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文化祭 クリスマスタブローへ

秋、城くんの通う楽星中高等学校の文化祭の最終日、葵は洛星中高等学校に向かった。男子校ゆえ少し躊躇していた、という事もあったが、こうして来てみると流石に府内随一のお坊ちゃん校だからだろうか、さほど男臭くはなく、爽やかな印象だった。

お昼前に城くんの演劇部の舞台があったのだが、短大の授業の兼ね合いで観る事は出来なかった。まぁ、城くんは、今回はスタッフだという話だったので、よし、としていた。

試験勉強のはずの期間は何も言わないのに、文化祭の舞台となると「忙しいから」と言って、2週間近く会っていなかった。

城くんのクラスがやっていると言っていた、タコ焼きの模擬店を探した。白衣を着て、思い思いの帽子を被った男の子達が、ぎこちない手つきでタコ焼きをくるりと回していた。

そこには、城くんは見えなかった。

「あの・・・城、いえ、中原くんは?」

「え?なかはら、ですか?」どうも年下に見える女の子が「くん」付けで城くんの事を呼ぶのが不思議に感じているらしい雰囲気が感じられる答えが返って来る。「私は短大生なんだぞ」と、少し心の中でムッとしながら、努めて平静を装って葵は答えた。

「そうです。確かこのクラスだと聞いていたのですが」

「ああ、あいつなら、きっとまだ舞台にかじりついてるんじゃないすかね」

「そうそう。本当なら、今、当番の筈なんですが、いっこうに来ない。まぁ、諦めてますよ」

「中原は団体行動嫌いだからなぁ」

「結構、言い出しっぺのくせに、ほんちゃんになると逃げだす、っていうか」

「うん、体育祭の時も、応援の大看板描く、なんて言って、アニメっぽいイラストの線まで書いたと思ったら途端に学校サボりだして、後は俺達まかせ。体育祭当日も来なかったしさ」

「昨日の合唱もサボりよったし。そのくせ、演劇部の公演にはちゃっかり参加してんだ、あいつ」

「まぁ、あいつが入ると音程が狂うから、来なくてよかったけど」

「授業もホームルームはおろか、1時間目にいるのが珍しいくらいだしさ」

ちょっと待て、葵は思った。当番にいないのは悪い事だが、それでもクラスの人に随分な言われようだ。

「オケ部の連中も、最終のリハ直前まで協力してくれていたのにねぇ」

「って、中原の知り合いですか?すみません。なんか変な文句ばっかり言って。中原なら、大講堂の舞台にいると思います。宜しければ、タコ焼き当番手伝え、って伝えて下さい」

「分かりました。ありがとうございます」小さく頭を下げて、葵は歩き始めた。後ろで恐らく、「あの女の子、中原のナニなんだろう」ってな感じだろう、ひそひそ小声で話している雰囲気が感じられた。


大講堂は道を挟んで向こう側、楽星のシンボルカラーである青と白のストライプが目立つ建物だ。道路をくぐる地下道を上がると、楽星の文化祭の最終演目であるオーケストラ部の演奏までまだ間があるからなのか、人気もなく静かだった。こちらには模擬店もない。音楽室からオーケストラ部の最終練習なのだろう、様々な楽器の音色が響いているだけだ。

階段を上り、大講堂にあがると、オーケストラ部の公演を待つ人がまばらに席に座っているだけで、緞帳は降りていた。葵は脇の階段へ続く扉を開け、緞帳の裏にある舞台に向かった。

恐らく舞台に繋がるであろう重い鉄の扉を開け、中に入る。オーケストラ部の演奏の舞台が組み立てられているステージは、1列のボーダーライトがともっているだけで薄暗く、ひっそりとしていた。しかし、目が慣れてくると、ボーダーライトがチカチカ点滅しているのが分かった。

どこからだろう、ぱちぱちと、おそらくスウィッチを切り替えているらしい音が聞こえてくる。その音に向かい、葵は歩いて行った。恐らく天井のライト全てを操作するスウィッチであろう盤面の前に立って、城くんらしい後ろ姿がぱちぱちと静かにスウィッチを切り替えている姿が見えた。

「城くん」葵は声をかけた。

少しピクリと体を震わせて、靖男は振り向いた。

「あ、葵さん。こんなところまで、どうしたんですか?」靖男は手を止めた。

「模擬店のほうに行ったら、こっちらしいと言われてな」

「あ~、模擬店、行ったんですか」

「城くんが参加するって言ってたではないか」

「あぁ、そうでしたね・・・クラスの奴ら、なんやかや言ってたでしょう」

「・・・」

「言わなくていいです。クラスの奴らが自分をどう思ってるかは大体分かってます。多分言ってた事は正解です」靖男は小さく伸びをした。

「こうして模擬店にも参加しない、団体行動が嫌いな男です。成績もダメダメですし、授業にもろくに出やしない。弁当も仲間と連れ立って食べる訳でも無く、一人本を読みながら食べている、そんな奴です」葵の方を向きながら、靖男は盤面を見ずに照明のスウィッチを切り替えた。

「模擬店に参加したくない訳じゃないんです。ほら」と頭を指さした。茶色い、ちょっとお洒落な感じのするハンチング帽を被っていた。確かに模擬店に参加している人達は、阪神タイガースのベースボールキャップなど、思い思いの帽子を被っていた。

「飲食関係の模擬店をする場合、髪の毛なんかが落ちないように、帽子を被るのが条件となっています。わざわざこれを買いました」そして、一息ついて、

「なんて言うのかなぁ・・・同じ演劇部でも、宮本は成績優秀だからともかくとして、まぁ、生部もそれなりかなぁ、岡崎は演劇部員かどうか分からないけど、みんな普通にクラスの連中と友人として付き合ってるんですけど・・・でも、何かダメなんっすよね。・・・やっぱ、とやかく言っても、この学校って進学校なんです。東大か京大、若しくは医学部目指してみんな頑張って勉強してるんです。そんな中で自分は・・・異端児ですよね。別にいい大学に入りたくない、って訳じゃないですし、わざわざこんな高い進学校に入れてくれた親にも悪いと思っています。・・・でも、なんと言いますか・・・クラスメイトに引き離された距離があまりにも遠くて、もう追っかけられなくなっていて・・・」

葵は、こんなにちっぽけに見える城くんを見たのは初めてだった。活き活きと漫画やアニメについて語ったり、照れ臭そうに自分の小説の話をしたり、そんな城くんしか見ていなかった気がする。

「・・・すみません、こんな情けない自分で・・・世間一般から見た自分って、こんな奴なんです。笑ってやって下さい」と話す表情は、ぎこちない笑みを作ろうとしたように、葵には思えた。

「ってか、がっかりですよね。こんな奴が知り合いなんてね。自分でもそう思いますよ・・・帰ってください。まだ早いけど、クリスマスタブローに向けてメインの練習を始めたいんです」そういうと靖男は再びメインスウィッチに向かい、ぱちぱちとスウィッチを切替え始めた。その背中は、とても寂し気に葵には思えた。

靖男は黙々とスウィッチの切替の練習をし続けている。後ろに葵などいないかのように。葵もただじっと、そんな城くんの背中を見ていた。

「・・・帰ってくれませんか・・・帰って下さいっ!」靖男が背中向きで大声で言った。その声は、緞帳で閉め切られたステージの中で、こだまのように響いた。切ない遠吠えだった。葵はそっと近づいて、そのちっぽけに見える背中から抱き締めたい、いや、優しく両手で包み込んであげたいと思った。

だが葵は、そっと城くんの肩に手を置き、

「・・・私は、城くんと知り合いな事を誇りに思っている。他の城くんがどんなであろうとも、そんな事は気にならない。ただ、城くんが必死である道を進もうと足掻いている、それを知っているから。私は他の城くんがどうであろうと気にはしないぞ」そう言って、今一度、肩にのせた手に力を入れて、肩から手を離した。

靖男は振り返らなかった。じっとスウィッチの盤面を見詰めていた。葵が去って行く足音が聞こえる。重い鉄の扉が開き、軋み音を立てながら閉じて行き、「ガチャン」と大きな音がして、閉じた事が分かる。靖男は暫く突っ立っていたが、やがて再び1人になった舞台の上で、メインライトのスウィッチ切替の練習を、1人淡々と、再び始めた。



12月も間近になり、靖男の通う楽星高校で言えば、後期の中間試験(普通の学校の2学期の期末試験)が近付いて来て、それが終わるとクリスマス。靖男達にとっては、クリスマスタブローの季節だ。もとからてんで試験というものに力を入れられない靖男にとって、特にこの後期の中間試験は、終わればクリスマスタブローに突入するという事で、全く勉強する気にならない。

特に今年は、来年が高3。大学受験前なので実質的にクリスマスタブローに参加する最後の年でもあり、また、去年から今年も画策している様々なライティング手法を新しくマニュアル化しようとしているし、また、靖男が高校生だと分かっているのにこの試験前というタイミングで『HONT MILK』の編集長から別冊に掲載するエロ小説の依頼が舞い込んで来た。もう、てんやわんやだった。

勿論、クリスマスタブロー>『HONT MILK』の小説>>>>>>>>>>>試験、だったのだが。

なにか、葵さんも秋以降忙しそうにしていた。結果、会うのは2週間に1度程になっていた。


「試験はどうだった?」久し振りに御所のいつものベンチに隣同士座ると、葵さんが聞いて来た。

「『シ。・ケ・ン?』シラナイコ・ト・バ・デスネ」すっとぼけて靖男は答える。文化祭の時の悲痛な感じは忘れているみたいに葵には見えた。

「もう、高校生なんだから勉強もしっかりしなくっちゃ」

「国語と日本史、倫社なんかは得意なんですけどね。同じ暗記科目でも世界史になるとカタカナ読み間違えしちゃうんです。つい、「アリストテレス」を「アリトステレス」と書き間違えたり」

「ああ、確かにあるな」

「それに地理。なんで「韓国」がよくて、「北朝鮮」は駄目なんですかねぇ。英語で言えば“South Korea”と“North Korea”なのに、なら「韓国」は「大韓民国」じゃないとダメにしろ、っての。後、「オランダ」も「ネーデルランド」だし、「イギリス」も「グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国」でないとバツにしろ、ってんだ」

「全く・・・変な、いらぬ知識だけは持っているのだな」少し呆れかえって葵は言う。

「後、世界史で言えば「なんちゃら2世」とか「3世」とかって、いじわるか?と思いますよね。今、「なんちゃら2世」なんています?ケネディーだってJr.でしょ?どこが違うんだ、ってぇの」

「まぁ、散々だった、って事は分かった」

「年が明けて、3ヶ日が過ぎれば補習です。実質、冬休みは正月まで。まぁ教師も、こんな奴らに休日返上させられて、可哀そうに、って思っておきましょう」

「そう言えば、クリスマスと言えば、楽星ではクリスマスタブローだな」

「そうです!うずうずしますね!色々考えているんですよ。ボーダーライトの電球を一列外してベビースポットを付けてみたり、幕間にライトを降ろしてプラステートを付け替えたり。どれも今までの先輩が思いもつかなかったことです」

「頑張っているんだな」

「・・・ですんで、クリスマスタブローが終わるまでは、申し訳ありませんが時間が取れそうにありません。・・・でも、葵さんも、何か秋の終わり頃から、何だか忙しそうにされてますね。どうかしたんですか?」

「いや、まぁ・・・折りを見て話す。ところで、去年は観に行けなかったが、今年はクリスマスタブローを観に行くぞ。なんと言ったって、城くんにとっての最後のクリスマスタブローだからな」

「ありがとうございます」

「これまで観ていないから分からないが、城くんの話振りからすると随分凝った事をしようとしているらしいし」

「期待して下さい。『刮目して待て』です」

「そうか・・・その後、私は『待っている』」

「待っている?」

「そう、『待っている』」

「?・・・分かりました」


楽星で言う後期の中間試験が終わると、クリスマスタブローの参加者は途端に慌ただしくなる。毎年同じ演目なのに、朝9時にはみんな集まり、夜は市バスが終わる10時前位まで連日リハを行う。文化祭でも教師は夜の7時には帰るように指導していたが、流石にカトリックの宗教行事だからだろうか、9時を過ぎても大講堂に煌々と灯りがともり、学生達が居残っているのを黙認していた。

なにせ中間試験が終わってから10日足らずで仕上げなければならない。普段は1時間目の授業にも殆ど間に合っていない靖男も、この時ばかりは遅刻せず8時半にはスタンバっていた。

昼食の、持ち帰りの吉野家の牛丼は美味しい。食後、2時間ばかり気分転換でするソフトボールも楽しい。そう言えば、3年先輩の熊木さんは指のスナップを物凄く効かせて、落ちる事無く浮き上がったまま向かってくるボールを投げて、ほぼ誰もバットに当てる事が出来なかった。小学生の頃、リトルリーグに所属していた事もある靖男もボールにバットをかすらせるのが精一杯だった。「熊球(ク魔球)」と恐れられていた。

そして、何よりクリスマスタブローの練習が面白かった。音響効果に音楽をかけてもらいながら、ストップウォッチで計測しつつ、ライトの消えた暗い中でボーダーライトを降ろして時間内にプラステートを取り替える練習を何度となく繰り返す。そのタイミングは大道具が舞台装置を入れ替えるタイミングでもあるので、作業が重なったりすると、ついお互い怒鳴り声を上げたりする。舞台監督や演出と喧嘩腰でやりあう事も何度もあった。

でも、それらが皆、楽しかった。1人で小説を書いている時、高校生だが煙草をふかしたり、ウィスキーを飲みながら黙々とワープロに向かっているのも自虐的に楽しい、と言えなくも無かったが、このクリスマスタブローのみんなで、誰一人としてサボる事無く真剣勝負で一気に作り上げて行く高揚感は堪らなかった。


クリスマス前の日曜日には、全国高校駅伝が行われる。西大路通りにある北野白梅町は走行ルートとなっている。自転車で追いかけても追いつかなさそうな彼らの走りを、毎年のように見ると、中学1年生全員の合唱団も参加し、いよいよ本格的な通し稽古が始まる。

靖男は、毎日最終の市バスで帰り、小説の方も悪戦苦闘しながら書き進め、オールナイトニッポンの1部を聞き終える頃に眠り、少しアルコールが残っている感じながら6時過ぎに起きて洛星に向かう生活をここ1週間続けていたが、不思議と疲れは感じず、寝ている時間以外は気分が常にハイになっている状態だった。

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