5
「あら、今日は早く学校行くの?」
翌朝、朝食の片づけをしていたお母さんがにこにこしながらも首を傾げた。
まずは〝朝にトキヤくんと一緒に学校へ行く〟というイベント回避から。
「うん。それじゃ行ってきます」
あえて詳しく理由を言わず、そそくさと家を出る。
晴れているとはいえ、早朝は冷える。さて、時間つぶしは受験生らしく勉強することにしよう。
昼休みにはそそくさと教室を出る。
「どうしたの、教室に居たくないの?」
その様子を見ていた私の友人(女)が、眉を寄せていた。
「うーん、だってほら、ずっと教室に居るから外の空気吸いたくて」
「今まで『教室から動くのめんどうくさい』ってかたくなに出なかったくせに」
視線を逸らす。
「……気が変わったの」
「そう」
「しばらくいろいろ回ってみようかな。……あ、図書室行こう」
「あたしも行こうかな」
「一緒に行く?」
「そうね」
頷いて隣に並んだ友人は、宣言通り私の後をついてきた。そして、しばらくの無言。
「……えーと、あの」
「なによ」
「…………理由、聞かないの?」
「話したくないんでしょ?」
「……うん」
「それならいいわ」
友人は至極当然のようにそう言った。
たぶん聞きたいだろうに、詳しい理由を聞かないで、けれども落ち着かない昼休みに付き合ってくれるつもりらしい。
「……ごめん。ありがとう」
良い友達を持ったなと、心の中で笑う。
「みゃーちゃん、最近撤収早くない?」
帰りのホームルームが終わり立ち上がる私に、隣の席の男子生徒が声をかけてきた。校則違反にならない程度に髪を染めた若干チャラそうな外見の人だ。でも中身は割といい人。
「そうかな?」
にへら、と曖昧に笑う。クラスメイトは首を傾げた。
「そういえば昼休みにとっきゅん来てたけど会えた?」
「トキヤくん? 会えてないよ。なにか用事かな?」
「んー、ごめん知らない。とっきゅんも言わなかったし。けど会えてないんならしばらく待ってたら? とっきゅんこのクラス来るよ。塾までまだ時間、あるんじゃない?」
「……んー、けど今日は帰るよ。見たいドラマ録画予約するの忘れたんだ」
一回家に帰ってから通っている進学塾へ行くことを告げる。クラスメイトはそれ以上何も言わず手を振ってくれた。
「じゃ、とっきゅん来たら帰ったって伝えとくよ。他、なんか伝言ある?」
「特にないよ、ありがとね」
軽くそう言い、足早に教室を出る。話をしていたクラスメイトとトキヤくんは仲が良いから、油断してると本人が来てしまうかもしれない。
なにか用事があったとしても塾の帰りに顔を合わせるのだ。これくらいの擦れ違いなら大丈夫だろう。
そんなふうにして私の作戦は実行されていく。
どうせ家に帰れば顔を合わせるのだから学校や進学塾ではさりげなくトキヤくんを避けてみた。中学校では隣のクラスだから出現ポイントさえ押さえれば簡単に逃げられるし、進学塾は同じクラスとはいえ勉強ばかりだからそもそも話す時間がない。
この〝距離〟に慣れておかなければならない。今回は徹底的に避けてみたけど、どうやったらトキヤくんに会わなくて済むか概ね理解できたら、一度前と同じ状態に戻して、今度は少しずつ小出しにしていく予定。
いきなり避けると疑問に思わせてしまうだろうから、できればさりげなく距離を置く方法を目指したい。欲を言えばトキヤくんの周りを第三者として観察できる距離が良いな。
そうしてあっという間に二週間。……そろそろ理由づけも難しくなってきたし、だいたい要領分かってきたから元の生活に戻すかなーと思っている頃。
放課後のトキヤくんを避けて学校を出ると、珍しくお日様が地平線のすぐ上で頑張っている時間帯に帰ることが出来た。すると玄関に見慣れない、けれど見覚えのある靴が一足。
「あれ、和成さん来てたんだ」
「おぅ、おかえり美弥ちゃん。お邪魔してるぜ」
リビングのこたつに足を突っ込んで、くつろぎモードの和成さんが片手を振って挨拶してくれた。
〝叶野和成〟。通夜で私を庇ってくれた人。〝叶野トキヤ〟を引き取って育てている義理の父親。
が、現在私の家に居て、居間のこたつに入ってテレビを見ている。こたつの上には湯飲みとみかんの皮がふたつ、ぺちょっと置いてあった。
あの通夜の時からは年を重ねてしまったけれど、逆におじさんゆえの〝渋み〟がちょうどよくにじみ出ていて、まぁ要するに〝チョイ悪オッサン〟になった和成さん。(オヤジと表現するにはまだ若い)
この人も攻略対象なので、かっこいい。
茶色く染めた髪をオールバックに撫でつけて、あごにはちょっと不精ひげ。運動不足解消のためにジムに通っているおかげですらっとした体格に、実は筋肉が程よくついているのも知っている(和成さんはお風呂上りに上半身裸でうろうろするのが常だから)。仕事モードは銀フレームのメガネ着用、オフモードはメガネなし。口元をニヤ、と吊り上げるのがクセらしい。
新設したばかりだったデザイン会社も今は軌道に乗って、和成さんは代表取締役であると同時に、そこそこ名の売れたデザイナーだ。テレビに出たことはないけど有名人のアレコレをプロデュースした、という話は聞いたことがある。
ゲーム時は時折テレビ出演もしているって設定資料集に書いてあったから、オファーがくるのも時間の問題なんだろうな。
「なんか顔あわせるのも久しぶりですね」
「そーだな」
自分の部屋に荷物を置き、制服を着替えた私はリビングに戻ってきて和成さんの向かいに座った。勉強は、ちょっと休憩しよう。
ちなみに現在の和成さんはオフモードなのでメガネなし、オールバックの前髪も少し乱れて額に落ちて、そうなるといつもより童顔に見える。洋服も仕事用のパリッとしたスーツとかジャケットじゃなくて、パーカーにジーンズだった。こたつに足を入れてこちらを見上げてくる薄茶の瞳は、半分くらいしか開いていない。……眠いのかな。
「お仕事、一区切りついたんですか?」
「まぁな。もうちょっとしたら別のに取り掛かる予定だけど、ちょっと休憩」
「そうなんですか。今日はまたどうしてウチに?」
「あれ聞いてない? 今日鍋するからって、俺とトキヤ、お呼ばれしたの」
和成さんが意外そうに目を見張る。
「夕飯こっちで食べさせてもらうってトキヤにメール送っといたんだけど」
「…………あー、いえ、なんだかんだトキヤくんとすれ違っちゃって。あんまり話してないんですよ」
まぁ、避けてるわけだけど。
「……ふーん」
和成さんはそう相槌を打って、三つ目のみかんをむき始めた。
「すれ違っちゃって、か」
ぽつりとつぶやかれた声を聞き取ることが出来ず、私は首を傾げる。
「なにか言いました?」
「いンや、なんでもない」
みかんいる? と聞かれたので、ありがたく手を差し出した。
(補足説明↓)
「ところで、よくこんな時期にみかんあったな」
「お父さんのお友達からのおすそ分け、って聞きました。ハウス栽培モノらしいですよ」
「ふーん」
作中の時期は10月頃のイメージ。
遠慮なく食べてる和成さんと、気にしない橘家面々の図。