第5話 孫は、あちらで育てます
義母が来たのは、夕方だった。
夫と一緒に。
インターホン越しに見えた義母の顔は、どこか決意に満ちていた。
嫌な予感しかしない。
リビングに通すと、義母は座るなり言った。
「体調は?」
「……大丈夫です」
嘘ではない。
本当でもない。
夫は私と目を合わせない。
義母はバッグから封筒を取り出した。
「今日はね、大事な話があるの」
胸がざわつく。
「里奈さん、いい子ね」
一瞬、空気が止まる。
「明るくて素直で、ちゃんと甘えられる。ああいう子が母親には向いているのよ」
喉が締まる。
「……それは、どういう意味ですか」
義母はため息をついた。
「あなたは、強すぎるのよ」
意味が分からない。
「不妊治療だって、あなたが主導だったでしょう?」
違う。
彼が子どもを欲しいと言った。
私は支えただけ。
「男の人ってね、繊細なの。責められている気になるのよ」
責めた覚えなんて、一度もない。
「それに」
義母は言葉を区切った。
「彼、ずっとプレッシャーだったって」
横で夫が小さく息を吸う。
否定しない。
「里奈さんはね、“自然に”授かったのよ?」
自然。
またその言葉。
「母親ってね、選ばれるものなの」
視界が揺れる。
お腹に手を当てる。
この子は?
「だから」
義母ははっきり言った。
「孫は、あちらで育てます」
時間が止まる。
「……は?」
「あなたの子が本当にうちの子か、正直わからないでしょう?」
心臓が止まりそうになる。
「でも里奈さんは、彼の子を宿しているって認めている」
認めている?
証明もないのに?
「だから、あなたは無理しないで」
優しい声。
でも刃物みたい。
「身を引きなさい」
夫が、ようやく口を開いた。
「母さん、そこまで——」
「あなたは黙ってなさい!」
ぴしゃり。
「この子の将来がかかってるのよ?」
将来。
誰の?
私はゆっくり立ち上がる。
震えない。
もう、震えない。
「お義母さん」
「なに?」
「主人の検査結果、ご存じですよね?」
ぴたりと動きが止まる。
夫の顔色が変わる。
「自然妊娠は難しいと、三年前に医師から説明を受けました」
「そ、それは……」
「なのに、どうして“確定”なんですか?」
静寂。
義母は目を逸らした。
「男のプライドってものがあるの」
答えになっていない。
「だから、都合のいいほうを信じるってことですか?」
夫が顔を上げる。
「やめろ」
低い声。
「検査の話はするなって言っただろ」
ああ。
やっぱり。
知られたくないのは、私じゃない。
「私は事実を言っているだけです」
静かに言う。
「もし本当に彼の子なら、きちんと証明できます」
義母が鋭く睨む。
「検査なんて、疑うようなことをするの?」
「疑われているのは、私です」
空気が凍る。
私ははっきり言った。
「出生前親子鑑定をします」
夫が立ち上がる。
「やめろ!」
「どうして?」
目を見て問う。
「本当にあなたの子なら、困らないでしょう?」
言葉が詰まる。
義母は立ち上がり、バッグを掴んだ。
「そんな女だったのね」
そんな女。
事実を確かめたいだけの。
ドアが閉まる音。
残された沈黙。
夫は私を睨んだ。
「俺を信用できないのか」
胸が、少しだけ痛む。
それでも私は答える。
「信用していたよ」
過去形。
「だから、守ってきた」
あなたの数値も。
あなたのプライドも。
「でも今は」
お腹に手を当てる。
「この子を守る」
夫は何も言えない。
奇跡は一度で十分。
二度目は、嘘かもしれない。
(続く)




