無知の力(6)
「やるじゃない、ヘタレ退魔師。……大丈夫よ、そんな顔をしなくとも。これくらいの傷、放っておけば塞がるわ。」
血の海に倒れる小鳥。一瞬だけ最悪の状況を覚悟したが、彼女は上体を起こし傷口を撫でた。確かに血は止まり、切れた肉も繋がり始めている。
つくづく、敵に回したくない相手だ。
「誰かさんに貰った特製スコップのお陰でね。命拾いしたよ。それにしても、お経なんていつ覚えたんだ?」
それを聞けば小鳥は楽しそうに笑った。
「あれ、お経じゃないわよ。貴方宛のラブレター。よく見直してごらんなさいな。」
地面に落ちたスコップを拾うと、彼女は改めて恥ずかしそうに私にそれを手渡す。
そこにはお経……のように見せかけておいて私に対する熱い想いがびっしりと書き込まれていた。
「……私、これを使ってどうアレを倒したんだ?」
「いいじゃない、怪異殺し。退魔師よりも泊がつくと思うわよ。」
「殺すよりも、きちんと浄化してやりたいものだが。」
「話が通じない相手って人間にもいるでしょう。ある程度は仕方ないわ。」
坂元の時といい、今回の時といい。何故だかは知らないが素手で怪異と渡り合えるようになったのは小鳥の影響なのだろうか。或いは、私の中で何かが目覚めたのか。
「じゃあ、ご褒美貰うわね。」
小鳥の恐ろしい殺気と表情で、あっさりと意識を手放す。
「こ、小鳥さん!?」
志乃が驚くような声も聞こえた気がするが、私は深い海に沈むように呆気なく気絶した。
× × × ×
「す、すみません小鳥さん……うっぷ、自分の身体とはいえ直視が……おえ……」
「わ、私も怪異は大丈夫だが生身の人間となると……」
情けない私たちの泣き言を聞くと、小鳥は溜め息を一つ吐いた。
「これじゃどっちが退魔師か分からないわね。しかも貴方は怪異も大丈夫じゃないでしょ。」
志乃の遺体を掘り返し、弔うために彼女は小さなスコップを振るう。既に遺体の半分は掘り出せているものの強烈な腐敗臭のせいで志乃まで吐きそうになっている。
「……これで全部ね。全く、未だ生贄のような風習を続けているこの村の方が怪異みたいなものよね。」
ブルーシートの上には志乃であったものが並び、上半身と下半身は分離していた。流石に直視出来ない程惨い光景のため、毛布をその上に被せる。
「ほ、本当にすみません……ご迷惑お掛けしました……」
「貴方のせいじゃないわ。せめて向こうでは安らかに暮らして頂戴。」
手伝え、と言わんばかりに小鳥に袖を引かれる。どうやら志乃の遺体を燃やすらしい。
ライターを取り出し、彼女の遺体を毛布ごと燃やす。中々火力も弱く、途中でまた火が消えても。灯油を掛け、何度も火をつける。その間、誰も言葉を発しなかった。言葉と共に涙が落ちてしまいそうな気がしたからだ。
人体が燃える悪臭が立ち込めたが、不思議と嫌な気分ではなかった。寧ろ理不尽に命を奪われた志乃が本当に旅立ってしまう、と実感し胸が締め付けられるような思いだった。
「有難うございました。」
終わりを悟ったのか、志乃が深く頭を下げた。その体はうっすらと透けており、まるで次の瞬間には消え失せてしまいそうな程弱々しかった。
「次生まれて来る時は……私たちの事務所で雇ってあげるわ。」
小鳥が彼女の身体を抱き締めると、志乃の存在は消え去った。すっかり灰になった志乃を、骨壷に収めたところで小鳥は声を殺して泣いた。
私もそれに釣られ、二人で肩を震わせた。
× × × ×
ひとしきり涙を落とし、片付けも済ませたところで依頼人である志乃の父親の家を訪れた。
志乃の遺骨を渡すためである。が、小鳥は憮然とした態度であった。
「御札が嫌でさっきは入らなかったけど、今回は入るわね。言いたいことも山程あるから。」
腸の煮えくり返りそうな思いに、丁寧な言葉で蓋をするような小鳥。
並の怪異なら触れることも出来ずに消滅するような強力な御札を千切ると、「だってもう必要ないんだもの。」と吐き捨てた。
呼び鈴も鳴らさずに家に上がり込む小鳥を制止しようとしたが、私の力では彼女は止まらない。
ビール腹を揺らして志乃の父親は驚き、そして怒鳴る。
「い、幾らなんでも非常識でしょう!呼び鈴も鳴らさず土足で上がり込むなんて!」
その言葉が、小鳥の逆鱗を逆撫でしたらしい。
「どっちが非常識よ。風習に囚われて自分の子供を生贄代わりにするなんて。親なら家を捨ててでも守ってやりなさいよ。」
私が口を挟む暇もなく、小鳥は捲し立てる。テーブルに志乃の骨壷を置くとさらに言葉を続けた。
「この子、アンタが貼った御札のせいで家にも帰れなかったのよ。死んだ事にも気付けないなんて可哀想ったらありゃしないわ。しかもアンタは娘を化け物呼ばわり。怪異より、私はアンタたち人間の方が遥かに怖いわよ。」
「も、もう良いだろう!報酬はやる、早く出て行ってくれ!」
彼は札束を掴むと私たちに投げ付ける。然し小鳥はそれに目もくれない。
「要らないわよ。私たちは化け物退治をした訳じゃないの。迷子の子供をあるべき場所に送り届けただけ。これを受け取ったら、志乃が化け物だと肯定することになるじゃない。」
感情を爆発させる小鳥は、人間よりも人間臭く見えた。いつもよりその背中は小さく、落涙しながらも彼を睨み付ける。
そして言いたいことは言い終えたのか、私の袖を掴む。
「……では、私たちは失礼します。」
彼は何も言わなかった。仕方なく背を向け、玄関から家を後にする。報酬は拾わなかった。
× × × ×
「……ごめんなさい。勝手に報酬も断ってしまって。」
帰り道、小鳥が覇気のない声でそう謝った。いつもの傲慢で自信家な姿とは似ても似つかない。捨てられた子犬のような有様だ。
「私の言いたいことを全て代弁してくれた助手を責める訳にもいかないだろう。」
それを聞いた彼女は苦笑した。
「私、元がコトリバコだから。似た境遇の子と会うとやっぱりこたえるわね。」
「怪異とは思えない優しい発言だな。」
「貴方の甘っちょろさが移ったのよ。」
軽口に軽口で応える彼女は、すっかりいつもの調子を取り戻しているらしかった。
凄く更新サボっててホントすみませんでした




