切望:ユリナ×マリナ
三つの鍵を上から順番に外していき、軋む重い扉を押し開ける。
ベッドが置かれているだけの小さな部屋には、格子がはめられている窓から朝日が射し込んでいた。
「おはよう、マリナ」
そう声をかけると、ベッドの上の薄い山が動いて、窓の外に広がる春の空よりも透き通った青い瞳が私に向けられる。
「おはよう、ユリナ。今日もいい天気みたいね」
ゆっくりと起き上がりながら、力のない、囁くような声。
私のものとよく似たそれは、けれど、私のものよりも、甘い。
――私とマリナはまるで鏡に映したかのような姿をしているけれど、不思議と、マリナから受ける印象の方が柔らかだ。
同じ青い瞳も、マリナは春の空で、私は冬の空。
同じ淡い金髪も、マリナは太陽の光で、私は月の光。
向かい合って手を結べば、まるで豆の片割れのようにピッタリとはまる。
きっと、母の胎内で小さな粒に過ぎなかった頃から、マリナと私は手をつないでいたに違いない。
私にとってマリナは、何よりも大切な、かけがえのない、けっして誰にも譲れない存在だ。
「気分はどう、マリナ?」
目を細めて彼女の顔色を観察しながら、ベッドに歩み寄る。
私は朝食を載せたトレイをベッド脇の台に置いて、マリナの頬にそっと触れた。
「……熱はないわ」
ここのところ微熱が続いていたけれど、ようやく下がってくれたみたい。
少し薬を調整したのが功を奏したようで、ホッとする。
「最近はね、調子が良いのよ」
微笑みながらマリナはそう言ったけれど、彼女はとても儚げで、回復に向かっているようには見えない。
もう少し、薬を調整しないといけないようだ。
頭の中で調合を考えながら、マリナの頬にかかっている柔らかな髪を耳にかけてあげる。すぐには手を離せず、親指で柔らかな頬を辿った。
「まだまだ安静は必要だから、しばらくはこの部屋にいてね?」
本館の、自分の部屋に戻りたいと言われる前に、釘を刺す。
「わかっているわ」
そう言ってマリナが浮かべた微笑みは、私の全てを受け入れてくれているようなものだった。
途端、堪えようのない愛おしさが込み上げてきて、思わず、彼女の頬にそっと口付ける。
私の唇が触れて、マリナがくすぐったそうにクスクスと笑う。
とても、幸せそうに。
この小さな部屋にいるのは、私とマリナだけ。
ベッドの他には何もないような空間でも、私にとってはこの世のどこよりも楽園に近い。
ここは本館から離れて建てられた塔の最上階にある小部屋だ。
身体を壊して体力の落ちているマリナには、ヒトの息が毒になる。だからここに隔離して、訪れるのは私だけ。
殺風景な部屋だけれど、これは全部、マリナの為なの。
マリナのことは、私がこの手で守ってあげる。
だから、お願い。
ずっと私の傍にいて。
私以上にあなたのことを想っている者なんて、いないのだから。
私以上にあなたを必要としている者なんて、いないのだから。
あなたを失いでもすれば、きっと私は壊れてしまう。
「……元気になるには、しっかり栄養を摂らないとね。ほら、食べて?」
ベッドの上に座ったマリナの膝にトレイを置いて、朝食を摂るように促す。
「薬湯も、ね」
カップを差し出すと、マリナは両手でそれを受け取って、口に運ぶ。
数口それを含んで、ふと、彼女は顔を上げた。
「……何?」
ジッと私に注がれる眼差しに瞬きをすると、マリナはほんの一瞬間を置いて、目を伏せて、小さくかぶりを振る。
「ううん。何でもないわ」
そして、微笑んだ。
柔らかに、いつものように。
「……大好きよ、ユリナ」
その言葉とその微笑みに、胸がキュッと痛む。
「私も、大好きよ」
そう返すと、マリナの笑みが深くなった。