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 あれは、私がまだ記憶を思い出していなかった小さい頃。

 腐女子という趣向の人たちがいることも、〝びーえる〟という単語があることも知らず、けれど本を読むのが好きで、目に入ったものを手当たり次第読んでは妄想……ではなく空想に浸っていた子供時代。


 当時の毎週火曜日と木曜日は両親二人ともが仕事でいない日で、そういう時は和成さんが子供たちを見てくれていた。仕事場に連れてきて、邪魔をしなければ好きにしてていいよと置いてくれたのだ。事務所の人も良い人ばかりで、すごくお世話になったのを覚えている。

 その日は何の理由か忘れたけど、私一人で事務所にお邪魔していた。

 で、その時の私にはどうしてもどうしても聞きたいことがあった。世の中のことをなんにも知らない無知で、馬鹿で、空気の読めないお子ちゃまだった私は、好奇心に耐え切れず自分のデスクにて仕事中だった和成さんにおずおずと近づいていったのだ。



『あのね、かずなりさん。聞いてもいい?』

『んー? なんだい?』

 和成さんは仕事中だったろうに、迷惑そうなそぶりも見せずこちらを振り返ってくれた。私はほっとして、一冊の文庫本を抱きしめて和成さんに問いかけた。

『トキヤくんと仲いいよね』

『あー、そう、なのか? それならいいんだけど』

『トキヤくんのこと好き?』


 和成さんは驚いたように目を見張って、ちょっとだけ沈黙、それから照れくさそうに頬をかいた。

『……そうだな、好きだよ』

『じゃあ、その』

 次の言葉を言うのが恥ずかしくて、私は少し口ごもる。和成さんが優しく首を傾げてくれて、私は思い切って聞いてみた。

『かずなりさんはトキヤくんとけっこんするんだね!』

 その瞬間、和成さんの笑顔が固まった。



『…………えーっとね、』

 数秒後、和成さんは椅子から立ち上がって、私の前にしゃがみ込んで視線を合わせてくれる。

『美弥ちゃん、男同士は結婚できないんだよ』

『そうなの? あんなに仲いいのに』

『結婚は男の人と女の人がするんだよ』

『そうなんだ。じゃあなんで書いてあったんだろ』

 思わずボソッと呟いた言葉を、和成さんは聞き洩らさなかった。

『書いてあった?』

『あ、その』

『……怒らないから大丈夫だよ。何に書いてあったの?』

 口ごもる私に、和成さんは優しく問いかけてくれる。しばらくおろおろした私は、結局こくりと頷いて、手に持つ文庫本を差し出したのだ。

 甘ったるい恋愛小説だったのは自覚していたから、結構恥ずかしかったことを覚えている。


 和成さんはその本を受け取り、表紙をしばらく眺め、ぱらぱらとページをめくった。

 それから私に向かってにっこり笑った。

『美弥ちゃん、この本どこにあったの? 本棚?』

『ううん、みんながまとめて貸してくれた本の中。……読んじゃダメだった?』

 事務所には仕事の関係と和成さんの趣味で、漫画本や小説、デザインの本などがたくさん並んだ本棚がある。自由に読んでいいと言われたので、私は普段、お仕事の邪魔をしないように読めそうな本を読んでいた。

 それを見たスタッフの人たちが、子供向けの本が少ないからってそれぞれお勧めの絵本や小説とかを持ち寄ってくれて、たまに貸してもらっていたのである。


『……最近どうも美弥ちゃんの様子が変だなーって思ってたけどコレか、コレが原因か。

とりあえず美弥ちゃん、この本は現実とかけ離れた世界だから信じないように。

あとオレとトキヤはこの本みたいにならないからね。うん。気を遣わなくていいからね』

『……そうなの?』

『そうなの。あと今後こういう本は読んじゃダメだよ嘘ばっかり書いてあるから。コレはオレが預かっておくからね。

で、これからオレちょっと向こうで大事なお仕事あるから美弥ちゃんココに居てね』


 早口でそう言った和成さんは、私の本を持ったまま隣の部屋まで歩いていってしまった。笑顔のままで。

 私が居る和成さん専用デスクと、ガラスの壁で区切られた他の従業員の人たちがお仕事している部屋。そのドアを和成さんはくぐり、ぱたんと丁寧に閉めた後。



『誰だ美弥にこの本渡した奴ぁーーーーーーーー!!』



 ガラス越しに響く怒号に、私は心底驚いて机の下に逃げた。







 たしかあれ以来だったなぁ。和成さんが〝そういうジャンル〟に敏感になったの。勘が良いんだ、あの人。

 読んだ本は……幼い男の子を引き取った若い男の人が、自分好みに育てていく源氏物語的なぼーいずらぶノベルだったっけ。


 …………あぁぁ、忘れたい。思い出すだけでも赤面して床を転げまわりたくなる。痛い子だったな、私……
















 朝、最近習慣づいてしまった時間に家を出ると、家の前でトキヤくんが待ち構えていた。

 顔を合わせた途端、トキヤくんは嫌そうにこう言った。


「言っとくが、俺と弥白はそんな関係じゃない」

「……」

 ……和成さんから伝わったらしい。




 言われなくとも、昨日あの後和成さんから懇々と説教されたのでじっくり身に染みていた。何を説教されたかって、現実と妄想を混同するなとか、もうちょっと周りを見てやれとか、トキヤくんのことを考えてみろとか。

 ……うーん、本人たちが自覚するまでお互いの関係を匂わすような発言は控えよう。日本は表向き同性愛が禁止されているから、本人たちも言い難いんだろう、きっと。


 そのまま二人とぼとぼと歩き出す。トキヤくんはよっぽど嫌だったのか、しかめ面のままだった。

 それでも歩調を合わせてくれるところ、優しいんだよね。

「……今後、そういう誤解はしないでくれ」

「……わかりました」

 そうは言ってもね、貴方BLゲームの主人公だったんだからね。今はそう宣言してても、良い人がいたらコロッと……

「……」

 睨まれた。……なぜわかったし。


 この時間はまだ人影も少なく空気も冷たい。人通りのない早すぎる時間を、二人、肩を並べて歩く。

「……」

「……」

 無言なのはトキヤくんから感じる何とも言えない怒りのせいだ。なるほど、弥白がいなかった理由が分かった。……逃げたんだな、あいつ。

「……っていうか、なんでそんな勘違いしたんだよ」

 トキヤくんがじろ、と睨めつけながらそう言ってきた。まだ怒りが収まらないところを見るに、ずいぶん怒らせてしまったらしい。

「……えー、っと」

「俺と弥白なんかずっと見てきたんだから、分かるんじゃないのか」

「……あはは」

「……ったく。ただでさえ今の時期、会える時間が少なくなってきたってのに」

 最後の方はマフラーに口を埋めながらボソボソと呟いたから、聞き取れなくて聞き返したんだけど、トキヤくんは答えてくれなかった。


「……だいたい、」

 前を向いたまま、背筋を曲げたトキヤくんがぼそっと呟く。

「俺、恋人にするならこういうヤツが良いって、ちゃんとあるし」

 きょとんとして、思わずトキヤくんの横顔を凝視してしまう。マフラーで口元を隠しているから目元しか分からないけれど、ほんのり赤くなっているように感じたのは、寒さからだろうか、それとも。

「どんな人?」

 これは貴重な情報だと身を乗り出して聞いてみれば、トキヤくんは嫌そうな顔をした。

 なに、そっちから振った話題でしょうが。

「……家庭的なヤツ」

「へぇ」

「俺と同い年くらいがいい」

「年上も年下もダメ?」

「……性別は女」

「うん」

「で、おせっかいで、鈍感で、世話焼きで、無防備で、思い込みの激しいヤツ」

「ふーん」

 そっか、オンナノコか。意外だったかも。現実世界だからかなぁ? ゲーム始まってないから何とも言えないけど。

 さて、そういう子は周りに居たかな? 同い年くらいなら、先輩も後輩も入らないのかな……――


 と、必死に考える私は気付かない。

 トキヤくんがむすっとした顔で、こちらを見下ろしているのを。





「お前は?」

「え?」

「お前はどうなの?」

 急に話を振られ、思考が中断した。口を開けてトキヤくんを見て、首を傾げた。

「……えーと、私?」

 何の話だっけ? ……えっと、恋人にしたいなら、って話か。

「……そうだなぁ」

 ひとまずトキヤくんのことは置いといて、会話をすることにしよう。要するに好きなタイプのことだよね。

「優しい人が良いかも」

「……ふーん」

「んー、けど急に言われても想像つかないなー」

 時期が時期だし、高校へ進学してもしばらくバタバタするかもしれないから、自分の恋愛についてはどうにも実感がわかない。ぜんぶの出来事がひと段落つかないと無理なんじゃないかな。

「あ、でも年上の人とかいいかも」

「ごふっ」

 何故かトキヤくんがむせたけど、私は気にせずうーん、と考える。

「弥白に昔、姉さんは年上の方が似合ってるよなんて言われたことあるし」

「……そうか、弥白が」

「年上の人って包容力ありそうじゃない。なんでも包み込んでくれて、優しくしてくれて、一緒に居て安心できて、甘えさせてくれて。あ、うん年上の人いいかも」

 なんて、実はゲームの〝先生〟ルート思い出してたんだけど。

 あの人普段ほにゃーっとしているくせに、いざとなると年上の余裕と言うか、ツンケンした叶野トキヤをうまく誘導してたと言うか、甘えさせてくれるというか、それでいて過去に色々あって時折見せる影の部分とか……。

 あ、高校入学したら会えるかなぁ。会いたいなぁ。



 思い出してんふふふ、とにやける私の頭に、突然重力が襲い掛かった。

「ぐ、おも、ってあいだだだッ! ちょ、なにすんの!?」

「うっせ」

 トキヤくんはなんかの恨みでもあるかのようにぐりぐりぐりぐりと片手で私の頭を押さえつけてくる。ちょ、これ、本気で痛い。

「痛い痛い痛い!」

「人の気も知らないで……」

「なにそれわけわかんな、いだだだ!」










「……なぁ、美弥ちゃんアイツに何言ったんだ? オレずっと睨まれてんだけど」


 数日後、和成さんがやたら憔悴した顔で私に話しかけてきた。

 そんなこと言われても、知らないよ……。






実は用意していた話は、これでおしまいだったりします。……すみません。

ここまで読んで頂きまして、ありがとうございました。


オマケが二つあります。よければもう少しだけお付き合いください。



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[気になる点] タグからボーイズラブを外してください。 BLじゃないとつけてもタグにあるからボーイズラブとしてひっかかります。他のタグなんてわざわざ確認しません。男女の恋愛はボーイズラブではありません…
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