第10話:ざまぁ、そして逆転
レオンハルトが食堂で「家族」だと宣言してから、リリエルとユージンの態度は一変した。彼らは、私を無視するどころか、私に媚びるように話しかけてきた。だが、その言葉には、本心からの謝罪など、微塵も感じられない。あるのは、自分たちの立場を失ったことに対する、焦りと苛立ちだけだった。
「お姉様、将軍様は、わたくしたちの冗談を、本気にしてしまったようですわね。すぐに、誤解を解きますから、ご安心ください」
リリエルは、そう言って、私に微笑んだ。その笑顔は、かつて私を奈落の底に突き落とした、あの夜会の笑顔と同じだった。彼女は、まだ、私を自分たちの手のひらの上で踊らせることができると思っているのだ。だが、その声は僅かに震えており、扇子を握る手が、ぎこちなく震えているのが見えた。そのぎこちなさが、彼女の内心の焦りを物語っていた。
ユージンは、私を一瞥すると、冷たい声で、こう言った。
「リリアーナ、君は、将軍を惑わすような真似はやめておけ。君のような女は、私に相応しくない」
彼の言葉は、私の心を深く傷つけた。だが、もう、彼の言葉に怯える私はいなかった。私は、レオンハルトという、揺るぎない壁に守られている。私は、彼らの言葉に、何も言わずに、ただ静かに、微笑んだ。ユージンは、私から視線を逸らし、手に持ったワイングラスを、強く握りしめた。彼の指が白くなり、血管が浮き出ているのが見えた。その完璧な笑顔の裏にある、苛立ちと怒りが、その仕草から伝わってきた。
その夜、砦では、小さな宴が催されていた。焚き火がパチパチとはぜる音が、静かな夜に響く。リリエルとユージンは、その宴を、自分たちのものにしようと、兵士たちに話しかけていた。だが、兵士たちは、彼らの言葉に、ほとんど興味を示さない。彼らの視線は、皆、レオンハルトと、その隣にいる私に向けられていた。
「将軍は、あの方を、本当に大切に思っているようだ」
「ああ。俺たちも、あの方には、何度も助けてもらった」
若い兵士たちは、率直な好奇心で私たちを見ていた。彼らは、王都の貴族の言葉を真に受けず、自分たちの目で見たものを信じていた。年長の兵士たちは、ユージンの傲慢な態度に、皮肉めいた視線を送っていた。無口な兵士たちは、ただ静かに、私とレオンハルトを見ていた。彼らの言葉は、私に、安堵と、そして、少しの誇りを与えてくれた。私は、この辺境で、ようやく、自分の居場所を見つけたのだ。
そんな中、リリエルが、わざとらしく明るい声で、ユージンに話しかけた。
「ユージン様、わたくし、将軍様に、王都での生活の素晴らしさを教えてさしあげますわ。きっと、将軍様も、王都に興味を持つはず……」
彼女は、そう言って、レオンハルトに近づこうとした。だが、レオンハルトは、彼女に一瞥もくれず、ただ、私を見つめていた。彼の瞳は、夜空の星のように、冷たく光っていた。だが、その瞳の奥には、私を深く愛する、温かい光が宿っているように見えた。
「…お前は、ここにいればいい」
レオンハルトは、そう言って、私の肩に、そっと手を置いた。彼の声は、低く、無骨だった。だが、その言葉は、私の心を深く満たしてくれた。
リリエルの顔から、笑顔が消え去った。彼女は、レオンハルトの言葉に、呆然と立ち尽くしていた。ユージンも、その光景を見て、顔を青ざめた。彼らは、自分たちの立場が、もう、ここにはないことを、悟ったのだ。
私は、彼らの様子を、ただ静かに見つめていた。王都では、私は、彼らに笑われ、蔑まれ、追放された。だが、ここでは、彼らが、私に笑われ、蔑まれている。私の胸の奥に、熱い感情がこみ上げてきた。それは、復讐心でも、憎しみでもない。ただ、自分の居場所を守ることができた、という、安堵と、そして、少しの誇りだった。
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翌日、リリエルとユージンは、砦を去っていった。彼らは、私に、何も言わなかった。ただ、その顔には、悔しさと、敗北の感情が浮かんでいた。私は、彼らの背中を、ただ静かに見送った。彼らの乗った馬車が、埃を舞い上げながら遠ざかっていく。その馬車は、まるで、私がかつて乗っていた、あの馬車のように見えた。あの時、私は、孤独と絶望の中で、この辺境へと向かっていた。だが、彼らは、悔しさと敗北の中で、王都へと戻っていく。その光景は、私にとって、最高のざまぁだった。
そして、私は、レオンハルトに、私の心の中にある、本当の気持ちを、伝えることにした。
その夜、私たちは、いつものように、焚き火を囲んでいた。星空は、昨日よりも、ずっと澄み切って見えた。夜風が、私の髪を優しく撫でる。焚き火の匂いが、あたりに漂う。私は、レオンハルトの横に座り、彼の大きな手を取り、こう言った。
「レオンハルト様、私は、もう、王都には戻りたくありません。私は、この辺境で、あなたと一緒に生きたい。私は、もう、妹よりも幸せになる必要はありません。私は、私として、幸せになりたい……」
私の言葉に、レオンハルトは、何も言わずに、ただ静かに、私の目を見つめていた。彼の瞳は、夜空の星のように、冷たく光っていた。だが、その瞳の奥には、私を深く愛する、温かい光が宿っているように見えた。
「…お前は、この辺境では、貴重な存在だ」
彼は、そう言って、私の頭に、そっと手を置いた。そして、彼は、私を抱きしめた。彼の身体から伝わる熱が、私の心を温かく満たしてくれる。私は、彼の胸に顔を埋め、彼の体温を感じた。
「…お前を、生涯、守り抜く」
彼の声は、低く、無骨だった。だが、その言葉は、私の心を深く満たしてくれた。私は、この旅の終着点で、この男に出会えたことに、心から感謝していた。彼は、私をただの「追放された令嬢」としてではなく、一人の人間として、そして、彼にとって大切な「家族」として、見てくれているようだった。