蘇り(2)
「もう直ぐ着くはずなんだが……お、見えてきた。あの集落だな。」
山道を走ること一時間、省村はようやくその姿を現した。のどかな田園に疎らな民家。田舎と言えば誰しもが思い浮かべる風景がそこにはあった。
「待ちくたびれたわ。あまり座り心地も良くなかったし早く降りたいわね。」
小鳥は慣れないバスがお気に召さなかった様で不満を漏らした。様子から察するに少し酔ったのかもしれない。
「ああ、言い忘れていたわ。坂元によると今回貴方はただの付添人って扱いみたいよ。除霊師である事もバラさないようにしないといけないわね。」
書類が手元に無いため、坂元にメッセージを飛ばして確認する。どうやら小鳥の言っている事は間違いではないらしく、私の扱いはただの荷物持ちであるようだった。
「益々私を呼んだ理由が分からないな。一人で解決出来るだろう、こんな怪異。」
「それはどうかしら。……とにかく迂闊に名乗る事は避けた方がいいわ。」
貴方の名前も、この前の依頼で少しだけ売れたんだから名前を名乗っては除霊師だと見破られるわ。と、小鳥は続ける。
私としてもまだ自らの技量は頼りなく、荷物持ちで良いならここまで楽な仕事はないとその提案を受け入れた。
× × × ×
「影崎、やけに荷物が少ねえみたいだな。まあ俺に任せておきゃこんな依頼も直ぐに終わるさ。けけ。」
バスを降りて集合場所の民宿に向かうと、煙草を吸いながら坂元が出迎えた。
「……それなら私を呼ぶ必要などなかっただろう。何を企んでいる。」
「けけ、お前に俺との技量を分からせてやる為さ。早いとこ廃業して普通の仕事でも探した方が身の為じゃねえのかよ。」
どこまでも嫌味な奴だ、と眉間に皺が寄るような気分を味わっていると小鳥はすれ違いざまに彼の爪先を踏み抜いた。
「っ……!お前、何しやがんだ……!」
「あら、狸の置物と間違えましたわ。ごめんなさいね。」
そう言って彼女はフロントに向かうとチェックインを済ませる。その名前欄には影崎小鳥と書かれていた。
「それでは三名様、お部屋までご案内致します。」
感じのいい女将が丁寧に頭を垂れ、私たちの荷物を持とうとしてくれるのだが小鳥はそれを断る。
そこまで警戒する事はないだろうに、と坂元はそれを見て呟いた。
× × × ×
「俺は隣の部屋だ、何かあったら呼べよ。」
「ああ、分かった。」
部屋には夕日が差し込んでおり、坂元曰く調査を始めるのは明日からのようだ。
今日はこの景色を眺めながら温泉を楽しめると思うと、はるばるここまで来た甲斐があったと思わされる。
しかし小鳥はあまり浮かない表情だった。
「ここからは例え私に対しても絶対に名乗らないこと。約束よ。」
下の名前は特に、と彼女が言えば私は自らの名がそこまで売れているのかと少しだけ頬が緩む。
「もし破ったらその場で気絶させて温泉に投げ込むわ。良いわね?」
流石に恐ろしい怪異としての表情を見せられたくない私は、緩んだ頬を引き締めて首を縦に振った。
「ところで、部屋に露天風呂があるらしいわよ。」
彼女が話題を転換すると、外に面した温泉を指差す。どうやら部屋毎に仕切られて居るようでゆっくりと景色を楽しめそうだ。
「先に入ってくるといい、私は仕事道具の手入れを済ませておく。」
「……私と一緒のお湯に入れないんなら、気絶させて溺死させるわ。」
あまりに横暴だ。しかし私が彼女に逆らえるはずもなく、引きずられるように脱衣所へ入った。
そう言えば彼女は現代に対応するのもさほど時間を要さなかった。コトリバコの出来た年代がそこまで昔ではない事も相まってか、着物でなく動きやすそうなシャツにジーパンという装いだ。
すぐ隣で彼女はその衣服をはだけさせ、美しく透き通るような白い肌を晒していく。
どうにか見ないように反対の壁を向いて服を脱ぎ終わればタオルを巻き、手を引かれて露天風呂への扉を開く。
少しだけ冷たい風が身体を撫でるようだった。
× × × ×
「おい、影崎!何別嬪の助手と混浴してんだお前!ぶっ飛ばすぞ!」
露天風呂の仕切りの向こうから、口汚い罵声が飛んでくる。坂元のものだろう。
「伴侶として当然の事よ、夫婦として風呂に入って何が悪いのかしら。」
そしてそれに応えるように小鳥も声を張る。正直、同レベルの争いだ。
「だから助手が影崎って名字書いてたのかよ、抜け駆けして嫁作ってんじゃねえぞ影崎!」
作ったのは嫁ではなくコトリバコだ、そんな反論は一旦飲み込んだ。
程なくして、向こうからまた新たに話題が投げかけられる。
「書類にお前らの名前をフルネームで書かねえといけねえんだが、お前下の名前何だった?」
律儀に答えようとすると、小鳥がそれを小声で制する。下の名前は偽名を使え、との指示だった。意図は分からないが。
「影崎忍と影崎小鳥だ!」
「分かった、ありがとな!」
……若干の違和感がある。坂元と言えど、私の下の名前を忘れるだろうか。
しかしその違和感は隣の少女の振る舞いで掻き消される。
「小鳥、タオルがはだけかけているぞ。」
「わざと、なのだけれど。ヘタレ。」
そうしてタオルを巻き直し、私の顔を無理やり彼女の顔へ向き直らせる。
その表情を見た私は情けない声を上げ、そして気を失った。