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「……和成さん」

「んー?」


「このみかん、すっぱい……」

「何を言う。このすっぱさがいいんじゃねぇか」

「……和成さんって時々味覚おかしいと思います」





「美弥、私お買いもの行ってくるから」



 みかんを咀嚼しながら和成さんとだらだら会話をしていると、母が後ろから声をかけてくる。

 振り返ると母はすでに外出用のコートを着ていて、ハンドバック片手にリビングを横切るところだった。


「私も行こうか?」

「大丈夫よ。和成くんのお相手してあげて」

「気ィ使ってもらってすいません」

 苦笑して頭を下げる和成さんに、母はにこにこ笑いながら「いえいえ」なんて返す。

「久しぶりに食べてくれるんだから、気合を入れなくちゃね」

「楽しみです、鍋」

「そう言ってくれるなら頑張らないと。それじゃ、あとよろしくね」

 にこにこしながら片手を振り、母は出かけていった。玄関のドアが閉まる音。



 弟の弥白はまだ帰っていないらしい。トキヤくんも今までのパターンから察するにまだ帰ってこないだろう。

 しばらく和成さんと二人きりだ。……別に気まずいわけじゃないんだけどね。


「受験勉強どう?」

 和成さんが頬杖をついて問いかけてくる。私は苦笑いを浮かべた。

「焦ってばっかりでよく分かんないです。落ち着かなくて」

「そうだよなぁ、気を抜けって言ってもなかなか難しいよな。まーあんまり根詰めないことだ」

「胆に銘じます。あ、この前はありがとうございました。英語」

「いえいえこちらこそ。お手伝いできるならなんだってしますよ」

 ぺこりと頭を下げると、和成さんは歯を見せて笑う。

「俺で役に立てるならいつでもどうぞ。美弥ちゃんならサービスしちゃうよ」

「本当ですか? なら今度お願いしようかな」

「おう。学生時代に神童と言われた俺をナメるな」

「なんですか、ソレ」

 得意そうに胸を張る和成さんの姿がおかしくて、笑ってしまった。



 そこで一旦話題が途切れたけれど、また和成さんが口を開く。

「トキヤ最近どーよ?」

 和成さんは時々、こうしてトキヤくんのことを問いかけてくる。顔は毎日合わせているはずだから、和成さんの知らない学校でのことを主に聞いているのだろうけど。

 最近トキヤくんを避けている私にとってはちょっとだけ答えにくい質問だ。表情に出さないよう慎重に笑って返す。

「どうって、別にいつも通りですよ」

「そっか」

「会ってないんですか?」

「ん? いや、会ってるよ。つっても最近は朝飯ン時ぐらいだったな、まともに顔合せるの。忙しかったし」

「そんなに帰り、遅かったんですか?」

「締切近かったからな。ここ二三日は会社に寝泊まり」

「え!? そうんですか……それはお疲れ様です」

「どうも。……トキヤからは何も聞いてない?」

「あ、はい。聞いてなかったですね」

 ふーん、と和成さんは相槌を打つ。

 そして湯飲みを手に取り傾けたけれど、中身が空っぽだったらしく覗き込んだ動きを止めた。

「あ、お茶おかわりいります? 持ってきましょうか」

「お、もらうわ。ありがとな」

「いいえー」

 一度こたつから出て急須の茶葉を確認し、お湯を入れて戻ってくる。自分の分の湯飲みも用意し、二人分入れて一息。

 つけっぱなしのテレビからは再放送の刑事ドラマが流れている。

 しばらく、なんとなしにそのドラマを見ていた。


 ぽつんと沈黙が流れる。

 決して居心地悪いわけではない、そんな沈黙を破ったのは、和成さんのほうだった。




「あの、さ。美弥ちゃん」



「はい?」

「……その、俺の気のせいだったら申し訳ないんだけど」


 何故か言い辛そうに口ごもって、和成さんは視線を明後日の方向へ向けながらぼそぼそ言った。





「……悪い。最近な、トキヤ避けてないか?」








 ぎく。

 予想外のところを突かれ、表情を隠すことに失敗した。

 すぐに取り繕ったが、一瞬崩れた顔を和成さんは見逃さなかったらしい。私が何か言う前に目を細めた。

「やっぱそうか」

 気まずそうな顔から一変、真面目な顔になる。今度は私が視線を逸らす番だ。

「……トキヤが凹んでんだよ。美弥ちゃんに避けられてるんじゃねェかって」

 数秒おいて和成さんがそう言った。恐る恐るそちらを向くと、和成さんは背筋を伸ばして、こちらを伺うようにじっと視線を合わせてくる。

 その目じりが、ちょっとだけ下がった。

「差し支えなければ、おじさんに理由話してくれないか? いや、その、やっぱりアイツも受験生だし、落ち込んでると気になってさ。

トキヤがたぶん無意識になにか悪い事やっちまったんだろうけど、謝るにしてもちゃんと理由きかないと」


「あ、その、違います! トキヤくんが悪いわけじゃなくて」

 慌てて首を振る。このままではトキヤくんが悪者になってしまう。

「……なら、どうしてだ?」

「……」

 なだめるようにこちらを伺う和成さんに、思わず俯いてしまった。

 こちらを気遣う、その顔に私を非難するものはない。優しく優しく、こちらの警戒を解こうとしている。



 まさかあっさりばれているとは思わなかったから、なんかこう、バツが悪い。

 トキヤくんが凹んでるって……うーん、二週間は長すぎたかな。一週間で良かったかな。

 急激に変わらないでさりげなく離れていって、気まずくならないようにしたかったのに。


 さて、この状況をどうしようかと頭をフル回転。

 えーと、「私がフラグを折ってしまう前に主人公トキヤくんの周りをうろちょろするの止めようかと思って」…………通じないだろうなー。そもそもゲームのこと言うつもりないしなー。

 「年頃の男女にしては距離が近いと思うから、ちょっと離れたほうが良いと思います」と理由を………………言ったら、気まずくなりそうだなぁー。

 これからのことを考えるなら今の距離っていろいろ便利なんだよな。交友関係にちょっと口出ししてもそこまで違和感ないしね。〝家族〟に近いんだし!

 黙秘を続けるのも、うーん……トキヤくんの様子が気になるし。




 どれくらいぐるぐる考え込んでいたのか分からないけれど、その間和成さんは何も言わず、待っていてくれた。

 私はしばらく迷い、迷いに迷って、それから理由を口にした。


「……弟と、トキヤくんのためです」

「……弥白くんとトキヤのため?」


 わざわざ反復してくれた和成さんは首を傾げ、私は頷く。


「和成さんから見て、弥白とトキヤくんはどう見えますか?」

「どう、って。……仲良いと思うぜ?」

「ですよね」

 頷いて、それから顔を上げる。ひたすら目を瞬きさせる和成さんの顔をしっかりと見つめた。





「だから私は、二人の邪魔をしないようにしようと思いました」

「…………………は?」




 もっと他に何かないのか、というツッコミは聞かない。私も結構テンパってたんだと思う。

 和成さんは意外を通り越して、ぽかんと口を開けた。顔が崩れているが私にはそれを指摘する余裕はない。


「えと、その、弥白、トキヤくんといると楽しそうだし。トキヤくんもそうだし。

で、トキヤくんは私も誘ってくれるんですけど、なんか二人で居たほうが盛り上がってる気がするし。でもトキヤくんは優しいから、私に気を使ってくれてるんだと思うので。

だからちょっとだけトキヤくんと距離を置こうと……あぁでも、ホントのすれ違いの時もありますけれど」

「…………」

「ほら、もう受験ですから。二人がゆっくりできる時間も少なくなってきたから」

「………………」

「和成さんから見てどうですか? そう思いませんか?」


 む、突っ走りすぎたろうか。私は和成さんの一挙一動を逃さぬようしっかり見つめ――――














――――和成さんは、まるで糸の切れた操り人形みたいに崩れ落ちた。


「…………」

「…………」


 そのまま和成さんは頭を抱えている。まるで急に頭痛がして思わず頭を抱えたみたいな。

 ものすごく苦悩しているようだけど異様な雰囲気に何も言えず、自然と沈黙が流れる。


「…………………………………………美弥ちゃん」

 だいぶ長い沈黙を経て、和成さんはそのままの姿勢で呼びかけてきた。喉の奥から絞り出したような声だった。


「美弥ちゃんはさ、昔っからなんか、こう、思い込みの激しいところがあったな」

「……え?」

「一直線って言うか、こうと決めたこと以外は目に入らなくなるというか、ある意味で美徳だし美弥ちゃんの個性でもあるけどさ」


 ゆっくり顔を上げ、和成さんはにっこり、にぃっっこりと、笑った。

 底冷えするような笑顔だった。






「で、今度はどんな内容の本読んだの? おじさん今なら怒らないで聞いてあげる」








おじさん、分かったんだ。すげぇ。




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