3話 私、時間を稼ぐ為に命を賭けます。
AnotherView:Astoria
「神殿の最奥、ね……」
裏切った部下達に大剣を投げた後、疲労困憊の私を抱えて走っていた彼。
ついさっきまで自分を殺そうとしていた相手を助けるなんて……協力関係にあるとはいえ、つくづくお人好しな人間だわ。
私を地面に降ろし、そのまま神殿の最奥へと消えていく彼を見送り、私はこれからの事を考える。
【強化】の魔法が使えない今、たった50kgの大剣を投げただけで身体が軋む。
(この大剣、私の体重より重いのよね。素の力で持てないわけだわ)
でもこれからの私は、どう足掻いても魔法は使えない。
そうなると、この大剣もよっぽど鍛えでもしない限り扱えないでしょうね。
それにしてもこの部屋、高さも横幅も凄いわね。
これだけの広さがあるなら、部屋というより空間と呼んだほうがいいかも。
この白く巨大な空間の奥には、彼が入っていった小さな空間が見える。
今いるこの大きな空間も、奥の小さな空間も、この世界とは別離されたような不思議な空間だわ。
あの空間は一体──
(今は考えていても仕方ない、か……)
思っていると──
「あ、あの……」
彼の妹に話しかけられる。
彼が名前を呼んでいたわよね。
確か──
「咲ちゃん、だっけ? そんなに怖がらなくても殺したりしないわ」
「は、はい」
私がそう言っても、身体を固めたままの咲ちゃん。
「…………」
私は彼女の前で他の人間を殺した。
恐怖感情に支配されない方がおかしい。
それでも──
今は共通の敵を持つ味方同士 。
私はなるべく威圧感を出さないように、ちゃん付けで呼ぶ事にする。
彼は咲ちゃんを神殿に先行させていたわね。
私は戦闘に集中していたからよく覚えてないけど、何か神殿内の情報を持っているかもしれないわ。
……少し聞いてみましょうか。
「ねえ咲ちゃん、貴女、先行してこの神殿に入っていったわよね? 何か変わった事は無かった?」
「え、えと……かぜがふいてない……?」
「……」
風が吹いてない、盲点だったわ。
風が通らない、つまり、出入り口はさっき私達が入った所だけで、抜け道は存在しないと。
生きて帰る道は正面突破だけね。
にしても風の通りに気付くなんて……咲ちゃんの洞察力は素晴らしいわね。
一旦情報を整理しましょうか。
「ほほう、ここが神殿の」
「クソッ! アストリアは何処だァ!?」
と思ったけど、どうやらそんな時間はないみたい。
この空間に身を隠す場所は無い。
……訂正。
無くはないけど、そこに隠れたら、現状を変えうる可能性である彼を危険に晒すことになる。
そんな事をしたら私が死ぬ可能性が高まるし、何より私のプライドがそれを許さない。
部下達の前に立ちはだかって、彼の思惑を悟らせないようにするのが今の私のすべきこと。
「来なさい【真紅の大剣】。 咲ちゃん、貴女は下がっていなさい!」
「で、でも!」
「戦えない貴女は、今は足手まといでしかないのよ!」
「っ!」
咲ちゃんが物分りのいい娘で助かった。
悔しそうにしながらも後ろに下がってくれる。
それにしても──
「分かってはいたんだけどね……!」
大剣が本当に重い。
身体の疲労も少なからずあると思うけど、身体能力強化の魔法が使えないだけでここまで身体が動かなくなるなんてね。
私がどれだけ魔法依存で戦っていたか、この短時間で何度も痛感させられる。
「おっと、ご自慢の大剣さえ満足に持てないみたいですねぇ?」
「………………」
「んだよ、だんまりかよアストリアさんよぉ!」
身体の限界が近い状態でギャーギャー騒ぎたてる程、私は馬鹿じゃない。
「皆さん! アストリアは弱っています。ここは近接攻撃で一気に畳み掛けましょう!」
「くっ……」
その言葉がトリガーになって魔族達が私に襲い掛かる。
私の武器は大剣だけ。
でも、その大剣は私が貧弱なせいで使い物にならない。
周りに良さげな武器も見当たらない。
ならば──武器を持った大の大人が相手だろうが、素手で相手をするしかない。
幸いにも体術は少しだけ学んだ事がある。
付け焼き刃程度のものだけど、やらないで野垂れ死ぬのはごめんだ。
私はまだ死にたくない!
「うらあっ!」
「せいっ!」
先頭、単身で切り込んできた魔族の勢いを利用して背負い投げ。
その時に手首を捻って剣を奪い取り、その剣を振り向きざまに薙ぐ。
剣同士がぶつかり響く甲高い金属音。
子供の筋力と魔法で強化された大人の筋力は比べるまでもない。
このままではこちらが不利になる。
──なら!
「剣の軌道を、反らす!」
鍔迫り合いに入る前に敵の剣の軌道を少しだけ横にずらして、私に向かう勢いを別方向へ逃がす。
無理な体勢で剣の軌道を変えたせいで剣は落としたけど──
「く゛っ゛!」
剣の軌道がおかしくなった事に戸惑った魔族のスキを突き、間合いの内側に入り込み、顎に全力掌底を撃ち込む。
まずは一人!
敵も馬鹿じゃない。
間髪入れずに次が来る。
なるべく体力の消費は少なくしないといけないのに……
向かって来る魔族に、もう一度背負い投げを決める為に接近。
その時、私の勘が全力で警告を鳴らし始める。
だけどもう掴み掛かってしまっている。投げ終わってからその場を避こう。
──思えばこの時、手を離してでもその場から引くべきだった。
「チェックメイトです。【暴風雨】!」
「え……!?」
不意を突かれた私はその魔法に直撃する。
味方を犠牲に最大火力の魔法をぶっ放す程、私の部下が腐っているとは思わなかった。
私の肢体が宙に舞い、壁に叩きつけられる。
「ごふっ……げほっ…………っ!」
真っ白な床が朱に染まる。
叩きつけられた衝撃でどこかしらの器官が傷付いてしまったのか、呼吸しようとする度に咳き込んでしまう。
なんとか壁を伝って立ち上がる。
三半規管もおかしくなったのか、どっちが床かさえも分からない。
──魔法さえ使えれば
そう思ってしまう自分が情けない。
『ないものねだりは虚しいだけ、無いなら無いなりにやる』
これは母さまの言葉だけど、部下達にもそう言ってきたし、自分の中の信念としてもこれを掲げてきた。
今更、母さまの言葉が走馬灯のように流れてくる。
なんなんだ。
自分がこれではどうしようもない。
でも、その流れてくるある言葉に──
『全力でやって、それでも駄目な時は、きっと助けてくれる人がいるから』
私は幾ばくかの希望を抱いてしまった。
瞬間──
「アストリアっ!」
彼が壁から出てくる。
……いや、そんなわけない。
視界がぼやけてよく見えなかったけど、私は例の小空間の近くに吹き飛ばされたらしい。
周囲を見回して、私の元に駆け寄ってくる彼。
「霊装の創造は成功した。……だがアストリア、俺はお前に物凄く酷な事を頼む。この状況を打破出来る可能性はそれしか無い」
「……」
私は黙ったまま頷く。
人間の言いなりになるのは癪だけど、そんな事を言っている場合じゃない。
「背中、触るぞ」
「………っ」
黙ったまま、彼に背中を向ける。
この状況で私の障害になるような事はしない。
そう考えての行動だった。
いつもなら、人間に背中を見せるような真似はしない。
だけど……彼になら、不思議と身を委ねても良い気がした。
背中に手が当てられ──
「【装備:共鳴の翼】」
「うっ……ぁぁぁぁぁあ!!!」
ひんやりとしたその手から、熱い何かが流れ込んで来る。
それと同時に、私からも何かが内側から溢れてしまうような…………!!!
でもこの感覚、私は知ってる。
「魔力の流れ!? う、あぁぁぁぁぁ!!!!」
バサッと、背中から何かが広がるような音がする。
この音、何?
慌てて背中を触ってみる。
ふわっ
「ひゃう、げほっ!」
なんというか……変な感覚で、思わず変な声が出てしまう。
……咳き込んでしまうからやめてほしい。
首を回して背中を見る。
「……翼?」
私の背中には、何故か純白の翼が生えていた。
最後まで読んでくれてありがとね。
感想をくれると私達も励みになるから、良ければお願いするわ。(アストリア)