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如月(1)



ライセンス剥奪、それは文字通り退魔師としての仕事が今後受けられないことを意味する。当然、小鳥は雛の発言に食ってかかる。


「理解に苦しみますわ。影崎先生はくねくね、黄泉返り等上級怪異を退治していますもの。彼を超える退魔師など数える程ではないでしょうか。」


しかし雛も譲る気はない。


「元々彼は怪異を見るだけで気絶する……所謂、下の下の退魔師。最近成績が良くなったのも助手を雇い始めてから。つまり貴方の実力ではない。退魔省としては小鳥さんの方を雇いたいものだな。」


そう言われては返す言葉もない。実際は小鳥にさえ週に三回ほど気絶させられている故に、退魔師としては些か頼り甲斐のないものだろう。


雛はなお、言葉を続ける。小鳥の額に浮かぶ青筋には全く気付かない様子で、わざと神経を逆撫でするかのような口調だ。


「ライセンス剥奪が嫌なら、退魔省の傘下に入ることを勧める。そうすれば仕事は続けられる。貴方のその甘ったるい……怪異を救うという理念でも食い扶持は稼げるからな。」


雛としては、得体の知れない助手の本性を知る為に挑発したつもりだろう。しかし相手が悪かった。


事務所の中がまるで冷凍庫の中に居るかのように凍り付く。息をするだけで肺まで凍らされそうな重圧。小鳥は、退魔省の職員相手に怪異としての自らを曝け出した。


「……!貴様、何者……!?怪しいとは思っていたが、まさか怪異を抱き込んだのか、影崎……!」


そう叫びながら構える彼女の手には、私のような退魔師が滅多にお目にかかれない様な……それこそ一枚で車が買えるような超高級霊コロリが握られている。


「小鳥、もういい……!雛さんは少なくとも敵じゃない……!」


「私にとっては、影崎先生にクソったれな提案をする退魔省など文句無しに敵ですわ。」


既に小鳥は人としての形を保っていない。輪郭のボヤけたスライムのような、それでいて禍々しい威圧感を放ちながら雛ににじり寄る。


「敵対するならば……滅してやるとも!あまり退魔省を馬鹿にするな……!」


「その言葉、そっくりそのままお返し致しますわね。」


雛が超高級霊コロリを小鳥に貼り付ける。一旦張り付けばそう簡単に剥がれるものではなく、並の怪異ならここで雌雄が決する。


が、小鳥は並の怪異ではない。現代において恐らく最強と呼んでも差し支えないくらいには異質で、厄介だ。


「退魔省と言えど、こんな玩具を使ってらっしゃいますのね。呆れた、私一人で更地にしてやろうかしら。」


貼り付けられた霊コロリに夥しい程の腕が伸び、千切り捨てる。その様子に雛の戦意も消えかけるが、私の顔を見れば睨み返し聖水を握る。


「黙れ、怪異風情が……!影崎、この件は必ず上に報告させて貰う……!」


ナイフに聖水を浴びせ、形を失った小鳥に対し突き立てる。が、小鳥の動きは止まることなくナイフごと雛の腕を飲み込もうと襲い掛かる。


「くっ……!」


何とか離脱するも、よろけた雛の喉笛に尖った小鳥の触手が迫る。このままでは雛の命はない。


そう思った瞬間、私の体は無意識のうちに動いていた。小鳥の体を羽交い締め……と言っても何処が腕で何処が足かどうかは分からないが。


背後からしがみつくと小鳥の猛攻は緩んだ。そして人の形を取り戻し、雛に対して諭す様に口を開く。


「いかにも、私はハッカイのコトリバコ。縁あって影崎先生に力を貸している怪異よ。対魔省や人間、怪異なんて関係なく……彼に付く悪い虫を払っているだけ。」


雛は口を固く食いしばり、唇の端から血を滲ませる。


「馬鹿げている、怪異が人間に味方するなど……何か裏があって影崎を利用しているのだろう。」


その問いに対し、小鳥は鼻で笑って応える。


「惚れた弱み、ってやつよ。何でこんな感情を人間に対して説明しなきゃいけない訳。普通逆でしょうに、立場が。」


「とにかく、上に報告させて貰う。対魔省の傘下など生温い、二人まとめて排除する。」


「負け犬は精々仲間を引き連れていらっしゃい。貴方程度が何人来ようと全員殺してあげるわ。格が違いすぎるもの。」


それを聞くと雛は恨めしげな表情を浮かべ、鞄を握って玄関から逃げ去った。足音が完全に聞こえなくなると、私と小鳥はソファに腰を下ろす。お互いに疲労からか、中々口を開かなかった。


「……ありがとう。止めてくれなかったら……彼女を本当に殺していたわ。」


先に口を開いたのは小鳥の方だった。申し訳なさそうに目を伏せ、こちらを伺うように謝る。


「私のために怒ってくれたのなら、光栄だ。だがどんなに癪に障る人間でも必要以上に脅さないでくれたまえ。」


「次からは肝に命ずるわ。」


一つ伸びをすると、小鳥は給湯室に入り珈琲を二人分淹れ始めた。インスタントとはいえ、事務所を落ち着く香りが満たす。


何となく目の前の机に目をやると、一つ気がついたことがあった。


「……さっき貰った依頼書は片付けたかい?」


「置きっぱなしのはずだけれど。まさかあの職員が持って行った……?」


「……ライセンス剥奪とはいえ、せめてこの仕事までは面倒を見たかったのだが。」


低級怪異とはいえ、答えを知らなければ途端に厄介な存在に成り得る。もっとも、退魔省の人間が対処出来ないとも思えないが。


「仕事も取り上げられてしまったし、私たちは招かれざるお客様でも待ちましょうか。退魔省の方たちを。」


「出来れば穏便に済ませてくれたまえよ、小鳥……。」



× × × ×



屈辱だった。今までにあそこまで歯の立たない怪異はいなかった。未だに思い出すだけで足が竦む。赤黒い、どろりと張り付くような殺意。私の攻撃は何一つ、彼女に届かない。


「影崎……!」


同時に、怒りが収まらない。まさか怪異に手を貸しているとは。しかし、怪異に操られている可能性も捨て切れない。あのコトリバコという怪異を打ち倒し、彼を救わねばならない。


影崎は私に管理されるべきだ。私の目の届く所から消えるべきではない。今回ライセンス剥奪に至ったのも、無理をして命を落として欲しくないからだ。


「それなのに……それなのにっ……!彼奴は……!」


影崎に出来ることが私に出来ない筈もない。対抗心からこの依頼を持ち帰ったが、そもそも彼のライセンスは停止。退魔省の管轄になる案件なら私が解決して帰っても問題はないだろう。


そうこうしているうちに昂る感情が早足にさせたのか、駅に着いてしまった。


コトリバコに対して霊コロリなどを消費してしまった故に万全とまではいかないが、低級怪異程度苦戦しないくらいには武器も揃っている。


「怪異などより、私の方が彼にとって有用だと示してみせねばなるまい。」


ホームに出ると丁度、甲高い金属音を立てて列車が目の前に停止する。終電が近いせいか、乗客も疎らだ。


私はシートの真ん中に座ると、目を瞑る。願わくば霊力が高い無防備なカモとして怪異に狙われるように。じっと息を潜め、食いつくのを待つ。


ドアが空気を吐き出す音と同時に閉まり、車輪が転がる。どうやら駅を離れたようだ。今日の疲れからか、瞼が重くなる。本当に寝てしまわないよう手の甲をつねり、狸寝入りを続ける。


五分ほど経っただろうか。冷房のあまり効いていない生ぬるい車内の空気が一気に凍った。どうやら怪異に捉えられたようだ。


目を開け、辺りを見回すと車内の蛍光灯も消えている。窓の外は黒く塗り潰されたようで、今何処を走っているか見当すらつかない。


ここまでは想定通りだ。次に停車する駅の名前を確認するも、文字化けしたように崩れていて読めない。仕方なくスマホを取り出し、報告書を作成して時間を潰す。勿論電波は入らない。


そしてまた五分ほど過ぎた頃。酷いハウリングと共にアナウンスが流れた。次の停車駅はどうやらきさらぎ駅らしい。


そのきさらぎ駅こそが、私が処理する低級怪異そのものだ。鞄の中の高級霊コロリを握り締めると、窓の外に初めて駅の灯りが見えた。

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