怪異の餌食
翌日、私は依頼主である老人にあの地の呪いが消え去った旨を伝えた。その報せに彼は大いに喜び、相場よりも多い謝礼を渡してくれた。
「しかしあんた、こんな別嬪な助手が居たとは意外じゃの。この度はどうも有難う。」
「あら、お褒めに預かり光栄ですわ。」
そう言って彼女は上品に微笑み、軽く頭を下げた。湯気を立てる湯呑みとお茶請けの乗った盆をテーブルに置くと、私の隣に腰掛けた。
「しかし、ハッカイのコトリバコを祓うとは流石退魔師様。何しろ女子供の腸を少しずつ千切って死に至らしめる恐ろしい呪いじゃからのう。」
「はは……それは、どうも。」
自分でも引きつった笑顔だと感じた。彼女が村で話した「女子供以外は滅多に殺さない」とはこういう事かと納得したのだ。
隣を見やると彼女と目が合う。妖しく口角を吊り上げた彼女は、まるで自己紹介をしてやろうと言わんばかりに質問を一つ投げ掛けた。
「ところでお爺様、何故生贄に捧げた子供の数が多い程コトリバコは強くなるのでしょうか?ハッカイ……確か、八人の子供を犠牲に作ったものでしょう?」
私からすれば極めてわざとらしい態度だ。その答えを彼女は知っているだろう。
すると老人は顔を少し青くし、恐怖に声を震わせた。
「……蠱毒、はご存知かのう。毒を持った生き物を狭い壺などに閉じ込め、殺し合いをさせるのだ。そして最も強い毒を持つものが生き残る……コトリバコも、中にいるのはそうして生き残った一人だけじゃ。」
聞いたこちらも背筋が凍るような言葉。遠回しに告げられたそれは、コトリバコの本質に穴を開け恐怖を噴出させるようだった。
「さて、儂はそろそろ失礼しようかの。」
その凍った空気に耐えかねたのか、老人は立ち上がって会釈をした。
その背中を見送り、私は深い息を吐いた。振り向くと今度は彼女と目線がぶつかる。
「……どうしてあんな怖がらせるような事を言ったのだ。趣味が悪いぞ。」
「ふふ、だって私は怪異だもの。」
悪戯っぽく微笑むも、直ぐに真剣な表情をして言葉を続けた。
「私たち怪異は、人々の怖がる感情があるから生きていけるの。信仰が無くなった神が消えてしまうのと一緒。だから……先程は少しおやつを貰っただけ。」
舌舐めずりをし、腹の辺りを摩って見せる。どうやら彼女からするとさっきの怪談は食事のようなものらしい。
「しかしここに来てはもうコトリバコを名乗れないだろう。これからはどのように人の恐怖を集めるつもりだ。」
「うーん、そうね。口裂け女やテケテケあたりの都市伝説の名前を騙ろうかしら。」
でもそれだとコトリバコである私の糧にはならないし……と腕を組んで唸る。すると何か思い付いたのか、私に羨望の目線を向けた。
その意図は、何となく掴める。
「期待されたところで残念だが、私は由緒正しい退魔師の家系。そう簡単に怖がる訳がないだろう。」
「あら、本当?」
突然肩を掴まれる。
氷の柱を押し付けられたような冷たさを錯覚し、反射的に振り向く。
凍った空気の中、彼女と不意に目が合った。
そこには、まるで耳まで口が裂けたかのような恐ろしい笑み。鋭く光る犬歯が徐々に私との距離を詰める。
その恐ろしさに私は意識をまた手放した。
「うーん……」
情けない声を上げて倒れる私を、彼女は満足そうに眺めていた。
「ご馳走様。」
そんな声が聞こえたような気がした。