蛇足
エドモンが帰還した夜、夫婦の寝室にてとある一幕のことである。
「まず、傷を見せて」
ネグリジェのブリジットは真剣な眼差しでエドモンを見つめた。エドモンからの手紙では戦地の緊迫感は全く伝わって来なかったが、エドモンの部隊が激戦に晒されているとの情報はブリジットの耳に入っていた。
「あまり無いんだよなぁ」
「隠さないでください」
傷跡を見せない心遣いはいらないとブリジットはエドモンを諫めた。
「本当だよ。俺の上司がすっごい傷を治すのが上手くってさ」
エドモンそう言いながらなぜかブリジットに背を向けて服を脱ぎ始めた。たしかに、背中に大きな傷跡はない。それでも、細かな傷はあった。
「正面はお見せできないのですね」
見せることができるのは背中までかとエドモンの線引きにブリジットは傷付いた。
「あの、良いんだけどね。……前を見ても引かないでほしい」
「引きません」
「本当に?」
「わたくしを信じられないのですか」
「まさか!……でも、ドン引かないでね」
「わたくしに二言はありません!」
ブリジットはエドモンの肩を掴んで前を向かせた。
「なっ……!」
激戦を物語る傷はなく、確かに綺麗な肌だった。しかし、まっさらな肌であるのは左胸を除いた部分だけであった。
「これは……、何ですの……」
「あなたに会えなくて寂しくて……、だから彫っちゃった」
「まぁ……」
ブリジットは左胸を凝視した。そこには戦禍による傷はない。あったのは、ブリジット命というタトゥーのみである。予想外の出来事にブリジットはただただ口を開けるのみであった。
「そのね、あなたが足りなくて、抑えられなくて、だから自分で……」
「自分で……」
ブリジットはエドモンの言葉を鸚鵡返しした。
「重いよな、ゴメン……」
エドモンは愕然としているブリジットの様子を見て、あからさまにしょげた。エドモンはその左胸のタトゥーをしる人に散々言われていた。お前の愛って重量級なんだな(by 上司)やら、もっとお洒落な愛の示し方があるでしょう(by 同僚) と酷い評価だった。ブリジットにもそんなことを思われ、嫌われたくないとエドモンはできるなら隠していたかった。
「謝らないで」
ブリジットはエドモンの胸元に勢いよく飛び込んだ。冷静に考えてエドモンの行動は常軌を逸している。正直、ブリジットも意表を突かれた。なぜ寂しいからと言って名前を彫るのだろうか。ブリジットにはわからない。だが、恋は盲目と言うだろう。ブリジットは手遅れにも確かに嬉しいと思ってしまったのだ。
「ご無事で何よりです、エドモン」
ブリジットは愛おしそうに刻まれた自分の名前に頬をすり寄せた。
その後、エドモンがすこぶる元気になったことは言うまでもない。