エピローグ 選ばれなかった人たち
三年後。
私は忙しかった。
子どもはよく笑う。
保育園の送り迎え、仕事、打ち合わせ。
毎日は慌ただしいけれど、穏やかだ。
元夫とは、月に二度の面会。
父親としての時間は、約束通り守っている。
ある日。
面会の帰り際、彼がぽつりと呟いた。
「……再婚、うまくいかなくて」
私は何も言わない。
「付き合う人ができても、結局聞かれるんだ」
“どうして離婚したの?”
彼は視線を落とす。
「正直に言うと、だいたい終わる」
当然だと思った。
“妻の妊娠中に不倫して離婚、慰謝料支払い済み”
書類は消えても、経歴は消えない。
「信頼って、一度失うと重いな」
彼は苦く笑う。
「今さら、身に染みてる」
私は静かに答える。
「学べたなら、無駄じゃない」
それ以上は言わない。
同じ頃。
里奈の噂を聞いた。
慰謝料の支払いで仕事を辞め、転職を繰り返しているらしい。
“略奪未遂で訴えられた”
そんな話は狭い世界ではすぐ広がる。
偶然、駅前で見かけたことがある。
派手だった髪は地味になり、
視線はどこか怯えていた。
目が合った。
一瞬、何か言いたげだったけれど。
私は軽く会釈して通り過ぎた。
勝者でも敗者でもない。
ただ、選んだ道の結果。
元夫は、父親としては努力している。
でも、夫としてはもう選ばれない。
里奈は、ようやく“誰かの一番になるには奪わないこと”を学んだのかもしれない。
私は。
守ると決めたものを守れている。
それだけで十分だ。
子どもが笑う。
その笑顔に、疑いはない。
もう、証明する必要もない。
私は、静かに勝ったのだと思う。
(完)




