4話 私、色々と復活した上に空飛べるようになったので、逆転したいと思います
(【再生】)
魔力の流れを感じた私は、自分に回復魔法を使ってみる。
淡い光が傷口を閉ざしていく。
以前の私が回復魔法を使った時よりも、その光は強く、優しい。
「前よりも強力になってる?」
「良かった、成功したみたいだな」
「この翼、もしかして貴方の……っ!【魔法防御】!」
彼の背後に迫る【火の玉】を防御魔法で防ぐ。
「うっ、すまんアストリア。傷は大丈夫か?」
「別に良いわよこれくらい。傷も問題ないわ。色々と聞きたいことはあるけど、まずはあっちをどうにかしてからね」
「ひっ!」
私を見つめる彼らの顔は恐怖で歪んでいた。
自惚れだけど、私が10歳で部隊長を務めているのはそれ相応の実力があるからだと思ってる。
貴方達も、それを身にしみて知っているからこそそんな表情をしているのよね?
元部下ながら本当に情けないわ、その部下の裏切りに気付けなかった私が言える事じゃないか。
なんにしろ、部下の不始末を片付けるのは上司の仕事よね。
「【強化:腕力、脚力、動体視力】」
前よりも強力になった強化魔法が私の全身を包み込む。
軽くジャンプして確かめてみる。
よし、しっかり身体に馴染んでるわ、大丈夫そうね。
「アストリア、これから戦闘になりそうだから先に伝えておく。その翼を装着した魔族は飛べるらしい。速度や距離までは分からないから実戦で使えるかは怪しいが……」
黙ったまま頷いて、再度辺りを見回してみる。
この空間は天井が高い。
それを考えると、使う機会があるかもしれない。
ただ、正確さに欠ける切り札を無闇に使うわけにはいかない。
万が一の場合の時に頼りにさせてもらおう。
「お、お前達が盾になって私を逃しなさい!」
それにしても、あいつ本当に屑ね。
なんかイライラしてきたわ。
「来なさい【真紅の大剣】」
「ほら! ほら行け! 早く殺されろ!」
まずはあの煩わしい魔族から……
と思ったのだけど、その必要は無さそう。
「うるせぇよ」
「き゛ぃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!」
この空間に硬いものを強引に砕く音と断末魔が反響して、頭がおかしくなりそう。
音の原因はクズリーダーの頭蓋骨を、口の悪いもう一人のリーダー──ガルナスが素手で握り潰したのが原因だ。
なんて馬鹿力よ……私の隊にいた時はそんな事してなかったのに。
……実力を隠してたのね。
「協調性が無ぇのはどっちだおい? さっきの【暴風雨】もそうだが、味方を盾にするとか俺でもしねぇぞ。あの部隊長に裏切りが成功する保証なんてあったか? 失敗した時の覚悟くらい決めとけ」
クズリーダーは白目を向いたまま絶命した。
ガルナスはそれを放り投げて、私に身体を向ける。
「私の隊にいた時から、貴方は仲間を物凄く大切にしていたものね。だからこそ、口の悪いあなたをリーダーにしたんだけど」
「仲間を見捨てる奴はクズだ。……もっとも、俺もあんたを裏切ってる時点で屑同然か」
同じ部隊の人間だし、彼の人となりは把握している。
いつもの彼が怒る時は、辺りを巻き込んで大暴れする『動』の怒り。
でも今回の彼は『静』の怒りを身に纏っている。
私の経験上『静』の怒りを間に纏った人との戦いは、決まって苦戦を強いられる。
ガルナスへの警戒を最高レベルに引き上げる。
「なあアストリアさんよぉ。あいつら、見逃しちゃくれねぇか?」
そう言って後ろの魔族達を指す。
「ダメよ。理由が何であろうと貴方達は上官を……魔族のプライドを裏切った。その罪は重いわ」
「そうか、じゃあ」
瞬間、彼の姿が消える。
その現象に、何か分からないけど微かな違和感を感じる。
嫌な予感がした。
「力ずくであいつらを逃す」
真後ろから声が聞こえて、右方に跳ぶ。
「チッ!」
私の左胸の辺りに、ナイフの刺突が繰り出される。
上手く咄嗟に対処出来たけど、次が成功する保証は無い。
「【火の銃弾】!」
すぐさま魔法を撃ち込んだが躱され、そこから一瞬で距離を詰められ──
「らぁぁっっ!!!!」
今度は腰に提げていた剣を私に振るう。
それを大剣の柄で受け止め──
「まだだアストリアァ!」
「くっ……!」
鍔迫り合いに入る。
身体能力が魔力で強化された今、鍔迫り合いを優位に持ち込めるのはこちら側。
私はこの展開をチャンスと判断し、押し込むように力を込める。
「ハァァァ!」
「くっ……らぁ!」
押され気味だったガルナスは、体制を維持したまま、鳩尾に鋭い蹴りを放つ。
その一撃を身体をひねって回避。
ガルナスは人体の急所を的確に狙ってくる。
途轍もない技量ね……【強化:動体視力】をかけていて正解だったわ。
一旦距離を取る。
「貴方、実力を隠してたわね?」
「色々と事情があってな」
再び姿が消える。
まただ、またさっきの違和感。
でもこの違和感の正体、何となく分かりつつある。
多分だけど……気配が察知できない。
私の気配察知能力は、多くの実戦からそれなりに高い自負がある。
いつもはどんなに敵の気配遮断が上手くても、遅れて追うくらいは出来た。
でも何でだろう、気配を追うことができなくても──
「左っ!」
何となく、敵の位置が分かる。
すかさず大剣を水平に振る。
「なっ!?」
結局剣で防がれてしまったけど、身体能力強化が施された今、ガルナスを吹き飛ばすにはそれで十分だ。
勢いを殺すため、地面に突き立てられた彼の剣が火花を散らす。
また仕切り直し。
でも悪い流れを変えることは出来たわね。
にしても……なんで気配が掴めないのに敵の位置が明確に分かるのかしら?
私はこの戦いの当事者だけど、別の視点からもこの戦いを見ているような不思議な感覚。
この感覚──視点の位置を逆算して、共有している視覚の位置を探る。
やがてその位置を発見し、その場所を見る。
「まさか……!」
その位置にいた人物を見たまま──
「よそ見はまずいんじゃねぇかぁ!?」
視点を向ける事なく、大剣でガルナスの攻撃を弾き飛ばす。
ある程度、相対して分かった事がある。
敵との実力差はほぼ同等、最大火力はこちら上だけど、向こうは手数が段違い。
そのおかげで攻め切ることが出来ない。
大剣と剣での攻防が延々と続く中、私は考え続ける。
どういう訳か、彼からの視覚でこの戦いが見れている私には、現状、スキは無いと言っていい。
ある程度なら大胆な攻撃を仕掛けても大丈夫そうだわ。
敵の瞬間移動じみた死角への移動方法──
魔法を唱えた様子は無かったし、ただの技術だと私は推測する。
……そういえば、何かの本でそういう歩法があるって記述があった。
だとしたら──その歩法をなんとか封じて私の出来うる最大火力をぶつけられれば、終わりが見えないこの戦いに、勝機を見出だす事ができるかもしれない。
歩行を防ぎつつ一撃で仕留めきれる方法──
「やってみるしかない!」
「何をだぁ!?」
再び、背後からの急襲。
でも、それは見えてる!
急襲のタイミングに合わせて、地面前方に手を着き、相手の顎に踵を振り上げる。
結構無理体勢を取り、そのせいで肩は痛めたけど──
「カ゛ッ゛!?」
リターンは僅か数cm宙に浮いた敵の身体。
──それで十分!
すかさず大剣での攻撃を下から叩き込む。
剣で防がれたけど、それで良い。
「ァァァァァァァァァァァアアアアアアア!!!!」
その状態から全身の力を使って、強引に空中へと吹き飛ばす。
「っっ!!」
痛めた肩が更に痛む。
──だからどうした、そんな理由で私の流れを止める必要は無い!
そして、その次の一手は賭け。
だけど──せっかく掴んだチャンス、絶対に成功させてみせる!
「【飛翔】!!」
私の足が地面を離れる。
なんとなくだけど、空中での身体の動かし方が分かる。
空中に躍り出た私は、重力に無抵抗のままのガルナスの上に移動して、全力で大剣を振り下ろす。
空中ならば歩くどころかまともに動けないだろうけど、生憎、こっちは空中でも自由に動ける。
万全の状態でお互いの実力が拮抗している今、空中で有利なのは私。
「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
「【物理防御】!」
防御魔法のおかげて、私の斬撃はガルナスに届かない。
──でも、本当の目的はそれじゃない!
「まだぁ!」
防御魔法の上から地上へと吹き飛ばす。
「くっ、【風】!」
勢いを弱める意図で、私の逆方向に放たれたガルナスの【風】。
その風のおかげて大きなダメージは与えられなかったけど、ガルナスを地面に少しでも硬直させればそれでいい。
私はこの流れの最中、魔素を魔力に変換し続けていた。
それは敵が硬直したこの瞬間──確実に攻撃が当たる時に最大火力の魔法をぶつける為。
避ける時間は与えない!
【飛翔】で空中に浮いたまま、私は自身の最大火力を叩き込む。
「【地獄の炎】!!!!」
「…………!」
凄まじい熱量が地面に衝突し、衝撃と共に蒸気を発生させる。
その莫大な蒸気で上からは様子が見えないけど、別の視点からこの魔法が直撃した事を確認し、私は地面へと降りた。
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「空飛ぶなんて聞いてねぇぞ……」
直前で【魔法防御】を張ったみたいだけど、私の【地獄の炎】は彼の【魔法防御】を貫通したらしい。
「……私も飛べるなんて思わなかったわ」
今回の戦いは運が良かっただけ、いくら強敵に勝ったとはいえ、自惚れる気は無い。
別の視覚でこの戦いを見れた事、【飛翔】による空中支配力を入手した事、人間の彼からこの翼を貰った事で魔法を再び取り返した事。
──そして何より、その翼をくれた人間の少年が、同族を殺した私を信頼してしまう程の重度のお人好しだった事。
総じて運が良かったとしか言いようがない。
己の力不足を改めて感じたわ。
「アストリア、俺があんたを裏切ったのには理由がある。突然だが聞いてくれ」
突然口を開いて、何かを語り始めるガルナス。
「な、何よ……」
「俺は貧民街の生まれでな、昔っから仲間と協力して生きてきた」
なるほど、彼が仲間を大切にするのはそこから来ていたのね。
「少し前だが、当然電話が掛かってきたんだよ。その電話は『仲間達を人質にとった。助けてほしければ【シャル・アストリア】を殺せ』っつう旨の内容でな」
「な……」
【シャル・アストリア】
私の本名だ。
「勿論、俺の仲間が捕まったと聞いてそんな訳がねぇと思ったさ。あいつらは大人から食い物を盗んで生きてきたんだ。贔屓目なしに強かった。だが連絡しても誰も出ねぇし、実際に行って確かめても誰もいねぇ。そして、その後は娘がいなくなった。他の魔族達がお前を殺そうとした理由はただ権力を求めたからだろうが、俺がお前を殺そうとしたのはそういう経緯があったからだ」
「……だとしても、貴方をここで生かすわけにはいかない」
どんな事情があろうと、魔界では上官を裏切った罪は重い。
彼は黙って頷く。
彼にも魔族なりの矜持があるんだろう。
さっきのクズとは大違いね。
「別に逃してもらうためにこんな話をする訳じゃねえ。そうじゃなくてな……」
そこで一呼吸置いて、彼はニヤッと笑う。一瞬警戒したけど、向けられる感情は殺意では無かった。
「幸いにもお前を殺そうとした電話の主は名乗りやがったんだよ。最後の報いだ、バラしてやる、ざまあみやがれ」
…………! それは!
「や、やめなさ……!」
こういう時に向こうがわざと名前を名乗ったのだとしたら──
「か゛ぁ゛!?」
名前を言おうとした途端に、死ぬ。
【契約魔法】
表舞台では聞く機会の無い魔法だけど、その魔法の内容は至極単純なもの。
相手との契約を破ろうとしたら、手足から全身が腐り落ちて溶ける。
……趣味の悪い魔法だわ。
何らかの形で接触され、契約魔法を知らないうちに掛けられたのでしょう。
「ファ……ナ……せめ、て……お前だ、けは…………」
そういって彼は溶けていく。
魔族の掟は破ったけれど、最後まで仲間を大事にし続けた。
そんな彼の死に敬意を表し、私は両手を合わせ、彼を弔った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
他の魔族達はいなくなっていた。
事前からこうなる事を予想して、ガルナスは他の魔族達に伝えていたのかもしれない。
「あ、れ?」
唐突に意識が遠のくのを感じる。
まずい、このままじゃ……
「おい、アストリアっ! アス……アっ! っ!」
段々と遠のく彼の声と床の冷たさを感じて、私は意識を失った。
最後まで読んでくれてありがとな!
そして感想、本当に感謝してる。
実は俺、本来ならもう少し活躍する予定だったんだよ……
どれもこれも、全部シャルを殺せって言った奴のせいだ。
呪ってやる!
(ガルナス)