなら、最低でも一人の目には届く。今の自分の実力を確かめるっていう意味でも、俺はいいと思うんだけど」
途端、颯夏はパアッと顔を輝かせた。
「なるほど。それだったら、タイトル見ただけで読むのを止めるようなバカもいないからね」
またそんなことを……。でもまあ、気持ちは理解しておいてやろう。
かくして、俺と颯夏は新たなスタートを切ることになった。新人賞を本気で目指すのなら、今まで通りじゃいけないかもしれない。
まあ、タイトルに関しては、結論を言うと「いくら長くしても結局はセンスと運が重要」ということだ。……最初に言えばよかっただろうか?
【まとめ】
いくらタイトルを長くしたところで結局はセンスと運が重要。それだけ。
【用語解説】
・投稿初日についたPVがたったの30だった:タイトルは違いますが、実話です。それまでの最低PVを更新してしまった。




