最終話 守ると決めた
春の光は、確かにあたたかかった。
義母は涙を流し、夫は私の手を握った。
「やり直そう」
そう言った。
私は、頷いた。
その場では。
夜。
寝室で一人になると、静寂が重くのしかかる。
夫は弱かった。
義母は怖かった。
里奈は間違えた。
全部わかる。
理解はできる。
でも。
理解と、許すことは違う。
翌朝。
私は封筒をテーブルに置いた。
「これ、何?」
夫が聞く。
「離婚届」
空気が止まる。
「……え?」
離婚届を置いたあと。
私はもう一つの封筒を出した。
「何だよ、これ」
「内容証明」
夫の顔が強張る。
「あなたと里奈、両方に送ってる」
静かな声。
「慰謝料請求」
沈黙。
「……両方?」
「不貞は共同不法行為」
私は淡々と続ける。
「あなたは里奈の子供を自分の子だと思っていた」
夫の呼吸が止まる。
「出張って言ってた日、全部覚えてる」
スマホを置く。
位置情報。
ホテルの履歴。
メッセージのスクリーンショット。
夫は崩れる。
「ごめん……何回か、会った」
何回か。
その曖昧さはなんのため?
「もう決めたから」
もう遅い。
「私が妊娠する前から、続いてたよね」
沈黙。
「不妊って言われて、男として自信なくして」
「でも里奈には触れた」
私は冷静に言う。
「それが答え」
夫は何も言えない。
「慰謝料は、あなたに300万」
静かに紙を指す。
「里奈にも300万」
「そんな大金……」
「家庭を壊した金額としては安い」
淡々。
「弁護士はもう入ってる」
夫の目が揺れる。
「本気か?」
「本気」
私はお腹に手を置く。
「この子の母親だから」
そこへ、スマホが震える。
里奈からの着信。
スピーカーにする。
「どういうこと!?」
泣き声。
「慰謝料って何!?」
私は落ち着いて答える。
「あなた、既婚者と関係持ってたよね」
「でも、妊娠は嘘って……」
「だから?」
声を一段低くする。
「証拠、ある」
短く言う。
里奈の呼吸が乱れる。
「結婚したかった?」
「……」
「なら、独身の人探せばよかったんじゃないの?」
冷たい声。
「あとは弁護士挟んで対応お願いします」
通話を切る。
部屋は静まり返る。
「本当に離婚するのか?」
夫が呟く。
「もう決めたから」
私ははっきり言う。
「自分のしたことの責任取ってください」
私は涙を流さない。
署名欄を指す。
「ここで終わらせるか、裁判で長引かせるか」
夫の手が震える。涙が1粒落ちた。
後悔してももう遅い
ペンが紙に触れる。
サイン。
その瞬間。
私の中の何かが、静かに終わった。
残ったのは大好きだったあの人との子供。
当たり前に3人で幸せな家族を築くと思っていた
あの頃の私
強くなったわけじゃない。
守ると決めただけ。
私と、この子を。
(完)




