表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

 翌朝。

 学校に行くために家を出ると、見慣れた後ろ姿が前方にあった。

「あ、トキにぃだ。トキにぃー」

 後ろから一緒に家を出た弥白が呼びかける。そう大きくない声だけど、トキヤくんは振り返った。

「はよ」

「おはよう、トキにぃ」

「おはよう、トキヤくん」

 挨拶を交わし三人合流して歩き出す。

 特に約束をしているわけではないのだけど、よほどのことがない限り私たちは一緒に学校へ行くようになっていた。

 家が近いから、学校行く時間に出るとこうなる可能性が高いんだよね。トキヤくんは部活してないし。

「調子はどう?」

 私の前にはトキヤくん、その隣に弥白。二人の背中を見ながらてくてくと歩く。弥白が少し心配そうにトキヤくんへ身を乗り出していた。それにトキヤくんが答えている。

「特にいつも通りだよ」

「うーん、トキにぃは余裕だなぁ。もう受験勉強、追い込みに入るんでしょ?」

「別に余裕ってわけじゃない。これでも不安はあるよ。顔に出ないだけ」

「それが余裕ってやつなんじゃないの? 僕も来年はそうなるんだよなぁ……」

「今から心配したって仕方ないだろ。それより、美弥は無理してんじゃないのか?」

 ぼんやり二人の会話を聞いていた私のほうを、ふいにトキヤくんが振り返る。

「え、私?」

「昨日も転寝してたし。夜とか遅くまで勉強してんだろ?」

「……そうだけど」

 受験生だから、最近は勉強時間を長くとっている。塾の課題をやっていればいつのまにか日付が変わってた、なんてことも多い。

 なんとなく焦る気持ちが出てきてしまうんだよね。

「うん、姉さんも最近頑張ってるよ」

 弥白が同意するように頷いた。それからこちらを見る。

「トキにぃと同じ高校に進学するんだよね」

「美弥も合格圏内だろ? 俺が言えた義理じゃないけどあんまり無理するなよ? 体壊したら元も子もないんだし」

「……分かってるよ」

 二人して心配そうに言うものだから、苦笑してそう返した。


 高校を決める時、少し迷ったけれどトキヤくんが行くはずの学校を選んだ。高校見学に行った、二駅先のあの高校。私には少し上のランクだったみたいだけど、このまま頑張れば合格できるラインだと先生に言われている。

 トキヤくんもトキヤくんで、志望校を決める時はだいぶ悩んだみたい。私があの高校を考えていると言うと、複雑そうな、心配そうな顔をした。高校見学の一件について私は詳しい事情を話していないから、何かあったんじゃないかと心配してくれたらしかった。

 それを否定すると、トキヤくんは少し考え込んだ後、俺もそこがいいと思ってた、と呟いた。

 その時から、トキヤくんと同じ学校に行くことは目標でも希望でもなくなった。


 正直、物語の流れに進もうとしていることへの不安や焦燥がある。でもトキヤくんの助けになりたいという思いが強かったから。



「そうだ、トキにぃ。勉強見てよ、僕と姉さん一緒に」

 弥白が思いついたようにトキヤくんを振り返った。トキヤくんは首を傾げ、私は思わず聞き返す。

「え、私も一緒に?」

「なぁに、嫌なの姉さん。トキにぃ勉強できるじゃん」

「そういうわけじゃないけど」

「……俺も受験生なんだけど」

 トキヤくんが眉をしかめてそう言うけれど、小さく息を吐いて苦笑する。

「ま、いっか。一緒に勉強するか」

「え、その、私は、」

「なんだよ、嫌なのかよ」

 咄嗟に言葉を濁すとトキヤくんは仏頂面になり、弥白がからかうように笑った。

「姉さん、僕たちと一緒に勉強するの嫌がるんだよねー。たぶんトキにぃの教え方がスパルタだからだよー」

 トキヤくんは片眉をピクリと上げる。

「……そんなこと言うなら教えないぞ」

「ごめんてば。僕も試験近いんでお願いします。あと姉さんこの前英語難しいってぼやいてました」

「ちょ、弥白」

「英語かー……俺もあんまり得意じゃないな。和成さんに言ってみるか」

 二人が話を進めていく様子に、私はこっそりため息をついた。




 トキヤくんの成績は良い。学年トップとまではいかないけれど、成績優秀な位置をキープしている。……成績が悪くて、和成さんに負担をかけたくないというのが根底にあるのだ。

 つられるように私も弥白も勉強するようになった。もともと運動よりも頭を使うほうが好きだったし、おかげさまで成績は中の上あたりをキープできている。


 トキヤくんは昔から弥白の勉強を見てくれて、それはトキヤくん自身が受験生になっても続いていた。そしてその場に私も誘ってくれる。姉弟だから気を使ってくれているんだろうと思うので、私はなるべく辞退するようにしている。


 ゲームでは〝弥白と二人きりで勉強していた〟という過去設定が、後々の弥白と親密になるための布石になってくるのだ。あのツンケンしたトキヤくんが弥白にだけは優しかった、という無意識の特別扱いが、イベントを発生させたりとか弥白の気持ちを暖める結果になったりとか。

 一見地味だけど大切な積み重ねの日々の中、〝私〟が居ては台無しなんじゃないだろうかと、それが辞退の理由だ。

 ゲームと違いトキヤくんの人当たりが柔らかくなっているから、さして重要ではないのかもしれないけど。

 あと弥白がトキヤくんのことどう思ってるかイマイチ分からないから、それも微妙なんだけれども。


 ただ今の二人を見ていたらどう見ても、そう、どーみても『仲の良い兄弟』にしか見えない。家族以上の思い入れが見えないというか、ピンクがかったものがないというか!

 それどころか一時期すっごく仲の悪い時もあって、ヒヤヒヤしたこともあった。いつのまにか仲直りしてたけど。

 ……おかしいな、設定では弥白は小さい頃からトキヤくんが好きだったはず。


 私が鈍感である、という理由もあるけどとりあえず置いといて、おねぇちゃんとしてはこの二人の仲をもう少し進展させてやりたいのだ。





 ……トキヤくんと、ちょっと距離を置いたほうが良いかもしれない。



 トキヤくんは意外と世話焼きだ。それから優しい。先生に頼まれて教材を運んでいる途中、廊下でバッタリ会ったりすると何も言わずに荷物を持ってくれたりするぐらい。

 それ以外にも家に行った時や塾の帰りはちゃんと送ってくれるし、テスト前は勉強見てくれるし、テレビ見ながら「あ、この映画見たいなー」と呟けばちゃんと覚えていてくれて後日連れて行ってくれるし、ちょっとした相談もちゃんと聞いてくれるし。

 ……あれおかしいな、なんだかんだ私と一緒に居ること多くないか?



 やっぱり距離を置いたほうが良いかも。今まで何度かそう思ったことあったけど、今度こそ本格的に。

 私が周りをうろちょろしていて、うっかり何かのフラグを折ってしまったら嫌だ。原作はBLゲーなんだし。

 だいたい、私たちもそろそろ年頃ってやつだから、私に構うトキヤくんを見て勘違いする人もいるわけで。それは昔からあったけど、否定していたらいつのまにかなくなっていた。たぶん私たちの関係が〝幼馴染〟ということが浸透したんだと思う。

 ちなみに幼馴染によくある「周りにからかわれてたら恥ずかしくなって距離を置いた」っていうシチュエーションは小学生時代に経験済みだ。今はなんというか、うん、慣れた。

 でももう高校生になる。高校は新しい人たちともたくさん出会うはず。トキヤくん顔はいいから結構女子に人気あるし、やっぱり付き合いを控えたほうが良いかも。

 トキヤくんだってゲームと違って、可愛い彼女とか欲しいと思っているかもしれないし。それで彼女が出来てゲームと違う展開になっても、幸せになってくれるようならそれでいいし。

 私も彼氏とかちょーっぴり、欲しいかなーとも思っている。……まぁこれからそれどころじゃなくなるかもしれないから、諦めてるけど。



 鈍感なトキヤくんはそのあたり気が付かないと思うから、私から少しずつ、距離を置いてみようかな。

 ルート誘導の為に離れ過ぎは良くないけど、例えば顔色を見るために頬を触るとか、そういう心臓に悪い事はやらないようにしてほしいなぁ。

 ……転寝しちゃう私も悪いんだけどね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ