幸せな婚約破棄 〜どうぞ妹と添い遂げて〜
「ソフィア・リース! 貴様とは今日で婚約破棄だ!」
王立学園の卒業パーティーで、私はパートナーのアーネスト・ネルソン様に婚約破棄を宣言されました。なぜかネルソン様の腕には、一学年下の妹のミランダが絡み付いています。
「私と婚約破棄……? ネルソン様、妹に何か言われて誤解されてませんか?」
「そうやってミランダを悪者にする気か!」
カチンときました。ええ、きました。
ネルソン様を睨みつけて、腹から声を出す。
「ネルソン様。婚約破棄だなんて、私があなたの婚約者みたいではありませんか! 私とあなたがいつ婚約したというのです?」
「え……?」
ネルソン様の顔色が変わった。会場の皆もびっくりしてるが、驚いているのは婚約破棄された私の方だ。
「嘘よ! お姉さまはアーネスト様がお好きなのでしょう?」
「ミランダ。おかしなことを言わないでちょうだい。ネルソン様はただの同級生でパーティーのパートナーよ」
私にもネルソン様にも決まった相手がいないのでよくパートナーになってもらったけど、それ以上の関係では無い。
そんなネルソン様を籠絡して、何をどう思い込ませたのか婚約破棄までさせる、ミランダの恐るべき手腕に寒気がする。
この子は、私の物を奪うためならあらゆる事を可能にしてみせるのだろう。
ミランダは、昔から私の物を欲しがる子だった。
同じ人形、同じリボンを用意しても、
「お姉様がもらった物の方が可愛い!」
と、私がもらった方を欲しがる。
私は、ミランダが選んで残った方で満足してたのだけど(どう見ても同じ物だし)、母は自分の愛情不足でミランダが姉の物を奪うのではないかと悩んだそうだ。
私が五歳の頃、母の悩みは精神的に病むくらいになったらしい。母の状況を知った隣国に嫁いだ母の姉が「ソフィアと兄を自分の所に遊びに寄越して、あなたはミランダと二人で過ごしてみては」と提案し、何も知らない私と兄は隣国の伯母宅へ遊びに行って伯母夫婦と従兄弟たちに歓迎されて楽しく過ごした。
ここら辺の事情は、随分後になって教えてもらった。
「それで、ミランダと二人で過ごしてどうだったの?」
「あの子のあなたへの執着心は生まれ持ったもので、私のせいでは無いし、どうする事も出来ないと分かったわ」
……母とミランダに何があったのやら。
「だ、だって、聞いたわ! お父様とお母様が、卒業したらソフィアの仮婚約を正式なものにしないと、って!」
「だからって、なぜ相手がネルソン様だと思ったの」
「時々お姉様にネルソン様から手紙や贈り物が届いていたからよ!」
上手く隠していたつもりだったのに、なんという情報収集能力。他の事に使えよ、と思うけど。
「ネルソン様、あなたは私に手紙や贈り物を届けた事はありますか?」
私が否定しても信じないだろうから、ネルソン様に答えてもらおう。
「いや! 一度も無い!」
ミランダが驚いた顔をしてる。
「ミランダ……。私が仮婚約しているのは、隣国のハロルド・ネルソン様なの。従兄弟のリチャード様のご友人よ。国を跨いだ婚姻は、本人が成人してからじゃないと手続きが出来ないでしょう? だから公表していなかったの」
なんて、ミランダから隠すためですけど!
やっとハロルド様と婚約できるので、これで隣国の女性にハロルド様を取られる心配が無くなると内心はしゃいでますが!
とは表に出さず、あくまでも優しい姉を演じて会場の皆がミランダに同情しないようにしないと、ミランダに意地悪な姉に仕立て上げられるのが分かっている。ええ、身にしみているわ。
成長してもミランダが私の物を奪いたがるのは変わる事なく、むしろ私のお気に入りの物、代わりの無い物を狙うのが上手くなっていく。
しかも、周りの同情をひき、譲らない姉の方が悪いという状況を臨機応変に作り出す。
我が妹ながら、恐るべき才能だ。
そんなミランダが、私に婚約者が出来たと知ったら狙うであろう事は火を見るより明らかだった。
同級生に同じネルソン姓の人がいたのは偶然だ。私は、いつも彼にパートナーを頼むようにした。
ミランダが誤解するように。
ネルソン様まで誤解したのは予想外だったけど。
「酷いわ……。私にまで教えてくれなかったなんて」
どこまでも被害者面で行く気ね。
「ミランダも一緒に隣国に行けば紹介出来たのだけど、『あんな田舎に行きたくない』って一度も行かなかったでしょう?」
本当は隣国語が出来ないからですよねー。
あれ以来、私と兄は毎年伯母の所に遊びに行くようになり、そのために隣国語の勉強に力を入れるようになった。
ミランダは我関せずで、隣国に行く気も隣国語を覚える気も無い。
おかげで私は邪魔者無しでハロルド様と仮婚約出来た。
しかし、今までは卒業して隣国に嫁いでしまえばミランダから解放されると思っていたのだけど、この子の執着心は私たちが思っているより強いのかもしれない。
隣国語が全然出来なくても追いかけて来そうだ。周りの人たちに悪意のある誤解を振り撒きながら。
……ぞっとする。
私は、ミランダの右手を両手で包み込んだ。
「何を……」
「ミランダ、もう大丈夫よ」
皆に見えるように優しく微笑む。
「私の婚約者に恋をしたと思って、今まで辛かったでしょう。でももう心配ないわ。ネルソン様はいい人よ。お父様も許してくださるわ。もう悲しまなくていいのよ!」
と、ミランダを抱きしめる。
ネルソン様を見ると、感極まっているようだ。
ミランダを連れてネルソン様に近づく。
「ネルソン様……。可愛い妹なんです。どうか大切にしてください」
「もちろんです。きっと幸せにします!」
私がミランダの手をネルソン様に渡すと、一斉に拍手が起こった。
皆の拍手と「おめでとう!」の声にミランダの抗議の声はかき消され、めでたくミランダはネルソン様の腕の中に。
報われぬ恋が実った、よかったね、と周りは解釈している。
それではそう言う事にして、ミランダはネルソン様にお任せしましょう。どうかミランダを大切にして、側から離さず、私を追いかける暇など与えないくらい愛してください。
よろしくお願いしますわね、一生涯。
2025年10月24日 日間総合ランキング
1位になりましたー!
ありがとうございます(*^o^*)




