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幽玄渓谷の夜   作者: 音羽有紀
2/2

宿の誘いで山登りをする事になった。頂上で仲居の文子さんと話すのであった

何年も前に書いたものですが、読んでいただけたら嬉しいです


 幽玄渓谷の夜 その2

 マイナスな思考が珠理に襲って来た。

 こんな所に泊って良かったのだろうか、明日連絡しなきゃ、体調が悪いって言うしか無いけど。

 そんな事に頭をめぐらしている間に眠りについた様だった。そして珠理は、気がつくと

 朝の光が障子から指しているのに気がついた。暫くまどろんでいると、部屋の出入り口から声がした。

「おはようございます。朝ご飯の支度ができました。」

 昨日の仲居さんの声だ。珠理は、返事をすると慌てて着替えた。

 仲居さんが笑顔で声を掛けて来たので、挨拶を返した。

「良く眠れましたか。」

 珠理は頷いた。

「それは、良かったです。」

 そう言いながら障子を開けた。その時障子から朝日が差し込んだ。

 そして彼女は、光輝いた。よくいうオーラが輝くとでもいうかきらきらと珠理には見えた。

 思わず珠理は、彼女に聞いた。どうしてもその仲居さんの名前が聞きたくなったのだ。

「あの、お名前は?」

「文子です。」

 彼女は花の様な笑顔で返事をした。

 昨日の変な男は、と見回すと、席に座って平然と朝ご飯を食べていた。こうして見ると、昨日泣いていたのが嘘の様だ。。

 と、突然、珠理を呼ぶ声がした。

「珠理、ここだよ。」

 声のする方に目をやると、端の席に。加世が、手を振っている。

 昨日、花火を一緒にした和多瑠が座っていて小さく手を上げている。知り合いの顔を見つけて、珠理は心からほっとした。

 加世の隣に陣を取って座ったら、仲居の文子さんがご飯を運んで来てくれた。

「おかわり、いつでも呼んで下さいね。」

「どうも。」

 珠理は、頭を下げた。

 山菜料理と干し魚と海苔などのシンプルな朝ごはんだったが美味しい。気になってちらっと、昨晩の怪しい男の座っている細長い飯台の中央に座っている奴の姿はもう無かった。

「ねえ、今日は帰るの?」

 ご飯を口に運びながら加世は聞いて来た。

「そのつもりだけど。」

 もう少しいたかったが、それは口にしなかった。

「文子さんが、ほら、仲居さんの。」

「うん、綺麗な人ね。」

「うん、そう。それでその文子さんが、今日も泊って行ってくださいって。」

「でも、先立つものが無いよ。」

「帰ってから払ってくれればいいって。」

 あたしなんて、今までの分もそうだけどさ、珠理は思った。

 と、斜め右に座っていた和田留が問いかけて来た。

「それって、君達だけ?」

 箸を止めて和田留は真剣な眼差しで質問して来た。

「うん、今日泊る人は、皆だって。言っていたけど。」

「じゃあ、俺も一泊する。」

 この二人はあっけらかんと、泊まるなんて言っているけれどおかしいと思わないのかしら。なんかおかしいわよ、この旅館は。

 そう思って珠理は少し離れた所でお皿を下げている文子を、疑いの眼差しで見つめた。

 文子は食べ終わった食器をお盆に下げていた。その,たおやかな物腰をうっとりと見つめてしまった。文子が食器をのせたお盆を持って行ってしまうとはっと我に返った。

 綺麗な人だよな、こんな所で働いているだなんて変だよなあ。

 その時、焼き魚と格闘している加世は、どうしてこんな旅館に来たのだろうと気になった。それで聞いてみた。

「ねえ、どうしてここに来たの。」

 はっとした様な表情になった加世は、沈黙の後に何かを思いだしたかの様に口を開いた。

「あたしね、ここに来るつもりは無かったのだけど。」

「えっ。」

「嫌な事があってさ、なんかこっち方面の電車に乗っちゃって、そしてふらっと鳥尾駅で降りて改札口から出たら、文子さんが駅のベンチに座っていて、あたしの方へ歩いて来たの。」

 話の途中から声を潜めた。

「文子さん、白地に花の模様の着物を着ていてさ、ほら、あんな整った顔立ちじゃない。そんな人が急に話し掛けてくるから驚いちゃって、そしたら『うちに泊りに来ませんか』なんていうわけ。」

 この人もそうなのだ。自分と同じで誘われたのだ。周りに聞こえぬ様に声を潜めて珠理もここに来た経緯を加世に話して聞かせた。

「へえ、珠理は、女将さんに呼び止められたんだ。ふーん。」

 加世は、考え深く二度程頷くと呟いた。

 怪しいと思ったが、しょうが無いか、この中学校以来の山登りを楽しもうと。珠理はそう思い直して歩き出した。先頭には、いつも着物を着ている文子さんが、ジーンズを履いて颯爽としている。華奢な感じだけれど体力あるのだと思った。

 まじまじと文子の後ろ姿を珠理は見つめた。

 鬱蒼を茂る緑へと、空に伸びている木々、獣道の様な道を上へ上へと登って行く。ファミレスでは、珠理は、失敗ばかりしているし、夜遅くまでの勤務は辛かった。

 こんな自然の中にいれる事が幸せに思えた。

「ねえ、文子さんてさ、何でこんな閑散とした山間の宿に勤めているのだろうね。」

 何者かが後ろから歩いて来てぴたっと隣についたと思ったら、その者が話し掛けて来た。

 一瞬、珠理は固まった。不意をつかれて驚いたが、なんともない様に振舞った。

「うん。それは、そうね。」

 珠理も不思議だったのでそう答えた。

「あの人だったら、何をやっても様になるよ。」

「そうね。」

 本当にそうだと珠理は思った。それからわざと和田留と距離を取るために離れた。加世をはさんでならいいが、男の人と二人で話すのは苦手だった。どんどん歩き進んで後ろを振り返ったら彼は、小さく歩いて来るのが見えた。 

 仕事柄、立ち仕事なので登ったりするのも大丈夫だと思ったが、だんだん疲れて息があがって来た。

 と、何時の間にか文子さんがこちらに向かって下って来ていた。

「大丈夫?」

 珠理は頷いた。

「もうすぐ、頂上だから。」

「わあ、良かった。」

「皆さんは、大丈夫かしら、見てきますね。」

 そう言うと下の方へ駆ける様に下って行った。

 どんどん下って行く文子さんを見送ってから前に向き直って、もうすぐもうすぐと自分に言い聞かせながら登った。やがて木ばかりの風景が開け、青空が見える。

 広場になっていて、見晴台が作られているのだが、そこにテーブルらしきものが用意されていて女の人が立っていた。

「お疲れ様。」

 その人は、こちらに向かって声を掛けて来る。

 誰かがいる?何処かで聞き覚えのある声だなと思った。 

 女将さんが、テーブルでガラスの容器に入っている麦茶の様なものをコップに注いでいる。

「お疲れ様。さあ、お飲みなさい。」

 女将さんてわりと年だと思うけどそのわりに登って来るの早いなと思った。たしか山を登り始めた時女将さんもいたよな。しかもこんなお茶の道具なんて持っていたっけ?そんな疑問を抱きながらお茶を飲み干した。

 はあと息をつくと女将さんは、こちらを見てにっこりと笑っている。

「早いですね。」

「ええ、山登りは、得意なの叔母さんne、小さい頃から山で足は鍛えているから。」

「そうなのですか。」

 すごいな。やっぱり山深い所に暮らしていると鍛えられるのだなと珠理は思った。

「あーやっと頂上か。」

 聞き覚えのある声が聞こえて来た。振り掛けるとやはり和田瑠であった。

「お疲れ様。」

 女将さんは、先程と変わらないにこやかな表情で言った。

 その後、加世が、はあはあと息をつきながら来た。

「早いね。珠理。」

「まあね。これでも、日ごろ立ち仕事しているから。」

「あたしなんか座りっぱなしだからダメ。」

「冷たい麦茶有るよ。」

 と、女将の方を指差した。その先を見ると色々な形をした山脈が広がっていた。

「わあ。」

 そう言うと珠理は、眼下が見える柵の側まで歩み寄った。

 眼下を見下ろすと、川と道沿いに立ち並ぶ家が、なだらかに立ち並び鳶が旋回していた。

 そんな事もあるのか、と、珠理は思った。

 そこに、和田留の声が後ろからした。

「あー、疲れた。あれ、ここ頂上?」

「そうだよ。」

 振り返って加世が言った。

「へえ。」

 和田留は、あたりを見渡した。それから

「おっ。」

 と、言って見晴らし台に駆け寄った。

 そして感慨深くこう言った。

「雄大だ。」

 それを聞いて珠理と加世は吹き出した。昨日の感傷的な和田留とは思えない発言だったからだ。

「何か?」

 振り返って和田留は怒った顔だった。

 それにも構わず加世はまだ笑っている。

「あはは、だってさ。」

「でもほんと雄大だよ。」

 珠理は、笑うのを辞めて言った。

 毎日、街の中を電車で職場と家を往復する日々、こんな景色を見られるなんて、それは、別世界の様だった。

「だろー。」

 和田留は得意気に声をあげた。

「けどさ。」

 加世はまだ、笑っている。

 その時またさっきの鳶だろうか。声をあげながら山々をすりぬけて飛んで行った。

 それをぼーと眺めていると他の三人も珠理と同じ様に見つめた。

 その時、後ろから声がした。

「ああ、やっと着いた。」

 はあはあと息を吐きながら山道から文子と老夫婦が連れ立って登って来るのが目に止まった。

 ああ、文子さん、あの夫婦と一緒に歩いてあげたのだと珠理は思った。

 じっと見つめていると、文子がこちらに笑いかけた。

 少しはにかみながら珠理は、微笑み返しそれからまた、老夫婦に話しかけていた。

 そこにどこからか風がふいて来て、結わいている文子の髪の毛と後れ毛をそよそよと揺らすと思った時、雲間から日差しがさして文子の周辺をきらきらと照らした。

 その様をうっとりと見つめた。

 近くにあった丸太で作った椅子に珠理は座った。

 山々の神々しさを感じる景色と心地良くそこから吹いて来る風に登山の疲れが癒されるのを感じた。その時、鳶が旋回した。都会では見られない悠然とした景色に隣に座っていると、心の中に風が吹き抜ける様なさわやかさを感じた。

 ファミレスの、嫌な人間関係も、急に冷たい態度をとったあの男の事も皆風に吹かれて飛んで行く様な気さえした。

 そこで、一〇分程座っていただろうか、急に隣に人の気配がした。

「疲れましたか?」

 文子だった。

「思ったより平気でした。」

「それは、良かったです。ここに座ってもよろしいですか。」

 珠理は、頷いた。

「気持ちがいいですね。」

 文子は、そよ風に流れる後れ毛を耳にかけながら言った。

 何かふわっとした気分になった。

 山の彼方から吹かれて来る風に文子と吹かれていた。

 この人はなぜ、こんな山の中で働いているのか、旅館は建ってから百年経っていると女将さんが昨日言っていたが、文子さんは何年前からこの旅館に勤めているのだろうか。

 その時、ふいに文子さんは、口を開いた。

 それを聞かれて携帯が繋がらない事を思いだした。

「文子さんは、旅館に何時から勤めているのですか。」 

 その人は、山の稜線に目を移してから少し微笑んだ。

「昭和に入ってからだわ。」

 昭和に、入ってから・・・ん?と思った。平成に入ってからならわかるけど、昭和に入って、文子さんて若く見えるけど、昭和ってどういう事なのか、「あの、昭和に入ってからっていうと。」

「ああ、昭和三年です。」

「えっ。」

 思わず、文子さんを凝視した。文子さんもこちらを見返しくすっと笑った。

「冗談です。」

「やだ、文子さん、変な冗談言わないで下さいよ。」

「ごめんなさい。」

 ふふふと、文子は笑った。

 まるで人事の様に文子は言った。

「文子さん、お結びお配りして。」

 高らかに響いて山にもこだまするかの様の女将さんの声がした。

 返事をすると皆にお結びを配りだした。

 後ろを振り返ると、もう皆、思い思いに好きな場所に座っていた。

「珠理こっち。」

 加代が、景色が良く見える設置してある木の椅子から呼んだ。

 手を振って答える珠理は答えた。加代の向かい側には、和田留もいる。

「これ、珠理ちゃんの分。」

「ありがとう。」

 聞いている席に置いてある。

 配られたお結びをほおばりながら、加代は言う。

「おなか空いていたから美味しい。」

「山登りもいいものだね。」

 満足げに和田瑠は、そう言うと大口でお結びをほおばった。

 サラリーマンの悲哀を散々語っていたけれど、今は、清清しい表情をしていたからだ。

「本当に。」

 二人は、嬉しそうに景色を見ている。

 仲が良いな、珠理は微笑ましく思った。

 その時、一人の男が、足音も無く歩いて来てフェンスに来て眼下を見下ろしていた。

 昨夜、酔って泣いていた男だ。昨日の夜の様だとここから飛び降りるのではないかと心配になった。

 そんな気持ちで見つめていると彼はいきなり珠理達の方を振り返った。

「こんな宿怪しいと思わなかったの。」

「何よ。あんただって。」

 隣にいた加代が言い返した。

「俺は、連れて来られて来たんだ。」

「何処で。」

「一人で歩いていたら。」

「あんた、こんな場所の何処を歩いていたのよ。」

「わかんねえよ。鳥尾駅で降りてそれから先はただ、この渓流沿いの道を歩いていたんだよ。そしたらよ。女将さんが迷っているならって、この宿にって。」

「じゃあ、あたしと同じね。あたしも迷ってそしたら。」

「俺も車で連れて来られた、怪しいよな。」

 和田留は、遠くに座っている文子を女将の方を見遣って言った。

 すると修司は振り返って言った。

「怪しくなんか無い。」

 男は感情的な口調で言った。

「俺はこの宿の人には感謝しているんだ。

「まあ、いいからさ、ここに座りなよ。」

 和田留が自分の隣空いている丸太の木を指挿した。

 それを受けておずおずと和田留はその場所に座った。

「あ、おにぎりは。」

 加世が、聞いた。

「食べた。」

「あんたさ、名前何ていうの。」

 あと、一口のおにぎりを、加代は頬ばりながら聞いた。

「海元周士。」

「へえ、かっこ良いじゃん、周士。」 

 周二は、何も答えないで、照れた表情をした。

 雲の間から日に光が指しているのに珠理が気づいた。

 広範囲に渡って振りそそいでいる。

「天使の梯子。」

 珠理は、それを見つめながら言った。

「ほんとだ。」

 周士が呟いた。その時その方角から涼しい風が吹いて来た。

 その風はとても気持ち良かった。

 見ると他の三人も皆その間黙って眼下に広がる景色を見ていた。

「さあ、暗くならなにうちに下山しましょう。」

 女将さんは言った。 

 それで、皆で、暗くならないうちに下山した。下山は、足が一人で走り出す様な所もあって登りより帰りは楽だった。

 木々の間からやや傾いた日差しが差し込みあちらこちらを照らしている

 気持ち良いな心から、珠理は思った。

 坂で、とっとっとと、足が一人でに走りだし登りより近く感じた。

 半分位まで、下った所で、文子さんが珠理の隣に来た。

「また、今晩、花火やりましょうか。」

 珠理は、頷いた。

 宿に着いてから少し休んで温泉に向かった。老夫婦の奥さんと、中年の婦人がもう先に湯船に浸かっている。

「あたしなんかはね、もう死んでしまいそうだったのよ。工場のパートだったのだけれど、パートでも暇が無くてこんな温泉に泊らせてもらうなんて、ありがたいですわ。」

 中年の婦人が、そう言うと、老齢の妻は、気持ち良さそうな顔で頷いた。

「ほんと、こんな良い宿で、今日も楽しかったし。なかなかありませんよね。お値段も安くしてくれるなんて。」

 湯気が、辺りを立ちこめている。

 引き戸からは、向こうにある露天風呂が見え、鈴虫のリーリーという声が、鳴いては休み鳴いては休みを繰り返す。

 湯船に入ろうとすると、老齢の女性が珠理に声を掛けて来た。

「あ、こんにちは。良い湯加減ですよ。」

「本当ですね」

 山登りで疲れた体に、浸透してゆく様である。

「あたしなんか、山登りなんて若いときだけど、旅館の方が良くしてくれて。」

「そうですね。」

 老齢の女性は、言った後、にわかにはっとした様な顔になって、微かに首を傾けた。

「途中で疲れちゃって、座りこんじゃったのですけどね、そしたら、仲居さんが、えっと文子さんといったかしら。」

 珠理は頷いた。

「その方が、上の方から下がって励まして下さって励まして下さってそしたら、体が何だかすーと楽になったのですよ。そして、また歩き始める事ができたのですけどね。」

「まあ、やっぱり励まされると違うのだわ。」

 感心した後に、中年の女性は朗らかに笑った。

 先頭を歩いていた文子さんが下って行って老夫婦と連れ立って来たあの時だと珠理は思った。

「はー、極楽、極楽。」

「本当にねえ、確かに家のお風呂とは違うはね。」

 随分と気持ちが良いと珠理は思った。

 中年の女性がニコニコ笑いながらまた、喋り始めた。

「毎日働きどうしでこんな湯に浸かる事なんてないのだもの。本当に良いものね、こんな所に来れるなんて。でもおかしいのよ。無償に乗りたくなって下りの◎◎線電車に乗って来たのだけれど、月川駅のアナウンスが流れてどういえばいいのか、気がついたらこの駅に降り立っていたの。あれ、と思ってとりあえず改札出てみたの。そこにね、女将さんが立っていて格安だから宿に泊らないかって。」

「あら、まあ。」

 高齢の女性が言った。

「わたしも、お父さんと、月川駅で下車したくなって降り立ってしまったの。そしたら仲居さんがこの宿に誘ってくれたのよ。」

 この人がいうお父さんていうのは、夫の事であろうと珠意は思った。

「途中駅で降りてしまうなんて事ないんだけれど。」

 老齢の女性は首を傾げた。

 その時、珠理は思った。あたしも女将さんに呼び止められた。加世も皆あの二人に呼び止められてここに来たのだったわ そう考えると何か変な気がした。

 そんな事をシャンプーとリンスが一体になっているものを頭につけて泡だてながら考え

 ているとガラガラと外に通じる引き戸を開けて女の人達は出て行った。

 温泉独り占めだ、珠理は思った。がらんとした室内には、珠理一人だけだ。

 仄かに硫黄の匂いのする出湯に、肩まで浸かった。また、ここでも鈴虫のリーリーという音が聞こえて来る。

 確かに、怪しい宿だけれど、こんな良い温泉に宿泊できるのがラッキーだと思わずにはいられない。  珠理のバイト先のファミレスは、今ごろどうしているのだろうか。丁度、混む時間帯だ。

 いつも失敗ばかりで、あたしなんかいない方が良いに違い無いがそれでも突然休んだので困っているのだろう。 

 クビだろうか。新しい仕事を探さなきゃいけないけれどそれでもいいか、あんな職場。

 もんもんと考えているうちにすっかりのぼせた

 ああ、夕食の時間に遅れてしまう。


読んでいただいてありがとうございました



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