ぶんぼーぐ
午後五時五十五分、時間だ。
今日の探索場所は廃ビル。
夕日は既に沈んだけど、まだ空は赤みがかっている。
空に照らされた廃ビルは真っ黒で佇んでいた。
この雰囲気は前に本で読んだキメラ実験施設に似ている。
今日は当たりかもしれない。
何度外れたかわからない予想が浮かぶ。
廃ビルの近くを歩いていると一匹の不思議な雰囲気を装った猫を見付けて、夢中に後を追いかけ、捕まえてみるといつの間にか廃ビルの中で、捕まえた猫は実はキメラでした的な。
残念ながら猫は見つからなかったが、その他の可能性は大いにある。だって世の中「現実は小説よりも奇なり」だもん。
そうして、立ち入り禁止の格子を開けた。
中は案外綺麗だった。いや、何も無さ過ぎて綺麗だった。
廃ビルっていうのは、意味ありげな冊子や新聞記事が散らかっているものかと思ったが、床に根を伸ばしている椅子か何もない本棚ばかりだった。
形状からしてこの施設はもともと市役所みたいな所だったんだろう。
俺は懐中電灯を片手に施設を見回した。
一階は大きなカウンターがあって、二階は本棚が規律良くならんでいた、恐らく図書館。三階は会議室のような個室と大きなホールがあったがほとんど鍵が閉まっていた。四階以降はたくさん個室があった。恐らく倉庫かなんかだったと思う。ここばっかりはどうも想像がつかなかった。
地下は足音の響く駐車場。
感想:雰囲気はとても良かった。が、キメラは居なかった。
残念、でも仕方がない。なかなか出合えないからの非日常だ。
外も大分暗くなってきた、そろそろ帰り始めないとまたさえが勢い余って迷子になってしまう。最後にこの三階をもう一度みまわしたら、帰ろう。
にしても、本当に綺麗だよなぁ。
清掃会社でも雇っているんだろうか、クモの巣一つない。
・・・あれ?綺麗過ぎない?
直後、破裂した音が辺りに響いた。
俺はあまりの唐突さにその場に立ち尽くした。直感で懐中電灯を消した。
ば、爆竹!?こんなところで?いや銃声か!
再び爆音、今度は二回。
間違いない、爆竹はこんな綺麗なリズムでならない。銃声だ!
「・・・ど、どこから」
音が反響しすぎてどこからの発声かがわからない。でも、大分近い。
気づけば走っていた。どこへ?とりあえず音の方へ。
音の正体が見たい、ただ赴く本能のままに走っていた。
途中、さっきまで閉まっていたはずのホールの扉が半分開いていたのを見つけた。
ここ・・・かな。
扉を手に掛けたが、突然体が固まった。今頃恐怖を覚えたのだ。
ここを開けば自分の求めた「非日常」が手に入る。しかし、それは今までの何もかもを捨てるのかもしれない。急にそう思い始めた。
そして、思った。
母さんもこんな気持ちだったのかな。
やっぱり今日は七夕だ。
そうして扉を開いた。
中は暗い。文字道理真っ黒。うっすら赤染みた席のようなものが見える。
俺は姿勢を席に隠れる様に低く保ちながら、席沿いに這った。
ここまで来たけど、俺はどうすればいい。
そういや、全然考えてなかった。なんてこった。
相手は銃を持っている。見つかれば撃たれて死ぬ。なのになんで俺はここに来たんだ?
大体、銃とは何だ。
実際に銃というのは見たことが無い。銃弾は火花でしか見たことが無い。薬きょうは漫画でしか見たことが無い。で、見つかれば死ぬ。
・・・やばい、やっぱり帰ろう。
俺はなるべく音を立てぬよう、来た道を戻った。
「あ、帰っちゃうんだ」
「へっ?」
突然頭上からハスキーな声が聞こえた。こんな所に女の子?俺は顔を上げた。
そこには背もたれに突っ伏している女の子が、
「どうも~」
ガチャ
引っかかる音ともに額に熱を帯びた何かがを当てられる。
とたん、身体中の汗が引き始める、目の前がいきなりぐらぐらし体がやたら重く感じた。
突きつけられてるのは銃だ。・・・撃たれて死ぬ!撃たれて死ぬ!!
「君、どこの所属?随分解除が早いね。」
「へっ・・・?へっ?」
な、何を言ってるんだ?だんだん顔が見えてくる。綺麗な顔の整い方しているなぁ。
「へ。だけじゃ分からないよ。君は犬なの?」
「ち、ちが・・・」
「質問の意味がわからない?敵か味方か。あと三秒」
「な、何の話ですか?」
「三」
「え?!あの!」
「二」
「敵じゃないです!」
「一」
「味方ぁ!」
「・・・」
俺・・・死んだかな。
「これが援軍?いらないとは言ったけど随分な間抜けを送ってきたね」
そういって、女の子は銃を席の向こうに戻した。
と、とりあえず助かった・・・のかな?急に汗が吹き出てきた。
「君、名前は?」
「明人です」
「・・・いや、コードネームは?」
「コードネーム?」
「・・・え?本当に一般人?何で?」
おもむろに彼女は耳に手を当てる。良く見ると黒いイヤホンみたいなものをしているようだ。
「はぁい、楓。一般人来てるよ~。何で?」
一人で喋り始めたと思ったが、誰かと連絡を交わしているようだ。
「明人とかいう男。学生じゃないかな。」
俺のことでの連絡か。いやはや、ご迷惑かけます。
「ううん。わかんないよ。どする?生かしても価値ないと思うよ」
え?ちょっと待って。やっぱり殺されるの?
「・・・あ~確かに。只者じゃないね。じゃあ護衛?」
も、もう、心臓に悪い。
「りょ~か~い。・・・うん?あー大丈夫。余裕、余裕。むしろいい具合のハンデだよ。」
手を耳から離し、一息ついてこちらを向いた。
「ってことで、あたしが君を守ることになりました。おめでとう。」
「わ、わーい・・・」
めでたいらしい。でも、今のところ命は取られないらしい。めでたい。
「明人君だっけ?あたし、楓。これからいうことは絶対守ってね。」
「は、はい」
「喋らない、コケない、逆らわない、おっけ?」
「お、おっけー」
「よろしい、返事がいいのは好きだよ。じゃあ、今おかれている状況を説明するね。」
やっぱりこの状況は「異常」なんだ。俺は「非日常」に飲み込まれてしまったんだ。
「まず、敵がいます。あたしはこれを倒します。貴方は私に着いてきます。おっけ?」
なんて斬新な状況説明なんだ。
「・・・おっけです。」
「ありがと。さっき一匹倒しただけどね。多分、後五匹ぐらいいる」
でも、やっぱり敵がいるのか。まずいな。なるべく邪魔にならないようにしないと。
「質問・・・おっけですか?」
「「おっけ」って。いいよ」
彼女が含み笑いを洩らす。貴女がいいだしたんじゃ・・・。まぁいいや。
「敵って・・・何ですか?」
「あー。えーっとね。なんか黒光りしててねー、すっごいしぶとい奴なの」
え?ゴキブリ!?
「頭潰してもまだ動くんだよぉ?気持ち悪いねー」
ご、ゴキブリ相手に銃使ってるんですか、この方は。
いや、ゴキブリの巨大化した奴かもしれない。そんな漫画あったな。
「しかもあいつら飛んでくんのよ!」
それはヤバい!激しくヤバい!飛んだあいつらは手に負えない!
「しまいには手まで生えてくるし、意味分かんない。」
イヤーーー、あれ以上気持ち悪くならないでぇぇ!
「・・・それは嫌ですね。」
「でしょ?あんなのが好きな所長もどうかしてるわ。」
「好きな方がいるんですか?!」
カウンセリングをお勧めします。
「うん、さっき電話した人なんだけどね。実験とかしてて毎日眺めてんの。」
メンタルケアをお勧めします。
「この前つくって改造してたわ。」
入院をお勧めします。
ドゴォン
突然の地鳴りでもといた状況に引きもどされる。
舞台の方からだ。崩れた砂煙の所為で舞台のスモーク演出みたいだ。
「・・・おしゃべりの続きは後でね。ここらへんで隠れてて。」
暗闇の中、何かが泳いでる気がした。赤い点。レーザー光線か?
煙が徐々に引いていく。映るのは予想と反し人の形だった。
肩から足までラインが引いて赤黒く光ってる。
あれはゴキブリなんかじゃない。
「・・・ろぼ・・・っと?」