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2013バレンタイン小話 1

バレンタイン当日に間に合いませんでした(遠い目)




 バレンタインといっても、受験真っ盛りの中学三年生にとってみれば微妙なイベントだと思う。

 高校によっては入試が終わっていない人もいるし、受験が終わった人も合格発表まで落ち着かない日々。そもそも前者の人たちを気遣って騒ぐわけにもいかない。

 たまに周りを見ずに盛り上がる後輩や新規カップルさんたちもいるみたいだけど、たいていは周りから反感を買って終わる。

 騒ぐのは受験が終わってから、というのは暗黙の了解だろう。



 かくいう私は、入試が終わってひと段落ついた人たちの部類に入る。推薦入試が取れなかったから一般入試で、滑り止め高校の合格をひとつ持っての受験だった。

 試験の結果は……絶対の自信はないけれど、思ったより平気だった、と思う。

 入試前の実力テストではA判定だったし、答案はすべて埋めることが出来て、きちんと見直しもできたから大丈夫……だとは思うけれども、いまいち自信は持てない。なんとなく落ち着かない不安を抱えながら、合格発表までを指折り数える日々。

 それは、みんな同じことなんだろうと思うけどね。


 一方私の幼馴染で同じ高校を受けた叶野かのうトキヤくんは、試験前も試験後も涼しい顔をしている。出来具合を聞けば「まぁ……そこそこ」との返答。

 不安はあるけれどもじたばたしても仕方ないだろ、とのことだった。

 ……一緒に育ってきたはずなのに、なんだろう、この度胸の差。

 性別の違い以上にトキヤくんは大人びている気がする。彼は私と違って複雑な境遇を持っているからそれも頷けるのだけれど、それにしたって悔しさが拭えないのは、なんでだろ。


 ともかく、私の目標である「〝叶野トキヤ〟と同じ高校に行く」件については、できることをやったから後は神様に祈るしかない時期だ。

 そうなってくると、私自身はバレンタインにも参加する余裕ができてくるわけで。

 幸い、私の親しい友人たちも高校入試を終えてひと段落する人たちばかりで。


 せっかくのバレンタインだからと、ささやかな友チョコ交換をすることになった。しかも女の子らしく手作りで。

 学校はお菓子の持ち寄り等は禁止されているんだけれど、そこはまぁ、バレないようにやるのが子供の特権だと思う。






 今年のバレンタインは平日。でも学校から帰ってきて用意して云々というのは少し面倒くさい。

 そんなわけでバレンタインを今週中に控えた日曜日、我が家の台所を貸し切って手早く準備をすることにした。

 作るものは定番にブラウニー。インターネットで簡単そうなレシピを引っ張ってきて、それを見ながら作ってみることにする。

 簡単な料理くらいは作れる身ではあるけれど、調味料が目分量でも構わない普段と比べて、お菓子はきちんと材料を図らなければいけないからちょっと大変だ。なにより私は料理がそこそこできるとはいえ、お菓子作りは初心者だ。

 見通した母が「手伝おうか?」と声をかけてくれたけれど、今回はお断り。


 ……なんでって? だって、今回は。



「よーしトキヤくん、頑張って美味しいの作ろうね!」

「……はぁ、まぁ、別にいいけど」


 トキヤくんと二人で作るのだ。






 話せば長くなるから割愛するけれど、私の居るこの世界はとある〝BLゲーム〟と瓜二つの世界だったりする。

 私はとある出来事によりそのことを知った。そしてこのことは私以外、誰も知らない。何故なら私以外の家族、友人、そして目の前に居る〝叶野トキヤ〟は、その〝BLゲーム〟の登場人物たちだからだ。

 ゲームの登場人物になっていると言われればあまり良い気分でもないだろうし、なによりそういうことを〝知る〟ことにより、ストーリー通りに進もうとしている〝未来〟が無茶苦茶になってしまうかもしれない。その可能性を恐れて、私は口を噤むことに決めた。

 そして何気ない顔をして、毎日を生きている。


 目の前の幼馴染〝叶野かのうトキヤ〟は、そのBLゲームの主人公だ。複雑な事情を抱える彼は心の奥に傷を抱えていて、高校生になった時いくつもの出会いによって成長していく……予定のオトコノコ。

 現在中学三年生。まだゲームの始まる前だ。




 我が家のキッチンは昔ながらのスタイルで、つまりダイニングに背中を向ける形になっている。食事をするダイニングとキッチンは壁で区切られておらず、間に背の低い棚で仕切られていた。今流行の対面式キッチンと比べて、調理スペースはちょっと狭い。

 その奥まった場所、材料をボウルに用意する私の隣に、トキヤくんが居心地悪そうに立っていた。


 さらさらした黒髪は後ろがちょっと長かったので、ゴムで無造作にくくっている。青色のエプロンをつけて私を見下ろす顔はいつも通りの無表情、ではなくちょっと困惑気味。線の細い体と、綺麗な顔立ち。どこか庇護欲をそそる年上のおねぇさま方に人気が出そうな外見は、さすが〝受け体質のBLゲーム主人公〟といったところか。

「トキヤくん、薄力粉とってくれる?」

「……はい」

 トキヤくんは棚から薄力粉の袋を取ってくれる。卵とか無塩バターとか板チョコとかその他もろもろ準備して、お湯も沸いたし、さぁ始めようか。



「あのさ、美弥みや。手伝うのは別にいいんだけどさ、いいんだけど」

「なぁにトキヤくん? あ、これ湯せんするよ。こうやってゆっくり溶かしてね、お湯熱いから気をつけてね」

「分かった」

 困惑している割に、トキヤくんは素直に言われたことを実行してくれる。手つきがたどたどしいのはお菓子作り初心者、家庭科の授業以外でお菓子作りをしたことがないというから仕方ない。

 私もそこまで上手じゃないんだけどね。

「料理も愛情だけど、今回だって手つきより何より相手を思いやる心が重要だと思うの。美味しく食べてくれるかな、食べてくれるといいな、っていう真心を込めて作れば、美味しいのができるよ」

「あー、うん。そうだな。……でもコレ、お前の友チョコってやつだろ?」

「トキヤくんだって心を込めるんだよ。今回は陽向ひなたくんにもあげるんだから」

「あー、そう…………ってあげるの? あいつにも?」

「トキヤくんと私からってことで。お世話になってるし」

「………………」

 トキヤくんは手を止め、何とも言えない表情でボウルを見下ろした。

 その顔を見て、私は内心にんまりする。


 お膳立ての準備は整った。我ながら完璧だ。







 さっきから会話に出ている〝陽向ひなたくん〟とは、実は攻略対象者だったりする。

 〝大西陽向おおにしひなた〟という名前の、今は私の隣の席に座るクラスメイト。色素の明るい髪と、お日様みたいな笑顔が印象的な男の子だ。トキヤくんとは中学二年生まで同じクラスで、お調子者だけれども面倒見のいい性格から、入学当時から何かとトキヤくんに構ってくれて今でも仲が良い。

 ちなみにゲームでも最初から好感度高く設定されているキャラクターだ。

 トキヤくんも、表面上は冷たくあしらっているけれど心の奥底では彼の存在に救われている、って感じの。

 もどかしいんだよね、その関係が。



 現実世界でも陽向くんの性格は健在で、容姿も格好いいから女の子にモテているし、本人もまんざらでもなさそうに対応している。嫌味でない程度の「女の子好き」な感じ。

 もちろん女の子から義理でも本命でもチョコはもらえるはず。そんな話をだるだるとしていたらしく、トキヤくんと陽向くんが仲良く教室で話していた休み時間。


 私は、聞いてしまったのだ。


『とっきゅんからのチョコだったらオレ欲しいなー。愛情たっぷり込めたやつ』

『毛根が死滅するような呪いなら込めてやる』

『ちょ』


 何気ない冗談交じりの会話だったけれど、偶然通りがかった私は聞いてしまった。

 少なからず衝撃を受けた。

 そして聞いてしまったからには、私が動くしかない。


 これはもう、お膳立てするしかないよね、って。



 男の子同士がバレンタイン参加とかなかなか難しいと思うし、トキヤくん恋愛感情とかそういうのは鈍いから、ゲームでも陽向くんへの恋心に気づくのにだいぶかかったのだ。

 これは陽向くんからのさりげないアピールだと踏んで、少しでも手助けしなければ。

 ゲームの設定上では、まだこの二人はお互い恋愛感情はない時期だけど、こういう小さな積み重ねとかがきっと後で生きてくるはず。勉強を何度も見てくれている我が弟の弥白やしろみたいに。

 まだルートがどうなるか分からないから傍観しているだけだけど、逆に言えばどのルートに進んでも問題ないようにしておきたい。そしてある程度ゲーム通りに進むようであれば、それに対して協力を惜しまないことにしている。陽向くんルートでも大歓迎。


 私はトキヤくんの恋路を応援して、ハッピーエンドに導くことを目標としているから。





「……よりによってあいつかよ、なんで俺が手伝わなきゃいけな、」

「あ、トキヤくん前髪かかってるよ」

 なんかブツブツ言いだしたトキヤくんの前髪が目元にかかっているのを見つけて、思わず手を伸ばした。成長期になって頭一つ分追い越されたから、ちょっと近づかないと触れられない。

 前髪をいじくると、トキヤくんは面白いように固まった。

「これじゃ邪魔だよね。ピン持ってくるからちょっと動かないで」

 リビングの棚に、ヘアピンなどちょっとしたものをいれた小物入れがある。さらりと身を翻してすぐに持ってくると、言いつけどおり動かないトキヤくんの前髪をちょちょいと止めてあげた。

 まるで七三分けみたいになったトキヤくんの顔を見て思わず笑う。自分でやったけど、似合わない。

「髪伸びたね。そろそろ切らないと眼、悪くなっちゃうよ」

「……………………そ、う、だな」

 トキヤくんは顔を引きつらせ、目線を逸らしていた。ほんのり頬が赤くなっているから、ちょっと恥ずかしかったのかもしれない。

「じゃ、チョコいい感じに溶けたら教えてね。私オーブンの準備するから」

「…………あぁ」

 トキヤくんは大人しく作業に戻った。心なしか口数が少なくなってるから、集中し出したんだろう。





「……ところで美弥、このチョコ」

「ブラウニーだよ。なぁに?」

「えーと、このブラウニー。弥白とか和成かずなりさんにもあげるの?」

 トキヤくんが溶かしてくれたチョコに、溶き卵や砂糖と薄力粉を振るい入れる。その作業中、目の前の彼がそう聞いてきた。私は首を横に振る。

「ううん、これは友チョコ用。あの二人にはいつも通りお母さんと私の合作をあげるよ」


 バレンタインは我がたちばな家と、トキヤくんのおうち、すなわち仲良しのご近所さん叶野かのう家との間に恒例行事がある。母と私が結託して作るバレンタインチョコを振る舞うのだ。

 母は料理好きだ。普段の食事も美味しいし、お菓子作りも上手い。そして今年の母は「ビターチョコを使ってフォンダンショコラを作ろうと思うの~」とにこにこ笑っていた。うちの男性陣は我が弟の弥白を除いて甘い物はあまり得意じゃないほうだから、それを踏まえて毎年母は甘さ控えめの絶品スイーツを作っている。私ももちろん手伝うつもりだ。



「二人にもあげたい?」

「……あげるのは美弥だろ。美弥があげないならいいんじゃないのか、それで」

 うーん、そうじゃないんだけどな。トキヤくんからするとそうなるのか。

「このチョコはトキヤくんも作ってるんだから、あげたい人にあげてもいいんだよ?」

「だから俺は……、」

 何かを言いかけたトキヤくんは、そのまま口を結んで数秒間を開けた。それからひとつ瞬きをして、私を見る。

「……そっか。ならひとつもらう」

「ひとつでいいの?」

「いいよ」

 陽向くん用のものと、もうひとつ。誰にあげるのだろう?





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