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妊娠したのは親友でした。でも父親は─  作者: 熊猫ぱんだ


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第8話 いなくなった命

 朝、夫の声で目が覚めた。


「……うん。うん……わかった」


 寝室のドアの向こう。


 低く、沈んだ声。


 胸騒ぎがする。


 私はゆっくり起き上がった。


 ドアを開けると、夫がこちらを見た。


 目が赤い。


「里奈が……」


 喉が詰まったように、言葉を絞り出す。


「流産した」


 


 一瞬、音が消えた。


 世界が、静かになる。


「そう……」


 それしか言えない。


 夫は壁にもたれかかる。


「昨日の夜、出血して。今、病院」


 昨日。


 ビデオ通話のあと。


 


 胸が、ぎゅっと締めつけられる。


 命の話だ。


 本当なら、悲しい。


 どんな事情でも、悲しい。


 


 夫は私を睨んだ。


「お前が検査とか言うからだ」


 予想していた言葉。


「プレッシャーかけたんだろ?」


 静かに、息を吐く。


「私は週数を確認しただけ」


「追い詰めただろ!」


 怒鳴る。


 でも、その声はどこか弱い。


 


 私は座る。


 落ち着いて。


「何週だったの?」


「……七週」


 やっぱり。


「病院は?」


「……聞いてない」


「診断書は?」


「そんなの今どうでもいいだろ!」


 


 どうでもよくない。


 


 数時間後。


 里奈からメッセージが届く。


『ごめんね』


 それだけ。


 絵文字なし。


 スタンプなし。


 


 私は返信する。


『体大丈夫?』


 既読。


 返事はない。


 


 私は静かにスマホを置き、昨日保存したスクリーンショットを開く。


 飲酒投稿の日付。


 週数の矛盾。


 発言の録音。


 


 そして、あることに気づく。


 


 里奈のストーリー。


 妊娠発表投稿は、削除されていない。


 普通なら。


 流産したら、消すはず。


 少なくとも、非公開にする。


 


 さらに。


 彼女のサブアカウント。


 そこに、今日の投稿。


 ——“人生いろいろあるよね笑”


 背景はカフェ。


 病院ではない。


 


 心臓が、ゆっくり鼓動を刻む。


 


 夜。


 夫が帰ってくる。


「手術だったらしい」


「どこの病院?」


「……」


 答えない。


「母子手帳は?」


「そんなこと今聞くなよ!」


 


 怒鳴る声の奥に、迷いがある。


 確認していない。


 何も。


 


 私は立ち上がる。


「私、明日検査に行くね」


「まだやるのか?」


「うん」


 夫をまっすぐ見る。


「命の話だから」


 静かに。


「嘘があったら、困るでしょう?」


 


 その瞬間。


 夫の顔に、ほんの一瞬、影が走った。


 


 もし本当に流産なら。


 証明できる。


 でも。


 もし嘘なら。


 


 追い詰められているのは、どっちだろう。


 


 私はお腹に手を当てる。


 ここにある鼓動は、本物。


 消えていない。


 


 嘘で命を使ったなら。


 それは、もう戻れない。


(続く)


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