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世界が変わった日




「ねぇ……オレさ、お前にだけはカッコイイって言って欲しい。」


そう耳元で掠れ気味に囁いて来たのは人気アイドルだ。


「だから、絶対にオレを男として認めさせるから覚悟しろよ。」


ドラマなんかじゃ無い。


これは、ワタシ・大神夏海に対しての宣戦布告だったーー



………………………………………………………………………………



キラキラと輝く照明とステージ下には大勢の人々。

みんな私を見上げてくる。


脚が震える。喉も締まって上手く声が出せるかな。

でも……


この不安も緊張も全部歌声に乗せて。

スタンドマイクにそっと優しく語りかけるように。

私・umiの世界が広がるーー


『ありがとうございました〜』


深々と頭を下げた私は盛大な拍手に包まれた。



これは私の物語。

いじめられっ子だった私が歌手として歌を届けるumiとしての物語である。


.

.

.


『お疲れ様でした〜』


初めて出演した歌番組。

共演者とスタッフたちに挨拶回りをしていた。

みんな私よりもこの業界に長くいる先輩たちだ。

ステージに立てば皆の視線と耳を奪う。


心が熱くなるような、そんな熱気に晒されるのが心地よく思えるほどにこの数時間の収録中、私の魂は揺さぶられていた。

そんななか収録場からゾロゾロと廊下へと出てきた集団がいた。

派手な装いにヘッドセットマイクを付けているのは、現在絶大な人気を誇るアイドルグループcaratのメンバー達だった。


『お疲れ様でした。』

[おつかれ〜]

[umiさんもおつかれさま〜]


通り過ぎていくメンバー達。その中でも一際目を引く人物がいた。

私よりもやや背が低く、小柄なのに醸し出されるスター性はこの場の誰よりも圧倒していた。

恵まれたその顔立ちはとろけるような甘いマスクをしている。

子犬のような愛らしい見た目は皆んなから好かれるのは言わずもがな。


『お疲れ様でした。』


彼にも礼儀上お辞儀をして挨拶をした。

しかし無言のまま、彼は少しだけ目の前で立ち止まってきた。

私を見てくる瞳はあの頃とは少し違うものの威圧さは変わらない。

ただ、小さく会釈だけ返してくるとそのまま楽屋へと向かって行った。


『相変わらずね…』


彼のことはよく知っている。

孤高なあの背中には威厳と同時に不安が背負われていた。


この世界の光には必ず陰があるーー



………………………………………………………………………………



「どうだった?初めての歌番組は?」


翌日のこと、大学生に戻った私は普段通り都内の大学の授業に出席していた。ちょうどお昼休みの今、次も空きコマなため比較的長めな昼休憩を過ごすことができる。


向かいに座るのは私の友人である欧州系ハーフの男子生徒だ。

気さくで紳士的な性格に、人目を惹くような端正なルックスをしている彼は敢えて黒髪に染めて眼鏡を掛けて来るという少し変わったところも持ち合わせている。

柔らかな黒髪に一際目立つ彼の薄い瞳は緑とグレーという片方ずつ色が違う不思議な瞳をしていた。この瞳のせいでより彼の日本人離れした彫りの深い顔立ちが際立っているように思う。


頬杖を突きながらゆるりと微笑む彼は近くの女子生徒達の視線を集めている。


『学園祭で歌うのとはやっぱり違うね。』

「……ははは笑そりゃそうだよ笑笑」

『まぁ、でも間違えたとしても撮り直しが効くところがTV番組ならではなんじゃないかな。一人、急に調子悪くなって歌う順番が変わったのもあったし。』

「よくある話だよね。」

『だから、投稿用で撮影してる時と変わらないなって感じ。』

「それはよかったね。じゃあこれからは怖いもの無しだ。」

『そこまでは言ってないよ。』

「こんな淡々と話しているんだから、君のことだし大丈夫だと思うよ?」


なんて言って微笑んでくる彼は単に面白がっているように思う。

優しい人だけど、時々意地悪なところもあるのが彼だ。

そういう時はスルーするに限る。


「しばらくの間は雑誌の取材とか曲の宣伝活動でTVの仕事が増えそうだね。その辺は大丈夫そう?授業の単位は落とさないペースで仕事を入れたらいいから。」

『そこはマネージャーさんが上手にスケジュール組んでくれてる。明後日に新曲PR用のショートムービーと取材はあるけど。』

「そっか。君が大丈夫ならそれが一番だね。」

『……作曲のこと聞かれても…?』

「いつも通りギターを弾きながら思いついたメロディーを殴り書きしていたって答えればいいさ。」


なるほど…と理解した彼女は伏目で承諾の意を示した。

この学内のカフェで人気メニューであるボロネーゼを食べ切ったところで、彼女は一度席を立った。

トレーを返却しに行ったところで再度注文口に向かい、戻ってきた頃にはトレーに二つのマグカップが乗っていた。


『まだお礼していなかったから。とりあえず急拵えだけど紅茶かブラックどっちがいい?』

「気を遣わなくていいっていつも言ってるのに、、」

『ここまで来れたのも千秋くんがサポートしてくれたおかげだし。

それと貸してくれた衣装のやつクリーニング済みだから返すね。』


昨日の収録用に持って行った衣装のうち、彼がジャケットを貸してくれたのだ。少しオーバーサイズ感があったのだが私自身のファッションコンセプト的には問題も無かったため有り難く貸して貰っていたのだ。

私の持ち前の服たちじゃ流石にステージに立てなくて……


「あぁ、昨日君が緊張しなかったのは僕のジャケットを着ていたからか笑」

『…それもあった。』


珍しく素直にそう返してきた彼女はほんのりと照れたようにしている。不意打ちを喰らった彼は数秒間呼吸を忘れていた。


『早く飲み物選んで。冷めちゃうから。』

「じゃあ眠気覚ましにブラックをもらうよ。それと…そのジャケットは小さいから今の僕じゃ羽織れない。だから君にTVデビュー記念にプレゼントしたつもりだったんだよ。」

『そこまでしなくて良かったのに…』

「でも新品を用意しても絶対受け取ってくれないでしょ?笑」

『……本当に私が着ていいの?他に友達とかに譲った方が…』

「僕があげたい人に渡してるんだけど……それも否定するの?」

『………』


こう言われたら何も言い返せない。

時折、彼からこのように圧をかけられる時がある。

至極真っ当な指摘だから私が折れるしかない。


『ありがとう。大切に使うね。』

「よく似合ってるから自信持ってよ。いつまでもクローゼットの中に放置されるよりも君に着てもらう方が服も喜ぶよ。」

『…うん。わかった。』


返しかけた服が入った紙袋は再び彼女の席に戻ってきた。


「もう少し感想聞いていい?」

『え?うん…』

「アイツはどうだった?」

『………』


真顔なまま口を閉じている彼女。

切れ長な目がやや細めながら自分を見てくる。


「意地悪されなかったか心配しててね、、」

『…誰かすら理解されて無かったよ。』

「……そっか。」


紅茶をストレートで飲み干した彼女は、今度はPCを広げるとタイピングを弾ませている。

話題を変えろと言われている。


「良い歌詞でも思いついた?」

『そんなわけないじゃん…人といる時は絶対描かないよ。ちなみにさっきの授業のレポートを作ってるだけ。』

「なんだ、、僕のことは空気だと思ってくれていいのに。」

『それあの女子たちの前でも同じこと言える?』


彼女が視線で示す先には数人で席を囲っている女子のグループや、反対側の窓からは通りすがりに見てくる女子生徒も。

こんな視線が大量に向けられている空間で歌詞なんて思いつくはずないだろ。


「うーん…目立つつもりはないんだけどな、、」

『いっそのこと茶色のカラコンしてさ髪の色もチェンジしてマスク登校してればバレないんじゃない?』

「ふむ…どんな感じの色が良いだろう?」


試しに参考になりそうなの見せてよ。と言ってきた彼のおねだりにタイピングする手を止めるとスマホを操作していく。

パッと目に付いた画像を見せてやる。

癖っ毛を活かした柔らかい色味の茶髪に色素の薄い男性モデルが写っている画像。


「ほぉ…」

『……あ、ちょっと待って。これだと余計にハーフなのバレちゃうのかな、、ダメダメ。やめよう。』

「そう思えば、君がよく見ている外見の人ってこんな感じの人だよね〜もしかして好みのタイプだったり?」


それをスルーしてさらにスクロールを進める彼女。

だが、向かいにいたはずの彼は隣に座ってくると肩をトントンとしてきた。

何か?と顔を上げた時にシャッターを切るような音がした。


『え、ちょっと!?』

「アプリで簡単にできるの思い出してね。ほら…」


髪色チェンジモードにカラコンまで色味を揃えて加工されたキメ顔の彼と間抜けヅラな私。

ビジュアルは柔らかい印象になって一段と良くなっている。


なっているけど……


『テメェその写真消せや、、』

「え、なんで?可愛いじゃん笑」

『…だったら盗撮代としてこのレポート代わりに仕上げてくれる?

今から次の教室に移動しないといけないから。』


立ち上がった彼女は彼を見下ろしながら凄みをかけている。

そんな彼女に対して余裕な表情を崩さない彼はにっこりと笑みを浮かべる。


「僕がレポート作成したらドイツ語になっちゃうよ?笑」

『だったら今度の中国語検定の勉強、教えてあげないよ。』


じーっと二人の視線が交差する。

しばらくして折れた彼が降参と言わんばかりに両手を挙げた。

スマホを貸せと手を差し出せば、手のひらに乗せられたのはラッピングされた小さな袋だった。


『…は?千秋くん、ふざけるのもさ…』

「じゃ、僕も次の授業に行くから。」


立ち上がった彼は私よりも頭が一つ分高い位置へと戻った。

女子の中でも私は170cmは越えているほど背が高い。

なのに彼はそんな私よりも余裕に背が高いのだ。


「次の授業寝ないようにね笑」


そのまま私に背を向けるとひらひら手を振りながら去って行った。


小包を開けた私は『あ…』と声が漏れた。

中国語で書いたメッセージが同封されていたのだ。


"あのジャケットだけじゃ寂しいと思ってブローチ用意してたのだけど、間に合わなかったから後祝いも兼ねて。

               〜PS. OA楽しみにしてるね〜 "


:


[ねぇ、千秋くん。]


絶賛PCとタブレットの二刀流状態の上にイヤホンをしている自分に対して肩を突きながら話しかけてくる女子生徒に振り返った。

名前も知らず学部も分からない女子生徒だった。


「何かな?」

[このプリント、千秋くんのじゃないかって友達が拾ってて…]


それを受け取るとたしかに自分の字で書いていたものだった。


「ん。そうだね、合ってる。ありがとう。」

[何してるの?]

「仕事…かな。これから少し忙しくなるから時間が無くてね。」

[そうなの?どんな仕事してるの?]


覗き込もうとしてくるのだがPCの画面は黒いまま。

追及してくる女子生徒に対して微笑みながら口を閉じている。

3秒間その状態のまま沈黙が流れた。


[あ…ごめんね。続き頑張って。]

「ありがとう。」


女子生徒が去って行った後、無表情に戻った彼はもう一度プリントに目をやる。その裏にはさっきの女子生徒なのであろう学部と名前とSNSのアカウントが書かれた付箋が貼られていた。


「…悪趣味なことしてくれるよね、、」


既に用済みであるこのプリントを付箋と共にゴミ箱に捨てた。


「せっかく良いところだったのに……」


PC画面にはコード譜が表示されている。

手元のタブレットには鍵盤だったり、はたまたはドラムだったりギターだったりと楽器の演奏する部分が表示されている。


「次の8小節のところまでやりたかったんだけどなぁ、、」


どうやら時間切れだった。

ひとまず保存をするとそれらを閉じて次の授業へと向かった。



………………………………………………………………………………



ステージ上で滑らかに、でも力強くも時に儚さもあるハスキーな声で歌っていた女の子の姿と声がいまだに鮮烈に残っている。

あの瞬間を細かく覚えているし、思い出すたびに鳥肌が立つほど。


それぐらい、自分に衝撃を与えてきたのはずいぶんと久しぶりな感覚だった故か、いまだに高揚感がすごい。

聞き慣れた声のはずなのに、生の声はやはりひと味違うくて……

なのに妙なざわつきを覚えるのはなんだ?


[おーい。]

「…んぁ?」

[やっと戻ってきたか。お前の番だぞ。]


リーダーがカメラマンに[すみませんねぇ…]と言って軽く謝っていた。

今は今度のツアーで販売する写真集の撮影を行っているのだ。

ツアー衣装のまま数百枚以上の撮影をするのだが、実際に使用されるものは10枚あるか無いか。良くてグッズ用で採用されたり。


自分以外のメンバーは撮り終えたようで残るは自分だけらしい。

他のメンバーたちが控え室に戻っていっている。


[さぁ、始めようか。]

「はい。よろしくお願いしまーす。」

[今日もビジュアル爆発してるね〜ここに視線ちょーだい。]


カメラマンの指示を受けながらも要望に応えるようにポージングや表情を作っていく。

慣れた仕事だから考えるよりも自動的に身体が動いてくれている。


脳裏に過ぎるのは彼女の曲のサビのフレーズ。

キャッチーなメロディーが耳に残って離れない。

初めて聴いたのに初めてじゃ無いみたいな。

どこか懐かしいようなメロディーというか。


[リクくん、鼻歌よりもこっちに集中してほしいな〜?]

「…あっ、すみませんっ。」

[今日はいつもよりもアンニュイな表情が増しててイイね。]


一旦仕切り直しだと言わんばかりにカメラマンが撮った写真達を見せてくれる。

カメラマンが気に入ってる写真なんかを見せられれば、心ここにあらず…といった風に自分は見えるのだが、たしかに表情に関しては作りものでは再現できないものだった。


[これは絶対入れよう笑 じゃあ次は衣装変えて撮影するから待ってるね〜]

「はい。」


着替え室に戻ったところで深いため息が出た。

全然仕事に集中できていない。

今までこんなこと無かったのに。


「くそ…撮る枚数が多い分いつも早く終わらせてたのにこれじゃいつもの倍以上かかるじゃん、、」


撮影の仕事ならこんなヘマをしたことは未だかつて無かったのに。

特にビジュアル担当でもあるため他のメンバーに比べても撮る量は多い。だからいかにスムーズに終わらせるかが重要で、今後の仕事の影響にも繋がってくる。


[ヘアメイク手直ししますね。]

「…うす。」


整え直したところでカメラマンとマネージャーが会話している声が聞こえてきた。


[今日リクくん鼻歌歌っちゃうぐらい良いことあったの?]

[いえ、普段通りでしたけどね…あぁ、でも最近あの子の曲を聴いているらしくて、口ずさんでいるのはよく見かけますよ。]

[名前なんていう子だった?]

[umiっていう子ですよ。自作した曲を投稿したらバズって、今勢いある新人の子です。]

[あぁ〜!思い出した。今すごい人気だもんね。3曲ぐらいうちの娘も歌ってたな〜]


なんだか恥ずかしい。

というか自分そんなに鼻歌していたのか?


「すみません。お待たせしましたっ。」

[はいよ〜]


その後は前半のヘマを払拭するぐらいにスムーズに終わらせると、予定時間内には終えることができた。

再び着替え室に戻って私服に着替えているところで廊下から誰かが歌っているのが聞こえてきた。

歩きながら口ずさんでいるにしてはずいぶんと大きな声だなと思いつつも、自分も知っている曲なためついついつられてしまう…


[リク〜……ってお前まだズボン履いてないのか?]

「もう終わる。」

[それにしても、この歌さぁお前がずっと歌ってるせいで頭の中に残って消えないんだよ笑 つい俺も歌ってしまったなぁ笑笑」

「この歌すごい耳残りするくね?」

[わかる。なんか懐かしい感じもあるし。]

「なんかさ、この歌聴いてるとアイツを思い出すんだよな、、」

[たしかにアイツが好きそうな曲だよな。]

「今頃何してるんだろうな…アキ、、」


彼がこぼした言葉にリーダーは懐かしむようにも寂しそうにも見えるような表情をした。

しかしすぐにその表情は消えて割り切ったかのような顔を浮かべていた。


[リク、あれからもう5年は経ってる。俺たちは5人だ。]

「………」

[お前はエースなんだから頼むぜ。]

「…おう。」

[皆んな一階に移動してるから早くしろよ〜]

「ちょ、置いてくなよ!」


慌てて支度をした彼は外で待っていたマネージャーと共に急いで廊下を移動していったのだった。



………………………………………………………………………………



先日の歌番組以来、2回目のメディア出演である今日は雑誌の取材と撮影も設けられていた。


[緊張されてますか?]

『事前アンケートはいただいていたのでまだ……いや、でも緊張してます。』

[私がサポートするので安心してくださいね。あ…でも千秋くんほどではありませんが、、]

『彼が来ていたら茶化されていたかもしれないので、朝川さんが来てくれている方が安心できますよ笑』


まだレコード契約してから数ヶ月。

来月には初めてのメジャーデビューを果たす。

同時に本人が解禁されるということも。

すでにSNSのアカウントでは歌番組にて正体を解禁すると匂わせているため、視聴者の憶測がそこら中で飛び交っていた。


『こんな感じでいいんですかね…?』


スタイリストはつけずに全て自身で仕上げた彼女は少しだけ自信なさげにこちらを振り返ってきた。

そんな彼女へ励ますようにマネージャーは微笑み返した。


[十分すぎるぐらいですよ。]


マネージャーに褒めてもらえたことで少しだけ自信がついた。

今日の衣装は先日新調したものを着ている。


正直なところ正体を明かすのにはずいぶんと悩んだ。

だけど、今よりも音楽が届くのなら私自身が一歩踏み出さないといけないと決意したのだ。


[そのブローチ、今日の衣装によく似合ってますよ。]

『お守りなんです。』


ようやく彼女の表情が和らいだところでスタッフが入ってきた。

対談室へと案内されていく。


移動しているところで、この後撮影で使うスタジオにはどうやら先客がいる。そちらの撮影からテンポが良さそうな掛け合いが聞こえてくる。


『先約あったんですか?』

[今撮影されているカメラマンさんのスケジュールの都合で、今日は撮影が2件あるんですよ。]

『なるほど。そういうこともあるんですね。』

[参考までにどんな風に撮影するのか軽く覗いてみますか?

見学は自由なので、少しだけ立ち寄るのも大丈夫ですよ。]

『じゃあ…』


少しだけ見学させてほしいと先方に伝えて15分ほど取材を後送りにしてもらった。

中に入って見える場所まで来たところで私の足は止まった。


女性のモデルと共にリップスティックを持ってポージングを決めていく男の人がいた。男性にしては可愛いらしく童顔な顔立ちな彼はその魅力を最大限活かすように髪型もマッシュヘアにしている。


[リクさんはモデル顔負けなぐらい撮影レベルが高いので、きっと良い見本になると思いますよ。]

『……そうなんですか。』


カメラマンの指示に即座に対応していく彼は女性モデルに密着するようなポージングに変化させた。

まるで恋人同士に見えるほどの親密さをこの一瞬で表現している。

クールな表情から甘い表情まで刻一刻と変化していく様子に私は

ただ静かに見ていた。


『雰囲気は分かりました。もう取材へといきましょう。』

[もう?まだ時間は大丈夫ですよ?]

『インタビュー内容をしっかり確認しておきたいので。』


そう言って彼女は、このスタジオにいたスタッフに挨拶をしてから取材室へと向かってしまった。


慌てて着いていくマネージャーはもう一度撮影している彼らへと振り返ると、驚いたような表情をしてこちらを見ている彼と目が合った。そんな彼へ会釈をしてその場から出たところで、撮影の休憩の合図が聞こえた。


[邪魔しちゃいましたかね、、]


少しだけ申し訳なく思ったマネージャーは、自分の痕跡を消すようにその場から退散したのだった。


:


[インタビュー始めさせていただきますね。]

『はい。よろしくお願いします。』


雑誌に収録される対談用のインタビューが始まった。


[では、まずは歌手を目指そうとされたキッカケはなんだったんですか?]

『…学生時代は人見知りがすごくて友達も居らずいつも学校とかでは一人で本を読んだり絵を描いたりして過ごすことが多かったんです。母子家庭なのもあって家に帰っても一人の時間が長かったので、その時によく鼻歌を歌いながら家事をしたりすることが多くて。母と話をするのも一日のうち10分もあれば良いぐらい働き詰な方だったので一つだけ約束していたことがあったんです。』

[その約束とは?]

『私が今日一日何をしたのか毎日日記をつけていたんです。母が家に帰ってくる時には私は寝てしまっているからいつも食卓にその日記を置いて寝て。母が少しでも私のことを理解しようとしてくれていたのだなと。』

[素敵なお話ですね。]

『その日記は全て今も保管していて。いつからか日記に書くのが嫌になった頃があって。母にも打ち明けづらい…いわゆる思春期ですね。その頃から日記の代わりに歌詞を描くようになって、高校生の頃にはアルバイトもするようになったので貯めたお金で中古のギターを買って作曲もするようになりました。』


ここまでは今までの動画投稿でも語ったことがある内容の話。

インタビュアーも一連を聞いて感心したような表情をしていた。


[音楽活動を始めてからはどんな風に環境が変化されましたか?]

『自分の悩み事とかも人に相談したことが無かったんですけど、歌詞にありのままの気持ちを記していくうちに自分の本心がわかってきたりして、辛いこととか嬉しいこととかも同時に分かることが自分の中では楽しくて。それからは毎日音楽作りをするようになって私と同じ悩みを思っている人とかにも少しでも伝わればいいなと思ってからは動画を投稿するようになりました。』


残りは簡単な好きな食べ物だったり、休日は何をしているのかなどの質問が幾つかされた。そんな中で事前アンケートには無かった質問が成り行きでされたのだ。


[umiさんは背が高い印象があるのですが、学生時代に何かスポーツされていたりなどは?]

『私、高校2年生の冬までは背が低くて150cmも無かったんです。

卒業するまでに身長が急に伸びて約一年で20cmも伸びてしまって。中学時代は美術部で高校は帰宅部のアルバイトをしてました。』

[そうだったんですか!?それは驚きました…]

『はい…笑 身長が高くなったことには今でも驚いてます。』

[ボーイッシュなスタイルされているのですごく素敵だなぁと思います。]

『ありがとうございます。』

[最後にファンの皆様へメッセージをお願いします。]

『いつも音楽を聞いてくださりありがとうございます。皆様のおかげで音楽作りがより楽しめています。私自身初のアルバムもぜひ手に取って頂ければ嬉しいです。』

[以上でインタビューを終了します。]


無事に終わった。

今回の雑誌のターゲット層は10代後半から20代までの女性誌だ。

ファッション誌ではあるが今回は秋の芸術企画ということで特集の一角を私が引き受けたことになったのだ。


つまりは、さっきまで撮影していたcaratのリクもこの雑誌に関わっているのかもしれない。


[スタジオも準備できたみたいなので、撮影に参りましょうか。]

『はい。』


再びスタジオへ向かうとカメラマンがマネージャーと談笑をしていた。私に気づいたカメラマンが挨拶をしてきた。


『よろしくお願いします。』

[よろしく〜歌声からクールな感じなのかなって勝手なイメージがあったんだけど本当にクールなカッコいい子だね!]

『ありがとうございます。』


愛想笑いを返すと、カメラマン側のスタッフが私のヘアとメイクを軽く手直ししてきた。誘導されるように撮影場所へ立つと試しに数枚シャッターを切られた。


どんなふうにポージングを決めたらいいのかわからず仁王立ちのままの私に、カメラマンは緊張をほぐすかのようにコミュニケーションをとってきた。


[umiちゃんって何か好きなこととかある?あ、音楽以外でね笑]

『……食べることですかね、、』

[お、そうなの?グルメ??]

『小さい時から自炊していたので作りたい料理を見つけるたびに、作って食べてを繰り返してました。』

[へぇ〜!お菓子系か食事系だったらどっちがいいの?]

『食事ですかね。お母さんに食べてもらいたくてたくさん作ってましたから笑』

[じゃあ今日の夕飯は何にするの?]

『そうですね……パエリア、、スペイン料理でも作ってみようかなと思ってます。』

[おぉ~!]


少しリラックスできた。

気持ちを切り替えて背筋を正すと改めて撮影に臨んだ。


指示に従ってポージングを決めていくうちに緊張は抜けて、どんなふうにすればいいのかが分かるというか脳内がクリアになって楽しく思えてきた。


:


化粧品の広告用の撮影と雑誌収録用の撮影もこなした彼は次のインタビューまで少し時間があった。

さっきまでいたスタジオに今は新人で勢いのある歌手umiが撮影をしている。


本人の姿を見るのはこれで2回目。

自分が撮影していた時に見学していた彼女に気づいてからはずっと気になっていたのだ。

だから今度は自分が彼女の撮影をコッソリと覗きに行けば案の定、素人丸出しの仁王立ちのまま無表情で数枚撮影しているではないか。


「おいおい…」


さっきオレの撮影の様子見ていたよな?

なんて思っているうちに熟練のカメラマンが緊張をほぐすために彼女に話しかけていた。


[umiちゃんって何か好きなこととかある?あ、音楽以外でね笑]

『……食べることですかね、、』

[お、そうなの?グルメ??]

『小さい時から自炊していたので作りたい料理を見つけるたびに、作って食べてを繰り返してました。』

[へぇ〜!お菓子系か食事系だったらどっちがいいの?]

『食事ですかね。お母さんに食べてもらいたくてたくさん作ってましたから笑』

[じゃあ今日の夕飯は何にするの?]

『そうですね……パエリア、、スペイン料理でも作ってみようかなと思ってます。』

[おぉ~!]


どうやら母子家庭だったのは本当らしい。

大変な境遇だったのかと再認識した。

クールな見た目と反して料理の話をする時は女の子らしく愛らしくて、その自然な笑顔に釘付けになった。


[あれ、リクくん?]

「あ、お疲れ様です。」

[取材はもう終わったんですか?]

「いえ、まだです。空き時間があったのと、あの子が初めて撮影するって聞いたのでどんな感じかなって様子見に来てて……」


目を逸らしながら首をさするようにして話す癖は、彼が恥ずかしい時や気まずい時に出すものだ。

どうやら彼なりに気にかけてくれているらしい。


[そうだったんですね。]

「それにしても…適応するの早いっすね……」

[器用な子で、あの子の成長の速さにはいつも驚かされているんです。]

「そうすか…」


勢いがある人物だとこの界隈にもその名は広がりつつある。

それゆえにこの才能を警戒してくる輩たちも……


[控えめな子ではありますが芯がすごく強い女の子ですよ。今は大学在学中ですけど、単位も落とさずにこなしていますからね。]


そう言って誇らしげに微笑んだ彼女。

心配はしなくても大丈夫だと暗に言われたような気がした。


「朝川さんも元気そうでよかったです。あの時は退職される時に挨拶できなかったので、、」

[そんなこと気になさらずに。リクくんも活躍されていて安心しましたよ。これからも応援してます。]

「ありがとうございます。じゃあオレはこれで。」


自分たちがデビューする前まで世話になっていたマネージャーが今はumiのマネージャーになっていた。

母親代わりのようにメンバーのことを可愛がってくれていて信頼していた分、彼女が急遽事務所から退職した時は驚いてしまった。

あの頃よりも今の彼女は明るくなっていた。


懐かしい人物に会えて最近のモヤモヤ感が少し薄れたような気がした。


再び撮影しているumiを見れば、スラリとした手足とクールな雰囲気が絶妙な彼女の個性を強調している。

自分よりも上背が高い彼女を羨ましく思えてしまったーー


.

.

.


その後の取材もスムーズに終えた彼はスタッフたちに挨拶をしてから私服に着替えていた。

トイレへ行こうと廊下を歩き突き当たりに来たところで女性の歌声がかすかに聞こえて来た。歌詞もしっかりと口ずさみながら優しいメロディーが耳に心地よく、思わず聴き入ってしまった。


umiの歌声だったのだ。


まだ聞いたことのない曲だったはずだけど脳内に微かに何か引っ掛かり覚えたのだ。

なんだろう…何か忘れているような。


「……聞いたことあったよな、、」


でもどこで?

古い記憶を辿るが全く思いつかない。

なのにこの歌詞とメロディーはたしかに知っている気がするのだ。


思い出せ……


ガチャ……


『、、お疲れ様です。』

「……おつかれ、、」


通り過ぎて行こうとする彼女。


「あの…」

『…?』

「歌…好きなの?」

『…ええ。じゃないと歌手になってません。』

「そう…だよな。」


不思議そうに見てくる彼女の目。

なのに、なんというか…妙に既視感があるというか……


「アンタ、これからももっと伸びると思うぜ。」

『そうですか。』


淡々と返してくる彼女からは何も感じない。

やはり気のせいか……そう思い直した時だった。

突然彼女がクスッと笑い声を漏らしたのだ。


「……?」

『いや……いつまで猫を被ってるのかなって。』

「……っ?」

『私を見ても、もうハムって呼ばないんだ?柴崎陸冬くん。』

「っ!?」


冷淡に細められた目と嘲笑するかのような口元。

そして呆れたと言わんばかりに彼女から表情が抜けた。


『失礼します。』


くるりと背を向けて歩いて行ってしまった。


そこに止まったままの自分は状況が飲み込めないでいた。

自分の本名を知る人物は都内でも限られた人だけだ。

ほとんどは芸名しか知らないのだから。


それにあの子の口から出た"ハム"というワード。

古い記憶が疼き出して来た。


"汚ねぇ…お前みたいな奴がオレの前を横切るんじゃねーよ"


"小さくてデブなお前はハム確定なw"


"うわ、ここ臭え。あー…ハムがいるからかww"


「っ………」


過ぎるのは自分よりも遥かに背が低く、太ってまるまるとしていた気弱な女子生徒。

常に人の目を気にしてひっそりと一人で過ごしていた地味な奴。


「そんなわけねーだろ、、」


だって……


オレはソイツのことを執拗に虐めていた張本人だったからだーー

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