受容:マリナ×ユリナ
薬湯の、クセのある苦み。
ユリナは甘味を付けてくれているのだけれど、全部飲み干すにはちょっと苦労してしまう。
でもこれは、ユリナが私の為に作ってくれるお薬だから、きちんと飲まないと。
そう思うのだけれども、今日の薬湯はいつもよりも苦味が強くて、なかなか進まない。
頑張って、半分までは何とか飲み終えて、ついにそこで止まってしまった私に、ユリナがにっこりと笑う。
「マリナ、口開けて?」
言われたとおりにそうすると、ユリナは手のひらにのるほどの小さなケースから何かを指でつまんで、私の舌の上に乗せてくれた。
口を閉じた途端、サアッと、甘味が溶けるように広がっていく。
「これは……?」
「スミレの砂糖漬け、よ」
思わず顔をほころばせて首をかしげた私に、ユリナが嬉しそうに答える。
それと同時に、私の唇に置かれたままだったひんやりとした彼女の指先が、スッと撫でるように動いて離れていった。
不思議な、くすぐったさ。
私の唇よりも冷たい指だったのに、離れた瞬間、温もりが失われる。
ユリナはそのままそれを自分の口元に運んで、舌の先でペロリと舐めた。
その仕草をジッと見つめてしまっていた私に気付いて、ユリナはフッと微笑んだ。
とても、艶やかに。
私も、つい、釣られて笑顔になってしまう。
綺麗な、綺麗な、ユリナ。
私とユリナは双子で、外見はそっくりなのに、何かが違う。
ユリナの方が、綺麗。
ユリナの方が、聡明。
ユリナは、いつでもピンと背筋を伸ばして私の一歩前を歩いていて、ずっと私の手を引いていてくれた。
私たちのお母様は、私たちをお産みになった時に儚くなってしまったけれど、寂しいと思ったことはないの。
この国を総べる王であるお父様はとてもお忙しくて、お兄様は年の離れた私たちのことなど全く目に留めることがなかったけれど。
それを物足りないだとか、不満だとか、思ったことはなかったわ。
私には、いつでも、ユリナがいてくれたから。
どんな時にも隣にいて、ほんの少しでも私の笑顔が曇ると、すぐに手を握ってくれたから。
今だって、こうやって身体を壊した私を、一生懸命看てくれている。
この、閉ざされた、小さな部屋で。
――私がここに来てから、もうどのくらい時が過ぎたのかしら。
始まりは、そう、お父様だったわ。
最初に病に倒れたのは、お父様。
隣国の王子から私に求婚の書が届いて、対等な同盟を結びたがっていたお父様は喜んでそれをお受けになられた。
この国の王女である私には、『否』という選択肢は与えられていない。
お父様が命じることには、ただ黙って、応じるだけ。
ひと月後には国を出なければいけないかもしれない、という勢いでお話は進んで、そしてある日、突然に止まった。
何故なら――お父様が高熱に倒れ、七日も経たないうちに逝去されたから。
相次いで、お兄様も。
そして、私。
そんなふうにとんとんと患っていったから、何かの流行病に違いないと、ユリナは言ったの。この国にユリナ以上に医学の知識を持つ者はいないから、すぐに皆頷いた。
彼女は高熱にうなされる私をこの部屋に隔離して、自分以外、誰も近付かないようにしたわ。
「もう少し、しんぼうしてね?」
私をここに閉じ込めていることに、ユリナは、いつも申し訳なさそうにそう言う。
そして、私は、いつも同じ言葉を返す。
「私はここが好きよ?」
それはほんの少しの偽りもない、ほんとうの、気持ち。
だって、ここにはユリナがいるから。
私の居場所は、ユリナがいるところだもの。
お父様とお兄様が亡くなってしまったことは悲しいけれど、やっぱり、私にはユリナがいる。
私には、ユリナがいれば、それでいいの。
だから――たとえ王妃になれるとしても、隣国になんて嫁ぎたくなかった。
ユリナがいないところになんて、行きたくなかった。
口にしたことはなかったけれど、いつも笑って「楽しみです」と言っていたけれど、本当は、胸の中でそう叫んでいたの。
私は手の中のカップに目を落とす。
薬湯は、まだ半分ほど残っていた。
ふと、思い出す。
私の婚約が決まってしばらくした頃、滋養薬だと言って、ユリナが皆に薬湯を煎じてくれたことを。
カップからユリナに目を向けると、彼女は優しい微笑みを返してくれる。
衝動的にその頬に手を伸ばすと、ユリナはほんの一瞬目を丸くして、そうしてそっと頬をすり寄せてきた。
お父様もお兄様もいなくなったこの国の王となったのは、ユリナ。
ユリナが命じれば、私は応じなければならない。
「……元気になったら、私はあの国へ行くの?」
婚約を破棄したとは、聞いていない。
この国の数倍大きな隣国が、私との婚姻で対等な同盟を結んでくれると言っているのだもの。
王であれば、その機会を逃すはずがない。逃すことなど、できない。
けれどユリナは、私の言葉にキョトンと目を丸くした。
隙を見せたことがない彼女のそんな顔がとても可愛くて、ついつい、笑ってしまう。
と、すぐにユリナは少し拗ねたように唇を尖らせた。
「その必要はないわ。もう、良い条件で同盟は結べたから」
そう言ってから、少し窺うような眼差しを、向けてくる。
「……マリナは、行きたかった?」
「まさか!」
即座にかぶりを振ると、ユリナはホッとしたように唇をほころばせた。
そんな彼女を見ていると無性に胸がムズムズとしてきて、私は残りの薬湯を一息に飲み干し、カップをトレイに戻す。
そうして、ユリナに向けて両腕を差し伸べた。
私の望みは、声に出さなくても、ちゃんと彼女に伝わるの。
ユリナはベッドに腰掛けて、私を優しく、強く、抱き締めた。
私もユリナの背中に腕を回して、頬を彼女の肩にのせる。
ずっと、こうしていられればいい。
他には何もいらない。
私はこの想いを声には出していないはず。
けれど、まるでそれが彼女に届いたかのように、私を抱き締めるユリナの腕にほんの少し力が込められた。
何か思いついたらまた投稿します。