16.
次の日。僕は自転車をまたこぎ始めた。
見知った道を走る。途中までポチが隣を走り、走り疲れたら、リュックに入れて。
心は、ざわついたまま、平静にはなっていない。寂しいまま。この寂しさは、僕が生き続けている間、ずっと、続くんだろう。人である以上、付き合っていかなければいけない感情だ。
結局、僕はどうしたら良かったのだろう。どうしたらこの世界で、まともなまま、苦しくなく、生きられるのだろう。そもそも、それは可能なんだろうか。不可能に近い気がする。
生きる事は出来る。けれど、それが何かになる事は無い。
自分の命が尽きたとしても、それが次の生命の糧になるまで、とんでもない時間が掛かる。3,4日で一秒しか経たない世界、……普通の世界より、20万~30万倍は時間が掛かる。
それは、次の生命の糧にならないとほぼ同義だ。時間がこんなになっても、生物は元々の時間を生きている。寿命まで延びた訳でも無い。その長い時間を生きる為に適応した上で置いて行かれた訳でも無い。
クソったれな世界だ。
……クソったれな世界で、生きるには自分もクソったれになるしかない。
それは、ある意味真理な気がした。
暫くこいで、警察署に着いた。
中に入り、意外と簡単に拳銃を見つける事が出来た。沢山。厳重に管理されているだろうから、その場所をこじ開ける事すら叶わないとも思っていたけれど、金庫の近くに鍵があった。
使ってみたら、拳銃が中にあった。リボルバー式の、ゲームだったら初期装備とかでありそうな、弱そうな、そしてけれど、とても強い武器。金属を高速で飛ばす、それ以上に手軽に使える強力な武器は、これから出るだろうか。いや、これから、何て無いんだよな。プラズマカッターとか、そんな手軽で強力な武器は、未来があったら、出て来る事もあるのかなあ。
ああ。
一つ、手に取った。大きさの割に重い。悲観的な事を思っていても、否が応にもテンションが上がる。見様見真似で構える。肘を適度に曲げておくんだっけな。そして、壁に貼ってあったポスターに向けて、撃鉄を起こして、慎重に引き金を引いた。
バァン、と音が鳴って、弾丸は途中で止まった。
ポチが驚いた。僕も驚いた。キィン、と耳が鳴る。
「……こりゃ、普通に死ねるな」
まあ、分かってるけど。
止まっている弾に歩いて近付いて行くと、僕の歩く速さと同じで動く。でも、回り込んだら、一瞬で僕の体を貫くんだろう。
壁まで到達して、ポスターの端にゆっくりとめり込んで行く。真ん中を狙ったけれど、最初はそんなものかと思いながら、もう一つ気付いた事があった。境界線上で動き続ける物体は、リアルタイムでスローモーションのように見える。
まあ、別にそこまで大した情報でも無いけれど。
そして、その拳銃を持ったまま、僕は待合室の椅子に座った。
しっかりとした、黒光りの重みがある。
大きく息を吸って、吐いて、拳銃を手に持った。手の平からややはみ出る位の大きさの拳銃。
黒歴史を思い出してしまう時、偶に近くに拳銃とかがあったら、突発的に死んでいるだろうとか思う事があった。平均よりは恥ずかしい事をして来た身だ。
でも、実際手に持って見ると分からない。撃鉄を引く。口に入れて頭に向ける。撃つ。それだけで死ねるものだ。
たった3アクション。最後の引き金は、文字通り引き金を引くだけ。指に少し力を入れるだけ。
やるだろうか。分からない。
分からない、で終わった。やらない、にはならなかった。
思い出した時の恥ずかしさは、一人でも相当なものだから。
とても簡単な動作で死ねる。
しかも今、それを持っている。
……さて。
…………さて。
僕は、今、死ぬか?
それを、考えた。
拳銃をまじまじと見ると、緊張が高まって来る。簡単に、引き金を引くだけで、一瞬にして死ねる道具がここにある。
そして、ポチはそれを分かっていないのか、分かっているのか、同じように僕の隣に居た。
僕の体からは、花火の後の臭いと似た臭いがしていた。
ポチを置いて行こうとはあんまり思わない。一緒に死のうとする程メンヘラでも無い。
でも、ポチだけでは、僕の生きる理由としては、軽かった。こうして悩む程に、揺らぎが十分にある程に、軽かった。
ずっと一人だったら、迷わず自殺を選んでいただろう。……きっと、引き金を引くのにそこまで躊躇もしない。
「はぁ……」
……。
…………。
僕は片腕で、天井に向けてもう一度撃った。腕に強い衝撃が走る。耳がまた、キィンと鳴った。落としそうになって少し慌てた。
それから全弾適当に打ち尽くして、弾を込め直した。
ポチが、拳銃の発砲音を何度も鳴らす僕に怯えて、少し遠くに離れた。弾はそっち側には無い。
もう一度、全弾適当に打ち尽くした。
もう一度、込め直した。
水を掛けて冷ましてから、口の中に入れた。銃口を頭に向けた。
指に力を入れれば死ぬ。死ぬのだ。
ぞくぞくとした、恐怖と共に高揚も湧いて来た。
死ぬか? 死なないか?
死ぬ? 死なない?
目を閉じて、両手で拳銃を握った。息が上がる。撃鉄も起こしてある。指に力を入れるだけで死ぬ。死ぬ。
拳銃の鉄の味がする。指には力を入れられる。
ほんのちょっと、力を込めるだけで死ぬ。僕の命は消えて無くなる。ただの物体になる。
……。
どく、どくと心臓が鳴っている。それが、聞こえる。
…………。
頭が、フル回転している。体が死にたくないと言っているような気がする。
…………。
…………あれ?
何だろう。揺らぎがある、迷っていると僕は思っていた。
口に拳銃を入れて、ギリギリまで考えて、はっきりした。
どっちでも良いんだ。死ぬか死なないか、それは別に大きな問題じゃない。
……。
何か、馬鹿らしくなって、拳銃を口から抜いて、投げ捨てた。
何故だろう、と思った。
どっちでも良いという結論の理由がすぐには分からなかった。
けれど、確かに、僕はどっちでも良いと思っている。それは……何故か。
少し考えて、一つ、思い当たった。
この世界で生きる事自体が無意味。だと僕は思ってる。それは、生きる事も死ぬ事も、どっちも無意味だという事だった。
生きようが、死のうが、大して何も変わらない。現実世界以上に。
それを思っている事自体が、この世界を受け入れている事なのだと思った。そしてもう、僕自身の最後の希望も無くなった今、僕は、この世界を本当に身から、心から、受け入れようとしている。
それに対しても、もうどうでも良かった。
「そうだな……お前に生きる理由があるなら、僕も生きるよ」
そう、僕はポチに言った。
どっちでも良いのならば、ポチの為に、犬の為にでもこの命をだらだらと生き延びさせようか。
体は落ち着いて、心も低い場所でゆっくりと落ち着き始めていた。
「なぁ、ポチ。どこか行きたい所はあるか?」
ポチは、拳銃を持っていない僕を見て、尻尾を振るだけだった。
……まあ、いいか。
という訳で、お終いです。まあ、裏設定とか色々あったけど、全く使わなかったな。




