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第一話 日高の怪物

2022年4月12日、ある1頭の牡馬が生まれた。


名前は「ヒダカレミントン」


父はGⅠ優勝経験を持つゴールドクラッチ、母は重賞馬を4頭排出しているホーリーナイト。血統的に見れば申し分のない馬だが、当時その馬の誕生を特別視するものは誰一人としていなかった。


北海道、日高。


数多くの競走馬の生まれるこの土地では名血統の仔馬など珍しいものではなかった。


春の冷たい風の吹く牧場の中で、ヒダカレミントンはゆっくりと立ち上がった。生まれて間もない脚はまだ頼りない。ふらつきながら、何度も体勢を崩しそうになる。だが、数分後にはしっかりと四本の脚で立っていた。


「おお、早いな」


牧場のスタッフが感心したように言う。


母馬ホーリーナイトは静かに仔馬を見つめていた。ヒダカレミントンは母の体に鼻先を寄せ、やがて初めての乳を飲み始める。


牧場の朝は静かだった。


遠くの放牧地からは他の馬のいななきが聞こえる。空にはまだ淡い雲が流れ、山の向こうから春の光がゆっくりと差し込んでいた。


ヒダカレミントンはその日、何度も立ち上がり、何度も歩いた。


そして、ほんの少しだけ走った。最初の一歩はぎこちない。二歩目も、まだ不安定だった。だが三歩目で、急に動きが変わった。小さな体がぐっと前に出る。


蹄が土を蹴る。


「おい、見たか?」


スタッフの一人が声を上げた。


仔馬はほんの十数メートルほどを駆けただけだった。それでも、その動きは妙に速かった。


普通の仔馬とは少し違う。


「脚の回転が速いな......」


年配のスタッフがつぶやく。


もちろん、それだけで将来が決まるわけではない。競走馬の世界では、期待された馬が走らず、逆に目立たなかった馬が突然覚醒することも珍しくない。


それでも、その場にいた何人かは同じことを感じていた。


―――この仔、ちょっと違うかもしれない。


春が過ぎ、夏が来る頃にはヒダカレミントンはすっかり成長していた。放牧地を走り回る姿は、他の仔馬よりもどこか勢いがある。


だが同時に、少し変わった性格も見えてきた。


とにかく、とにかく走りたがるのだ。


誰かに追われるわけでもないのに、突然全力で駆け出す。放牧地の端から端まで一気に走り抜け、また折り返してくる。


まるで、体の奥に燃える何かを持っているみたいに。


「元気がいいのはいいことだが......」


牧場長は柵越しにその姿を眺めながら言った。


ヒダカレミントンは坂を駆け上がり、そのまま草地を突っ切る。スピードに乗った体は軽く、風を切るようだった。


朝日がその体に当たる。


黒に近い毛並みが、ほんの一瞬だけ銀色に光る。


「.....速いな」


誰かが小さくつぶやいた。


ヒダカレミントンは走り続ける。


止まろうとしない。


他の仔馬が疲れて立ち止まっても、この馬だけはまだ走っている。


やがて息を整えるように歩き出し、何事もなかったように草を食べ始めた。


牧場は再び静かになった。


だが、その日からスタッフたちの間で、少しだけ話題になる馬がいた。


「レミントンって仔、あれ速くないか?」


「確かに。脚の回転が妙にいい」


「ただ、ちょっと気性が強そうだな」


まだ、誰も知らない。


この馬がやがて――


何度もゴール板の前で敗れ、


それでも最後には歴史に残る走りを見せることになることを。


そしていつの日か、人々はこう呼ぶことになる。


“銀色の魂を持つ馬”


ヒダカレミントンは、まだ何も知らない。


ただ、風の匂いを感じながら草原に立っていた。


静かな日高の空の下で。

どうも、めっちゃ時間が空きました。スシ郎本店です。

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