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すみません、流行りものが、書きたくなったんです……。
もはやn番煎じ、誰かに怒られるかもしれない、とビクビクしつつ投下。
深く考えずにサックリ読んで頂けると有り難いです。
ある日、神妙な顔をしたお母さんが、私の手を両手で握ってこう言った。
『和也おじさんと、登紀子おばさんが亡くなったの……。お通夜に行くから、美弥も準備するのよ』
たしか、まだ小学校にも上がっていなかった頃。
亡くなったのはお父さんの義理の兄弟の、夫婦だった。複雑な事情なのだが、父の父……つまり私のおじいちゃんの愛人さんから生まれた兄弟。その兄夫婦が、亡くなった人たちだ。
おじいちゃんはちょっと裕福な資産家だった。だからか知らないが、正妻のほかに愛人を持っていたのだという。
おじいちゃんの正妻から生まれたのが、姉弟。弟の方が私のお父さん。
おじいちゃんの愛人から生まれたのが、兄弟。その、兄のほうが今回亡くなってしまった和也おじさん。
つまり、和也おじさんとお父さんは腹違いの兄弟ということになる。
交通事故で、即死だったらしい。
一人息子と一緒に車で外出中、対向車線を走っていたトラックが車線を乗り越えて正面衝突。トラックの運転手は飲酒運転をしていたそうだ。
運転席に居た和也おじさんは即死。登紀子おばさんは一人息子を庇うように抱きしめて亡くなったそうだ。その甲斐あってか、一人息子のトキヤくんは軽傷で済み、一命を取り留めた。
けれどトキヤくんは、一人残されてしまった。
お通夜は、最悪なものだった。
さっき説明した事情から、亡くなってしまった義理兄夫婦は親戚からあまり良い目を向けられていなかったようだ。
私たち家族との関係はそれほど悪くなかったらしいけど、それでも関係の特殊さから、積極的に付き合う関係ではなかったらしい。お互い遠巻きに見る、という感じの。
つまり疎遠な関係だったが、それでもマシだったようだ。他の人との関係は違ったらしい。
白い菊の飾られた棺の前に、亡くなった和也おじさんの弟さんが座っていた。
その隣で、私と同い年だと紹介されていたはずの、トキヤくんが俯いていた。
『愛人の息子だったから、母親に似て短命の運命なんでしょう』
線香のにおいが漂う広い座敷で、誰かの声が聴こえていた。
『疫病神でもついているんじゃないのか』
『おじいさまの財産を狙っていたらしいから、天罰が下ったんじゃないの』
愛人であったというお婆様は、早くに亡くなってしまったと後から聞いた。
『ねぇ、あの子どうするの?』
『誰かが引き取らなければいけないな』
『えぇ、うちはダメよ。息子たちで手いっぱいだわ』
『うちも無理だ』
『アンタんとこは一人息子でしょう、うちはもう三人もかかえているのよ。こっちよりマシでしょう?』
『馬鹿を言うな、息子は医者になる予定なんだ。学費だけでいくらかかると思っている』
『施設にでも入れたらいいんじゃないかしら?』
当時まだ幼かった私は大半の意味が分からなかったけれど、それでも酷い言葉を交わしていることは理解できた。
潜められた声は、けれどトキヤくん自身まで届いていた。俯いた肩が、ぴくりと動いていた。
『両親が死んだというのに、泣かないのよ、あの子』
『気持ち悪いわ』
――――……きもち、わるい。
その瞬間、私は手に持った数珠をそう言った人たちに投げつけていた。
『ふざけんなー!』
突然立ち上がり猛然と怒り出した私に、その場の視線が一斉に集中した。お坊さんの読経も止まった。
横で母が手を引いたが、私は止まらなかった。顔を真っ赤にし、両手を振り上げてその人たちへ突進していったのだ。
『きもちわるいって言うな! ひどいことばっかり言うな! あんなに泣いてるのに、いじわるばっかり言うな! 人の嫌がることは言っちゃいけないって先生も言ってたのに!』
驚いたように顔を上げた、トキヤくん。
その瞳は涙を零してはいなかった。
けれど、なんとなく分かっていたんだ、そのころは。
――――あぁ、泣いているんだと。
それなのに、それなのにと。大半の意味は分からなかったけれど、周りの大人たちの声が、すごくすごく嫌だったことを覚えている。
我慢できなかったことを、覚えている。
『おとななのに、そんなこともわかんないのか!』
絶叫は、嘲りを返された。
『なに、この子』
『誰の子だ? 礼儀知らずな。困りますね、ちゃんとしつけをしておかないと』
『アンタの子どもか? 大人に数珠を投げつけるなんてなんと非常識な』
私の叫びを聞いた大人は、傍にいた私の両親を攻撃しだした。
その言葉を聞いた瞬間、頭が沸騰しそうになった。顔が真っ赤になった。
私の腕をつかんだ母の手が、きゅ、と強く力を込めた。
その、瞬間だった。
『――――非常識なのはどちらだ』
涼やかな声が響いた。
トキヤくんの横に座っていた、弟さんが発した声だった。
冷たい、氷のような響きだった。その声が響いた途端、場の空気が凍りつくようだった。
弟さんは立ち上がると、騒ぎの中心であるこちらを睨み付けた。喪服と、黒いネクタイを締めた、当時まだ年若い人だった。後から逆算すれば三十にもなっていなかった。
『仮にもアンタたちと血縁関係のある人たちが亡くなったというのに、故人を偲ぶ通夜でも己の保身しか話せないのか。こんなに小さな子供の前で、親の悪口と財産分与の話と、子供の身柄のことを話すことが、アンタらの常識なのか』
『……和成さん』
隣の私の父が、弟さんの名前を呟いた。
『その子の言うことは全面的に正しい。心の中で何を思っていても表面で隠し通すのが大人だろ、アンタらはそれでも大人かよ。反吐が出る。こんな腐れ切ったやつらと少しでも血が繋がっているのかと思うと、虫唾が走る』
弟さんは隠さずに嫌悪と憎悪を露わにした。
黒髪の奥に見える端正な顔立ちと相まって、その表情は対峙するものをすくみ上らせる迫力を持っていた。事実、誰も声を発することが出来なかったのだ。経を読むべきお坊さんでさえも。
『……――――ご心配なく。アンタらの手は煩わせない。この子は、トキヤは俺が引き取る』
突然、弟さんはそう宣言した。親戚一同が呆気にとられる中、弟さんは体の向きを変え、呆然と見上げるトキヤくんの前に座り込んだ。
『なぁ、トキヤ。……俺と一緒に暮らそうか』
丸く目を見開いたトキヤくんは、その後、小さく頷いた。
頷いて、目の前のその人に抱きしめられたのだ。
それは、ひとつの物語が始まった瞬間のこと。
当時の私はめまぐるしく変わる状況の半分も理解していなかったから、後から聞いた話を補足して理解した、最悪の通夜でのこと。